5
慎一は、黙って
無言のまま館に目をやる。
門前から振り仰ぐ猛火の館は、十年前に入った
しかしその炎は、すでに猛火ではなく地獄の業火に変わっていると、慎一には思えた。
確かに――綺麗事では済まないのだ。
自分がどんなに
慎一は言った。
「……呑んでくれ、
「まあ、どのみちここの始末は、それしかなかろうな」
今度の膨らみには、つかえる天井がない。
文字どおり天井知らずに、
それからおもむろに屈みこみ、小高い敷地ごと天辺から呑むように、炎も館も、何もかも一口に
そして、わずかに数秒後――。
「やはり
そう言って、餌を食べ終えた猫のように、小さな手先で自分の口元をくりくりと拭いながら、
「――どうする慎一。いったん病室に戻るか? あちらの様子も気にかかる」
慎一は、
「いや、ここはまだ
確信に満ちた慎一の声に、
「おお、これは……なるほど……」
たった今、自分で囓った広大な荒れ地が、見る見る内に、地面から生え伸びる桃の林に覆われてゆく。
そこだけではない。
周囲を見れば、丘全体が満開の桃林となってゆく。
鋳鉄の格子門は以前のままだが、左右の門柱はすでに桃の木に抱き込まれ、アユタヤの仏像のように、ほんの一部を幹の
元から広大な桃農園だった坂道一帯は、すでに全視界を埋めつくす桃林の一部となり、どこまでが本来の桃園だったのか判別できない。
先ほどは、遙かに臨めた海沿いの街並みも、その彼方の日本海も、見晴るかす限りが、桃色の雲のような桃花に覆いつくされている。
そして空は、一片の雲もない春の星夜――。
「……さっきの部屋と違って、歩ける道はなんとか残っておるようだが」
「こう広いと、さすがに俺も呑みきれるかどうか……」
慎一が隣に立ち、同じ世界を見渡しながら言った。
「いや、まだだ。呑んでもらう前に、
「しかし……そもそも、探す世界の果てが見えぬ。館やアパートとは
「たいして違わない。この景色全部が
「しかし
「たとえ世界全体にだって限りはある。地球の表面積は五億一千と十万平方キロメートル。それを俺に教えてくれたのは
話す間に、慎一の肩に戻っていた
「その目かよ」
言葉の意味がつかめず、慎一が
「いや、今のおぬしの目は、なかなかのものぞ。昔、そんな目を見たことがある。あれは
「は?」
「源義経を知らぬのか」
「いや、知ってるけど……」
「俺がまだ奥州にいた頃の話だ。京から逃れてきた義経たちを山道で見かけたのだよ。遠目では、あんな出っ歯でちんちくりんな男が噂の
「へえ……」
「おぬしも、その目で
冗談で力づけてくれているのだな――慎一はそう思ったが、
「とりあえず、坂を下ろう」
慎一は言った。
「
「おう。俺の
慎一がうなずいて、門扉を押し開こうとしたとき――。
背後から、いきなり光が射した。
炎とはまったく違う、鋭い光である。
あわてて振り向く慎一の肩で、
「おう……」
妖物だけに夜目が利く代わり、突然の光物は苦手なのである。
慎一も目がくらみ、掌で目を覆った。
指の隙間から覗き見ると、左右に離れた二つの円光が、間近に迫っていた。
「……ヘッドライト?」
「なんと……車かよ」
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