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そして、しばらくの
「そろそろ涙は涸れたか、慎一」
「……いや、まだだ」
すでに泣きやんだ慎一は、濡れた顔を袖でぬぐいながら、
「残りは、これからの
そう言って
「それがいい。そうしろ」
「ここでのことは、しょせん
これでも慰めているつもりなのだろうな――慎一は苦笑した。
顔色は白いが、眠っているのと同じ安らかさを感じる。
慎一は立ち上がり、間近な桃の木から花の枝を一本、手折って戻った。
「なるほど、人とは風流なものだ。俺では思いつかぬ。生き返ったときに目の前に花が咲いておれば、
「……ああ」
「つまり
そうとしか思えない――慎一は黙ってうなずいた。
『つてこ』とは、いわゆる『
植物栽培における作業としての『間引き』ではなく、昔、飢餓と貧困の時代、養いきれない子供が生まれてしまった際に、生まれなかった者として秘かに葬った、その行為を表す『間引き』――確かに
その『間引き』を、東北の一部では『つてこ』と言い習わしていた。単に『捨て子』から変化したと解釈する民俗学者もいれば、此岸で育てられない赤子を彼岸で生かすため、神仏の
しかし、そこから派生した、陰のさらに陰の言葉である『つてこはずれ』とは――。
土に埋めても川に流しても死なずに戻ってきてしまう、一種超自然的な赤子――それが『つてこはずれ』である。神聖な子供として育てられるか、不吉な子供として嫌われるかは、育てる親の心、あるいは地域の慣習で決まる。
「『つてこはずれ』は鬼になる――そんな噂も
「
「――そんなこんなで、鬼の
慎一は、
「ここは、確かに
「それがどうした?」
「だったら、おかしいと思わないか、
「あん?」
「生まれて間もなく死んだ自分の遺体の姿を、
「いや、それは……」
「しかし世の中には、自分の通夜を見てから三途の川の手前まで行って、また戻ってきて、棺の中で息を吹き返す奴もおると聞くぞ。自分が生まれたときの部屋の様子をちゃんと覚えている、そんな奴の話も聞いた。まして
「なら、死んでから生き返るまでの
「…………」
「屋敷の門で、車の後ろに陰火が見えたとき、俺は確かに
「それは俺も同じぞ。声までは聞こえなかったが、あれは確かに
「そうすると……もし、あのトランクの中で、
慎一が、ふと背筋を強張らせた。
慎一は何かを探すように、あたりを見回している。
「……
「いや……でも、気配というか……」
そのとき
「息が戻った!」
「これは……」
「
「…………」
慎一は、
掌で受け止めた何かを、食い入るように見つめているらしい。
「……桃の実?」
慎一が、先ほど
「
慎一がつぶやいた直後――。
ずん、と足元の大地が消えた。
「わ!」
わけがわからず宙に浮く慎一と
「おう!?」
直下型地震の縦揺れに似た激震が、慎一と
慎一は桃の実を胸にかばって、揺られるままに転がるしかなかった。
気が遠くなるほど長い揺れの後――実際は数分、あるいは数十秒だったのかもしれないが――微かな震動を残して、大地の揺れは治まった。
周囲の景色は、揺れる前と何ひとつ変わっていない。番小屋の廃墟も、朽ちかけたなりにそのままの姿で残っている。その向こうには、相変わらず
「……俺を馬鹿にしているのか?」
誰にともなくつぶやく
「こっちだ、
見れば慎一は、両手で桃の実を胸に守りながら、廃墟とは逆方向、あの涸れ井戸のあたりに半身を起こしていた。
「ほう、井戸が崩れたか」
「あれだけ揺れて、それだけのことかよ。あほらし――」
言いかけて、
先の大地が、地の底に引きこまれている。
果てが見えないほどの、巨大な
そして、今、慎一と
「……行こう、
慎一は言った。
「この道の先に、きっと生き返るまでの――死んでいる間の、
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