歌といのりをもたない星

「なにを……言っているの。私を神じゃないって言ったなんて、あんたが、はじめてだよ……」


 みしゃくじは、よゆうのようすで笑おうとした、みたいだった。でも限界もある、みたいだった。だって、その横顔はこわばっている。その横顔は、おいつめられている。


「……あのっ」


 だから、ぼくは。

 気がついたら、声をあげていたのだった。


「みしゃくじは……神さまです。くじら帝国から来たぼくたちが言うんだから、それは、まちがいないです。ねえ、そうだよね、くじら?」

「……その通りじゃ。みしゃくじ神は、いけ好かないが――しかし神であることは、変わりない」


 だから、くじら帝国のおひめさまであるくじらでさえ、王さまをはじめとした王族のひとたちさえ、みしゃくじたちのことは、ていねいにとり扱うんじゃないか。


「ほうほうほうほう。わたしの奇跡きせきを、目の当たりにしても、まだ。まだまだ、言いのがれ、するという? ……これだから、異教いきょうの神は、救いようがない」


 青年は、ぱちんと、指をならす。

 するともっと、もっともっともっと――激しく、かみなりがごろごろと鳴りはじめる。


 ぼくは、右手で、くじらの手をにぎった。だいじょうぶだよって、伝えるために。

 そのあとに、右手を動かして、みしゃくじの背に、そっとさわった――神にさわるとは、ぼうとく。けれども、みしゃくじは、ぼくのおさななじみだ。神聖とされる右手でさわるくらいのことは、きっと、……きっと、ゆるされるだろう、って思って。

 じっさい。みしゃくじは、ぼくのことをせめなかった――ただふりかえりもしなかった。青年のほうを、まっすぐ見て、呼吸もちょっと、……あらくなって。



「……いいでしょう」



 青年は、にやりと笑った。

 そしてテーブルの下に手を入れ、こんど、とり出してきたのは、またしても、うすい板のようなもの。大きさは、さっきから手にしている石板みたいなものと、ほとんどおんなじだ。でもまた、ちがうものだ。すき通っている――まるで光を通す窓みたいに。

 その窓みたいな板を、青年は、顔の前にかざした。

 なにをしているんだ――そう思うまもなく、その板は光って、赤黄青緑紫、さまざまな色を、ちかちか、ちかちかさせてみせる。


「……なんだというのじゃ」


 くじらの、言う通り――いま青年は、いったいなにをしているのか。ぼくにも、くじらにも、わからない、えたいが知れない、……たぶん、みしゃくじにとっても。



「……すきゃん、完了」



 ……また、わからない言葉を言った。

 青年は、ぼくたち三人に向かって――ますますいじわるそうに、笑ったのだった。


「ほう。なるほど、なるほど? どうせろくでもない民だと、思っていた。しかし――おまえらは、ろくでもないなかでも、とことんろくでもない。そういうやつらのようだな」

「ちょっと、あんた! 民って、なに、それ、もしかして私たちのこと? くじらひめさまと、くりおねと、――帝国のみんなのことっ?」

「帝国から逃げたはずなのに、帝国の民をかばう。なるほどねえ。この星の民は、かわいそうだ、おろかすぎていっそ、同情してしまいます、おおう……」


 いいですか、と青年は自信たっぷりに言った。


「私がいまあなたたちにこれをかざしたのは、あなたたちのを、するためです。このは、きれものでしてねえ――銀河系ぎんがけいならば、はてのはてまでいったって、すべての星の情報が、わかってしまうのですよ……歴史から、とくちょうから、長所に、悪いところまで、なにもかも」


 ……わからない、言葉だらけだ。


「この星のひとたちは、あわれな、たたかうことしか知らない民だ。……青い海の星だった。ゆたかな自然の星だった。それを、うばいあうことしかできなかった民だ。ほかの星にはたいてい豊かな文化がある。でもここには、あなたたちには、それがない。……あなたたちは、歌うことも、いのることも知らないのだろう」


 ……歌う? いのる?

 聞きなれない言葉だ。なんの、ことだろう。

 古文書の用語だろうか。どこかで――聞いたことは、あるような気がするのだけれど。


「いいや……そちらのおひめさまは、歌うことは、知っているのだろうね。そうして神と言いはるあなたは――いのることは、知っているのだろう」

「……そうなの。知っているの。くじら、みしゃくじ」


 くじらは、かたくなに、だまりこみ。

 みしゃくじは、気まずそうに、目をそらした。


「……文化を、消した星だ。なんのために。なんのため? そう、そんなの、決まっている。たたかいのためだ!」


 青年は立ちあがり、両手をひろげた。

 ごろごろ、ぴしゃん、と――かみなりは、さらにさらにはげしく。


「歌といのり、つまり、芸術げいじゅつ宗教しゅうきょうは、あらそいを止めさせてしまうちからをもっている。じっさい、私はそういう国をいくつも見てきたのですよ。芸術を通して人間は真実を知る、宗教を通して人間は平和を知る……といっても、あなたたちには、まったくぴんとこないでしょうがね」


 ぴんとこない、どころか、……聞きなれない言葉ばっかりで、いったいなにを言っているのか、ほんとうに、ほんとうに、さっぱり、わからない。


「だからこの星には文化がない! あるのは、生活と、仕事のみ。ふつうの星の、文明がまだ発達する前の、農民たちのそぼくな生活に、にている――でもちがうのは、あなたたちには、おまつりがない。歌が、いのりがない。神がいない!」

「――だから神は私だって言ってるでしょっ?」

「じょうだんを言わないでください。ただ生まれ社会をつくりたたかいあらそい死んでいくだけの、もっともつまらない星のひとつの民のひとりにすぎない、おまえが!」

「ぼうとくだ」


 みしゃくじは、ぼうぜんとして言った。

 しかし、青年は、ひるまない。


「ぼうとく? 笑わせますね。……ぼうとくの理由となるような、神をもたないくせに」

「……言いすぎじゃ……」


 くじらが、真っ青な顔で。

 でも、たしかに、青年にむかって、言った。


「たしかに、……たしかにわらわたちは、いや、……わらわの民は、歌をもたぬ。王族のみが、歌を知るのじゃ……しかしそれはしかたがないのじゃ。帝国のしくみなのじゃ……わらわたちは歌をうけつぐ、まつろわぬ一族。ゆえに、王族であるのじゃ!」


 青年は、悩むみたいに、おでこに手を当てたけれど。

 ……ばかにしている、とあきらかにわかった。


「おやおや、ふざけちゃって、くじら帝国のあとつぎのおじょうさん」

「くじらは、おじょうさんではない。おひめさまなんだぞ――!」


 思わず言ったぼくの言葉にも、青年はふっと笑うだけだ。


「わかって、いたんでしょう? あとつぎの、あなたには。帝国から、地上に来ること。それがどんな目的をもつか」

「……くじら……なんの話? あのひとの言ってること、わかるの?」


 ぼくは、くじらのかたに手をおいて、必死に語りかけるけれど。

 ……くじらは、さらに、真っ青な顔をしていた。



「……それは……」



 くじらは、うつむく。



「……わかって、おったが……」



 みしゃくじは、目を見ひらいた。

 わからない、わからないわからないわからない。ぼくだけが――いまここで起こっていることに、ついていけていない!


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