「……胸騒ぎが当たった」

 桃林のすえから垣間かいま見る異様なうたげに、管生くだしょうは全身の毛を逆立てた。


 初めは、桃林の中に開けた草叢くさむら遠近おちこちで、中世、あるいはそれ以前の貴族女性たちが、朧月夜おぼろづきよの花見を楽しんでいるように見えた。

 しかし、数人ごとに緋毛氈ひもうせんを広げ、合わせれば幾十人いるのか定かではない女性のいでたちが、なにかおかしい。


 その多くは、昔、慎一が博物館で見た古墳時代の女性の衣裳のようでもあり、同時に中世以降の白い十二単じゅうにひとえのようでもある。つまり似ているようでいて、どこの時代の装束とも違う。ただ色は例外なく純白で、いずれも袖や裳裾もすそが凝ったひだで装飾され、中国大陸や朝鮮半島にそんな古代文化があったと言われればうなずけそうでもあるし、いっそシルクロードに近い西域の衣裳、そんなふうにも見える。


 ただ、大まかに見ればそうした一定の傾向が感じられるだけで、中には、装束のすべてが襤褸らんるのように裂けている者もある。しかしその裂け方は古びや無頓着によるものではなく、むしろ前衛演劇の衣裳のような、明らかに崩した装いヽヽヽヽヽのための意匠と思えた。


 そして――。

 見れば女性たちの顔は、ことごとく黒ずみ、じくじくとただれている。

 すでに目鼻立ちが溶けている者もある。

 目鼻立ちは残っているものの、その下が崩れ、白い歯並びや顎の骨が覗いている者もある。

 しかし皆がそんな顔でありながら、誰ひとり互いの醜怪さや無惨さを気にするふうでもなく、遠近おちこちに揺れる篝火かがりびの明かりのもとで、品を失わぬほどに軽やかに笑いさざめきながら、夜宴の酒肴を楽しんでいるのだった。


 管生くだしょうは、慎一の首の後ろに隠れるようにして言った。

「……すまぬ、慎一。俺は、あの方々とは、まともに顔を合わせられぬ」


 逆立った管生くだしょうの毛が、ざわざわと慎一の襟首をくすぐる。


「お前にも恐い物があるんだな。俺には閻魔様より優しそうに見えるけど」

「恐いというより、格が違いすぎるのだよ。きっとあれらは、噂に聞く黄泉醜女よもつしこめの方々ぞ。うっかり御機嫌ごきげんを損ねたら、俺のような小者など、酒の肴にされてしまう」

「なるほど……じゃあ、おまえはそこに隠れていろ」

 慎一は、宴の中を指さして、

「俺は実結みゆいをもらいに行く」


 管生くだしょうは、慎一の頭の後ろから顔だけ覗かせて、慎一の指の先に目を凝らした。

 草叢くさむらの中ほどに、四隅に篝火かがりびしつらえた、格別に明るい緋毛氈ひもうせんがあった。


 その毛氈もうせんに、ひときわ華やかな――装束は他の黄泉醜女よもつしこめと同じ白だが、絹のように艶のある高貴な白装束姿の女性がひとり、左右に侍女らしい黄泉醜女よもつしこめを侍らせ、花と夜空を眺めながら、片手で盃を傾けている。もう片方の腕に抱いているのは、白布しろぎぬに包まれた赤子である。


「と、いうことは……

 管生くだしょうは目を見張り、

「……おぬしは実結みゆいを『つてこ』から『はずす』ために、ここまで呼ばれて来たのかよ」

「呼ばれたのか、勝手に追いかけてきたのか、よくわからないけどな」

「しかし、あの実結みゆいを抱いておられるお方は……もしや……」

 管生くだしょうは、おそれ多くて、その名を口にできなかった。


 慎一は、畏れよりも、底知れぬ民族的記憶の源流に自分が立ってしまったことを実感できず、やはりその名を口にしなかった。

「……誰であれ、俺は実結みゆいを返してもらう」

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