第六章 鎮魂花《ちんこんか》
1
種と皮を残して実を食べ終えると、赤子の
体の
「しっかり負ぶってゆけよ」
「はい」
「坂の途中まで送ってゆこう」
「いえ、そんなご足労は」
「なあに、ほんの酔い覚ましの
「いっそ
ふたりの侍女も散策を好むらしく、主人より先に立ち上がっていた。
しばらく前には怯えながら下った桃林の坂を、こんどは和やかに登る。
「その娘が
「はい。よく言い聞かせておきます」
「そして、そなたも気を抜くではないぞ。ひとたび
「……腐る?」
「鬼になるのだよ。
「もう鬼にはいたしません。私が一日も気を抜かずに見ております」
慎一の気負った顔に、
「昔は
それから
「……
「あいにく私は人なので、神々のことは存じ上げません」
慎一は正直に伝えた。
「でも、あなたを失ったあとは、ずっとお
少なくとも慎一が読んだ『古事記』において、
「……逃げたあとで
「しかし
「……どうか、お手柔らかに」
「神が神にかけた呪いは、和合なしには
慎一は、少し先を流れる
「あなたは、もうあの方を許しておられるのではありませんか?」
「許すものかよ。幾千幾万の呪いを重ね、今も
「……なぜそなたは、そんなことを言う?」
「いえ――そのようにお見受けしたものですから」
慎一は、そう答えるしかなかった。
「
「しかし――
「……そなたの脳味噌の中は花畑かよ」
くつくつと笑いながら、
「まあ、その娘には格好の
「いえ、私が勝手に来たのです。昔から、末長く尻に敷かれたいと望んでおりましたので」
「もうよい。花畑に何を言うても花が咲くだけよ」
「まあ、その内、
それから、すっ、と宙に昇り、桃花香る夜気の中、過ぎた坂と先の坂を見渡し、
「いかなる
ふたりの侍女も主人の意を汲んだように、その両側に浮いて控える。
「いつか
「……どうか、お手柔らかに」
「手加減はせぬぞ。縛りつけてでもまた
それならばいくらでも――慎一が
「そのときのために、これは、そなたら夫婦の
それは、赤子の
慎一は、微笑してうなずいた。
「行け。そなたもその子も、
ここでお別れなのか――そう慎一が悟った
「そして
そよ吹く風は、桃花の香りに微かな潮の香を含んだ、懐かしい春の朝の風である。
先を見上げると、あの洋館の門が、かわたれ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます