第17話 花の名は

「姐さん、こいつぁどうしますか?」


「まだ死んでいないわよ。

 ちゃんと息が止まってからにおし。

 生きたままだなんて、可哀想じゃないの」


可哀想だと思うなら、殺さないでいただきたいのだが……

何故俺は、死の瀬戸際にまで突っ込んでいるのだろう。



「マクベはどうしたんだい?」


「あいつなら、ロミとジュリを連れて取り立てに向かいやしたよ。

 なんでも、魂不払いの輩がこの世界にいるらしいっす」


「そうか、魔物たちは餌の時間だね……」



魔物? 一体なんの話だろうか。

こいつらも多分、表現者なんだよな……??



「オセ、貴方はあちらの坊やの気を引いといて頂戴。

 あと10分はかかると思うから」


「了解しぁした」



男は首を鳴らしながら、ツカサの元へと歩いていった。


ツカサにも危害を加えるつもりなのかと警戒したが、

客として本の場所を尋ねているだけらしい。

1人ずつキッチリと片付けるつもりなのだろう……


その筋のプロみたいな仕事っぷりだ。



「さぁ、貴方に残された10分のお相手をしなければね……

 どんな寝物語をお望みかしら?


 とはいえ私、小説は読まないの。

 戯曲なら分かるのだけれど……」



「そうでしょうね。流石は義極の方々です」



リアさんは声がする方向を、

メドゥーサのような眼差しで睨みつけた。


あんな視線で刺されたら、

俺ならば一瞬で固まってしまう……



「……私たちの事を、ご存知なのかしら?」



リアさんの背後には、

水色の長い髪をひとつに束ねた男の人が佇んでいた。



白いハイネックにタイトなベージュのズボンという、

スタイルの良い人にしか着こなせない格好をしている。

シルバーフレームのメガネが、知的な印象だ。


こんなに綺麗な男の人は見た事がない……



「申し遅れました。

 私は邪馬大国の予言者・ヒジリと申します」



邪馬大国ってなんだよ……

ヒミコ気取りか……??


突っ込む事しか出来ない俺とは違い、

リアさんはそれだけで相手の素性を察したらしかった。



「この坊やはね、私たちの獲物なのよ。

 人のシマを荒そうという魂胆なのかしら……?

 それはちょっと、義理に反するのではありませんこと?」



リアさんが極妻の如き迫力で睨みを効かせるものの、

ヒジリさんは笑顔でそれを交わしている。

この人、絶対に食えないタイプだ……



「すみません、

 うちのワガママ娘がそちらの方に用があるそうでして。

 殺されてしまうと、大変困ります」


「そうは言われても、既に手遅れですのよ。

 この方、毒を飲み干してしまいましたの。悲劇ですわ……」



コーヒーに毒が仕込まれていたのか……

今更ながら、俺はやっと気が付いた。


おじさんのコーヒーが大好きだったのに、トラウマになりそうだ。

もっとも、10分後も生きていられたらの話ではあるが……



「それは困りましたね。

 では、生き返っていただきましょうか」



ヒジリさんは、

何故か近くに置いてある観葉植物へと手を伸ばした。


そしてそこに咲く花を、愛おしそうに撫でている。



人が死にそうな時にガーデニング気分とは、なんて酷い人なんだ……


ツッコミを入れたいと思うものの、

ヒジリさんの所作があまりにも美しくて、俺は言葉を失ってしまう。



「ねぇ、可愛い君。花言葉はなに……?」



思わず見惚れていたら、

遂には花を口説き始めてしまったぞ……


こちらは死の瀬戸際にいるのだが。

俺に対する手向の花だとでもいうのだろうか?



いつもならば盛大にツッコミを入れるというのに、

ヒジリさんが美しいせいで、どうも調子が出ない。


というか、死にかけてるんだから調子が出る訳がない。



「今この瞬間だけは、君の名を委ねて貰えませんか。

 花言葉は、そうだな…… 生命の息吹」



ヒジリさんが甘く囁いた瞬間、

その花は恥じらうかの様に淡く輝き出した。



花弁は一層に美しく色彩を変え、

まるで蝶の様に優雅な振る舞いで、俺の口元へと舞い降りてくる。



触れた瞬間、花びらがそっと唇へ溶け込んでいった。

蜜の様な甘さが、身体中に広がっていくのを感じる……



生命の息吹という響きが、相応しい心地良さだ。



「貴様、余計な真似を……!!」


「周りの方々は本を読んでいらっしゃるので、お静かに願います。

 私はワガママ娘と違って、温厚ですので。

 表に出ろ、だなんて言葉は使いたくありません」



ワガママ娘って、一体誰のことなんだ……?



そんな疑問を抱きつつも、

俺は手の感覚が徐々に戻るのを感じ、安堵していた。



先程の花が俺を助けてくれたらしい……

どうやらこの人は、悪い人ではなさそうだ。



「この戦いの決着は、おそらくここではないでしょう。

 私たちは、ゆっくりお茶でもして待ちませんか?」


「まさか、ハテシナユメコが来ているのですか……」



ハテシナユメコ……?!

なんでその名前が、ここに出てくるんだ……!!



そう問い詰めたいのに、俺の舌はまだ当分動きそうにない。


ヒジリさんは穏やかな笑顔を浮かべたまま、

近くにある椅子へと腰かけた。



「貴方がたが取り立てに行った魂ですけどね。

 鴨にするなら、相手を選んだ方が良いですよ。

 あれは彼女のものだ…… どうなっても、責任は取りません」



その言葉を聞いたリアさんの口元が、青白く震えている……


事情はまったく飲み込めないが、

ハテシナがこの世界に戻っているのは確からしい。



やっとハテシナに会えるかもしれない……!!



死の淵から生還したばかりだというのに、俺の心は躍った。



お前が消えてから、どれだけ苦労した事か。

いい加減そろそろ、感想を聞かせてくれハテシナ……!!!



そう願いながらも、

限界を超えていた俺の意識はプッツリと途絶えた。

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