2
その坂は、麓の慎一の家を過ぎるまで、ほぼ一本道である。
車も年輩者の運転らしく、さほどスピードは出していない。
しかし道が曲がりくねっているため、じきにオースチンの後尾は見えなくなった。
落ち着け俺、落ち着け俺、落ち着け俺――慎一は走りながら、今の状況を模索していた。
「――あのトランクに
肩の
「それだと
「生後一週間、産院から家に移った日だ」
「なんと……二十年前の夜かよ」
「しかし実の祖父母が、なぜこんな誘拐魔みたような真似をしているのだ? 兄妹の不倫の子と知って、どこぞに捨てようというのか?」
「わからない……俺にはわからないことばかりだ」
慎一は、坂の途中で足を止めた。
本来なら、そこは海が見えるはずの場所である。しかし今は地平線まで桃林が続き、それに紛れて道の先も見えない。彼方の桃林の狭間に、ちらりと車の尾灯が瞬いたが、すぐに曲がって消える。
「しかし、どのみち
「いや――俺はもう昔の話は信じない。
慎一はそう言ってから、
「
「俺がモモンガに見えるなら目医者に行け。しかし、空に伸びろといわれれば際限なく伸びる。おぬしだって何度も見ておろう」
慎一は、そんな事にも思い至らなかった自分に呆れながら、
「俺をくわえて伸びてくれ」
「おうよ」
「くわえようにも、おぬしの襟首には毛皮の余りがない。俺の肩にしがみつけ。やめろと言うまで空に伸びようぞ」
「頼む」
「しかし見事な景色よの。上がれば上がるほど、どこまでも桃の林ぞ。――おう、
確かに、元から桃農園にあたる範囲の光景は、当時と様子が変わっていない。
慎一は自分の生家を見定め、そこから記憶をたどって、ある場所への方角と距離を推し量り、そちらの道筋を注視した。
案の定、オースチンのヘッドライトらしい豆粒ほどの光が、南への道筋を進んでいる。その農道は、少し先から車の入れない細道となり、戦前まで使われていた番小屋の跡地に続くはずだった。
「止まれ、
「おう」
ヘッドライトが向かう先に、黒い
「あそこに降りたい。うまく曲がれるか?」
「おうよ。龍のように堂々とくねってみせるぞ」
龍というより長大な虹のように、白い円弧となって丘と麓を結びながら、
「もしや、あそこで赤子の
「ああ」
「そんな場所まで、おぬし、よく知っていたなあ」
「一度、見に行った。何年も後だけどな。見つけた消防団の人に聞いたら、いなくなったときの
「つくづく
「……まあな」
「町でこっそり
「…………」
「まさか風呂や着替えは覗いておらんだろうな」
「いや、そこまでは……」
「夏の海水浴場あたりで、日がな一日、
「…………」
「おぬし、よくぞこれまで、お
「まあ、ちゃんと籍を入れたのだから、ここは目をつぶってやるとしよう」
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