第8話

 春子お姉さんについてどんどん橅林の間を奥へ、次第に急になる斜面を上へ進んでいくと、木の幹の向こうで何かがきらきら、光を反射して虹色に光っています。近づいていけば行くほど光は強く、目に眩しくなり、やがて枝や葉っぱの間から建物みたいなものが見えてきました。

 美冬ちゃんとお姉さんが太い丸太を二つ飛び越えて(僕はよじ登って越えて)、頭の上にスジダイの枝がうねって門みたいになっているのを潜り抜けます。


「うわぁ」

 うわぁ。


 僕と美冬ちゃんの驚きがシンクロしました。

 目の前にあったのは、美冬ちゃんのおうちを何十個も並べたくらいの大きさのお城でした。銀色に光るお城の壁が眩しかったのです。高い高いところまで伸びる三角屋根の塔があります。何階建てなんでしょう。掃除大変そう。


「ここに夏男と秋くんがいるは……」


 僕たちの方を振り返って、春子お姉さんがそう説明し始めた時です。急に春子お姉さんの後ろに、真っ黒とも茶色とも言えない影が飛び出しました。かと思うと大変! 春子お姉さんが地面に手をついて倒れてしまいました!

 この影たち、一体なに……


「美冬ちゃん、逃げて! 悪鬼が……」


 ええっ!


「お姉さんっ!」


 肩を押さえながら、春子お姉さんが苦しそうに叫ぶのを見て、美冬ちゃんが飛び出しました。悪鬼は一度、春子お姉さんと美冬ちゃんから離れましたけれど……あぁ危ないっ、また踏み込んでいますっ。

 僕が美冬ちゃんとお姉さんを守らなくちゃ……! 数々の地を征服したチェーザレのように……!

 えぇいっ! 僕は美冬ちゃんを追い抜いて地面に膝をついた春子お姉さんの前に飛び出すと、両腕をめいっぱい広げました。手が耳まで届かない両腕でも、僕が守るんですっ……! 


 美冬ちゃん、僕が倒れて別のぬいぐるみが来ても、どうか僕のことを忘れな……


「テト、どいてっ!」


 えっ? ぎゃっ!

 ぽすっ。


「あ、君を抱っこしてるとあったかい」


 宙に浮いたと思って不覚にも瞑ってしまった目を開けると、僕は春子お姉さんに抱っこされていました。美冬ちゃんは? 美冬ちゃん?


「悪鬼ならこれが効くってさっきのお姉さん、言ってた!」


 なんと! 美冬ちゃんが僕らの前に仁王立ちになって、さっきの魔女さんにもらった花びらを黒と茶色っぽい影の方へ向けています。僕としたことが……僕が守らなきゃいけないのに、手足をばたつかせてみても……春子お姉さん、力強いですね。


「恋する乙女の春子お姉さんを邪魔するなんて、許せない!」


 美冬ちゃん……なんか楽しそうだね?


「星に代わって、おしおきよ!」


 ……美冬ちゃん、やっぱりアニメの見過ぎだね……ちょっと前にやっていたやつでしょ、それ。リヴァイヴァル作品だって知ってる? 大体、それ星じゃなくて花……


 って効いてる! 美冬ちゃんの掲げた花びらからお日様みたいな光がふわぁと広がって、悪鬼を取り囲んでいます!

 あぁすごい! うわぁ魔法の花びらだぁ! あっという間に影がすっかり消えてしまいました!


「ふぅ」


 あ、そこには決め台詞はないんだね。美冬ちゃん、お疲れ様。


「まぁ、これはどうしたこと!?」


 美冬ちゃんがリュックを背負い直していると、お城の方から綺麗な高い声が聞こえてきました。女の人です。

 僕が美冬ちゃんの向こうを見ると、薄い水色のドレスを着た人が走って出てきます。銀の長い髪の毛は雪みたいに輝いていますし、長いスカートにはいくつもいくつも、しずくみたいな珠がついて、女の人が走るのに合わせてあたりにぽん、ぽん、と透明な珠が飛びます。きれいです。


 女の人は僕たちのすぐ側までやってきて、腰を折って春子お姉さんに手を差し伸べました。


「悪鬼を倒したのはあなたですか?」


 え、僕に話しかけてます? いえ、面目ない。僕はレディたちを守れず……。


「そう……ごめんなさい、魔法が効いているからあなたかと思いましたの」


 いえお気になさらず。倒したのは僕の美冬ちゃんです。


「あら、あんなに可愛らしいお嬢さんが?」


 女の人が振り返ったので、美冬ちゃんは手を揃えてぴょこんとお辞儀をしました。


「こんにちはっ。すみません、やっつけちゃいました」

「どうもありがとうございます。あの悪鬼たちは悪魔の使いだと思うのですけれど、この辺りをうろついていたので城の周りも物騒で、困っていたのよ」


 城って……まさか、貴女は……


「お礼を致しますわ。どうぞ城の中にお入りください」


 女の人がお城の入り口を指し示すのに、春子お姉さんは目をぱちくりし、美冬ちゃんは首を傾げます。


「すみません、ええと知らない人のお家には行っちゃいけないんですけど……あなたは……」


 すると女の人はドレスの裾を摘み上げ、それはそれは優雅にお辞儀をしました。


「申し遅れました。私はこの城と山、そして全ての雪を守護する者、雪の女王と呼ばれております」


 なんと! えらいまともな人、やっと出てきたと思ったら女王様でした!!

 

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