にせものの神

 石のなかには、やっぱり、へんな部屋が広がっていた。

 なにもない、がらんどうの空間。そこでは、かべも天井もゆかも、ぴかぴかと銀色に輝いている。そのうえあちこちに、赤色の出っぱりがある。これはなんですか、と青年に聞いたらすいっちですよ、と言われた。やはり、このひとの言うことはよくわからない。


「このような部屋で、いったいどのように生活するのだ……」


 くじらは、きょろきょろとあたりを見回している。くじらのつぶやきを聞き逃さず、青年はぺらぺらとしゃべる。


「なんと言っても、私は神ですからね。ここは神の聖なる神殿しんでんってわけです。食料なんか無限につくれるし、ねむらなくたってかまわない。神の力というのは大いなるものなのですよ、ぼういあんどがあるず。ほら、このすいっちなんかを押してみるとですね」


 青年は、手近にあった大きなすいっちをぽちりと押した。すると、手をふれてもいないのに、床とかべがういいんと動いて、大きなテーブルがあらわれた。

 ぼくたちは、おどろいて身を引いた。


「そして次は、こう」


 青年は、そのとなりのすいっちを押す。すると天井から手のようなものが生えてきて、あっというまに食事を用意してしまった。パンやスープが、ほかほかとおいしそうだ。……でもいまの手は、いったいだれのだろうか? 変なおばけの手とかでは、ないだろうな?


「さあさ、お食事といきましょうじゃありませんか。君たちはまだ、子どもですね? だいじょうぶ、お酒だけでなくてジュースもあるから。子どもはお酒を飲んではいけませんね」


 ぼくたちは顔を見合わせる。

 子どもがお酒を飲んではいけない。どういうことだろう。

 くじら帝国では、お酒というのは、儀式ぎしきなんかのときに、むしろ飲まなくちゃいけないものだった。ぼくはそんなにお酒が好きってわけじゃないから、飲まなくていいならそれはそれでありがたい話だ。


 しかし、お酒の好きなみしゃくじは不満そうだった。


「えー、なにそれ。子どもだからって飲んじゃいけないってことがある?」

「おー、やはり文化が違うみたいですね。なるほどなるほど、この星は、子どもの飲酒を禁止しないと……ふむふむ、あれもこれも、メモしておかないと。勉強になりますねえ」


 青年は、石板みたいなものを、指でなぞっている。……いったいなにをしているというのだろう?


「しかし、ここは私の神殿、つまり私の王国。郷に入りては郷に従え。仮にも神のこの私が、飲ますわけにはいきません。がある、ここはひとつご了承を」


 みしゃくじはまだ不満が残っているようだったが、しぶしぶといったふうにうなずいた。



 なにはともあれ。奇妙な食事会がはじまった。食事はおいしく、みしゃくじなんか、おかわりまでしていた。

 話は、青年を中心として進んだ。青年が、さまざまな魔法を見せてくれるのだ。炎を閉じ込めた玉、手のひらから手のひらへねばつく水、空中をいつまでも舞い続ける葉っぱ……ぼくたちはその魔法におどろいた。ぼくなんかは、このひとはほんとうに神なのかもしれないと思いはじめた。……みしゃくじのほかにも、神っていたのか。


「すごいねえ、あんた! どうやってやるの、その魔法?」


 魔法ですっかり楽しくなってしまったみしゃくじが、興奮して聞く。青年は、ふふんと鼻を鳴らす。


「私は神ですからね。こんなこと、たやすいことです」

「へえ……私も神だから、いつかはこういうことができるようになるのかな」

「失礼ながら、がある、あなたはほんとうに神なのですか?」


 青年は、葉っぱをしまいながら、そんなことを言った。

 あれ。このひと。……みしゃくじが神だってこと、わかってないんだ。


「私は神だよ」


 みしゃくじはけろっとして言う。そうだ、みしゃくじが人間なわけない。神なんだから。この青年と、おんなじで。


「おー……いやでもしかし、がある、私にはあなたが、ふつうの人間となんら変わりない存在に見えてしまうのです。ただの人間ではないのかと」

「……なんだって?」


 この発言にはみしゃくじも、さすがにまゆをぴくりと動かした。

 神を、神でないと、こんなにはっきりと言いきるなんて。

 神に対するぼうとくだ――ぼくは息をのんで、くじらは青ざめた。


「私の国にもいました。自分で自分を神だと言いはる人間。自分で自分を神だと思い込んでいる人間。ああ、あなたもそうでなければいいのだが……」

「私はほんとに神だよっ!」


 みしゃくじは、テーブルをばんっとたたいた。食器やグラスが、がたんとゆれる。


「いい? 私はね、正統な神として生まれ、正統な神として育てられ、正統な神として生きてきたの。上のみしゃくじ神さまたちの神事しんじを受けつぐ、正統せいとうなみしゃくじ神。それが、私。私が神であることに、疑問をはさんだ者などいままでだれひとりとしていない!」

「おー、ではいままさに、私が疑問をはさみましょう。がある、あなたは人間なのではないかと」

「……なっ、」


 みしゃくじの顔は、怒りでみるみるうちにまっ赤になってゆく。当然だ。この青年はいったいなにを言ってるんだ。

 青年は、しかし、続ける。


「私は神です。それは正しいこと。なぜならば私は人間と違って全身が赤いという外見をしているし、食べるものも人間と違うからです。ほら、この食事。へっていないでしょう? 私は神なので、人間の食べものを食べないのです」


 青年は、手を広げる。見るとたしかに、青年の前にある食事は手がつけられていなかった。青年の魔法に夢中で、気がつかなかったけれど。


「神は神の食事を食べるのです。ほら」


 青年はまたすいっちを押し、壁の手から出てきた小さな泥だんごみたいなものを食べた。ちっともおいしそうじゃない食べものだった。


「神は人間と異なる存在なんですよ、わかりますかね、かわいい、がある。しかしあなたは人間とまったくおなじだ。人間と変わらない外見をして、人間とおなじように食べて、おそらくは人間とおなじように眠りもするのだろう。だからがある、あなたは人間なんです。だって神なら、」


 そこで青年は、にやりと笑った。


「神だってしめす、証拠しょうこは、どこにありますか?」

「……私は神だよ!」

「ふむ、ふむ、主張だけで他者を納得させるのは無理なんですねえ。証拠がないと」

「証拠、証拠って……うるさいな……」


 みしゃくじは悔しそうにこぶしを握りしめる。いつも冷静なはずのみしゃくじが、感情的になっている。

 青年は、勝ちほこったように言う。


「たとえば、私などはこのような証拠をお見せできますが」


 青年は、ぱちん、と指を鳴らした。

 するとそのとたん、ごろごろごろ……と遠くから音が鳴りはじめた。


「かみなりじゃ……」


 くじらが、おびえたように言う。

 青年はすいっちを押して銀色のかべをとうめいにした。部屋から外が見えるようになった。これも神のちからだというのだろうか。

 はい色の空は、いつにも増して不穏な気配を漂わせている。



 ごろごろごろ、としばらく音が鳴り響いたあと……。

 ぴかっ、どうん!



 赤いかみなりが、大きな空をつらぬいた。じぐざぐのかみなりは、とても鋭いかたちをしていた。



 青年は、得意げに鼻を鳴らす。



「どうです、これぞ私が神である証拠」

「なに、それ……」



 みしゃくじは、悔しそうにうなる。しかし、みしゃくじが見せることのできる神さまの証拠なんてない。みしゃくじは、神さまだから神さま。それ以上の説明は、ぼくにもくじらにもできないのだ。



 そんな当たり前のことを、うたがうなんて――。



 青年は、にやにやと笑いながら言う。



「神はひとりで十分、ほかにこの地にいては困るのです。あなたが神でないことが、この説明でようくおわかりになったことでしょう。にせものの神よ!」



 ぴしゃりと、また、かみなりが鳴った。

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