第19話 進学しろ
ポチポチと亜希の電話番号を登録する。
「ちょ、何で!?」
「数字を憶えるのは得意なんだよ」
亜希は悔しそうな目をして俺を
口元から白い息が漏れて、微かにバカハルという呟きが聞こえた。
「確認のために今から掛けるから」
「ちょ、やめてよへんたい!」
電話を掛けるだけで変態扱いかよ。
でも亜希は、ポケットからスマホを取り出して、何か待ち
音はミュートにしているようだが、すぐに着信画面が表示される。
亜希は電話に出て速攻で切った。
登録した電話番号が合ってるかどうかの確認なのに、電話代がかかってしまった。
……なんてショボイ嫌がらせをするんだ。
「まあ、いちおう登録しておいてくれ」
「す、するわけ無いでしょ」
亜希はそっぽを向いて、着信履歴を削除しようとする。
「いや、履歴くらい残しておいてくれよ」
「何でアンタからの着信履歴なんか。そもそも私の電話に──ああっ!!」
「ど、どうした!?」
「着信履歴、消しちゃった……」
……最初から、そのつもりだったのでは?
「ハルヒラ!」
「何だよ?」
「もう一度、電話代を加算してみる気は無い?」
やはりコイツも電話番号は知っておいた方がいいと思っているのだろう。
それにしても、なんて素直じゃないヤツなんだ。
「なあ亜希」
「いいからさっさと掛けてよ。ハルヒラだけ私の電話番号を知ってるのは
さっきから言っていることが支離滅裂だ。
俺は苦笑しながらリダイヤルする。
「もしもし?」
「だからどうして出るんだよ、お前は!」
亜希は何だか頼りなげに見える背中をこちらに向け、俺から距離を取った。
「亜希?」
「……で、電話を通して声を聞いてみたかったから」
もしかしてコイツ、顔を合わせなければ素直になるのか?
「亜希」
そう呼ぶと、受話口の向こうから息を呑むような気配が伝わってきた。
「ハルヒラ、私ね」
「ああ」
「いっつも憎まれ口ばっか叩いてるけど」
何を言い出す気だ?
耳元で
「本当は……ブチッ」
「え? おい! そこで切るか!?」
「ふ、ふふ、わ、私の引き延ばし作戦に見事に引っ掛かったわね。電話代が高くつくわよ」
「引き延ばし作戦って、自分から切ったよね!?」
「き、切られた側が何を言っても負け犬の遠吠えよ」
「何と戦ってるんだお前は!」
「うっさいわね! 私だって好きでこんなことしてるんじゃないわよ!」
もう少し自分をコントロールする術を身に付けるべきでは?
「なあ亜希」
「何よ?」
「お父さんとの喧嘩も、そんな風に自分でコントロール出来なくて争っちゃうのか?」
亜希は驚いて、それからやっぱり睨んできた。
「有希に見せたくないのは何でだ?」
「ハルヒラに関係無い」
「関係無くは無いだろ。自分で言うのもなんだが、有希は俺に懐いてくれてるし、有希に隠すってことは有希に関係することだろ?」
そのことが、ずっと気掛かりだった。
有希に関することで父親と喧嘩するとすれば、その理由は何だろう?
中学を卒業したら働くと言っていることからすると、生活費、というか養育費?
あるいはもっと他に何か……。
「……ハルヒラは、有希が大事?」
有希みたいな意地悪な問い掛けなんだろうか?
どっちが大事? みたいな……。
いや、意地悪で訊いてるわけじゃないか。
悪戯っぽさは無くて、とても真剣な顔だ。
亜希は有希が大事で、俺も有希が大事であることを共有したいのかもしれない。
「お前、進学しろ」
「な、何よいきなり! そんなことハルヒラに指図されることじゃない!」
「有希は勿論だけど、亜希のことも心配なんだ」
「心配されなくてもちゃんと上手くやるわよ!」
「俺、もうすぐ店長になるんだ」
「へ? あ、そ、そうなんだ。おめでと」
「お前は高校に進学したら、ここでバイトしろ。即、採用する」
「だ、だから余計なお世話!」
「
「……私、接客向きじゃないし」
「亜希は、出来るよ」
「どうしてハルヒラにそんなことが言えるのよ!」
「三年以上、見てきた」
「っ!」
「頑張れ。贔屓はしないが応援はする」
「どうしてハルヒラは──」
また憎まれ口を叩くのかと思ったが、亜希は
いつまでも黙っているものだから、これはちょっと変だと思ったとき、
「しゅんぺー、お姉ちゃんを泣かしちゃらめぇ!」
という有希の声が聞こえた。
いつの間にか近くに来て、こちらの様子を
でも有希、お前は普段から舌足らずな話し方をしているが、駄目はちゃんと駄目って言わなきゃダメだぞ。
って、亜希は泣いているのか?
「亜希」
俺は亜希の顔を覗き込もうとした。
「しゅんぺー、らめぇ!」
「やかましいわ! わざと言ってんのかお前は!」
「おりょ?」
純真な瞳だ。
ただ舌足らずなだけで、他意は無いのだろう。
「亜希、大丈夫なのか?」
俯いたまま、亜希は「うっさい、ほっといて」と、くぐもった声で答える。
「お姉ちゃんを、そっとしておいてあげてー」
「どうして泣いてるのか解るのか?」
「嬉ションみたいなものだからー」
「嬉ション?」
「犬とかが嬉しさのあまりオシッコ漏らしちゃうことあるでしょ。あんな感じー」
「嬉し涙とか嬉し泣きとか他に言いようは!?」
「お姉ちゃん素直じゃ無いから、
そう言って俺を店内に引っ張る。
「お前、怒ってないのか?」
「何がー?」
いや、怒ってるかどうかなんて関係無いな。
「有希、今日はお前の劇を見に行かなくてごめん」
誠意を込めて謝る。
有希は少しだけ寂しそうな顔をしてから、いつもみたいに何も考えてなさそうな笑顔を浮かべた。
「いいのよ。いつかベッドの上で華麗な演技を見せてあげるー」
……有希が言葉通り、ベッドを舞台に見立てて演技するつもりなのは判っている。
だが、ベッドの上で演技はやめてくれ。
男はみんな、女性はいつもベッドで演技しているのではないかと不安なのだ。
「きっと満足させるからー」
……演劇の演技の話だよな?
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