焼きつくす

「……ちょっと。そこまであばいてあげなくたって、いいじゃない」


 言葉ではなく、その言いかたを聞いて、みしゃくじは――くじらをかばっているんだな、とぼくはわかった。

 ……めずらしいことだ。


「そうだよ。私は、いのりを知る。王族は、歌を知る。そして王族も神も、こうしてたまに地上におりる。そうして地上のようすを見る。……とくに、王族にとっては、子どものころにいちど地上におりるのは、義務ぎむ――やらなければいけないさだめ」


 くじらは、うなずいた。


「だから、家出といったって、それは同時に、くじらひめさまのやらなければいけないことを、はたすためだったんだよ。……結婚は、きっかけにすぎない。もちろん、あざらし帝国は、カンカンに怒ってるだろうけどね」


 その話は、ほんとうなのか、とさえ思うけど。

 でも、みしゃくじが言うなら……ほんとう、なのだろう。


 ……そうなのか。

 ぼくは、そんなこと――まったく、知らなかった。

 知らなくて、あの夜、このまま地上に行ったらどうなんだろうって、わからなくって、でも、くじらが、たいせつなおさななじみの女の子が、泣くから――いっしょに、こうして地上にやってきたんだ。


「……そして、かくす。民のために」


 かくす。

 みしゃくじは、たしかにそう言った。


「にせものの神よ。ついに、ひらきなおったな!」

「ちがう。それのなにがいけないっていうの。聞きたいんだ。……こことはべつの神さまとなのるあなたに」

「ほほう、いやはや、ひらきなおりもここまでくると……」


 青年は、両手を天にむけた。あきれた、とでもいうかのように。

 そしてそのあと、にやり、とみしゃくじにむけて、笑う。


「あなたたちは、そう考えるでしょうなあ。歌もいのりも、民にかくす。それは、正しいことなんだ、と。歌といのりがなくなれば、ひとは平和を忘れる。ひとが平和を忘れれば、ひとびとはあらそう。それが民のためだと、そうもうすのでしょうな」

「……待ってください。ぼくだけ、ついていけて、ないんだけど。ぼくたち、あらそってなんかいません。くじら帝国は、とても平和です」


 青年は、ぼくにむけて、鼻をならした。ばかにするように。


「それは、にせものの平和。そう思いこまされているだけですよ。空にうかぶ国。そこでくらすひとびとは、平和でしょう。でも? ……地上は? はるかむかしのあらそいで、よごれたままの、この地上のひとびとは? いのちがみじかくなったり、とつぜん別の生きものになったり。そんなあぶないくらしをしている地上のひとびとのことを、天空の民のあなたたちは、いったいどう考えているやら」


 三つ子と、あの村。

 クレアさんたち。

 ……たしかに、そうだった。いのちがみじかくなり、とつぜん別のいきものになったり。


 よごれたまま、っていうのは。

 つまり――どっけの、こと?


「天空の民はね、地上のひとびとに、このよごれた地上を、おしつけたんですよ。むりやりに、ね。天空にいける民をえらんだ、それは、さべつと言ってもいいかもしれませんねえ。それで自分たちは高みの見学ですか。ゆうがですねえ。……それでいて、地上のひとびとがもし天空とあらそおうと思ったら、しっかりとあらそえるようにしておく。いのりをふういんする王族、歌をふういんする神となのる一族、そして役人という名の、帝国によろこんでしたがうひとびと! いざとなったら、役人をたたかいに出す。でも彼らはうたがわずに、たたかいに出るでしょう! それは、そうですよ。みんな国が大好きなんですから。そしてみんな、いのりも歌も知らないんですから! そんな国――くじら帝国を、せっせとつくって!」


 青年は、どなった。

 かみなりが――もういちど、遠くで、なった。


 ぼくは、役人で。くじらは、おひめさま、つまり王族で。みしゃくじは、神さまで。

 ……でも、そんな話、聞いたことない。


「……くじら……みしゃくじ……どういう、ことなの……あのひと、でたらめ言ってるんだよね?」

「……いや。ここまで言われてしまったら、しかたない。どうして、かのものが、そんなことまで知っているのか、わらわにはわからぬが……すべて、ほんとうのことじゃ」


 くじらはうつむいて、かたをふるわせた。


「くじらひめさま! ばか! みとめちゃ、だめだ、そんなの!」

「ほっほう、がある。……それは、ほんとうのことです、と言っているに、ひとしいと思いますが?」

「ちがう、ちがう、ちがうったら、ちがう。私たち、そんなことしていない!」

「――ほほう。まあ、いいでしょう……すぐに、わかることです」


 青年は、ひとりごとのようにつぶやくと、なにかぶあつい箱みたいなものを出した。

 それに口を当てて、あ、あー、と、せきばらいみたいな声を出す。


「やばんな文明の星を発見。ぎんが系の、はしのはしにあり。星ぜんたいの、戦争の可能性ある。おうえん、たのむ。くりかえす。やばんな文明の星を発見……」


 みしゃくじが、急に。

 青年のところに飛び出して、とびかかり、つきとばした。

 青年は、よろめき、しりもちをつく。

 そのすきに。そのぶあつい箱みたいなものを、みしゃくじは、うばい。それにむかって、さけぶ――。


「いったいどこのなんの神たちか知らないけどっ。私たちは、うまくくらしている。平和にくらしている。それをじゃましないでよっ。どうして、じゃまするのさ! どうして!」


 ぶつり、と糸が急に切れたような音がした。

 青年は、しりもちをつきながら、は、はは……と、こわれたみたいに笑った。


「……むだですよ。があるず、あんど、ぼおい。おうえんは、すぐに来ます。そうですね……ここは母星ぼせい、私たちのふるさととはずいぶん遠いところですけれど、それでも、三日もあれば、たくさんのひとびとが、宇宙のふねで、やってきます。もえさかるほのおを、もってね。……あなたがたをほろぼすためにね」


 かっかっか、と青年は笑い、そのまま、天井をあおいだ。

 ぴっかりとした笑顔、そして……声をたてて、笑いはじめる。


「よかった。また、やばんなたましいを、救うことができました……。神よ。感謝します。この地の者たち。ごうまんな天空の民、あわれな地上の民。どちらも救います――ほのおで焼きつくしてみせましょう!」


 そなた、とくじらが大声でさけんだ。


「そなた……そなた! とんでもないことを!」


 どうん、と大きなかみなりがなった。

 おなかに、からだ全体に、ひびく。

 いままででいちばん大きな、かみなり。


「……もう、いいよ、ひめさま、くりおね。もう、行こう。これ以上こいつにつきあっていたって――しかたないよ」

「しかし! しかし! みしゃくじ神! この者はわれらをほろぼそうとしておる――古文書につたわる、あくまではないか! ほのおで、焼くだと? じょうだんではないぞ! どうにか、どうかしないと――」

「……でも、もうすでに、こいつはやって来てしまった。来てしまったものは、しょうがない。まずは、こいつのもとをはなれよう。私たちに、いまほかにできることはないし、こいつといるの……私、ちょっと疲れたよ」

「でも! でも!」


 くじらは、目になみだをいっぱいにためて、青年をなんどもなんども指さした。

 ……ぼくは、くじらの、そういうところが好きだ。

 いっしょうけんめいで、くやしそうに、やめないところが、好きなんだ――。


 でも、ぼくは。

 くじらのかたに、そっと手をのせた。


「……みしゃくじの言うとおり、いまは、いこう。くじら。このひと……これ以上いっしょにいたら、なにをしはじめるか、わからない」

「でも――!」


 くじらは、泣きさけんだ。

 それは、くじら帝国のひとびとをまもろうとする、おひめさまとしてのくじらのなみだ、さけびなんだろうと、ぼくは思う。



 青年の高笑いが。

 ぼくたちの背中で、いつまでも、いつまでもひびいているのだった。






(第四章、赤いかみなり、おしまい。第五章に、つづく)

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