第4話
さく、ざくっ、きゅっ。
美冬ちゃんの足音が聞こえます。積もった雪は深いみたいで、美冬ちゃんが進むのはとてもゆっくり。背中に背負われた僕は、美冬ちゃんが一歩踏み出すごとに上がったり下がったりしてるんです。
すると急に、揺れが止まりました。美冬ちゃん、立ち止まったみたい。どうしたのでしょう。
僕の頭の後ろでぱしぱし音がして、ジャケットのフードが叩かれてるみたいです。美冬ちゃんが頭を振って、長い髪の毛が当たっているのでした。あぁそうか、美冬ちゃん、道に迷ったのかな? 山は見えていても、その麓に行くのって難しいのですよね。
でも、そうしたらちょうどいいじゃない。雪の女王なんて怖いよ。美冬ちゃん、とりあえずまだお家から遠くに来ていないから、帰ろう?
「あっ、あの!」
僕が背中で提案したのに、美冬ちゃんは別の人に呼びかけました。誰か前から来たみたいです。ぎゅっぎゅっ、としっかりした足音が聞こえて、すぐそばに来たと思ったら音が止みました。変な人じゃないでしょうね。美冬ちゃんは素直なので不安です。
「お兄さん、おはようございます」
「ああ、はい。おはようございます」
美冬ちゃんは挨拶をきちんとするのです。深々とお辞儀をしたので僕も前から来た
うきゃっ。
「お兄さん、あっちにある雪山ってこの道であってますか?」
ああびっくりした。美冬ちゃんが思いっきり顔を上げたのです。また僕にはお兄さんが見えなくなってしまいましたが、「え。雪山?」というお兄さんの声は聞こえます。うん、まともな人っぽいです。
「ええと、君、一人なのかな?」
「いいえ! このクマのテトがいっしょです」
「そっか、それは心強いね。でもこんなに早くに?」
おお! 大抵の人は失礼千万にも僕のことはノーカウントするんですよ。これは見る目のあるお兄さんです。ねぇお兄さん、美冬ちゃんに危ないから帰るようにって言ってくれませんか?
「早くに行かないと間に合わないかもしれないから!」
「そうなの? 集合時間とか? その大荷物からすると、スキー教室なのかな。大抵は親御さんと一緒だと思うんだけど……」
そうですお兄さん、お母さんもお父さんも一緒じゃないのは危ないと思うでしょ。だから独り言っぽく言ってないで。そうしたら美冬ちゃんもスキーじゃないって言えますから。だからほら、ね。家に帰るようにって僕の代わりに言ってくださいよ。
僕がそうやって必死で懇願すると(お願いするには失礼なことに、お兄さんから見ると背中を向けてますけど。不可抗力なんです、お分かりくださいね)、お兄さんはさらに続けます。
「誰かが向こうでもう待ってるの?」
いやいや、待ってないんですよ。
「はい! あきくんが待ってるんです!」
えっ、美冬ちゃん!?
「そっか、もうお友達も行ってるんだね」
えっ! お兄さん!?
「じゃあ、置いてかれないようにしないといけないね。こっちの道で雪山には行けるはずだよ。走って滑らないで。でも、集合時間、遅れないといいね」
ちょっと! 止めてよ大人なら!!
「お兄さん、ありがとうございます!」
美冬ちゃんはもう一度、ぴょこっと深々頭を下げました。お兄さんの顔が見えました。人の良さそうな笑顔を浮かべていますが、この悪党ぉぉ! いたいけな僕の美冬ちゃんを危ないところに行かせてどうするんですかぁぁぁ!!
美冬ちゃんはくるりっとお兄さんが指した(であろうはずの)方向へ向きを変え、さっきよりも早くさくっさくっと雪を踏んで行くので、僕の身体がぶんぶん揺れる! 揺れる!! 今はお兄さんが小さくなっていくのが見えます。その後ろから女の人が小走りでお兄さんの方へ近づいてきました。
「海斗、お待たせごめん! ん? あの女の子知り合い?」
「いや、道聞かれてただけ。行こう陽子。プールもう開くから」
温水プールでデートだと!?(*) この季節外れめ! 美冬ちゃんを止めもしないでっ!
僕の叫びは届いていないのでしょうか。お兄さんとお姉さんは、僕と美冬ちゃんとは反対の道へさくさく歩いて行ってしまいました。
いい人の仮面を被って! ひどい! お兄さんなんて狐に化かされて水に溺れちゃえぇぇぇー!!
***
(*)昨年の「筆致は物語を超えるか」企画、「海が太陽のきらり」より出演(狐以外は自作および他の企画参加のお話とは関係ありません)。きっとデートではなく、夏以来のトレーニングか何かでしょう(ゆあんさん、登場人物をお借りしております)。
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