黙っていたんだが、実はこれ負けイベントなんだ

ちびまるフォイ

負けイベントなんてもういらない

「はぁっ……はぁっ……!」


「どうした? 息があがっているようだが?」


「バカいえ……まだ、これからだ……!

 俺にはまだ必殺技があるんだ!」


「先にひとつだけ言っておこう」


「なんだ……?」



「実はこれ、負けイベントなんだ」



「えっ」


急に今まで張り詰めていた緊張の糸が切れた。


「あっ、ふーーん、そうなんだ。あっ、負けイベントねぇ」


「急に構えといたようだが?」


「いや、まぁ~~……必殺技はいいかなって。

 あれ使うとめっちゃ体力使うし……」


「戦う前はここで何もかも終わっていいとか

 なんとか言っていたようだが?」


「うん、戦う前はね。でも、ほら負けイベントじゃん?

 俺の心はもう戦闘中に大量消費した

 ラストエリクサーのことだけでいっぱいだし。

 あーーもっと早く言ってほしかったーー」


「……くらえ、デストロイバーニング」

「ヤラレターー」


ぐだぐだになりながらも戦闘は勇者の敗北で終わった。

世界は魔王の手に落ち、勇者のSNSアカウントはおおいに荒れた。


「おい! なに負けてるんだよ!」

「世界が魔王の手に落ちたじゃないか!」

「この役に立たず!」


「あれは負けイベントだからしょうがないんだ。

 どう頑張っても勝てないやつだから!」


「「「そんなの知るか!」」」


「大丈夫。負けイベントである以上はここで終わらない。

 最終的には勝利イベントでハッピーエンドが待ってるんだよ」


勝利を疑わなかった信者からのバッシングを

必死になだめすかしていた時、魔王配下の一味が襲ってきた。


「ギキャキャキャ! ここにいたのか勇者の残党め!」


「お前はっ……! 魔王の手下のレッドガーゴイル!!」


「貴様を倒せばワタシもきっと魔王様に認められる! 覚悟しろ!」


「なめられたものだな! この勇者を相手に1匹でくるなんて!」


「先に言っておくが……」

「なんだ?」



「実はこれ、負けイベントなんだ」



「……まじで?」


臨戦態勢だった勇者の瞳から闘争心が失われた。


「くらえ! ガーゴイルファイアーー!」


「はいやられたーー」


勇者は回復することもなくちびちびした攻撃を受け続けて敗北。

魔王一味のひとりによって村人や家族がとらわれることとなった。


「勇者! どうしてだい!?

 あんたなら簡単に倒せる相手じゃないか!」


「いやあれ負けイベントだから……」


世界も奪われ、守るべき大切なものも奪われた。

けれど勇者はけして諦めなかった。


「これは最終的な勝利イベントのためのものに違いない!

 こうして落とすだけ落とすことで勝利の価値を高めてるんだ!」


お腹を減らすだけ減らしてバイキングに向かう小学生のような理屈で精神を保っていた。

そこに今度はプルプルのプリンスライムがやってきた。


「ぷるぷる。おまえがゆうしゃだな!」


「ふっ、プリンごときか。消えろ。真っ二つにされたくなければな」


「これ負けイベントだから負けないと話進まないよ」


「えっ」


勇者は剣が抜けないふりをしてプリンスライムにおとなしく殴られて敗北。

プリンスライムが勝利したことで勇者はますます肩身が狭くなった。


「でもこれも負けイベントだから……」


勇者は平然としていた。


その後も道場破り感覚で多くの魔物が勇者を強襲しては、

ことごとく勇者を打ち負かして勝利を勝ち取っていった。


「……もしかして、俺騙されてるのかなぁ」


勇者が疑問に思い始めたのはのべ100戦めの負けイベントを終えた後だった。


「思えば、これまですべての敵が負けイベントだと言っていた。

 俺はそれを信じて負けたわけだが、負けイベントは本当なのか?

 俺の力を封じるために言っているんじゃないか?」


一度考え始めるとそうとしか思えない。

勇者がそんな真理の扉を開けてしまったことなど知らずに

おろかな敵は無謀にもふたたび勇者を訪れた。


「わたしはアリ! 勇者よ! 覚悟しろ!

 あと、これは負けイベントだから!」


「負けイベントだって?

 それを言えば俺が負けてくれると思っているのか!!」


「ア、アリィ!?」


勇者は本来の力を解放しアリを粉砕した。

負けイベントを勝利してしまった勇者に待っていたのは悲劇の連鎖だった。


「あなた!? あなた! そんな……!」


「すまないアリ……もっと……一緒にいたかった……」


「ぱぱ! いやだよ! いかないで!!」


「またアリ家族みんなで……砂糖を……かじりたかった……」


病気の娘アリが最後に食べたいと言っていた砂糖を得るため

勇者に戦いを挑んだアリは命を落とした。

その娘アリも願いを叶えることなく、妻アリとともに後を追った。


アリの死により、その活動で支えられていた農作物は枯れ

人々は飢えてどんどん命を落としていった。


アリの死の影響はさらに広がり、天変地異を巻き起こし

人々を分断させ、動物を絶滅させ、消費税が400%に跳ね上がった。


「いったいどうなってるんだ!?

 負けイベントを勝利したのがそんなにいけないのか!?」


負ける前提で設定されているものに勝利してしまうことは

敗北よりも恐ろしい絶望が待ち構えていた。


「こんなことならおとなしく負けておけばよかった!!」


取り返しのつかないほどに世界は終わりへと近づいた。

なにもかもを元通りにするために残された方法はただ一つ。


「魔王を倒して世界を取り戻すしか無い!!」


すっかり全盛期の勢いを失った退役軍人のような勇者だが、

ふたたび伝説の剣を手にして魔王の元へとはせ参じた。


「ククク。勇者めお前も懲りないやつだな。また負けに来たのか?」


「お前を倒して世界を救ってやる!!」


「そんなコト本当にできるのか? 今の弱体化している貴様に?」


「できるとも。そしてひとつだけ言っておくことがある」

「なんだ?」



「実はこれ、負けイベントだから」


勇者は禁術を詠唱してしまった。

魔王はぎょっとして目を見開いたが、すぐにもとに戻った。


「奇遇だな。私も同じことをお前に言おうとした」


「なんだって!? 嘘を言うんじゃない!」


「何を言うか! お前が負けることで復讐を心に誓い

 苦難の修行を乗り越えて再挑戦するための布石となるのだ!」


「いいや! これは魔王が負けることで、

 世界を手にしても満たされない心に気づくという

 ターニングポイントとなるための負けイベントだ!!」


「この負けイベントで貴様が勝利してしまえば、

 私の命とリンクしている貴様の家族が死ぬんだぞ!!

 負けイベントへの勝利は、敗北よりも恐ろしいのだぞ!」


「魔王こそ! お前が勝利してしまったら世界は闇に落ちて、

 それきっかけで異世界からきた冒険者が

 涼しい顔をしてお前の仲間たちを惨殺しにくるんだぞ!?」


「勇者! お前の負けイベントだ!」

「いや魔王! お前の負けイベントだ!」


「「 いったいどっちの勝利イベントなんだよ!! 」」


負けイベントの押し付け合いが続いた。

どちらが勝利しても待ち受けているのは悪夢。


やがて、戦いを終えた勇者が村へと戻ってきた。


「勇者様おかえりなさい! 勝利したんですね!!」


勇者はさわやかな顔で答えた。



「魔王と相談してお互いに戦いをやめることにした!

 これで勝つことも負けることもない!」

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