ふるさとへ
くじら帝国の、ほんとのほんとにいちばん頭のてっぺんにある、そうじゅう
ふだんは、げんじゅうに閉ざされている。
でも、いまは、かぎが開いている――ここのかぎも
そこは、想像以上に広かった。がらんとした、まっ白で、しかくい空間。
いすをならべれば、かいぎ室みたいになるだろう。
でもかいぎ室と違うのは、部屋の一面、くじら帝国のすすむ方向はすべてがまどになっていて、そのまどの下のほうに白い台があって、帝国をそうじゅうするための、大きな木の棒があることだ。
まどからは、雲しか見えない。いまこのときも、地上におちないために、天空をどんどんすすんで。どんどん後ろへ流れてゆく雲たち。ひゅんひゅんと音が聞こえてくるようだ。
くじらは、ぺたんと両手をまどについて、きょうみ深げに雲をながめている。みしゃくじはと言うと、くじらのとなりでまどにもたれかかり、後ろを向くかっこうで雲をながめている。
「どうだ」
えいは、どこかほこらしげに言った。
「ここが、くじら帝国のそうじゅう室。いつも俺が仕事をしている場所だ。仕事と言っても、決められた道すじを、ぐるぐると回る、ただそれだけなんだがな。……こんなふうに、うらぎりもののみなさんのお手伝いをする仕事は、ほんらい俺の仕事には、ふくまれていないはずなんだがな」
わかっている――だから、その
「ありがとう、たすかったよ。ほんとうに」
えいはそこで、じっとぼくの目を見た。いつもひょうひょうとしているえいにしては珍しい、まじめな顔。
「でも、この巨大な帝国を俺が動かしてるんだと思うと、やりがいはじゅうぶんにあるよ。……でもな、おまえはもっとやりがいがあるぞ。なにしろくじら帝国の歴史にのこる日の、きっかけをつくったんだから。……地上のひとびとに、おれいをしたいだよな」
ぼくはびっくりした。なんで、お見通しなんだ。
えいは、苦笑する。
「わかるよ、おまえのその情熱を見れば。あんなに地上のひとのことを語るおまえだ、きっと世話になったんだろう。そのひとたちに礼をしたいんだろう、なあ?」
「そうだよ」
ぼくは、素直に認めた。そして、ずっとずっと考えていたことを語りだす。
「地上のひとたちのことは、ぜったいに忘れられない。あのひとたちは、すさまじいしょうげきをぼくたちに与えたんだ。だから、ぼくも、ぼくたちも――」
ぼくは、言う。
「おなじくらいのしょうげきを、あのひとたちに与えてやる。それが、逆襲だ」
「逆襲じゃ」
「逆襲だー!」
くじらとみしゃくじも、口々にそう言った。
ぼくは、思わず笑った。
……くじら帝国の逆襲作戦、これにて、開始。
えいは、ふと遠い目をする。
「俺も、地上でいろいろなひとに会ったなあ……いいひともいれば、わるいやつもいた。でも、基本的にみんな好きだったよ。深く関わったひともいるしな。でも、そうだなあ……」
えいは、にっこりと笑った。
「あいつらも、見てくれてるといいな。そう思ったから。……俺は、こちらがわに力をあわせることにしたんだ。たとえ
えいには、えいの想いがあるのだと思った。
「さて、そうじゅう方法を教えるぞ」
「えっ、えいがしてくれるんじゃないの?」
「おまえが言い出した作戦なら、おまえがそうじゅうするべきだろう。なんてことない、そんなむずかしいしくみじゃ、ないから。すぐに覚えるよ」
そして。
ぼくはえいに、くじら帝国のそうじゅう方法を教えてもらった。立ったまま、大きな木のぼうを動かす。それだけだった。でもえいが言うほどかんたんではなかった。力の入れ具合が意外と難しく、なかなかうまくいかなかったけれど、えいは根気づよく教えてくれた。
そのあいだ、そうじゅう室のとびらが、どんどんとたたかれるようになった。開けてください、くじらひめさま、みしゃくじ神さま。開けなさい、くりおね、えい。そんな声がたくさん、たくさんとんでくる。
ぼくたちを、止めようとしてるんだ――こわくなってもおかしくないところなのに、ぼくはそれどころか、……いっしゅうまわって、ゆかいな気持ちになってしまっているのだった。
そして、どうにか――。
ぼくは、くじら帝国を動かせるようになった。
そうじゅう、開始。
ぼくは、ぐいっと、そうじゅうぼうに力を込めた。
巨大なくじら。空を泳ぐくじらを見て、三つ子は、クレアさんは、赤いひとは、地上のひとたちは、なにを想うことだろう――。
それぞれの想いを乗せて、くじら帝国は動きはじめる。
こうげきは、受けつづけている。
だから、帝国は、ゆれつづけている。しばらく、だいじょうぶだと思うけど……いつまでもつか、わからない。
なるべく、低く飛ぶようにした。そうじゃないと、地上のひとのようすがわからないからだ。だからほんとうに、地上すれすれといったところを飛んでいた。
えいはとびらの前で、みはりをしてくれている。
だから、そうじゅうぼうのそば、ここにはぼくたち三人しかいない。ぼくも、くじらも、みしゃくじも、目を皿のようにして地上を見ている。だれかがいないかさがしているのだ
ぼくは、らしんばんと地図を使って、ぼくたちが歩いた道すじにそって、帝国を飛ばしていくことにした。そっちのほうが、かくじつに、ひとがいるからだ。つまりひとをたすけることができる。
歩いているときには、見慣れたと思っていたはずの白い砂ばくと灰色の空も、こうして帝国のそうじゅう室のまどからいま見ると、なんだか新鮮だった。
そして、最初に見つかったのは、むらさきいろの三つ子だった。
こんなときなのに。
こうげきをうける、世界のおわりのなか。
相変わらず三人で手をつなぎくるくると回っていたところを、帝国が近づくと、円のかたちのままぴたっと止まってぽかんと口を開けてこちらを見てくる。その表情はなんだかやっぱかわいらしくて、ぼくたちは笑ってしまった。
「相変わらずじゃのう」
「可愛いよねえ」
ぼくは、台にすえつけてあるほら貝に向かって叫んだ。このほら貝に向かって叫べば、外に声が届くのだ。
「三つ子、聞こえるー? ぼくたちだよ! くじらと、みしゃくじと、くりおねだよ!」
三つ子はびっくりしたようだったが、すぐに笑顔になって手をふってきた。
あいかわらず、むじゃきな子たちだ。
ぼくは、さけんだ。
「いますぐ、そこを去って! あきらめて、くるくるしているのかもしれないけれど、あきらめないで。家族のみんなもつれて、いい、だいじなことだよ、たいようの出るほうへむかって。そうすると、きゅうけい、できます。あまいジュース、のめます。おきがるにどうぞ! ってかかれたかんばんが見えるから、そこに入って! そうすれば――あとは、だいじょうぶだから!」
くじら帝国は、どんどんはやく走っていってしまう。
だから――かけられる言葉は、そんなに多くない。
見ていられる時間も、そんなに長くない。
三つ子は、力強くうなずいた。
そして、村のほうへ三人でかけていった――そのむらさきのかみの毛が、ゆれて、どうかあの村のすべてのひとがうまくにげられるようにと、ぼくは思うしかなかった。
ぼくは、そうじゅうをつづける。
ぽつりと、小さな林があった。
「あれ、にゅむーの林だよね」
「そうでしょ。クレアさんも、いるんじゃない? ……人間の言葉が伝わるかどうかは、おおいに、
こんどは、みしゃくじがほら貝のもとに立つ。
「おーい、にゅむーたちー。たいへんだよ、いま、世界、おそわれちゃってる。もし私たちの言葉があるならさ、にげて。たいようのほうへ! そうして、かんばんを見てさ、おいおしいジュースでも、もらっちゃってよ」
すると、白いにゅむーが二匹、昼間だというのにぽーんぽーんと林のなかから出てきて、はねた。そのあと、ほかの、色とりどりのにゅむーたちも。
それが、クレアさんの返事なんだろうと、思った。
「クレア……にゅむーには、ひとのこころが……」
くじらは、泣き笑いみたいな顔をしていた。
ぼくは、そうじゅうをつづける。
地上には、ひとがいた。
まだまだ、ひとびとがいた。
生きていた。
こうげきをうけているのは、帝国だけではない、地上もおなじだ。
ばくだんのようなこうげきを、大地じゅうにうけて。
それでも、この地上には、ひとびとが生きている。
ばくだんで、砂のはねる大地と、真っ赤にそまった、まがまがしい空――。
くじらは、みしゃくじは、ぼくは。ほら貝にむかって、さけびつづけた。
にげろ、にげろ。
あぶないぞ、このままでは、ばくだんにあたってしまうぞ。
かんばんを見つけろ。階段を見つけろ。
おりていけ。
ユリさんが、かくまってくれる。
きゅうけい、できる。
あまいジュース、のめる。
おきがるに――と。ほかでもない。そこのぬしが、言っているのだ!
地上にはぼくたちの会ってないひとびとがいる。
でもかれらにも声をかける。かけつづける。
かれらは、ぼくたちをどこまで信じてくれるか。不安だったけれど――地上のひとたちは、すこしずつ、すこしずつ、その家やいばしょから、出てきて。
そして、地下へつづく階段を、めざすのだった。
空から見ていると、あの階段にむけて、ひとびとが、すいよせられているようだ。
地下へつづく、階段。
あの下には、相変わらずの青い楽園が広がっているのだろう。でも、それは本ものの楽園ではない。偽ものの楽園だ。本ものの楽園は、地上のひとと空のひとが協力しなければつくれない。くじらのいる世界は、つくれない。
いまでもユリさんはあのなかで、つややかなくじらとたわむれているのだろう。
なにもない地上。
いまはくれないにそまっているけれど、まっ白な砂ばく、灰色の空。
たとえば、もしも。ここに、くじらが泳ぐとしたら――。
そんなことを思う。夢をみるかのように。
そうじゅう室のとびらは、なかなかやぶられない。
げんじゅうなつくりなのだ。それに、えいが止めてくれている。
でも、それもいつまでもつかはわからない。
だから、ぼくたちは、なるべく早く、ことをすませた。地上を、めぐって、めぐって。よびかけて。よびかけて……。
そうじゅう室には、べんりな道具がある。
人間がいると、その体温に気がついて、赤く表示してくれるという、なぞのしくみの道具だ。
えいが、教えてくれた。最初はほんとうにそんな道具あるのかって、うたがわしかったけれど――じっさいに使ってみて、わかった。地上のひとたちがすすむさまと、その赤いひとがたの絵は、完全におなじうごきをしていたから。
地上にいるひとびとは、ユリさんのいる地下へむかって。
波のように、線のように、なって。
地下に入るから、だんだん、へって。
あとは、おそくきたひとたちが、ぽつりぽつりと。
やがて――地上には、ひとの気配は、完全になくなった。
「もう、みんな、にげたかな」
「だと思うよ。ほら、もう温度を感じていない」
「そうじゃな。もう……なんどもかくにんしているが、みなにげることができたと見て、まちがいないであろう」
「……そうだね。それだったら」
ぼくたちは、顔をみあわせた。
そして、三人で手をあわせて。思いっきり。せーの、でさけんだ。
「逆襲だー!」
それは、あらかじめ決めてあった合図。しるし。
ぼくたち三人が手をあわせて、逆襲、といえば、あるものが、くじら帝国からとびだしていく――くじらのおひめさまとしての力で、そのしくみを、あらかじめ用意しておいたのだ。
目からは、天のうえにむかって、ひかりのこうせんが。
口からは、ユリさんにもらった、……ひみつへいきが。
いまは、目から、ひかりのこうせんがとびだすための、合図だった。
なぜだか、こんなときに。
ざぱあんと、波の音がした気がした。
目から出たひかりのこうせんは、ばくだんを、焼きつくしてくるほのおを、もっとあついものにする。
かれらにとって、それは予想しないことだったにちがいない。炎をさますこと、けそうとすることはあれど、もっとあついものにするだなんて。
でも、必要なんだ。それは。
なぜなら――この地上のどっけを、焼きつくしてしまうために。
かれらが、ひとびとにむけようとした炎を。
ぼくたちは、どっけを燃やすのにつかう。
炎を、ばらまくことができれば――きっと、どっけも燃える! そう教えてくれたのは、ユリさんだった。
いまは、どれだけ地上を燃やしてもらっても、心配ない。だって、みんなユリさんの地下ににげている。
燃えろ、燃えろ、燃やせ、もっと、この地上を!
地上は、赤くそまり――どっけが燃えていく、空気が、――きれいになっていく!
うしろで。
とびらが、ついに、ひらかれた。
けやぶられるかのように。
そこには、王さまも、神の
いまさら、ぼくたちはとがめられなかった。
こんなに、はでに燃えている地上を見ながら、そんなことをしても――むだだと、きっとみんな、わかっていたのだろう。
「……信じられないことである」
王さまが、つぶやいた。
「これでは、まるで……神話の……すべてが、きよくなっていくときの、あかし……!」
神話、そう、神話。
それほどまでに、……燃えさかる地上は、たしかに、こうごうしかった。
どれだけのときが、たったのだろう。
くじら帝国も、もうながくはなさそうだ。こうげきされて……羽をもがれたように、落ちてしまいそうだ。
でも、てきのほうも、もうすぐこうげきをやめるだろう。
ねんりょうや、ぶきが足りなくなっている――それは、そうだろう。かれらの目的は、ひとびとをすべて、ねだやしにすること。そのひとびとが、地下へにげてしまった。かれらをもやしたいから、やたらめったら、炎をうちこんでくるけれど――それだけでは、もえることができない。
……だから、たくさんの炎を、つかいすぎてしまう、ってことだ。
ぼくたちは、すこしこうげきが弱まったことを、かくにんすると。
もういちど、三人で、手をあわせて。
「逆襲だ――こんどは、地上へ!」
……こんどは、くじらの口から。
きりのようなものが、たくさん、出される。
きらきら、きらきら、ひかるものたち。
それらひとつひとつは。
たねだ。しょくぶつの、目に見えないほど小さな小さないきものたちの、そして水の――青いうみのもとになる、ものの。
みどりを、そして青いうみをとりもどすために、必要な、小さな、たくさんの種類のたね。
ユリさんは、それをつくりだすことに、せいこうした。
でも、どうしようもなかった――どっけがあるから。うまく、そだたないから。
だったら。
……どっけのない地だったら、どうだろう?
たねは、めぶき――ふたたび、ゆたかになるのでは、ないのか?
たくさんたくさん、まいていく。
どっけのなくなった、きよくなった地上に、まいていく。
こうげきはよわまっていく。
ひとつひとつ、こうげきが、さっていく。
それは、どうしてだろう。ねんりょうがぶきが足りなくなった。それもあるだろう。でも、もしかしたら、もしかしたらだけど――きらきらひかる命のもとを見て、たとえば、あの赤い青年が、……もう、この星はいいって、ほろぼさなくてもいいって、思ってくれたんだとしたら?
そんなのは――あまりにあまい、夢だろうか。
くじら帝国は、もうげんかいのようだった。
ほかの空とぶ帝国も、きっとおなじことだろう。
ぐらぐら、ゆれる。ゆれる。
おちていく。みんなで、なかよく。
おちるときには、ゆっくりだ。そういうしくみに、なっているのだろう。これだったら、だれかがけがをすることも、ないはず。
ただ――ぼくたちは、地上に近づいていく。
空とぶ帝国は、空とぶ帝国では、……なくなっていく。
きらきら、きらきらと。
地上に、おりる。おちていく。
どっけがないから、きっとそだつ。
そのゆたかな地上に、ぼくたちは――
「……まことに、まことに、信じられないことである。そうか、それで、地上がもとのすがたをとりもどすならば――このまま落ちてしまっても、いいのか。なにも、問題はないのか。かえれるのか。ふるさとへ」
ぼくたちは、生きる。
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