5 風紀委員(風)剣士の呪縛

 士雨しぐれ流抜刀術。

 出夢いずむの暮らす町に建つ、由緒正しき流派。

 剣の道を志す者は挙って入門を試みるも、スパルタっりに心を折られ、立ち去る者があとを断たないとかなんとか。



 そんな噂に違わぬ、おごそかな門構えの道場。

 その前に今、出夢いずむは立っていた。



 別に、好きで来たわけではない。

 部室にて行われた、『風凛かりん音飛炉ねひろ如何いかに抱き込むのか』という会議。

 そこでアイデアを出さずにいたら、締め出されたのである。

 そのくせ、「とっとと加入させて来い」と、治葉ちよに命じられたのだ。

 


 決して、ディスりたいのではないが。

 まさか、主に無口な真由羽まゆはにすら負けるとは思わなかった。

 いや、治葉ちよの贔屓目、溺愛の少なからず含まれてはいるだろうが。

 なにはさておき、このまま戦果もしに、おめおめとは帰れまい。

 せめて、なにか、事を有利に運べるだけのネタだけでも拾わなくては。

 そう自らを奮い立たせ、インター・ホンを押さんとする。



 と、そこまで来て、遅ればせながら気付いた。

 治葉ちよは。「体育館に行け」と言ったのではないかと。

 ともしなくても現在、くだん風凛かりんは、剣道部の見学か、風紀委員ごっこの真っ最中では、と。

 ということは、とんだ無駄足ではないか、と。

 骨折り損のくたびれ儲け以下ではないか、と。



「……帰ろ」



 落ち込んだ末に、諦める出夢いずむ

 丁度、もう日も暮れる。

 そろそろ、下校時間ではないか。

 今からスカウトに行っても、絶対に間に合わない。

 潔く、この場は引いておこう。

 そう開き直り、背を向けた、まさにその時。



「うんぅ?

 見ない顔じゃな?

 お前さん、うちの門下生じゃないな?

 一体、なんの用じゃ?」



 突如、出夢いずむの前に聳える、大いなる壁。



 いな……2mは下らない、熊を彷彿とさせる巨軀きょく

 そして、それすらも優に上回る威圧感、風格。

 繰り広げてきたであろう数々の激戦をイメージさせる、顔の傷による隻眼。

 極めつけに、ラスボス感半端ない立木ボイス。

 そんな、歴戦感、ベテラン感が迸る、バリバリ最強っぽい猛者が、背後に立っていた。



「んぅ?

 その制服……。

 お前さん、うちの娘の同級生か?」



 顔を近付け、何故か鼻まで利かせ、質問する大男。

 どうやら風凛かりんの父らしいが、ここまで入念にチェックする必要はあったのか。



 そして、出夢いずむは困った。

 部活仲間未満だし、クラスメートでもない。

 そこまで親しい間柄でもなければ、友達として自然な同性ですらない。

 現状、自分達の関係と説明する、最適な表現が見当たらない。

 そもそも、『関係』などと言い張るには、付き合いが希薄すぎる。



 よって、詰みである。



「えっと……」

「プリンのことを、どう思うちょる?」

「え?」

「プリンのことは好きかと、聞いちょるんじゃ。

 男なら、はっきりせんかい」



 言いあぐねていると、向こうから助け舟をくれた。

 しかし、肝心な質問内容が、意味不明だった。

 まるで、プリンが生き物みたいではないか。

 そんな、恐怖の山じゃあるまいし。



 そして先日、治葉ちよにも言及されたが。

 自分はそんなに、ナヨナヨしているだろうか。

 どちらかといえば、二人がワイルドぎるだけなのではないだろうか。



 ムードを緩和するためのジョーク?

 いや、士雨しぐれ父は、大真面目だ。

 腕を組み、なおも凄い気迫で、自分を追い込んでいる。

 ハッタリなどでは、断じてない。



 こうなった以上、仕方が無い。

 正直に答える他い。



「まぁ……はい」

「どっちじゃ?」

「好きです」

「どういう意味でじゃ?

 もしくは、あれか?

 一生とか、毎日とか、そういう感じか?」

「そこまでではないです。

 普通に、週1ペースくらいです」

「そうか」



 答えに満足したのか。

 士雨しぐれ父は、道場の門を開け、出夢いずむを招く。



生憎あいにく、まだ娘は帰っちょらん。

 じゃが、手土産もしに帰らせるのは、士雨しぐれの名折れじゃ。

 菓子と茶ぁくらい、振る舞わせてくれぇい。

 お前さん、日本茶と紅茶、どっち派じゃ?」

「紅茶、です」

「それは好都合。

 ここだけの話、わしも紅茶のが好きじゃ。

 丁度、一服しようとしていた所じゃ。

 忙しかろう時間を縫って折角せっかく、ここまで足を運んでくれたんじゃ。

 お前さんの分も、用意させちょくれ。

 それに儂は、お前さんを大層、気に入った。

 初対面で、あそこまで儂に物怖じせず答えて来た。

 そんな男は、久方りじゃけぇのぉ。

 もっとも、儂に触発されてじゃがのぉ。

 それくらいの歓迎は、させてくれ」



 がははははと豪快に笑い、士雨しぐれ父は家に入り。

 クイッと顎を上げ、目配せをして、出夢いずむを中に誘導する。



 何というか。

 怖いのは面だけで、その実かなり気さくらしい。



 であれば、断る理由はい。

 出夢いずむは、彼の親切に甘えることにした。



「あら?

 灯路ひろさまではございませんか。

 こんばんわでございまする。

 奇遇でござんすね。

 あなた様のご実家も、この近くでありんすか?」



 不意に後ろから、奇妙な言葉遣い。

 振り返った先には、思った通り。

 なんだか都合よく解釈してくれている、風凛かりんの姿。

 


 こうして、出夢いずむは再び、言い訳を探すことになり。



「おぉ、『風凛プリン』や。

 今、帰って参ったか。

 学業、お疲れ様じゃけぇのぉ」

「ーーえ」

「……あ」



 思わぬ形で、風凛かりん旧名ひみつを知ることになるのだった。



「……改名、ですか」

「はいでやんす。

 丁度、中3の誕生日に。

 今では、15にさえなれば、子供だけでも安価、短期間で可能なので。

 住民票に、振り仮名もかったゆえ

 さいわい、風凛かりんは、読み方を変えるだけで済んだので。

 といっても、お聞きになられはった通り。

 父様ちちさまは未だに、癖が抜けておらなんだのでございまするが」



 客間にて出夢いずむもてなしつつ、事情を説明する風凛かりん

 そのまま苦笑いし正座しつつ、綺麗な所作でケーキを食べ始めた。



「家は代々、和風でありまして。

 それを、父はいたく嘆いておりました。

 ゆえに、『娘には、現代にそぐう生き方をしてしい』と、切望してくれていたらしく。

 結果、それが行き過ぎ裏目に出て、『風凛プリン』になってしまったでござりまする。

 それ以外にも、幼少の自分より色んな言葉遣いを教わった結果。

 人前では、このような、けったいな口調になってしまい……。

 おまけに、士雨しぐれ家の、呪い染みた遺伝により、英語は使えないという有様で。

 まっこと……なにからなにまで、お恥ずかしい限りで、恐縮でございますわ」

「まぁ……うん……」



 これはもう、同情しか沸かない。

 もっとも、それはそれで、当人にとっては、胸中穏やかではないだろうが。

 


 そして、思い返してみれば。

 確かにこれまで、風凛かりんがカタカナを使っている所など、見たことも聞いたことい。

 それどころか、彼女の父や、火斬かざんさんでさえ。

 といっても現状、そこまでの関係性を築けていないだけかもしれないが。



 更に言えば、彼女の一人称。

 彼女は、自分を『風凛かりん』と呼んでいた。



 真由羽まゆはような、可愛かわいらしい子ならまだしも。

 彼女には申し訳ないし、決して本人に面と向かっては言えないが。

 それは彼女の、凛としたイメージとはあまりにかけ離れぎていた。

 お世辞にも、似合ってはいなかった。

 


 和風な見た目に合わせて、『自分』、大穴で『拙者』。

 騎士のような雰囲気に合わせて、『我』。

 もしくは、お嬢様みたいな口調に寄って、『わたくし』。

 きっと、本来であれば、その辺りなのだろう。



 それらを捨て去ってまで、あざとらしい一人称を選んだ風凛かりん

 そこには、「過去の忌まわしい黒歴史キラキラを隠せる程にバズらせたい、浸透させたい」。

 そんな、彼女の祈りが見え隠れしていた。



「とまぁ、そんなわけでして。

 なんせ、英語を使えないでございまするから。

 風凛かりんは、『トッケン』には相応ふさわしくないと思うんでありんすよ」



 そこを出されると、出夢いずむには反論するすべい。

 


 古今東西、様々な作品こそれども。

 英語を冠していない、一文字も出ない特撮など、存在し得ない。

 特撮じゃなくても、はなはだ怪しい。

 


 正直、『士雨しぐれの呪い』とか。

 そんな、ダイダロスの血みたいなのは、非日常的ぎて、ちんぷんかんぷんだが。

 それに付随して生じる、彼女の気苦労は、出夢いずむでも推し量れる。

 そもそも、そんな調子では、『トッケン』の名を口にすることさえ不可能……。



「……あれ?」



 ーーではなかった。



士雨しぐれさん……。

 今、『トッケン』て……」

「は、はい……。

 風凛かりんも、同じことを……。

 こんなの、前代未聞です……」



 そこに関しては、ノー・コメントだった。

 そう断ずれるほど、彼女の言葉を、出夢いずむは聞いていない。



 理由が分からず、自体が飲み込めず、困惑する2人。

 ほどなくして風凛かりんは、一つの結論に至る。



「もしや……。

 風凛かりんが、元は『風凛プリン』だったから……?

 どれだけ嫌がっても、突き放しても、来る日も来る日も。

 父様ちちさまが、負けじと、そう呼んでくれたから……。

 ……耐性が、出来できた……!?

 ……外国語は無理でも、カタカナならば、言える程度に……!?」



 ……んな、アホな。

 口を衝いて出そうになった言葉を、どうにか押し留める出夢いずむ

 


 真偽の程は定かではない。

 未だに、半信半疑ではったが。

 なにはさておき、風凛かりんは勝った。

 士雨しぐれ家の、その血の運命さだめを、討ち滅ぼしたのである。

 なんという豪運。



「スマホ、スマホ、スマホ!

 ケータイ、ケータイ、ケータイ!

 ホイップ、ジェラート、カスタード!

 あぁ、あぁ……やはり、そうです!

 和製英語やカタカナ、スイーツならば、口に出来できる!!

 風凛かりんの活躍次第では、もっと多くを発信出来できるかもしれない!!

 お喜びくだされ、灯路ひろさま!!

 風凛かりんは、たった今、当家の忌々しい因縁を、ついに断ち切れたのどすえ!

 闇は、うにたち消えていたのですえ!!

 父様ちちさまの願いが、通じたのですっ!!」

「……ヨカッタデスネー」

「はいっ!!

 とってもっ!」



 出夢いずむの棒読みにも気付きづかずに、盛大に喜ぶ風凛かりん

 そのまま彼を立たせ、経験もいままに社交ダンスをする2人。



「というわけで、灯路ひろさま

 これからは風凛かりんを、どうぞ名前でお呼びくださいませ!」

「へ?」

「さすれば、更に呪いが薄れるやもしれんゆえっ!

 ここは一つ、人助けだと思って!

 どうか、よしなにっ!」



 そんな簡単に行くかなぁ。

 と不思議、不審がる出夢いずむ

 が、ここで断り、水を差すのも気が引ける。

 また、それによって風凛かりんの呪い(?)が、少しでも弱まるのであれば、越したことい。 



 となれば。

 残る道は、一択のみ。



「……風凛かりん?」

「はいっ!!」



 出夢いずむの呼び掛けに、満面の笑みで答える風凛かりん

 


 出夢いずむは、少し困った。

 風凛かりんと親しくなり、彼女の『トッケン』入りの阻害要因を無くせたのは、間違いく僥倖である。

 だが、この成果を、どう治葉ちよたちに報告すればいものか。



 きっと、何を言っても、信じてはもらえない。

 こんな、「百聞は一見に如かず」を地で行くような、ゼンカイにドンブラってる状況を。



「これは、あれですわねっ!!

 今風に言えば、『テンアゲテンプラ』で候ですね!!」



 そんな中、更に状況が稚児ややこしくなった。



「……あ、あれ?

 テンアゲテンプラテンアゲテンプラテンアゲテンプラッ!!

 な、何故なぜ、アゲられないっ!?

 いや、揚げてはいるがっ!」



 目を抑え、脳をフル回転させる風凛かりん

 やがて、仮説を導き出す。



「もしや……チャラチャラしたカタカナは、対象外……!?

 この血が、無意識に拒絶反応を示しているとでもいうのか……!?

 くっ……士雨しぐれの呪いは、なおも我が身に健在しているというのか……!?」



 ……どういう基準なんだろうか。

 あと厨ニ、コント感が凄まじい。

 そう思いつつ、出夢いずむは何も言わないでおいた。

 本人は至って真面目だし、実際に呪い(?)が発動して入るらしいし。

 知らんけど。



「あ……あるぇ……?」



 不意に、フラフラとよろめく風凛かりん

 慌てて受け止めた出夢いずむが確認すると。

 彼女は、綺麗な顔で、スヤスヤと眠っていた。



 時刻は、夜の7時ぎ。

 女子高生が眠るには、やや早い時間帯だが。

 どうやら、彼女は生粋のロング・スリーパーのようだ。


「……」



 そのまま床に寝かせ、父に声を掛け、出夢いずむ士雨しぐれ家を去った。



 ちなみに治葉ちよ真由羽まゆは音飛炉ねひろ出月いつくには、包み隠さず事情を説明した。

 が、誰一人として、さほど信じてもらえなかった。

 無慈悲だと思う反面、無理も無いよなと、出夢いずむは思った。



 翌日。

 部室にて、寝落ちしたことを陳謝した風凛かりん

 他の部員とも話し合った末、しばらくは剣道部に尽力し、『トッケン』は仮入部扱い。

 本格的に復活したら、正式に仲間となる運びとなった。



 そんなこんなで。

 これで、部員は4人。

 残るは、あと1人。



 なのだが……。



「ちょっ……押すなって!」

「あんたこそ、大人しく引っ込みなさいよぉ!!」

院城いんじょうさんっ!

 あなたのために、粉骨砕身で働きますっ!!」

手前てめえ!!

 抜け駆けすんじゃねぇ!!

えず、もっと広い所、行こうぜ!

 カラオケとかさ!」

「決まりー。

 親睦会も兼ねて、派手に騒ごー」

「んじゃ、オタくんたちあとはよろー。

 こっちはこっちで、かってにやってるからー」

「インチョは貰ってくわ!

 取んなよ!」

「だ〜か〜ら〜!

 抜け駆けすんなってんだろがぁっ!!」



 ろくな挨拶も決意表明もせず、嵐のように去る暫定部員たち

 特撮に明るくないなりに力になろうと奮闘し、声を掛けまくった結果、募った野次馬たち

 その数、なんと50人。



 その目は一様にして、ギラついていた。

 どんな手を使ってでも、『トッケン』とやらに席を置いてでも、意中の相手を横取りさせてなるものか、と。



「……ねぇ、灯路ひろ

 この前の、『院城いんじょうと仲良くして』ってお願い。

 悪いけれど、守れそうにい。

 あたし……あの子、無理」

「……」



 色々とったが、順調に仲間を増やせつつあった出夢いずむ

 しかし、満場一致で最難関認定されていたマドンナ、院城いんじょう 音飛炉ねひろの攻略を前にして。

 折り返し前日である3日目で、彼らの望みは今、断たれようとしていた。

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