天空の民
息もたえだえに、すすんだ、痛いむらさきの雨のふる砂ばくを、すすんだ。
そうしたら――見えてきたのだ。
村が。あった。ほんとうだ。地上でも――集まって、ひとびとはくらしている!
三つ子の住みかが見えて、すこしすると。雨はようやくふり止んだ。灰色の空はなにごともなかったかのように、すずしい顔をして、のっぺりと、頭上に広がるけれど、白い地面にはむらさき色の水たまりがたくさんできていた。
三つ子の住みかは、白くて四角い建物がぽつりぽつりとあいだをあけて、いくつか建っているだけの。なんだかものさみしい場所だった。それでも、ここは、村……なのだろう。ひとびとは、こんなに広い砂ばくと、自分たちの住みかを、分けることもなく、ただよりそって……くらしているのだ。
雨がやんだ!
そう言いながら、わあっとうれしそうな声をあげて、ひとつひとつの小さな家を飛び出す、この村の子どもたち。三つ子より、さらにもっと小さな子ばかりで。
むねに手を当て、不安そうに子どもを送り出す、若いお母さんやお父さんらしきひと。なにがそんなに、心配なのだろう。子どもが外で遊ぶ。それは、そこまで心配するような、ことなのだろうか。
地上では……そうなのだろうか。
かけてゆく、子どもたち。
家の前に立って、そんな子どもたちを見守る、おとなたち。
ここでは、おとなも子どもも、みんなむらさき色のかみとひとみをしている。
三つ子も、そうだ。
……くじら帝国では見ない、かみの色、ひとみの色。
子どもも、おとなも。
やがてぼくたちに気がついたようだった。
ある子どもは、指をさして……あるおとなは、おどろいたように声をあげて……。
ひそひそ話をする、おとなのひとたちもいた。
そんななか、ひとりの男のひとが、あっ、あれは――と、ぼくたちのおぶさる三つ子に、気がついたかのようだった。
彼は、とりわけのっぺりと背の低い白い家に、かけこんでいった。
そこから、すぐに違う男のひとが出てきた。
「ラン! リン! ルン!」
そのひとは、青ざめた顔をして、こちらにかけてきた。
「パパ!」
三つ子は、同時に叫ぶ。
ってことは、三つ子のお父さんか。ひとまず、安心する。
それにしても、ほんとうに小がらなおとなのひとだ。子どものぼくとほとんど背丈が変わらない。けれど、むらさき色の口ひげが、このひとがれっきとしたおとなであることを証明している。
……そういえば、この村のひとたちは、みんな、背が低いように思える。
三つ子のお父さんは、三つ子をいっぺんに抱きしめて言う。
「どこに行ってたんだ……! 心配したんだぞ! いつどっけの雨が降るかわからないから家でじっとしてろって、あんなに言ってるのにお前らはいつも!」
三つ子のお父さんはこちらに目を向けた。そこではじめてぼくたちの存在に気がついた、みたいだった。
「あなたがたは……」
「パパ、このひとたちが私たちをすくってくれたんだよ!」
「たおれたぼくたちを、ここまで運んでくれたんだ!」
「いいひとたちだよ!」
「そうか。うむ……」
三つ子のお父さんはうなると、頭を、深く下げた。
……それは、なにかを言いたいけれど、飲み込んでいる。そんなふうにも、見えた。
子どもたちは、家からあわてて出てきた女のひとに背中をおされて、家のなかに入っていった。三つ子を心配するようすからして、お母さんなのかもしれない。
それを見とどけると、三つ子のお父さんは、あらためて頭をふかぶかと下げてきた。
「子どもたちが、お世話になりました。この子たちは身体が弱いわりに元気でね、子どもらしいのはいいんだが、ときどきこうやってどこかに行ってしまうんです。そんなときに、どっけの雨が降ってしまうとね……もう、気が気じゃなくて。……あなたがたは、天空の民、ですよね。だから、かな。とにかく……ほんとうに、ありがとうございました」
そう言って、三つ子のお父さんは、顔を上げたけど……。
……このひとは、なにを言っているのだろう?
天空の民? さっき、三つ子からも聞いたけど。それは、なんのこと? それに、それに、……だから、なんだっていうんだ?
くじらが、ずいっと前に出た。
「ひとつ聞きたい。どっけとは、なんなのじゃ? いったいなんなのじゃ?」
「どっけをご存知ない……?」
三つ子のお父さんはきょとんとする。そしてはっと思い当たったかのように、手をぽんと叩く。
「そうか、あなたがたは、どっけとは呼ばないのですものね。ただ単に、けがれとして、あつかう」
「……なんの話じゃ」
くじらは、いぶかしげに言った。ぼくも、たぶんみしゃくじも、おんなじ気持ちだったと思う。
「いや、いやあ、はは、ははは。そうでしょう、そうでしょう。どっけ、となんてよんだら、怒られてしまいますねえ、天高くおわします天空の民のみなさんに!」
くじらは、助けをもとめるようにぼくを見るけど、ぼくだって、わからない。みしゃくじだって、首をひねっている。
ほんとうに、わからないのだ。
「……いやだなあ。そこまで、しらばっくれなくても」
「悪いけど、私たちなんにも、しらばっくれても、ふざけてもいないよ。……あなたがなにを言ってるのか、さっきから神の頭で一生けんめい考えている」
「だって、ねえ、天空の民でしょう? 知らないわけが……」
「ごめんなさい。ほんとうに、ぼくたちなにも知らないんです。わからないんです」
ぼくは。
ぼくたちが、くじら帝国からにげてきたこと。地上のことは、ほとんどなにも知らないことを、ていねいに、ゆっくり、時間をかけて、そのひとに伝えた。
やがて、みしゃくじも、くじらも、話に混ざった。
……そのひとは、最後まで、口をはさまず聞いてくれた。
でも、その表情は、すこしずつけわしくなっていくのだった――しわが、きざまれていくように。
……ぼくたちの話が、しっかりと終わると。
三つ子のお父さんは、すんだ、まっすぐなむらさきのひとみで、ぼくたちを、順番に見た。
「……おどろいた。ご存じない、とは」
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