4 新しい家族(かたち)

 月出里すだち 真由羽まゆはは、静謐せいひつを好む。

 眩しく、騒々しい場所は、控え目に言って苦手だ。



 けれど、高校生になり。

 ゲームがくても仲良くなれた、向こうから近付いて来てくれた、色んな意味で一番いちばんの友達が出来できて。

 (認可されてこそいないものの)部活に所属し、そこでも友達や、優しそうな面々と親しくなれて。

 (期限が差し迫ってるとはいえ)出会ったその日にカラオケになんて行けるまでに進展した上、歌わずとも仲間扱いしてくれて、聴いてるだけで満足して。

 父の再婚相手、新しい母にも、可愛かわいがってもらえて。

 バツの悪い過去を知られても、それでもなお、友達が優しく接してくれて。


 

 そんな激動の2日間を経て。

 真由羽まゆはは、多少なりとも、みずからの成長を感じていた。



 そういったイベントで、みんなから勇気を与えられたからだろう。

 今こうして生みの親、実の母に、数年振りに、二人っきりで会っているのも。



 別に、格式張った高級レストランとかではない。

 ハンバーガー好きの真由羽まゆはおもんぱかり、新しい出来できたチェーン店に、誘ってくれたのだ。

 それでいて、人酔いする彼女を気遣い、先にメニューを見せオーダーだけ聞いてテイク・アウトし。

 人気ひとけの少ない時間帯に、海が見渡せるベンチで、待っていてくれたのだ。

 


 ちなみに、他の部員達は現在、別行動中である。

 治葉ちよは、「これから実母とご飯」と伝えると、複雑そうな顔で撫でてくれたあと、一足早く部室を後にした。

 出夢いずむは、風凛かりんをスカウトに(その割には体育館ではなく校外に出て行った気がするが、大丈夫だろうか?)。

 音飛炉ねひろは、く分からないが、忙しそうに校内を駆け巡り、色んな人たちに声を掛けて回っていた。

 部員ではないが、出月いつくは……大方おおかた、またしてもロッカーで寝てでもいるのだろう。



 改めて思うが。

 自分達は、中々に纏まりがい。

 確かに、「各々おのおのの個性、多様性を重んじる」と言えば聞こえはいが。

 その実、「そこまで互いに興味、一緒に行動する大義名分を持てずにいる」というだけなのではないか。

 自分達をつないでくれた『トッケン』というけがくなったら。

 あと5日で、またしてもバラバラに、疎遠になってはしまうまいか。

 丁度、小学、中学の時みたいに。

 真由羽まゆはには、どうも、そう思えてならないのだ。



真由羽まゆは

 どうかした?」



 バンズを持ったまま固まっていたらしい。

 自分を心配する母の声で我に帰り、真由羽まゆはぐにブンブンッと、首を横に振った。

 まるで、それしか遊び方のい、不出来でチープな玩具のように。



「な……なんでも、いっ……。

 大丈夫、です……」

「ひょっとして、部活のこと

 あの人から聞いたわ。

 かなり大変らしいわね」



 それを聞いて、真由羽まゆはは少なからずホッとした。

 未だに父と母が、連絡を取り合っていると知れて。



「困ったことが有ったら、いつでも相談して。

 これでも、あなたの産みの親ですもの。

 といっても、今となっては、『元』だけどね。

 それでも良かったら」

「っ!!」



 真由羽まゆはは、再び首を振った。

 そんな悲しい言葉を、そんな冷たい言い方で。

 母の口から直接、聞きたくは、聞かされたくはなかった。



「『元』とか、関係無い……。

 お母さんは、お母さん……。

 マユの……大切な、人っ……」



 言葉だけでは足りず、思わず立ち上がり。

 けれど、上手うまく表現出来できず、つたえられず、もどかしく。

 胸に手を当てたまま、喋ろうとして、口パクするだけ。

 まるで、声自体を奪われた人魚姫のように。



 そんな姿が余計、キツかったのかもしれない。

 複雑そうな面持ちで、母は紙ナプキンで指を拭い。

 同じく立ち上がり、真由羽まゆはを落ち着かせ、座らせた。



「ありがとう、真由羽まゆは

 あなたが、こんなにもぐ、優しく育ってくれて。

 ママは、うれしいわ。

 あなたと違って、ママはこんなにも、不出来なのにねぇ」



 いつものだ。

 そう、真由羽まゆはは察した。



 母は、二言目には言っていた。

 ある時は、『真由羽まゆは上手うまく話せないのは、自分の育て方、産み方が悪かった』のだと。

 またある時は、『真由羽まゆはがクラスに溶け込めないのは、時分の配慮が至らないから』だと。



 そんなふうに、来る日も来る日も自分を追い詰め。

 いつしか、真由羽まゆはを見ているだけで罪悪感に支配されるようになって。

 それを隠し、出来できる限り気丈に、明るく振る舞い。

 けれど段々、家族間での会話や食事が減り。

 そんな矢先に、『脱サラしたい』と父から相談され。

 あまりのストレスにより、胃潰瘍になり。


 

 こうして、月出里すだち家は離散した。

 母が退院してから、間もくのことだった。



 二人を叱責するもりなど、真由羽まゆはには毛頭い。

 けれど、それより強く、二人の復縁を望んでいたのも事実。

 


 が、結果は、見ての通り。

 自分の父と母は、道を違えてしまった。

 さらに父は、再婚した。

 それも、自分が気を許しつつある、友達の母と。

 もう、重なることいだろう。



「それでね、真由羽まゆは

 今日は、大事なお話がるの」



 食べかけのバーガーを袋に包み、再び紙ナプキンで手を拭い。

 意味もく手を弄り。

 後ろめたさで一杯という表情で、目を泳がせ。

 かすかに頬を紅潮させ、わずかに目元を潤わせ。

 そんな様子ようすを見せる、母。



 言及されずとも、空気と経験で、真由羽まゆはは察した。

 父よろしく母も、再縁が決まったのだと。



 父に付いて行った身としては、それを祝福する立場にある。

 けど、手放しでは、喜び切れない。

 


 父が新しい人と結ばれるのとは、ニュアンスとダメージが異なる。

 自分が原因で入院、離婚させてしまった、申し訳無さもるし。

 そうじゃなくても、母には何かと迷惑、負担を掛けて来た。



 そして、なにより。

 娘として、両親が大切だったのだ。



 本当ほんとうは、今にでも否定してしい。

 泣いて縋って、「戻って来て」と頼みたい。



 けど、そう上手うまくはいかない。

 もう自分は、父に寄り添うと決めた。

 その父が、2回目の結婚を整えつつある。

 さらに自分は、顔見せ前から、新しい家族も気に入ってしまった。

 


 ましてや、母の気持ちを考えれば、了承なんて出来できるものか。

 父が再婚に漕ぎ着けるまで、それ相応の時間と努力、予算を要した。

 それだけ苦労すると分かっていたのに、机上の空論に巻き込まれる未来を、母は拒否した。

 だのに、「事業が安定して来たタイミングで言い寄ろう」などと。

 そんな、虫の真似マネをする気になど、なれようものか。

 その程度の相手なら、はなから結婚にさえ至らないに違いない。



 とどのつまり。

 もう、手遅れなのだ。

 自分達はもう、家族にはれない。

 それを、完膚無きまでに、決定付けられてしまった。

 真由羽まゆはの胸中は、穏やかではない。



「……こんなこと、母親として、娘のあなたに、言うべきではないかもしれない。

 けど、だからこそ。

 大切で、大好きだからこそ。

 今度こそ、ちゃんと、言わせてしいの。

 前みたいに、ならないように」

「……うん……」

「……お母さんね。

 い人が、出来できたの。

 その人と近々、結婚する予定よ」

「……うん……」

「これから、なにかと忙しくなるから。

 その前に、あなたと話しておきたかったの。

 あなたにとって、とても大切かもしれないことを」

「……?」



 言いながら、木の枝を取り。

 母は、砂の上に、達筆に、『真由羽まゆは』と書いた。



「あなたの、名前の意味。

 月出里すだち 真由羽まゆは

 あなたには、『ぐ、自に、ばたいてしい』。

 いつか、深く固いに閉じ込められようと。

 それをして、生きてしい。

 そういう願いを、込めたのよ。

 あなたは、そういう想いの下、お母さんたちの元に産まれて来てくれた子なのよ」

「……っ……!!」



 そんな資格、いのに。

 そんなもりじゃ、なかったのに。

 真由羽まゆはは、耐えられず、号泣してしまった。

 母は、真由羽まゆはを、優しく抱き締めた。



「あなたがたから、バラバラになったんじゃない。

 あなたがつなぎ止めてくれたから、10年以上も、あの人とやって来れたのよ。

 今まで沢山、苦しめて、追い詰めて、本当ほんとうにごめんなさい。

 でも……あなたは、なにも悪くないわ。

 私達なら、きっと大丈夫。

 今だって、こうして、当日、いきなり会えたりもする。

 別れても、家族だもの。

 これからまた、新しい形を、形成して行けばい。

 だから、もう……自分を責めないで。律しないで。

 なにもあなたまで、私達に縛られる必要なんてい。

 自分の気持ちに、好きに、飛び立っていのよ、真由羽まゆは

「……う、うわぁ…………!!

 うわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」



 真由羽まゆはは、母の胸で、声を上げて泣いた。

 ここまで喚くのは、後にも先にも、今日が最後だろう。

 そうであってしいと、心から思った。



「……お母さん」

「なぁに?」



 すっかり腫れぼったい目で海と文字を眺め。

 母の肩に頭を乗せながら、真由羽まゆはげる。



「新しい、好きな人って。

 もしかして、『灯路ひろ』って人?」

「……いえ。

 違うけど?」

「そっかぁ」

「?」



 やや残念だった。

 もし灯路そうなら、より頻繁に会いに行ける、不自然じゃない言い訳が成り立っただろうに。

 それも、公私共に。



 ただ、高望みというかなんというか。

 そこまで都合く回る程、社会とは上手うま出来できてはいない。

 


 でも、まぁ。

 それならそれで、構わない。

 母の言った通り、気分と都合で、いつだって会える。

 自分達はまだ、つながっている。



「お母さん。

 マユ……ちゃんとした、お友達が、出来できたの。

 今度、会ってくれる?」

「素晴らしいわ。

 どんな人?」

「ママで、お姉ちゃんで。

 実際には、マユの、妹」

「……くは、分からないけど。

 い人そうね。

 安心したわ」

「あと、男の人。

 マユのこと、『お邪魔じゃない』って言ってくれた、優しい人」

「素的ね。

 お母さんも是非とも、お会いしたいわ」

「他にも、あと2人。

 でも、まだお友達にはなれてない。

 だから、なったら……ちゃんと部員に、部活になったら。

 みんなと、会って、しい」

「分かったわ。

 じゃあ、そのためにも、頑張らなきゃね」

「うん。

 マユも、頑張る。

 お母さんとお父さんに、負けないように」



 そう遠くない未来に、再会を誓い。

 二人は、食事を再開した。

 


 それからしばらくして、二人は解散した。

 その帰り際。

 砂に書かれた自身の名前を、真由羽まゆははこっそり、撮影した。

 フォルダ名を、「お母さんとの記念日」にして、保存も掛けて。


 

真由羽まゆは

 なにしてるのよ? こんな所で」



 不意に声を掛けられ、あたふたした拍子に、スマホを落とす真由羽まゆは

 空かさず、素早く治葉ちよが移動し、ナイス・キャッチを披露する。

 危うく、スナホになる所だった。

 防塵対策もほどこしていない以上、買い替えか交換、待った無しだっただろう。



「驚かせて、ごめんなさい。

 はい、これ。

 多分、壊れたりはしてないと思うけれど。

 一応、確認しといて頂戴ちょうだい



 受け取り、うなずき、試しに操作する真由羽まゆは

 特に問題は見当たらなかったので、安心した。


 

「……?」



 そこに来て、治葉ちよが持っている袋に目が行った。

 彼女が釘付けになっていること気付きづき、苦笑いしつつ、治葉ちよは説明する。



「……あー。

 真由羽まゆは、チーズ・バーガー好きでしょ?

 なんか、新しく美味おいしそうなファスト・フード店が出来できたから、差し入れがてら、ね」

「……これ……。

 ……マユの、分…?」

「当たり前じゃない。

 真由羽まゆはために、買って来たんだから。

 それ目的で、セッティングだって」



 つい要らんことまで曝露してしまい、頭を抱える治葉ちよ

 少しして、海沿いのベンチを指差しながら、提案する。



「今、大丈夫?

 かったら、少し話せない?

 これ、食べながら」

「……マユの、だけ……?」

勿論もちろんあたしの分だってるわ。

 真由羽まゆはと食べたかったし。

 自分だけ食べてたら、確実に気を遣うタイプでしょ、あんた。

 まぁ、もっともぉ?

 真由羽まゆはが独り占めしたいってんなら、やぶさかでもないけどぉ?」

「……マユ……そんなに、食べないもんっ……」


  

 軽くポカポカと殴る真由羽まゆは

 そうしてしばらく戯れ合ってから、二人でベンチに腰掛ける。

 余談だが、色々と本日2回目なのは、真由羽まゆはは黙っておいた。



「父さんと、久々に会って来たのよ。

 月出里すだちさんに、当てられてね。

 あんたへのご褒美のついでに、お店と時間まで指定してね」

 


 なにやら、優先順位が逆のような気がするが。

 真由羽まゆはは、ツッコまないでおいた。

 自分を優遇してくれたのも、うれしいし。

 といっても、ちょっと規格外の気がするが。



「始まるまでは、どうなることかと思った。

 一時の気の迷いとはいえ、そんな誘いをした自分を蹴り飛ばしたくなったわ。

 でも、まぁ。終わってみれば、なんことい。

 実にあっさり、ことげに済んで、ちょっとした業務連絡染みた会話だけして、さっさと解散したわ。

 ありがたみの欠片かけらほどに。

 それこそ、離婚したのが不思議なほどに、自然にね。

 周囲から奇異の視線で見られたから、何度も『父さん』って言わされたわよ。

 それはそれで、今の時代だとアレだから、悪手だけれどね」



 夜空を見上げながら、治葉ちよは続ける。



「思い返してみれば。

 あたしが、『真由羽まゆはついで』扱いしたように。

 父さんも、あたしを『食事のついで』扱いしてたんでしょうね。

 それほどまでに、父さんの中で、あたしのランクは下がっていたってわけ

 多分もう、月1くらいでしか会わないでしょうね。

 うちも再婚したわけだし」



 お手上げ、みたいなポーズを取り、食べ進めつつ。

 治葉ちよは、真由羽まゆはを見詰めた。



「それで?

 真由羽まゆはは今日、部室を出てから、なにしてたの?」



 真由羽まゆはは、事情を説明した。

 


 話を終えたあと

 治葉ちよは、彼女の健闘を讃えた。

 真由羽まゆはは、再び泣きそうになった。



いお母さんじゃない。

 あーあ。あたしも、会ってみたかったなぁ。

 なんで誘ってくれなかったのよぉ、真由羽まゆはぁ」



 しっかりしてるとも駄目ダメ人間とも取れる様子ようすで、八つ当たりで切れる治葉ちよ

 そのまま、真由羽まゆはの頬で少し遊んでから、彼女は立ち上がる。



「しっかしまぁ。

 これで、『トッケン』を復活させなきゃならない理由が増えたわけだ。

 目指せ、再建、そして謁見! てね。

 ……ん? 今のライム、ちょっと上手うまくない?」



 同感だったので、真由羽まゆはは素直に表し、拍手した。

 さらに気を良くした治葉ちよは、真由羽まゆはに抱き着いた。


 

「さてと。

 そろそろ、帰りましょうか。

 ん」



 言葉と共に、実に自然に、スムーズに左手を差し出す治葉ちよ



「……はい、です……」



 真由羽まゆはも、ベンチを降り、右手でつかむ。



 夜の星、月明かりに照らされ。

 なおも、話に花を咲かせながら。

 出来できたて姉妹は、仲良く帰路に就いたのだった。

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