第5話
雪山には思ったよりも早くについてしまいました。遠くから見ると急な傾斜に見えたのに、麓の方はまだまだなだらかで、美冬ちゃんは息も切れていません。真っ白に見えた斜面ですが、僕たちがいるところでは白い地面から茶色の橅の木が高く高く立っていて、その間に人が通れる道がありました。
美冬ちゃんはその道の入り口で立ち止まります。やっぱり怖くなったの、美冬ちゃん。帰ろうか。
「た、ち、い、り、き、ん、し……」
おや、どうもガードレールが立っていたみたいですね。「立入禁止」ですか。このくらいの漢字なら、美冬ちゃんは軽々読めます。賢い子なんです。
でも立入禁止って書かれていたら守らないとね、美冬ちゃん。立入禁止っていうのは危ないから入っちゃいけません、ってことだものね。
「うーん、テト。立ち入り禁止だって」
そうそう。だからいったん、戻って別の方法を考えましょう。雪の女王様だからそんなこと気にしないで入ってしまうかもしれないけれど。
のぁぐわっ!?
突然、僕の体が仰向けになって灰色の雪雲で覆われた空が見えました。
「立って入っちゃいけないなら、屈んで入ればいいよね」
うわわわわわっ!?
そして次には僕の(のっぺらぼうよりは)高い鼻先すれすれに橙色の横棒が!! あ、当たらないで、つっ冷たい!
棒が僕の鼻を掠めて……あぁよかった、とりあえず怪我はせずに通り抜けられたみたいです……ってそうじゃない!
ぱんぱん、と美冬ちゃんが手袋の手を叩く音が聞こえます。体が垂直になった僕が見たのは、ガードレールです。その先にいま来た道が見えます。
「ふぅ。さてと。これでよし」
よ、良くないよ!? 美冬ちゃん、一休さんじゃないんだからね!?
しゃん、と音がしてリュックサック(とその上の僕)が揺れました。荷物を背負い直した美冬ちゃんは、僕の叫びも虚しくまたさくさくと雪を踏んで進んでいきます。いまや両側に見えるのは橅の林です。林の中にどんどん入っていきます。
帰ったら美冬ちゃんは国語の勉強をしたほうが良さそうです。
***
どのくらい進んだのでしょうか。空は曇り空だし、どんどん林は深くなって来るし、太陽の光で時間を測ることもできません。僕に分かるのは結構な時間、歩いてきてしまって、斜面がだんだん急になって、まぁつまり山の中に入ってきてしまったということくらいです。
美冬ちゃんの足取りはそこまで遅くなってはいませんが(元気です)、息ははぁはぁ言っています。進んでいる道は人が通った道でしょう。でもこんなところに人が来るってことは、本当に女王様はいるのかしら。ひとっこ一人、いないんじゃないの、美冬ちゃん。
——さくっ
んん?
——ざっ、さくっ
だ、誰かの足音が聞こえます。僕の後頭部から、つまり美冬ちゃんの前方からです。誰か近づいているみたいです。
な、なに奴……!
——ざざっさく、さく
足音からすると相手は二人。歩き慣れた様子で雪を踏み締めてきます。微かに話し声も聞こえて来るようです。少し高い女の人の声と、もう一つは低くてよく聞こえないから男の人が一人でしょうか。
どうしよう。美冬ちゃんが危ないかもしれない。でも僕は降ろしてもらわないと、敵に背中を向けるだけになってしまう。
ざっざっ。
ああもう、足音はすぐ後ろ(前)まで来ちゃってます……!
「あら?」
「あっれぇ」
足音が止まって、美冬ちゃんを見つけちゃいました……!
「あ、こんにちは!」
美冬ちゃん、元気に挨拶している場合ですか?! 雪の女王の使役魔かもしれませんよ!
「……っかっしいなぁ……」
「もう葉太は初対面のレディに失礼でしょ……はい、こんにちは」
「あぁそうだ、こんにちは……でも桜子、どうして女の子が迷い込んじゃったんだろ」
「防護魔法、甘かったんじゃないの? だから不可視化したほうがいいって言ったじゃない」
なんか、なんかわかりませんけど、僕の現実的理性が及ばぬファンタジーなこと言ってるんですけど美冬ちゃぁぁん……!
***
この二人の素性は、蜜柑桜の二作目ファンタジー葉桜をご覧ください(宣伝(笑))。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます