第39話 洗脳
「あーらあらあら、あんないい子と二ヶ月足らずで別れちゃうなんて、春平の特殊性癖にも困ったものね」
葉菜は戸惑いながらも、いつも通りを装ってふざけたことを言う。
「そうだな」
「え?」
俺が肯定すると、戸惑いを隠せなくなったのか
「俺は、葉菜でなきゃ駄目な性癖があるみたいだ」
「ほえ?」
いつも見た目は知的なのに、珍しく
「……
「そういう意味じゃねーよ! ……そもそも、そういうことはしてない」
今度は目を見開いた。
かと思いきや、目を伏せてモジモジする。
普段はあまり表情を変えないヤツだが、なかなか目まぐるしい。
「……私ね」
上目遣いになった。
「子供が出来たの」
「は?」
今度は俺が戸惑う番だった。
あまりに想定外の発言に、心の中と発した声が重なってしまう。
つまり心の中も、「は?」だけが占めていた。
「春平の子よ?」
「は?」
あまりに想定外の発言に、心の中と発した声が重なる。
つまり心の中も、「は?」で占められていた。
「考えてみて? 私、春平の布団で寝たり、春平を触った手で自分を慰めたりしてたでしょう?」
いや、布団で寝てたのは知ってるけど……。
「飛びっきり元気なあなたの子種が、私の奥深くまで
確かにまあ、俺も一人で処理することはあったし、どこかに活きのいいヤツが付着している可能性も無くはない。
「そういうことなら、俺は喜んで受け入れる」
「という作戦で行け、ってお父さんが」
「は?」
俺はどうしてこんなに
「春平、お人
お人好しとかじゃなくて、結論が「葉菜と生きたい」、だからなぁ……。
でも、それを直接言うのは照れ臭い。
「例えばさ」
「うん」
「葉菜が他の男と付き合って、子供が出来たとして」
「春平は、私が昆虫と性交が出来ると思ってるの?」
「他の男は虫扱いかよ! 嬉しいけど聞けよ!」
「聞くに
何でコイツはこんなに偉そうなんだ。
いや、まあそれが葉菜だ。
基本的には、他の人の前では借りてきた猫みたいにおとなしい。
そのくせ、敵、あるいは
でもそれは虚勢みたいなもので、偉そうというのとは違う。
葉菜は、俺の前でだけ、楽しそうに偉ぶるのだ。
「仮に、お前が他の男と結ばれて、それで子供が出来て結婚するなら祝福する」
「昆虫との結婚を祝福されても嬉しくないわ」
「いいから聞け」
「……」
かなり不服そうだ。
「でも例えば、相手が望まない子だったとして、お前が一人で育てるようなことになっても、俺はお前と上手くやれると思う」
「は?」
葉菜が、さっきの俺みたいな状態になる。
たぶん心の中も、「は?」で占められているに違いない。
俺自身、何を言ってるんだろうという気持ちになる。
相手が誰であろうと、葉菜の子なら可愛い。
いや、さすがに無理があるか?
もしかしたら、相手の男を殺してしまう可能性もあるし、上手くやれるってことは無いか。
「俺は、葉菜を蔑む奴を許せなかった」
「うん、知ってる」
「離れれば、そういった感情も制御できると思ったんだ」
「そんなことだろうと思った」
「葉菜の幸せの可能性も、無限にあると思ってた」
「それは私の気持ちを無視してるわね」
「今までのお前は、選択肢が無い状態だと思ってた。子供が親を選べないように、お前にとって異性は俺しかいないように刷り込まれた状態だと」
「刷り込まれた覚えは無いわよ」
「ずっと一緒にいたから」
「ずっと一緒にいたかったからよ? 選択した上で」
「うん。それはもういい。他の男を昆虫として見てしまうお前を
「引っ掛かる言い方はともかく、結局何が言いたいの?」
「お前と別れても、お前と離れていても、結果は変わらなかった」
「結果?」
「うちのコンビニに、たまたまお前のことを知ってるヤツがいて、俺はそいつのことを誤解して殴ろうとした」
「……」
葉菜がまた、あの深い目をした。
顔を
「たぶん俺は、たとえ葉菜が俺のことを好きじゃなくても、俺から遠く離れても、変われないんだと思う」
変わりようが無いのなら、どうせなら守れる距離にいたい。
「そういえば子供の頃、お父さんが寝ている春平の耳元で、葉菜を守れ~、葉菜を守れ~って繰り返してたわよ」
「マジで!? 俺は洗脳されてたのか!?」
いや、そんな単純なことで人間が洗脳されるわけ無いか。
毎日ならともかく。
「春平のお父さんが」
「俺の親父かよ! もしかして毎日かよ!」
まあ……洗脳だろうが何だろうが、思いは揺るぎないのだから仕方ない。
「で、春平はどうしたいの? 私のことなんて誰も知らない遠くへ行く? そうすれば、私のことで怒ることも無くなるでしょう?」
それも考えた。
考えたけど……。
「あるいは、もっと強く洗脳してほしい? 疑問や迷いなんて生まれないくらいに」
「どうやって?」
「あら、知りたい? 知ったら戻れないわよ?」
そこまで言われると興味を惹かれる。
でも、まさか本当に洗脳できる
「いいの? どうなっても知らないわよ?」
そんな警告は、寧ろ挑発に等しい。
俺は続きを促すように
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