むかしばなし
むかしむかし、ほんとのほんとに遠いむかし。地上には青い空と、青いうみと、みどりの大地が、広がっていた。
ひとびとは、大地と海から、いろんなものをとって、くらして。自然の恵みに
地上にはゆたかな
だからもちろん、うみにもいろんな生きものがいた。えい、くりおね、そしてくじら、ほかにも、ほかにも、数えきれないくらいの……。
彼らはゆうゆうと、青いうみを泳いでいた。青いうみはどこまでも、すんで、きらめいて、とてもきれいだったのだという。
ひとびとは、うみをたいせつにした。
うみには、神さまがいるんだって、
平和な時代だったのよ、すごく。そう、ユリさんはつぶやいた。
でも、その平和な時代は少しずつこわれはじめた。ひとびとは、もっともっと、ほしくなってしまった。いまもっているぶんでは、足りなくなってしまった。
だから、さらなるモノや土地をうばいあって、あらそいはじめたのだ。
それはゆっくりとはじまり、気がついたらだれも止めることのできないところまで来ていた。それはもはや、戦争となっていた。
次々と新しい
この、空気をよごすこなが、いまも地上にのこるどっけだという。
そんなふうにひとびとは地上をめちゃくちゃに、あらし続け。気がついたら、地上はひとの住める場所ではなくなってしまった。
みどりも、生きものも、ほとんどなく。
どっけがさんざんばらまかれたせいで地上は砂ばくと化し、空気を汚したせいで空はもはや灰色ににごりきってしまっていた。いまの地上の景色は、そうやってできあがったのだ。
じゃあ、どうしようかとなったとき。ひとびとは、空とぶふねにのって、空ににげてしまおうと決めた。いろんな技術をつかって、空高くに帝国をつくったのだ。
……これが、くじら帝国をはじめとして、空にうかぶいくつかの帝国の、つまりぼくたちの、
でも、帝国に行かずに地上に暮らし続けなければならないひとたちもいた。天空へにげるふねは、そんなに大きくなかったのだ。……天空へいけるひとは、えらばれたひとびとだった。
えらばれなかったひとたち。
それが、……三つ子やクレアさんたちの
あらそいが起きる前の文明を、これはいる、これはいらない、とえらんでつくった、おもちゃの箱庭みたいな帝国だ、とユリさんは言った。
あらそいのための高い技術、そしてそもそも戦争があったんだという事実は、帝国のごく一部のひとにしか知らされないことになった。
地上が、あれはてたこと。
そのことを、みんなが知ったら。……いろいろと、ふつごうなことが、起こるらしい。
それで、いまのこの状況ができた。つまり、うつくしい箱庭みたいな天空の帝国と、すっかり荒れはててしまった、地上。
「地上のひとびとは、あきらめかけてしまっている……もう地上とともに自分たちは滅びるしかないって、思いはじめてしまっている」
ユリさんは、つぶやくように言った。
「私は、地上で生まれそだったんだけどね。八年前、ふるさとを飛び出してここにうみをつくりはじめたわ。うみだって、とりもどせる。だから地上はまたゆたかになれる。みんなに希望をもってもらえる。そう信じて。だれもが、そんなんのはむだだ、ぜったいにできないと言った。だけど、私はやると決めたの」
ユリさんのつくった、ひとの手によるうみは、伝説の通りに波を送り続ける。
「大変な作業だった……たくさん勉強したわ。むかしの本を読みあさって、技術を学んで。ひとりきりだった。さみしかった。でもがんばった。そして二年前、ついにうみが完成した……でも、見せる相手はだれもいなかった。かけあしでもどったふるさとはすでに、どっけによって、ほろんでいたのよ」
クレアさんの横顔が、ゆがむ。
「だから、私はここにくらしているんだけどね。人工とはいえ、うみは、うみ。さかながつれるし、水をきれいにする道具もあるから、生きるにはこまらない。……そうして、ひとを待つ。
あの、青いかんばん――。
天空のひとを、……ぼくたちを、待っていたものだったなんて。
「地上のみんなは、あきらめている。でも、そんなことはないって私は信じてる! この地上にもう一度、楽園をつくることは、できると思うわ!」
ユリさんは、立ち上がった。
ぼくたちに背を向けて、うみに向かって両手を広げる。
ユリさんのすがたは、きれいなシルエットになる。
でも……あんまりにも、いきなりの行動で。
おだやかに話していたユリさんが、なんだか、べつのひとのようにも見える。
「ああ! うみ! 青いうみ! ――でもこのうみは、私がつくった
ユリさんは、両手を下ろして、うつむく。
こぶしをにぎって。そのこぶしは、気のせいだろうか……ふるえているのだ。
「……そうよ。……だれも、なにも
ユリさんは、こぶしをにぎって、さけぶ。ユリさん自身のつくった青い空に向かって、さけぶ。
雲ひとつない、かんかん照りの空。
「ねえ! どうしてこのままでいいってことがあるの! 地上が、いいえ、この星がこのまま、ほろんでしまっていいってことが、どうして、あるの! そんなの私はゆるさない! それならどうして、私は、私たちは、この星に生まれてきたっていうの!」
ぼくは、ぼくたちは、なにも言うことができなかった。
なにかを言わなくてはならないことは、わかっていたんだっけど。
でも。このおとなのひとにいま、ぼくたちがなにを言うことが、できたんだろう。
ユリさんは、だらりと、からだのちからをぬいたようだった。
「そんなのって、ないわ……」
ざぱあん、ざぱあん、と波はそのリズムを変えることがない。
波はユリさんの足もとに、うちよせて、
ぼくたちはしばらくのあいだ、そうやってそれぞれに、波の音を聞いていた。ぼくはユリさんの足もとを見つめていたけれど、やがてふっと目を閉じた。
……どうして急にそうしたのか、自分でもわからなかった。ただ、ちょっとねむたいのかも、しれなかった。しずかだし、波が、ここちよくて。
たぶん、そう、波のおかげだ。
こんなときだけど、なぜだか、安心する気がした。
波のそばにいると。なんとも言えない、ふしぎな気持ちだった。なつかしさとせつなさが、まざったような……。まるで巨大なゆりかごのような、青いうみのなかで、ゆられているような……。
そんなふしぎな気持ちのなか、ユリさんの声がした。
まるで遠くからひびいてくるかのように。
「ねえ、君たちは、どう思う?」
どう思う、っていうのは、やっぱり。
「ああ、いいのよ、目は閉じたままで。聞いてもらいたいだけだから。ふふ、三人ともすっかり気持ちよさそうに目を閉じちゃったわね。無理もないか、はじめてうみと触れ合うんだものね。うみっていうのは、そういう
ユリさんの言うとおりだ。なんだか……気持ちがいい。
「だれも、なにも解決しようとしない……さっき、私はそう言ったわね。それはじっさい、いまのところの事実だと思うの。でも。でも、これから変えてゆくことはできる。解決しようとするひとを、増やしてゆくことはできる! 青いうみを取り戻すための、これはいのちをかけたプロジェクトなのよ!」
ぷろじぇ、なんとか……その言葉はよくわからないけど、ユリさんが一生けんめいに、しゃべっていることはわかった。
「ねえ……よく聞いてね。きょう、君たちに、くじらを見せてあげるわ」
――え? くじら、を?
ぼくたちの国の名前。はるかむかしに、
くじらという生きものは、ぼくたちにとってほんとうにとくべつなのだ。
「ふふ、びっくりするわよね。とくにくじらちゃんは、名前がくじらってくらいなんだから。君たちはきっと、くじらを見たことなんてないんでしょう?」
ユリさんは、どこかいたずらっぽく言う。
「くじらを見たら、君たちはきっと私といっしょにうみをよみがえらせたいと思いはじめるはずだわ。そうしたら、くじらちゃんとみしゃくじちゃんとくりおねくん、そして私の四人で、地上にうみをよみがえらせましょう。――私はね、ほんとにね、ずっとずっと、さみしかったの。だから……」
目をつぶっていても、わかるほど。
ユリさんは、せつなく笑った。とてもせつなく。
「だから、いっしょに地上の楽園をつくってくれないかしら」
ざぱり、ざぱあん、と。波の音が、心地いい。
ユリさんのその言葉を、最後に。
……ぼくの
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