それぞれの根回し

 どうん、どうん、と。

 てんじょうを閉じても、たくさんのこうげきが、帝国をおそう。

 こんな状況において。

 逆襲をおこなうにあたって、ぼくのやらねばいけないことも、大きい。


 なんでかって、くじら帝国のひとびとは、いや、空に浮かぶ帝国のひとびとは、地上のひとびとのことが嫌いなのだ。

 それがなんでなのだか地上へ旅に出るまではわからなかった。いや、そもそも、地上のひとびとに対する気持ちについて、ぼくは興味きょうみがなかったのだから。

 でも、いまならわかる。

 でも、でも、地上のひとびとは、ぼくたちに、いやなことをしなかった。ふつうに、ふつうのひとどうしとして、かかわってくれたんだ。空のひとびとは、地上のひとびとを嫌っているというのに。地上のひとびとは、天空のひとであるぼくたちに優しかった。ふくざつな気持ちもあっただろうに、そのうえで、天空の子どもたちだからって言って、優しくしてくれた。

 帝国のひとびとと、なんら変わりない。


 だったら、おかしい。

 地上だからって、天空のほうが気ぎらいしていくのは、ぜったいに、おかしい。

 ぼくは、いかりさえ、感じていた。



 まっ白で、奥ゆきのある会議室には、役人、そしてぼくやえいのような、役人見習いが集められている。

 顔見知りのひとたち、ばかりだけど。みんな、不安そうな、心配そうなようすで、顔を見合わせたり、そわそわしている。

 こうしているうちにも、帝国はこうげきでゆれてゆれて――そのたびにみんな、さらに不安に、心配そうになる。


 おほん、と。そういう空気をこわすかのように、役人のいちばんえらいひとである、しらがの役人長やくにんちょうが、せきばらいをした。


「――さて。それでは、役人の、きんきゅうかいぎを、はじめる。げんざい、われわれの国は、えたいの知れないはるか天空から、こうげきをうけている。……これをどうするべきか」


 ぼくは、手をあげた。

 まっすぐに。

 まわりの、なんだ、という目にもまけず。役人長の、めんどうそうな、おまえみたいなしたっぱがなんの発言だ、という目にも、……まけそうになったけれど、まけず。



「いま、帝国をおそっているものたちの正体を、ぼくは知ってます。遠いところのひとたちです。でも、それよりももっとだいじなのは、帝国をおそってきている理由です。それは、地上と帝国が、なかよくしてないこと――もっと言わせてもらうならば、帝国が、地上を、むししていること! そんなありさまを見た遠いどこかのひとたちが、ぼくたちを、みんなみんなほろぼそうとしています」



 思った通り、会議室がざわめきはじめた。

 役人長が、せいしゅくに、せいしゅくに、とさけんでも。止まらないほどに。


「あの少年は、なにを言っているんだ」

「まだ役人見習いだろう? だれがせきにんをもって、しどうしているのだ」

「……いや。しかし、あの少年。くじらひめさまとともに、地上におりたった」

「だったら、なおさらどうして! 地上の正体がわかったはず――」

「地上の正体って、なんですか」


 ぼくは聞きのがさずに、言った。


「ぼくは、地上に行きました。たしかに、砂ばくだらけでした。でもそこにいたのは、ぼくたちとなんら変わらない、ひとりひとりの、ひとたちでした。……ぼくたちが、そういうのをほうっておいたんだ。それがつまり、どんなことなのか。ぼくたちにはわからなくても、遠い国の神となのるものになら、わかったんだ! ――ぼくはぼくたちがなさけないと思う」


 ざわっ、とざわめきが大きくなった。


「なんてことを言う」

「そんなことはゆるされぬ」

「地上のやからと天空の民がおんなじだなんて、とんでもない!」


 やっぱり、こうなるのか。

 ぼくはつとめて落ち着いて見えるようにして、あたりを見回す。

 この部屋には、男のひともいれば女のひともいるし若いひともいれば年をとったひともいる。帝国の役人や役人見習いには、いろんなひとたちがいるのだ。そしてそれぞれが、それぞれの立場ごとに席についている。たとえばぼくなんかは、役人見習いだ。だからとなりに、えいも座っている。


 そんなひとりひとりにむけて、こわがるなぼく、と自分に言い聞かせて、言葉をつづけた。


「こんかい、ぼくたちは、おそわれています。でも、そのことをぎゃくに、利用して――地上をゆたかな地にもどすことが、できます。こんなことができるのは、あとにも、先にも、あまりない。だからぼくの言うことを聞いてください」


 相変わらずざわざわとしている部屋のなか、若い女のひとが立ち上がった。


「どうして、わざわざ、地上をゆたかな地にもどすなどということをするのですか? 地上人と天空人は、もうわかれてから長いときがたちました。もう、べつの存在といって、いいでしょう」

「そんなことは、ないと思います。……おんなじです。地上のひとびとも、天空のひとびとも」


 三つ子。クレアさん。ユリさん。

 そしてその家族――。


「たしかにむかし、空と地上のあいだには悲しい歴史がありました。でも、もういいのではないでしょうか? 天空のひとびとと地上のひとびとがなかよくする時代が来ても、いいのではないでしょうか? 地上のひとびとは、そう悪いひとばかりじゃない。ぼくたちとおなじ、おんなじなんです。それなのに、見すてつづけているから、ほかの神がおそいにきてしまう」

「……質問」


 ぼくよりも年若い少年が、おずおずと手をあげる。


「空と地上のあいだの悲しい歴史って、なんですか?」

「それは、地上にはむかし――」

「話すな!」


 いきなり大声をあげたのは、がんこそうなおじいさんだった。あせった顔をしている。


「その歴史は、ふういんすべきものだ。かんたんに、話していいものではない。だまっていなされ!」

「歴史というのは正しく伝えられるべきものなのではないのですか」


 ぼくは、声がふるえないように、がんばる。


「歴史を知って、はじめて、いまがわかるのではないですか。ぼくはそうでした。地上で出会ったお姉さんに歴史を教えてもらって、それではじめてどうしてこの国が空に浮かんでいるのか理解できた。いまを、理解できたんです。そしていまがわかれば、未来をどうするか考えられる。ぼくは」


 ひとつのこきゅうぶん、をとった。


「ぼくは、空のひとびとも地上のひとびともみんなあらそわないで、そして、力をあわせて、ふたたびうみを、青い楽園を地上に実現させるような、そんな未来がほしい。うみをつくるには、空のひとびとと地上のひとびとが力をあわせることが、ぜったいに必要です。空には高い技術があります。地上には、じっさいに、ひとびとが生きています。これらが合わされば、うみだってつくれるはずです」


 こきゅうを、気持ちを、おちつかせて。



「ぼくは、青いうみにくじらが泳ぐ、そんな未来がほしい――」



 だれも、なにも言わなかった。いつのまにか、しいん、としずまりかえっていた。それぞれが、それぞれなにかを考えていた。

 その時間は、長かった。いまこのきんきゅうじたいでは、時間がもったいないくらいに。

 どうん、どうん。こうげきは、つづく。部屋も、帝国も、ゆれる。

 でもぼくは、待った。ひたすらに待った。



  そんななか、最初に口を開いたのはえいだった。


「……そうだな。俺は、伝説の、うみで泳いでみたい」


 すると、何人かの若いひとたちがぽつりぽつりと言いはじめる。


「私、さかなっていうのを見てみたいな」

「俺はすなはまで波の音を聴きたい」

「ぼくもうみで泳いでみたいよ。泳げるほどの水って、想像もつかないや」


 役人長は、顔をまっかにした。


「こんなきんきゅうのときに、なにを、のんきな話を!」


 若者たちは、うみの話で盛り上がりはじめた。しかし年をとったひとたちは、いまだにしぶい顔をしている。


 顔見知りのおばあさんが、言った。


「……くりおねくんや。くりおねくんの言うことも、わかるぞ。しかしのう、歴史というのは重たいものなんじゃ。そうかんたんに、どうにかなるものではないんじゃ……たとえこうして、せめこまれてしまってもな」

「でも!」


 ぼくは、思わず大きな声を出していた。わかる、わかるんだけれど。


「進まなきゃ、いけないと思うんです。ぼくに、ぼくたちに、まかせてみてはくれませんか? かならず、青いうみをつくれるような、そんな関係を地上のひとともってみせます――かならず!」


 おばあさんは、ぼくの目をじっと見た。

「……かくごは、あるのかえ? 一生かかる仕事になるぞ」

「はい」


 ぼくは、すぐにうなずく。


「たとえ一生かかっても、ぼくは地上のひととなかよくすることをあきらめません」


 そのときだった。



「よく言ったねえ、くりおね!」



 ばん、と部屋のとびらがいきおいよく開いて、みしゃくじがあらわれた。

 葉っぱの頭かざりに白いころも、そして長い木のつえ。神としての正式せいしきなすがただ。

 みんな頭を下げ、手を合わせておがむ。正式なすがたをしているということは、みしゃくじはいまみしゃくじ神としてここにいるので、ぼくもいちおう頭を下げて手を合わせた。こういうのは、合わせないと。


「いいよいいよみんな、顔を上げてよ」


 みしゃくじはそう言ったあと、ぼくのもとにゆっくりと歩いてきながら、みんなに向かって言う。かつ、かつ、とつえをついて、その音を、ひびかせながら。


「地上っていうのは、ほんとうに面白いところだよ。この神である私でさえも、知らないことがたくさんあった。地上はほんとにふしぎなところ。あんなふしぎなところと力をあわせたら、最強だよ、くじら帝国は」


 年配のひとたちは、みしゃくじの言葉で、すこし心がうごいたようだった。


「みしゃくじ神さまがそうおっしゃるのならば……」

「くりおねの言うことも、あながち間違ってはいないしのう」

「くりおねの覚悟も、あるようだしねえ……」


 ……神の言葉は、こういうときに、強い。


「私は、地上のひとと付き合っていきたいね。面白いんだもん」


 年配のひとたちは、そうかそうか、といったふうにうなずく。

 みしゃくじ神さまは――そうお思いになるんだな、とでもいうように。



「さて――」


 みしゃくじが、いつもの、ふてきな笑顔を見せた。


「私が、神たちを。くりおねたちが、役人を。――つまりこの国をとりしきるほとんどのひとたちを、こうして、ひきつけているあいだ。……ひめさまは、うまくやってくれたかな?」


 なっ、と役人長が、たじろいだ。

 ほかのひとたちも、ざわめきはじめる。


「……ちょうど、だと思うよ」


 事情をもちろん知るぼくは、みしゃくじに向かって、言った。

 いつもの通りに。



「逆襲、はじまってるはず。……ユリさんの力も、ばっちり、かりられたし」


 ユリさんは、けっきょくあのあと。

 えいが見のがしたことで、地上に、とどまっている。

 えいって、そういうところあるんだ。いろいろ言いながら、最後は、わかってくれるっていうか――。


 ただし、じょうけんつきで、だけれど。

 そのじょうけんは、ぼくたちが出した――つまりあの地下のひろい空間を、かしてくれないか、っていうこと。


 そのことが、今回の逆襲作戦には、かかせない。


「そっかそっか、よかった! 力、さっそくあわせてるんだねえ、なんて、あははっ。――じゃあ私たちも行こっかあ? くじら帝国の――」

「逆襲に!」



 ぽかんとする、ひとびとをのこして。

 ぼくと、みしゃくじは、走りはじめた。

 みんなぽかんとしすぎたのだろうか、だれもおってこない――いや、えいだけが、ぼくだけのあとをおってきている。えいは、……とうぜんだ。




 こうげきは、うけつづけている。

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