長縄
えんえんと続く灰色と白色や、足を出すたび感じる砂の感覚に、飽き飽きしてきて。
脚がちょっとずつ、痛くなってきて。
そして……日がくれてしまったらどうしようと、心配になってきたころ。
遠く向こうに、みっつの点があらわれた。
それは最初、ほんとうに小さな豆つぶみたいに見えた。
それがちょっとずつ、大きくなってくる。
みっつの点は、くるくると……おどっているのだ。
人間だ。人間が、いる。
「ん、なんだあれ……?」
みしゃくじは、目を細めて手をかざす。
くじらは息をひそめて、ぼくの服のそでをきゅっとつかむ。
ぼくはだいじょうぶだよと言って、くじらをかばうようにして、立つ。
むこうも、こっちに気がついた。
そうしたら。
三人で手をつないで、円をつくって、くるくると回りはじめた。まるで、なにか、よろこんでいるみたいだ。ぼくたちを見つけたことが、うれしいのかな。
回りながら、少しずつこっちに近づいてきて。
近づいてきたとき、ぱっとつないでいた手を離すと、三人で、速さをきそうかけっこのようにして、かけてきて……。
「こんにちは!」
元気よくあらわれたのは、三つ子だった。
ちっちゃな子たちだ。ぼくより、ううん、もしかしたら、くじらより……年下かもしれない。
女の子、男の子、女の子、の順番だろうか。そっくりだけれど、まんなかの子だけ、かみの毛の長さが短い。となりのふたりは、かみの毛が長いのだ。
男の子は髪が短くって女の子は髪が長い、という違いはあるけれど、髪の濃いむらさきと、ぼくたちをきらきらと見上げるひとみの薄むらさきの色あいはまったくおなじだ。にこにこと笑う顔もそっくりで、この子たちは三つ子なんだなとひと目でわかる。
この広い砂ばくでひとに会ったのははじめてだったから、ちょっとおどろいて、とっさに返事ができなかった。くじらといえば、相変わらずぼくのうしろに隠れて三つ子をこわがってるし。……この子たち、たぶんくじらよりも年下だよ?
とはいえ、ぼくもくじらのことを、とやかくは言えないかもしれない。
だって、ひとに会ったということに、おどろいて、とっさに言葉が出てこなかったんだから。
そういうわけで、三つ子にあいさつを返したのは、みしゃくじだけだった。
「こんちゃー。君たちはなに? 三つ子? 迷子?」
みしゃくじの、ちょっと変な質問に、三つ子たちは口々に答える。
「ぼくたち、ただの三つ子だよ、迷子じゃないよ」
「だってここに住んでるんだもん。迷わないよ。いっつも三人で遊んでるんだから」
「お姉さんたちこそ、迷子なんじゃないの? それに、三人なのに、三つ子じゃないみたい。変なの」
きゃいきゃいと、にぎやかだ。
そのいきおいに、くじらはますますおびえて。ぼくの服のそでをつかみなおすが、みしゃくじは相変わらずの余裕をくずさない。
「元気な子いるかたちが、ぴょんぴょんと、元気だなあ」
くじら帝国では、小さな子のことを、子どものいるかにたとえたりする。
みしゃくじは、えっへん、となぜかえらそうにむねを張った。
「私たちは迷子じゃないよ、旅をしているの、旅びとだよ」
「旅びと?」
「すごい!」
「はじめて見た!」
三つ子は、目をきらきらとかがやかせた。
三人で、手をとり合って、わーいーわーいと言って、はしゃぐ。
みしゃくじは、またなぜかえらそうに、かみをかきあげた。
「まあ私は旅びとって言うか、神さまだから、正しくは、たびがみ……そう、旅神なんだけどね」
みしゃくじがさらにかみをかき上げて言ったけど、三つ子たちは、聞いてないみたいだった。もう、はしゃいじゃって、はしゃいじゃって。
三つ子は、輪になっておどり出した。
「旅びと!」
「旅びとだ!」
「旅をするひと!」
すると、くじらがおずおずとぼくのうしろから出てきた。
「……そなたたち、旅びとがそんなに楽しいか?」
「だって旅びとさんはめずらしいよ!」
「ふつうはぜったいいないもん!」
「伝説だと思ってました!」
ねー、と三人でうなずきあうと、ふたたびきゃあきゃあとはしゃぎはじめる。みしゃくじは、しょうがないなあ、というふうに
「たしかにのう、わらわも、旅など伝説上のできごとだと思っていた」
うんうんとうなずきわかったふうに言うくじらがなんだかおかしくて、ぼくも笑ってしまった。なんじゃくりおね、と口をとがらすくじらに、なんでもないよ、と言うのも楽しい。そしてくじらはむうとうなる、愛きょうあるんだ、くじらって。
そんななか、三つ子はしゃがみ込んでこちらに背を向けた。なにやらごそごそ相談し合っていた。声をひそめたそのようすは、真剣そのものだ。
「
みしゃくじがまた、ちょっとおとなぶったような言葉で言う。
地上。
風がそよと吹いて、砂を小さくまき上げる。三つ子はいつもこのはてしない砂ばくにこうやってしゃがみ込み、みっつのむらさき色の点みたくなってごそごそ話し込んでいるのかなとぼくはふと思った。だとしたらそれは、ちょっとかなしいことかもしれない。でも、この子たちがこんなに元気なら……安心することでもある、と思った。
と、いきなり。
三つ子が、すっくと立ち上がった。
「答えが、出ました!」
三つ子はきりりとぼくたちを見上げ、まんなかの男の子が右手を高く上げて言った。まるで本ものの会議のように。
「せっかくだから、ぼくたちと、遊んでください!」
遊ぶ? ……ここで? これから? ぼくたちが?
こんなになんにも、ない場所で――?
ぼくはびっくりしてくじらとみしゃくじの反応をうかがうが、ふたりはとくに動じるようすもなく、笑顔で三つ子の提案を受け入れていた。
「よいよい。地上の子らというのはなにをして遊ぶのじゃ? わらわは手まりと船遊びが好きであるが、地上の者の遊びというのはまったくわからぬ」
「姫さま、手まりはともかく船遊びなんてのはどう考えてもないっしょー。でも私も興味あるな、地上の子の遊び。いつもなにして遊んでんの、君たち?」
出会ったばかりの子たちに遊んでって言われてもこんなにふつうの態度なんだから、ふたりとも、やっぱりすごいのかもしれない。やっぱりお姫さまと神さまだからかなあ?
いやいや、とそこまで思ってぼくは首を横にふる。やはり、性格だろう。くじらはいっかい気をゆるすと無邪気だし、みしゃくじはもともと怖いものなしだ。
……よく考えたらなんだかすごいふたりと付き合ってるよな、ぼく。いまさらのように思った。ひとりは姫だし、もうひとりは神だし。
あれやこれやと盛り上がるくじらとみしゃくじの前で、三つ子は得意そうな顔をして胸を張った。
「
ほお、とくじらは目を輝かせ、なるほどね、とみしゃくじはうなずく。長縄か。王宮にいたとき、よくくじらといっしょに縄をとんだものだ。長縄好きなくじらに付き合わされて。
くじらはきげんよく言う。
「わらわが長縄のなんたるかを特別に教えてしんぜよう。特別だからな、まことに特別であるからな。して? 縄はどこにある?」
もう、すっかり三つ子とうちとけつつあるみたいで、ほほえましい。
すると三つ子は、腰に巻いていたベルトをするするとほどきはじめた。ベルトは細くしなやかで、何重にも巻いてあって、三人ぶんをほどいて結び合わせれば……。
「ほう。これは、まちがいない。長縄じゃ!」
くじらは嬉しそうに叫んだ。広い広い砂ばくに、横たえるかのようにして置かれた一本の長いひも。
「長縄は、ひとりじゃできないからね」
「ふたりでも、できないからね」
「三人いて、やっとできるんだ」
「ひとりでもいないと、できないんだ」
三つ子はまじめな顔で言う。すっごくまじめな顔。ぼくはなんと答えればいいのかわからなかった。くじらもだまり込んでしまって、なるほどねえ、と言葉を返したのはみしゃくじだけだった。
……地上は、どこまでも不毛で、地平線が見えて。
そのなかで、ぼくたち六人だけで遊ぶ、長縄――。
とにもかくにも、三つ子とのささやかな長縄大会がはじまった。色のない、砂ばくの隅っこで。
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