第18話 ハテシナレイ

ハテシナレイは困惑していた。

目の前には、可愛らしい風貌をした双子らしき兄妹がいる。


歳は10歳前後だろうか……?

可愛らしいワンピースを纏ったロングウェーブヘアのお嬢様と、

髪を7:3に整えて半ズボンとフリルの付いたシャツを着たお坊ちゃん。


どちらもプラチナブロンドの髪と、緑色の瞳が美しい。

けれどその瞳孔は小さく絞られていて、妙な不気味さを感じた。


4つの目は、ハテシナレイに咎める様な視線を送っている。



「やっと見つけたよ、この踏み倒し野郎」


「さっさと出すものを出せ」



見た目は人形の様に可愛らしいのに、中身は酷い有様だ……

機械みたいな無表情さが、余計に薄気味悪かった。


とはいえ子ども相手に怒るのも大人げないので、

ハテシナレイは諭す様に双子へと声をかけた。



「何を言ってるのか意味が分からないけど。

 僕は誰かにものを借りた記憶はないよ」


「嘘をつけ。左眼を貸してやった。

 代金をよこせ」


「利子は仲間の魂で勘弁してやる。

 お前の魂、早く返せ」


「随分と物騒な話をするな……」



どうやら正真正銘のクソガキらしい。


親の顔が見てみたいと思い、ハテシナレイは辺りを見渡す。

人の気配が一切ない街中で、

ガラの悪いスーツ姿の男が目に入った。



なるほど、親が親なら子も子だな……

面倒事には関わりたくないというのに。


ハテシナレイは軽く溜息をついた。



「子どもの面倒くらい、しっかりと見てくれませんか?」


「子ども……? この子達は、ペットですよ」



自分の子どもをペット扱いとは……


どこにでも酷い親はいるらしい。

これでは子ども達がこんな性格になるのも頷ける。


ハテシナレイは、双子に少しだけ同情した。

こういう大人には、キチンと言ってやった方が良いだろう。



「ペットなんて言い方、やめた方がいいですよ」


「確かに、そんな可愛らしいものじゃない……

 この子達は、魔物ですからね」



どうやら完全に頭がおかしくなっているらしい……


児童虐待で届けたりした方がいいのだろうか?

何か事件が起きてしまったら、流石に寝覚めが悪い。


ハテシナレイは、仕方なく足を突っ込む事に決めた。



「ねぇ、君たちさ……」



子ども達に現在の境遇を尋ねようと思い、

そちらへと視線を向けた瞬間。


その姿を捉えたハテシナレイの瞼が、大きく歪んだ。



「なに、それ……?」



いつも冷静なハテシナレイですら、

動揺を隠しきれずとも無理はなかった。



つい先刻まで何の変哲もなかった子ども達の肌に、

大量の目玉が開いている……


一体いくつあるというのだろう?

それは亡者の様に青白い子ども達の肌に、

禍々しく咲き乱れていた。

数多の眼が三者三様にギョロギョロと視線を変えており、

とても作りものだとは思えない……



「お前は願った。

 あの女の姿を」


「一目見たいと願った。

 一つ目玉を貸してやった」


「……なんの話をしているんだ……」


「あの女を殺す時、

 魂を捧げると契約した」


「悲劇だから貸してやった。

 貸したものは、返して貰う」


「一体なんなんだよ!!!」



ハテシナレイは、珍しく取り乱した。


この双子の言葉が、

何故か嘘だとは思えなかったからだ……



ハテシナレイはこれまでの人生を、

得体の知れない後ろ暗さと共に過ごしてきた。


例えるならば十字架を引き摺って歩いているかのようで、

その感覚は影の如く自分の傍を離れない。


それはまるで拷問の様な日々で、

いっそ死んでしまえればと何度思った事か……


懲役と変わらない人生を過ごしてきたハテシナレイにとって、

夢に見る女の子だけが唯一の救いだった。


その女の子が微笑んでくれる時だけ、

彼の世界には色が咲く……


ハテシナレイは、彼女に会いたい一心で生きていた。

死んでしまったら、夢すらも見れないからだ。


彼の毎日は、ただ眠る為だけに存在していた……



そんな日々の理由が、ここにあるというのだろうか?



「ロミとジュリに、貴方は前世で左眼を借りた。

 その代償は、貴方の魂だ……

 それは確かに我々の元へと回収されました。


 しかし、ハテシナユメコが世界に混沌をもたらした時。


 捕らえていた魂が、解き放たれてしまったのです」



ハテシナユメコ…… 

またその名前か。


同じ苗字を冠するその人が、

自分の前世に関係しているのだろうか?



けれど魂を返せと急に言われても、

覚えてもいない罪で裁かれるのは癪に障った。

これだけ苦しんで生きて来たというのに、

理由も分からずに死ぬだなんて御免である。


ハテシナレイは、彼らの催促を拒絶する事にした。



「悪いけど、記憶にないものは払えないな。

 消費者センターとかに問い合わせてくれない?」


「……払わないつもりなら、無理やり回収しますよ」


「どうやら闇金みたいだね。

 そんな事を言われて、素直に払うと思う?」



腕をまくって前へ出てこようとする男を、

相変わらず無表情なロミとジュリの手が制する。

2人の動きは、からくり人形の様に機械的だった。



「なら、思い出せ。読んでやる」


「お前の戯曲を読んでやる。

 お前の悲劇を思い出せ……」



その言葉が聞こえてきた瞬間。

ハテシナレイの目の前で、突如幕が開いた。



決して比喩表現ではない。

真紅のビロードで繕われた豪奢な幕が現れて、

左右に開いたかと思ったら凄まじい突風を巻き起こしたのだ。



「なんだこれ、一体どこから……!!」



ハテシナレイはその幕へと、

為す術もなく吸い込まれていく。


彼がどれだけ足掻こうとも、

その悲劇は決して彼を手放さなかった。


そこに囚われるのが、運命であるかの様だ……



「ちょっと!!

 待ちなさいよ……!!!」



ハテシナレイをさらっていく、戯曲の幕が閉じる寸前。



威勢の良い女の子の声が辺りに響いた。



もはや自由を奪われ、身動きも取れない。

けれどこちらに向かって必死に手を伸ばす女の子を、

ハテシナレイの両目が捉えた。



それは夢にまで見た女の子の姿。



ずっと会いたかった、生きる意味だ……



「ユメちゃん……!!!」



その声を聞いた女の子は、

とても驚いた表情を浮かべたけれど……



次の瞬間に、ハテシナレイの世界が色彩を変えた。



彼はやっと、あの笑顔に会う事が出来たのだ……

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