三つ子がたおれる

 長縄は、楽しく進んだ。

 縄にひっかかったひとが持ち手になって、えんえん、みんなでとび続ける、というだけのシンプルなルール。そんなルールだけでも、ぼくたちはわいわいと、はしゃぎに、はしゃいだ。

 それに、王宮と違って、ここではうるさくしても、だれもなにも言わない。

 全力で遊ぶというのが、こんなに楽しいって、ひさしぶりに思った。


 たまに、砂ぼこりが目に入って、自分が地上にいることを思い出した。そうでもしないと、帝国から落ちてきて、地上の子と遊んでる、ということを忘れてしまうくらいに、ぼくは夢中だった。

 それは、三つ子がとっても楽しそうにとびまわっていたから、ということもあるだろう。あとは、やっぱり、……くじらの心からの笑顔を、ひさびさに見ることができたからだと、思う。

 結婚が決まってから、ずっとどこかくもっていた、くじら――。


 ぼくもくじらも縄にひっかかってしまって、ふたりで縄を回すことになった。

 王宮ではたいていだれかが回してくれていたので、ぼくもくじらも最初は慣れない手つきだったけど、でも三つ子に教えてもらってすぐに、こつをおぼえた。

 三つ子とみしゃくじはとび続ける、ひとーつ、ふたーつ、みーつ、よーつ……みんななかなかひっかからなかったけど、でもそれでよかった。くじらと向かい合って一本の縄を回して、ときどきくすりと笑い合えればそれでよかった。


 くじらと遊ぶ。ぼくは、しあわせだった中庭を思い出していた……。

 地上にも。……おんなじ遊びが、あるんだなあ。

 どこにいたとしても。子どもっていうのは、そう、変わるものでも、ないのかも……。



 と、そんなときだった。



 それまで元気にとんでいた三つ子の女の子のひとりが、いきなり苦しそうにうずくまった。

 三つ子のふたりはすぐに、とぶのを止めて、「だいじょうぶ、ラン?」「遊びすぎたね」「きょうはどっけが強いのかもね」「休もうか」と声をかけはじめる。



 ……どっけ?



 ぼくたちも縄を回す手を止めたが、どうすればいいのか、わからない。

 ぼくも、くじらも、みしゃくじも。困って、立ちつくしている。


 三つ子の男の子ともうひとりの女の子は、うずくまってしまった女の子の背中を、左右にいて、必死にさすり続けている。


「……こういうとき、どうすりゃいいんだろうねえ」


 みしゃくじがぽつりとつぶやく。なにかを、もてあましているかのようだった。

 ぼくにも、わからなかった。おそらくは、くじらにも。だってぼくたちの周りには、いつだってたくさんの付きびとたちがいた。なにかあったら、そのひとたちがどうにかしてくれていた。


 地上では、自分で考えなければいけないのだと思った。こういうときに、こういうことも。


 そのとき、ぱたん、と砂の割れるような音がした。はっとわれに返ってみると……。



「くりおね! 大変なのじゃ!」



 三つ子は――そろって地面にたおれていた。

 ぼくは、後悔した。……どうすればいいのか、だなんて、考えているひま、ほんとうはなかったんだ。



 

 そして。

 三つ子は、村から来たのだということを、教えてくれた。

 ……そこまで連れて帰ってほしい、とも。たおれて、つらそうなまま、お願いしてきて――そんなの、いやだと言えるわけが、ない。


 だから。

 ぜいぜいとあえぐほどに弱っている三つ子を、ぼくたちは背負って歩いていた。ぼくは男の子を背負い、くじらとみしゃくじはそれぞれ女の子を背負う。背の高いみしゃくじはまだよかったが、小がらなくじらは顔をまっ赤にしてつらそうだった。……でも、ぼくもみしゃくじも、ふたりぶん背負えるほどの力は、ない。

 くじらに、もうひとり背負うよと言い出しかけたけど、それで三つ子のひとりを落としてしまっては、とりかえしのつかないことになる――だから言えなかった。もどかしいけれど、くじらには大変なことだってわかっていたけれど、……そのまま、背負ってもらうしか、なかったのだ。


 でも、それでも、ぼくたちは三つ子を無事に家まで送り届けなければならない。弱った三つ子を、この砂ばくに放り出しておくわけにはいかない。


 ここでは、自分たち以外にだれも頼れないのだ。

 広くてどこまでも続く砂ばくが、遠い地平線が、ぼくたちに教えている。そんな気がして――。


「ごめんね……」


 背中の男の子が、あらい呼吸のなかであやまる。もうこれで、あやまるのは三回めだ。気にしないで、と言って男の子を背負いなおす。三つ子はぼくたちよりだいぶ年下で、体重も軽いほうだとは思うんだけど、やはり背負って歩くとなると、けっこう重たく感じてしまう。


 三つ子の住む村は、だいぶ遠くにあるようだった。まだ、かげもかたちも見えない。

 でも三つ子の指さす方向へ、ただひたすら、歩く。さらさらとした砂をふみしめて。

 ときおり思い出したかのように風が吹くだけの砂ばくは、しずかだった。どこまでも。



 ……そのうち、みんな、疲れてきた。

 くじらなんて、自分がもうたおれてしまいそうだ。

 ぼくも、だいぶ、……つらい。

 そんななか。年が、いちばん上のみしゃくじは。まだ、余裕があるのかなって、思ってたんだけど――。



 ざっざっと早足で歩くみしゃくじは、ふいに、ふきげんそうな声で言う。



「って言うかさあ、非難ひなんするわけじゃないけどさあ、君たちもっと体調管理たいちょうかんりとかできなかったわけ? どうして具合わるいときに遊ぼうだなんてしたの?」

「みしゃくじ神、なにもいまそのようなことを言わぬでもよいではないか」


 くじらは、びっくりしたあと、怒っていた。

 そして、そのあと、かなしそうだった。


「ごめんね」


 ぼくの背中におぶさる男の子が、言った。男の子があやまるのは、これで四回め。でもさっきまでの申し訳なさそうな言いかたじゃなくて、その言葉は、どこか低く冷たくひびいた。


「でも、どっけのせいなんだ」


 男の子は、どこかおとなびた声で言う。


「どっけのせいで、ぼくたちは……」

「出た、どっけ。つまり地上はそんな得体えたいの知れないどくみたいなもので、汚されてるってこと? かわいそうだね。それに、こわい」


 どこかばかにするみたいにみしゃくじは言った。

 だから、やめなよ、ってぼくは言ったけど、……くじらがさっき言ったみたいに、きっぱりとは言えなかった。

 くじらも、なにかを言おうとした。

 でもその前に、男の子が口をひらく――。



「かわいそうだよ。こわいよ。でも。それは。……あんたたち、天空の民の、せいじゃんか」

「……え?」



 きょとんとしたのは、たぶん、みしゃくじだけではなかったはずだ。

 くじらも。ぼくも。

 聞きまちがいかな――と思ってしまいたくなるほど、だって、……どっけが天空の民、つまり、……ぼくたちと関係あるだなんて話、聞いたこと、ない。



「ねえ、ちょっと、やめなよ……」

「このひとたちは、助けてくれたんだよ。たとえ。……天空の民だったとしても、だよ」


 女の子ふたりは、男の子に向かってそう言ったけど。

 ……それは、つまり、男の子の言うことが、そうだって、言っているようなものだった。


「……それはわらわたちの国のことか――」

「そうだよ。いろんな帝国が、空にはあるんだよね。ぺんぎん帝国。あざらし帝国。それにくじら帝国――」



 男の子が話そうとした、まさにそのとき。

 ちくり、となにかがほおに当たった。かすかな痛み。地面を見ると、むらさき色のしみができている。



「雨だ!」



 三つ子が、同時に叫んだ。男の子が、あわてた声で言う。



「急いだほうがいいよ。雨は、痛いんだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る