第三章 白いにゅむー
木でできた小さな家
――むらさきのかみの毛とひとみをしたひとたちに、教えてもらった。
ぼくたちが地上で天空の民とよばれていて、地上と天空はむかしいっしょのもので、でも、あるとき分かれた。それはどっけが原因だった。
そのことを知ったとしても、ううん、知ったうえで。
ぼくたちの旅は、まだまだ、続く。
見渡すかぎりまっ白な砂ばくを、ぼくたち三人は歩いていた。空はにごった灰色で、相変わらず、色がない。
むらさきの三つ子を送りとどけた村を出て、歩きはじめて、もう三日になる。地上というのはほんとうになにもないんだなあと、なんだかしみじみしてしまう。
村で三つ子のお父さんとお母さんが持たせてくれた水や食料がたっぷりあって、よかった。たき木を起こす道具とか、寝ぶくろとか、ナイフとか、いろいろも。
もらったときには、量も種類も、ちょっと多すぎなんじゃないかって思ったけれど、地上を旅するにはひと月ぶんは持ち歩いたほうがいいとまじめな顔で言って、おしつけるかのように、彼らは旅に必要なものをくれた。
そのことがどんなにかありがたいことだったか、いまこうして、三日間もなんにもない地上をさすらってみて、わかる。
気になるのは、くじらだ。いまのくじらは、あきらかに顔色が悪い。
ぼくは心配して、もうなんどめかという言葉を、かける。
「大丈夫、くじら? ちょっと休む?」
「……べつに大丈夫なのじゃ」
むっとしたように言うくじらは、やっぱりちょっとつらそうで。無理しているように思える。プライドが、高いのだ。休みたい、って自分から言うと、負けたような気になってしまうのだろう。難しい性格だと、思う。
そんな事情をわかっているのかいないのか、みしゃくじはふわあとあくびをして気軽な調子で言った。
「なあんかさあ、もう三日も歩き通しじゃん。そろそろあったかい場所でゆっくり休みたいとこだよねえ」
「うん、やっぱり、そうだよね……」
ぼくは腕を組んで考え込んでしまう。人間のすくない、地上の砂ばく。やっぱりきょうも、きのうやおとといみたいに、たき木をたいて寝ぶくろにくるまって、どうにかしのぐことになるのだろうか。
旅の疲れもあって、ぼくたちはおし黙ってもくもくと歩き続けた。
ぼくは、くじらを気にしてちらちらとみる。くじらは相変わらず、怒ったような顔をしている。大丈夫かな。やっぱり休んだほうが、いいんじゃないかな。そう思うんだけど、くじらのプライドを思うとやっぱり言い出せない。
そんなとき、みしゃくじがあっと声を上げた。
「ねえねえあれ、家じゃない?」
「ほんと?」
ぼくは、よくよく目をこらす。
間違いない。そこには――木でできた小さな家があった。ぽつんと、砂ばくにたたずむように。
「この砂ばくを三日も歩いてたんじゃ、疲れたでしょう」
家のぬしである、クレアさん。
優しそうなお姉さんだ。
ぼくたちよりも、いくつか年上だろう。まだ若いだろうけれど、どちらかというと、おとなとよべる年なのかもしれない。
最初は、ドアをノックしたぼくたちに目をまるくしていたけれど、すぐに家のなかに通してくれて。事情を聞いてくれて、休んでいったらどうかしらと、こころよく受け入れてくれた。
ぼくたちをテーブルに座らせて、あたたかいお茶を出してくれて。
いいひとだ。
クレアさんは金色の長いかみの毛をしていて、目が青くって。黒いかみの毛に黒いひとみのぼくとくじらとは、あきらかに違うすがただった。くじら帝国には、そういうひとは、いなかった。
むらさきのひとたちもいた――だから、地上には、いろいろなひとがいる。
「ありがとうございます」
ぼくはお礼を言うが、ぼくの両隣に座るくじらとみしゃくじはつんとすまして、なにも言わずにお茶に手を伸ばそうとする。くじらはお姫さま、みしゃくじは神さま。お茶が出てくるのが、当然だと思ってるんだ。
でもここはくじら帝国ではなく、地上だ。だからぼくはそんなふたりの手を、同時にぴしゃりと、おさえる。
「だめでしょ、お礼言わなきゃ。せっかく、お茶を出してくれたんだから」
「なんでじゃ。わらわに茶を出すなど、当たり前であろう」
くじらは、上目づかいでぼくを睨んでくる。そのはくりょくに、いっしゅん、ぼくはたじろくけれど、ここで負けてはいけない。
「くじらがお姫さまなのは、くじら帝国でだけなんだよ。ここは地上だから、くじら帝国の決まりごとは通じないんだよ。それにクレアさんは、くじらの
くじらは唇をとがらせたが、それでもいちおう納得したのか、「ご苦労じゃ」と言うとふだんよりもていねいな動作でお茶を飲みはじめた。
ぼくはつぎに、みしゃくじの手を押さえたままの左手を気にする。みしゃくじは、けろっとした顔でこう言う。
「私は姫である以上の、神さまだからなあ」
「でも、みしゃくじも、あくまでくじら帝国の神さまでしょ。くじら帝国のひとたちにはいろいろとしてあげて、そのお返しでみつぎものとかもらってるのかもしれないけど、クレアさんにはなにかしてあげた?」
「はいはい、まったく、くりおねの説教には負けるよ。まあ、どうでもいいんだ、私は、ほんとは、そんなこと」
つきはなしたようなことを言うと、みしゃくじは「ありがとねー」と軽く笑って、お茶をぐいぐい飲みはじめた。
ぼくはそっとため息をつく。まったく、このひとたちは大変なひとたちだ。
でも、いやな顔ひとつせず、クレアさんはにこにことしている。
「仲がいいのね」
「はい、まあ。まあまあ、です」
ほんとうは、仲がいい、と思うけど。
このふたりの前でそう言いきるのは、なんとなくはずかしくて、だからぼくはそんな言いかたをした。まあまあです、って。
「いいわね、お友達って。あこがれるわ」
「友達いないの?」
みしゃくじが、お茶菓子をぼりぼりと食べながら聞く。
そんなことを。失礼じゃないか。思ったけれど、やはり、クレアさんは気にしていないようだった。
「ええ、このあたりには、ひとも住まないし。むかし、みんな、いなくなっちゃったから……」
そのときクレアさんは、はじめてさみしそうな顔をした。
どんな事情があったかはわからないけど、友達も家族もいないなんてかわいそうだと思った。きっと毎日、さみしい生活を送っているのだろう。こんなにいいひとなのに。
そんな気持ちも手伝って、ぼくは言った。
「あの、ぼくたちを、ここに、とめてもらうことはできませんか?」
するとクレアさんは、うれしそうに顔を輝かせた。
「ええ、もちろん。かんげいするわ。こんなところに、ふだんひとなんて来ないもの……」
その言葉を聞いて、やっぱりこのひとはさみしいのだ、と思った。
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