第3話

「きっと秋くん、雪の女王様にごめんなさいしてないんだ。だから女王様、連れてっちゃったんだ。だめだよ。だって雪の女王様は優しいから、ごめんなさいしたらきっと許してくれるはずでしょ」


 そう言うと美冬ちゃんは、あっという間にパジャマを脱いで一番あったかい長袖を頭から被り、もこもこのカーディガンに「えいしょ」と腕を通します。すると今度はクローゼットから大きなリュックサックを取り出しました。


「テト、助けに行かなくちゃ。わたし、女王様の妹さんは知らないけど、きっと秋くんと一緒に『ごめんなさい』って言ったら秋くん返してくれるはずだよね?」


 そうなんです。美冬ちゃんは「ごめんなさい」がきちんと言える良い子なのです。うーん、でも美冬ちゃん、それは最近、アニメの見過ぎなんじゃないかなぁ?

 僕はベッドの上で首を傾げました(つもりです)が、美冬ちゃんはハンカチやティッシュやカイロを次々にリュックに入れていきます。それからぴょん、と立ち上がって机の引き出しからチョコレートを取り出しました。秋人くんに貰った外国のチョコレートです。


「ごめんなさいの贈り物、やっぱり必要かな……」


 美冬ちゃんは箱に巻かれたピンクに金の「W」の文字が書かれたリボンをじぃっと見つめます。そうだね、まだ日本のビジネス界では、謝るときに何か持っていくのが通常だね。あと、今回は秋人くんのことだから目をつむるけど、貰い物の使い回しはいけないよ。


「…やっぱりやめよう。お母さん、『物で許してもらおうっていう根性が許せない』ってお父さんにいつも言ってるもん」


 ああ、それも一理あるね。でも僕は取り敢えず貰っておくお母さんもどうかと思うけど。


 僕の意見が聞こえたのか、「ごめんなさいのお手紙くらいは書くべきよね」と美冬ちゃんは一言ひとこと。すぐにチョコレートを元の場所に戻して代わりに一番のお気に入りの銀のピアノの絵柄のメモ帳を出します(心の底から謝るので、大事な大事なメモ帳を使うんです)。そしてたんっと引き出しを閉めました。


「あ、でもテト。雪の女王様がもし、もし万が一、怖い人だったらどうしよう」


 不安げに首を傾げてから、美冬ちゃんはてててと台所へ走って行きました。

 うん、僕はそっちを心配した方がいいと思うんだ。でも美冬ちゃんには包丁は危ないと思うよ?

 台所の方でがたっぱしっと音がして、とてとて美冬ちゃんはすぐに戻ってきました。何を持ってきたのかと僕が見ますと、美冬ちゃんの手にあるのはつるつるつやつやのふじ林檎です。僕が一番好きなやつ。


「たぶん……これ食べさせたら平気……」


 んんんん!? 美冬ちゃん、それはなんだか役回りもお話も違うんじゃないかな!? ついでに林檎の品種も違うと思うよ!?

 美冬ちゃんは林檎を見つめたまま、うん、と深く頷くと、それをリュックの奥の方へ突っ込みました。まぁ、いいでしょう。お腹が空いたら食べればいいものね。


「さぁ行こうテト!」


 美冬ちゃんは、美冬ちゃんが持っている上着の中で一番あったかいスキーウェアを羽織って、毛糸のボンボンがついた桃色の帽子を被って、すっぽりネズミの顔型の(夢の国で買ってもらいました)耳当てをつけます。そして優しい美冬ちゃんは僕にもきちんと美冬ちゃんが赤ちゃんの時のジャンパーを着せて、僕をリュックの上にマフラーで縛りました。

 そして「うしょっ」と声を掛けながらぱんぱんのリュックを背負ったので、僕には美冬ちゃんが見えなくなりました。本当にぱんぱんです。秋人くんの分の帽子とかマフラーとかも入れましたものね。


 玄関の方へ、すいー、すいー。足を滑らせて進みます。お母さんとお父さんはまだ寝ているんです。お休みですから。

 かちゃり。鍵を回して、もこもこのブーツの爪先をトントンしながら、美冬ちゃんは、ゆっくり、ゆっくりドアノブを回しているみたいです。


 ふわあぁ、外は寒い! ジャンパーから出ている顔が凍っちゃいそうです。だ、大丈夫ですよ。僕はしろくまですから。美冬ちゃんが心配なんです。


 美冬ちゃんはかちゃりと鍵をかけると、玄関前の段を、そろ、そろ、と降りたみたいです。みたいですって言うのは、僕は玄関がだんだん高いところに動くなぁ、というのと、かくん、かくんと美冬ちゃんの背中が揺れるのしかわからないので。


 わお。道も真っ白。足跡ひとつ付いてません。


 くるんっ。


 勢いよく振り返った美冬ちゃんは、回るだけ僕の方に首を回して聞きました。


「ねぇテト、戻ってこられるように、道に落とすパンを持ってきた方が良かったかな?」


 美冬ちゃん、それも違うお話だね。この雪だと無駄だと思うけど、そのお話でもどのみち無駄だったでしょ?

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