第四章 赤いかみなり

落ちてきた石

 クレアさんは、ぼくたちと来ることはできなかった。

 クレアさんは、……にゅむーになった。

 けれどもぼくたちの旅は続く。

 クレアさんたちを、小さな木の家のそばに残したまま、それでも、歩みを進める――どうして、どうしてという問いに、……答えてもらえる日は、くるのだろうか。


 どうして。

 三つ子はどうして十才で死ぬのか。

 クレアさんはどうしてにゅむーになってしまったのか。

 どうして、どうしてなんだろう、って。


 地上を旅していれば、やがてその答えがわかるのだろうか……わからないけれど、ともかくいまは歩みを進める、進めるしかない、――たくさんのどうしてを、むねのおくに、ひめながら。




「しかし、あれじゃのう」


 すこし、旅なれてきて。

 相変わらず白く広い砂ばくを三人で歩いているとき、くじらが言い出した。


「地上の砂ばくというのは、石ころのひとつも落ちていないのだな。帝国にはよく岩のかざりものがあったが」

「ほんと、砂ばっかりだよねー。もうあきるよってほどに砂ばかり」


 ぼくはふとしゃがみこみ、砂ばくの砂を手にとってみた。さらさらとした砂は手に残らず、するすると面白いほどに落ちてゆく。

 ぼくはぽつりと言った。


「……この砂って、なにでできてるんだろうね?」

「人間の骨だったりして」


 みしゃくじが面白そうに言う。くじらは、びくりとする。


「みしゃくじ神、なにを言う。そのようなことを言うのは、うそであってもやめなされ」

「でもわかんないよ。なにが真実かなんて、なかなかわからないもんじゃん?」



 みしゃくじの言っていることは、深いのかなんなのかいまいちよくわからない。

 いつも。



 と、そんなときだった。

 それに最初に気がついたのは、くじらだった。空に向かって、指をさす。


「なんじゃあれは」


 ぼくは、くじらの指さす先を見た。

 空に、小さな点があらわれている。


「ほんとうだ。なんだろう」

「星みたいだねえ。まっくろ、ってところが、まがまがしいけど」


 点はぐんぐん大きくなって、地上に近づいてくる。石。石みたいな物体だ。


「まさかあれがうわさの、いん石ってやつじゃないだろうね……」


 みしゃくじがつぶやく。ぼくたちは、ただただ息を飲んで石みたいなそれが近づいてくるのを待つしかなかった。



 石はみるみるうちに地上に近づき――。



 ごうん、と大きな音をたてて地上に落ちてきた。巨大だ。はるかてっぺんを見上げてしまうほど、その石は巨大だった。石というよりは、ふねのようだ。

 かたちは、手まりに似てまんまるい。表面は、ざらざらごつごつとしている。


 あっけにとられるぼくたちをさらにおどろかせたのは、その石のいちばん下、つまり地上にせっしている部分が、とびらのように、ういいんと開いたことだった。

 片手を上げて、出てきたのは――。



「やあ、やあ、はろう、はるか遠い星の皆さん。元気ですか、はあわあゆう? はっは、なんて通じるわけないか」



 赤くてつるつる光る服を全身に着た、茶色いかみでレモン色のひとみの、奇妙な青年だった。




 青年は、ぼくたちに握手あくしゅを求めてきた。ぼくとみしゃくじはとまどいながらもその手を握り返すが、くじらはぼくのうしろに隠れてしまって出て来ようとしない。


「おー、これはこれはしゃいながあるですねえ……」


 手のひらを上に向けて青年は言うが、なにを言っているのかよくわからない。


 青年はその赤くてかたそうなまるいかたちの奇妙なぼうしを頭から外して片手にかかえ、くじらのそばにしゃがむ。

 くじらはびくりと身を引く。ぼくは、さりげなくくじらのそばによる。


「がある、私はあやしい者ではありませんよ。ただの神です。そう、神なのです」

「神?」


 みしゃくじが、むじゃきに言う。


「あんたも神なの? 私も神だよ」

「おー……」


 青年は、おどろいたといったふうに、目を細めてみしゃくじを見た。


「いや、いや、まさかこの地で私のほかに神に出会えるとは思いませんでした。これぞらっきいというもの」


 青年は、立ち上がった。


「どうです、このらっきいの記念きねんにお食事でも?」

「食事? どこで?」


 みしゃくじが聞く。すると青年は、はっはと笑った。


「ご冗談を。私の宇宙船があるではありませんか」

「うちゅうせ……?」

「おお、この地のひとびとは宇宙船を知らないとみた。大丈夫ですよ、ご安心ください。あの完ぺきな球体きゅうたいのなかには、じつに過ごしやすい空間が広がっているのです」

「ふうん、そんなもん……?」


 みしゃくじは、いまいち納得していないようだった。


「さあさ、まいりましょう。この素敵ならっきいに乾杯をせねば!」


 青年は言うと、ひとりでさっさと石のなかに入って行ってしまった。石のとびらはひとが近づくと、ういいんと、きみょうな音を立て勝手に開き、時間がたつと勝手に閉じた。ふしぎだ。いったい、どういうしくみなんだろう。



 砂ばくは急に、しずかになったように思える。



「どうする……?」


 ぼくはふたりに聞く。


「あやしいやつじゃ」


 くじらはまだ、ぼくの服のすそをつかんでいる。


「あのような者と食事をともにするなどとんでもない」

「でもさあ、食べられるものは食べといたほうがいいよねえ。携帯けいたい食料も無限むげんってわけじゃないし」


 みしゃくじが言う。それはたしかに、その通りだった。まだまだ量は十分にあるけれど、むだに食べていっていいものでもない。


「それにさ、私けっこう気に入ってるんだよねえあのひと。面白いじゃん? どうやら神らしいしさ。私の仲間だよ。なんて言うかなあ、神どうしにしかわからないなにかがあるって言うか」


 みしゃくじは興奮こうふんしてまくしたてると、最後は自分でうんうんとうなずいた。

 ぼくは言う。


「……まあ、たしかに、みしゃくじの言うことももっともだね。食べられるものは、食べておいたほうがいい。神うんぬんってところは、ぼくたちにはわからないけど……ねえ、くじら。ちょっとだけ、行ってみない?」


 くじらは、すねたようにくちびるをとがらせる。

 でも、ぼくがお願いしたからか、首を横にふることはなかった。

 優しい、くじらだ。

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