3
桃林に囲まれた広からぬ空き地に、
際限なく宙に伸びていた胴が、瞬く間にするするとこちらに戻る。
慎一は
「これは飛んだのと同じだぞ、
感心してねぎらう慎一に、
「宙に浮かねば飛べるとは言えぬ」
「それより――来たぞ、慎一」
古い豆電球らしい
「あれが
「……たぶん」
さきほど車の後尾に漂っていた陰火は、今は見えない。しかし、抱いているのが
ふと、懐中電灯の光が横に逸れた。
「……まさか!」
慎一が、思い当たって叫んだ。
いきなり脱兎のごとく駆けだす。
「まさかとはなんだ?」
「すぐ裏に古井戸が!」
「何!?」
すでに涸れ井戸なのは、慎一も知っていた。番小屋が放棄されてまもなく、遊びで忍びこむ子供たちが転落しないよう、ほとんど土砂で埋められたと聞いている。
だからこそ――もし
即座に追ったはずなのに、慎一たちが裏に回ると、
崩れかけた石組みの井戸の中に、祖母が
慎一は、
しかし、そのまま相手の体をすり抜け、もんどり打って後ろの藪に転がった。
さきほどの館では、扉を破ることも
慎一は呆然と井戸を振り返った。
「
「任せろ慎一!」
「この外道!」
横に倒れる手押し車と、頭からばりばりと食われてゆく夫を、その妻はただ硬直して見つめていた。おそらく、頭から消えてゆく夫の姿が見えるだけで、
慎一は井戸の奥に身を乗り出した。
元から埋められていた井戸なのが幸いして、
しかし――その土砂や
「
手を伸ばして叫び続ける慎一を、
「落ち着け! だから任せろ!」
中身に歯を立てないよう気遣いながら、そっと井戸の横に寝かせる。
慎一も動悸を鎮めながら、それを見守る。
「……かわいい子ではないか」
まだ生後一週間では、
でも――顔色がおかしい。
慎一は、そう
慎一は
しかし、やはり触れない。指先には虚空の感触しかない。
鼻で撫でさするように、ゆっくりと顔中を探ってから、
「……のう、慎一」
「気をしっかり持てよ――と言いたいところだが、おぬしには無理であろうな」
「…………」
「しかし事実は事実。ここは、はっきりと言うぞ。――この子は、もう死んでおる」
「……は?」
慎一は、白紙のような顔で
やはり
慎一は
自分がそうしていることを、自覚しているわけではない。
しかし、
感情が感情を感情として認めるのを拒否し、むしろ離人症にでも陥ったように、心とはまったく別の部分で、この事態を他人事のように考察していた。
しかし、新生児や乳幼児の血液型検査が不正確であることは、周知の事実だ。四歳以上になってから再検査すると、半数が誕生時とは型が
いや、できるかもしれない。実の息子と実の娘が、以前から契り合っていたことを知っているなら。
今は没落していても、
慎一の耳に、あの館で
「人など
千年に渡って人の世を見てきた
慎一の脳裏で、堰き止められていた感情の渦が決壊した。
死んだ
その涙が、
まあ、こいつなら、これくらいの涙は流すだろうよ。相手が
一度流れ出してしまった涙は、理屈では止められない。
慎一は正座したまま、咆えるように
大の男にはありえないほどの、身も世もあらぬ号泣である。
それがいつまでも続く。
「……泣けよ、慎一。涙が涸れるまで泣け」
横に立つ
「俺は子供のように泣く男が嫌いではない。
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