3
慎一は、
間近な
「――生きた人の匂いがせぬか?」
他の
「やめてたも、
「生きたまま坂を下ってくるのは
「人ならば
「いや、でも確かに、この生焼けの豚のような匂いは……」
慎一の首の後ろで、
「生焼けの豚は恐れ入ったな、慎一。失礼ながらこちらの皆様こそ、滋賀の
まあ味は良さそうなのだがな、と付け加えるところが、萎縮していても
実は慎一も同感だった。
慎一は、最初に自分の匂いに気づいた
「失礼いたします」
こちらを振り返り、ぎょっと強張る相手に、
「お楽しみのところを不快な匂いでお邪魔してしまい、申し訳ありません」
自分の言葉遣いが彼女らにとって正しいかどうか――それは大した問題ではない。慎一も文科出の地方公務員として、地元言葉のみならず、全国からの観光客の言葉に接している。片言の英語で外国人を道案内することもある。肝要なのは文法や単語の意味以前に、わかり合いたいという意図を伝えることだ。
「
相手の
「……そなたは、やはり
警戒心の表れか、崩れた皮膚の間に、明滅する青い陰火が見えた。
「いえ、少しは
「小者に下れる
その
人だとよ――
生きた人ぞ――
なんと珍奇な――
等々、不穏なささやきと警戒の陰火が、あちこちで揺れる。
慎一は再び頭を下げ、
「――なにとぞ、お気になさらず。ただ静かに通らせていただきます。どうかごゆるりと、
それから
近い
いい男ではないか――
晴明殿ほど痩せてもおらぬ――
きっと近頃売り出しの術者ぞ――
「慎一、おぬし、もてておるではないか」
「物珍しいだけだろう」
「いや、古い育ちの方々には、おぬしの
やがて、四隅に
慎一は、
赤子の
顔貌はやはり
我が身がどう腐ろうと、あくまで正しい居住まいを保とうとする貴人――そう慎一には見えた。
やはり
「ほんに今宵は、面白いことばかり起こる夜よの」
「
安らかな寝息に、慎一は安堵した。
「こちらに下るべきではない子が、間違いで下ってしまいました」
慎一は、努めて平生の声を保って言った。
「その子を
「ほう、そなたの
「はい。――二十歳の春に、わたくしの妻となる子です」
「……そなたの妻に?」
「はい」
「――すまぬな。返したくとも、もう返せぬ。この子を初めて抱いたとき、昔、流してしまった
「なんと……
慎一も愕然としていた。
原始的であるがゆえに現代の倫理に縛られなかった、太古の大らかな神々――しかし大らかであるがゆえの
しかし――それもまた神が神であることの証し、そして神が産んだ人が、人であることの証しではないのか――そう慎一は思った。それによって生まれながらの悲惨を身に負ってしまった
慎一は
「……それでも、返していただきたいのです」
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