2 失われた部室(いばしょ)

 入学式が終わり、中学でも任命されていたらしい委員長を音飛炉ねひろか断り、ホームルームは午前中に終了。

 帰り支度やお喋り、ID交換など各々おのおのが思い思いに動く中、出夢いずむは一人、とある場所を目指していた。



 辛うじて走ってはいないレベルの早足で廊下を駆け、階段を登り、あらかじめ仕入れていた情報を頼りに、目的の場所を目指す。

 教室に次ぐ第2の活動拠点……『特撮・ヒーロー研究会』の部室を。



 結論から言うと、その場所は間違いく存在していた。

 だが、鍵がかかっており、看板もく、なにやら奇妙な雰囲気だった。



「そのお部屋に、なにか御用でありまするか?」



 訳が分からず混乱している出夢いずむの前に、凛とした声が届いた。



 レースのリボンで纏めた、煌めく艷やかな、緑のポニー・テール。

 模範よりも長い、上履きに触れそうなスカート丈。

 メイクやアクセサリーの類をほとんどしていない、ナチュラルな見た目。

 竹を割ったような、和風の出で立ち。

 腰に嵌めた竹刀。

 風紀委員と思わしき腕章。



 どうやら出夢いずむは、入学初日から目を付けられてしまったらしい。

 知らなかったとはいえ、封鎖中の部屋を上げようとしたのだ。

 さもありなん、といった所だろうか。



「えっと……」



 とりあえずノブを離し、体裁の悪さにより頭を掻く。

 少女は、はてと怪しんだ顔をした後、ポンッと手を叩き、やや得意げに得心した顔色を見せ、と思えば自嘲した。



「失礼致しました。

 人に名前を聞く際は、ず自分から名乗る。

 風凛かりんとしたことが、社会人としての鉄則を失念しておりました。

 まったく……まだまだ鍛錬、精進が足りないでますね。

 士雨しぐれ流刀術継承者の名折れでし。

 しかし、見ず知らずの相手に初対面で個人情報を与えるのは、いささか心許りませんわ。

 ここは一度、兄様あにさまに許可を願うべきか……」



 全部、知らんがな。

 口から出掛けた言葉を、出夢いずむは即座に止めた。



 どうやら相手は天然らしいが、ツッコミで状況を悪化させるのは好ましくない。

 なにやら、士雨しぐれ流抜刀術(?)とやらの使い手らしいし。

 ここは、彼女の作った流れに乗るのが妥当だろう。


 

 にしても、一言の情報量ではぎではなかろうか。



灯路ひろ 出夢いずむです。

 よろしくお願いします、士雨しぐれさん」



 音飛炉ねひろをイメージしつつ、精一杯の笑顔を送る。



「これは、ご丁寧に。

 その親切心、痛み入るで候ですわ。

 こうなった以上、こちらが黙っているのは不躾、不親切でござりますね。

 風凛かりんは、士雨しぐれ 風凛かりんと申すでありんす。

 以後、お見知り置きを」



 柔和に微笑ほほえみ近付きつつ、右手を差し出す風凛かりん

 続いて出夢いずむも、本日二度目の異性からの握手に応えんとする。



「ところで、灯路ひろさま

 何故なぜ、こちらが名乗るより前に、風凛かりんの名前をご存知だったので?

 よもや、あなた様は、我が道場を奪わんと欲す回し者さまでやんすか?」

 


 今までされたことい呼称に戸惑っていると、またしても爆撃を受ける。

 別に握力が強まったわけでもなく、笑顔もなんら変わらないままなのが余計、恐ろしかった。

 こんななら、竹刀でも突き付けてもらった方が、まだ気楽だったかもしれない。



「……て。

 自分から言っておりましたね。

 重ね重ね、失礼|致しましたで候」



 あれこれ策を模索している内に、自分で爆弾解体を済ませる風凛かりん

 彼女が手を離したタイミングで、やっと出夢いずむは警戒を解いた。



「い、いえ。

 誤解が解けて、良かったです。

 それより」



 部室に体を向け、出夢いずむは続ける。



「ここに来たのは、これからお世話になる部室と、先輩達を見ておきたかったからです」



「はて。

 それは妙でござるますわね」



 顎に手を当て、風凛かりんは首を傾げる。

 その様子に、出夢いずむの中で芽生えていた嫌な予感が肥大化し、荒れ始めていた。



「どういうことですか?」

「うむ……」



 出夢いずむに真意を問われ風凛かりんは、やや躊躇ったあと、腰に手を当て、きっぱりと返す。



「不明でござりますわ」



 媒体が媒体、性格が性格、時代が時代なら、出夢いずむは今頃、盛大にズッコケていたに違いない。

 が、悲しいかな、どちらかというと彼は控えめ側に属していた。

 そんな複雑な胸中を知りもしないまま、腕組みをしつつ、風凛かりんは言い切る。



「そもそも、風凛かりんは風紀委員ですらござりませんわ。

 この腕章は、あくまでも気分に着けているに過ぎないのですわ。

 入隊を試みたのですが、何故なぜ素気すげなく、門前払いを召し上がってしまいまして。

 あな、不甲斐なし。

 して何故なぜ風凛かりんは断られてしまったのでしょうか。

 灯路ひろさま

 なにか、思い付きは致しませんか?」

「……さぁ……」



 装いに頼もしさが伴っていないから。

 天然を爆発させ、的外れな濡れ衣によりかえって仕事を増やしてしまいそうだから。

 脱線してばかりで、てんで話が進まないから。

 なにかにつけて兄に確認しようとして、主体性がいから。

 キャラが強烈過ぎる上に真面目まじめぎる所為せいで、自分達まで同一視されたくないと風紀委員たちに拒絶されたから。



 思い当たる点はすでに多々あれど、後が怖いので口が裂けても言えない出夢いずむだった。


 

 冷静になって見れば、彼女の上履きには、自分と同じく赤の刺繍が施されている。

 つまり、出夢いずむ風凛かりんは、クラスを違えただけの同級生ということになる。

 


 ……彼女には申し訳ないが、同じクラスじゃなくて良かった。

 そう、出夢いずむは心底、るかどうかも定かではない神に感謝した。



なにやら上が騒がしいと思って来てみれば。

 風凛かりん

 ここにたのか」


 

 現れたるは、腰まで届く真紅の髪が特徴的な、風凛かりんに似た男子。

 高校生離れした貫禄のある物腰に、出夢いずむは瞬時に年上だと察した。

 一方の先輩は、出夢いずむにも目を向けたあと、彼に会釈した。



「風紀委員長、士雨しぐれ 火斬かざんだ。

 妹が迷惑を掛けてしまい、申し訳無い。

 君は、新入生かな?」

「は、はい。

 灯路ひろ 出夢いずむです」

「そうか。

 君が、噂の……」

「あ、あはは……」



 悪名高くなっても仕方しかたい自覚はるので、出夢いずむは何も言えなかった。

 火斬かざんは、咳払いし、ぐに取り繕う。



「君は、灯路ひろ先生のご親戚だろう?

 それならば、ここに来ているのも合点が行く。

 丁度い。

 すまないが、一緒に入ってくれるか?

 君には事情を知る権利が有ると、私は考えている」



 そう言いつつ、火斬かざんは持参した鍵で扉を開け、部屋に入る。

 出夢いずむも、それに続く。

 ちなみに風凛かりんは、外で二人を眺めていたら、兄に呼ばれたので入室し、その異様な、想定外の光景に絶句した。



 所狭しと置かれたフィギュア、グッズ、玩具、DVDやブルーレイ。

 部屋の中心に置かれたテーブルと、何脚かの椅子いす

 プロジェクターに、自作感がすごい大型スクリーン。

 そして最後に、保健室宜よろしくカーテンで仕切られている、何故なぜか置かれたベッド。



 従兄弟に誘われ、(羞恥心を覚え始めた)中学生までは足繁く通った、見慣れた景色は、何一つ変わらずに残っていた。

 その事実に、出夢いずむは打ち震えた。

 が、涙ぐんばかりいられない。

 事情確認の出来できる相手が、目の前にるのだから。



なんとなく見当は付いているだろうが。

 残念ながら、この部は、すでに廃部扱いになっている。

 これも、うに汲み取ってくれているだろうが、部員が1人もなかったのが起因している。

 故に今年から、この部屋は、持ち込み自由、予約制の視聴覚室になる予定だ」



 そんな所だろうと、出夢いずむは睨んでいた。



「所詮、子供番組」

「その年になって、まだそんなダサいの見てんのかよ」

「あんなん、次から次へと玩具を売りたくるだけの、ただの悪質な通販番組だろ」



 放送日には決まってSNSを席巻せっけんし、映画もバンバン上映し、「若手俳優の登竜門」とまで言われるようになり、OBやOGが当時のネタを振り返ってオープンにする。

 時代が移り変わるにつれ、特撮への偏見は減り、風当たりは弱まりつつある。



 しかし、それでもまだ、色濃く残っている。

 特撮となんの脈絡もいバラエティで、CGもアイテムもいまま雑に変身ポーズを求められ、披露したらしたで高確率で白けるのが、確固たる証拠である。



 一部のアニメよろしく、田舎の映画館では、そもそも特撮映画を上映していないケースまで存在する。

 どんなにキャスト、制作陣が本気で打ち込んでいても、どれ程のファンが待望していても、どれだけ激アツ、積年でも。

 否応しに阻まれてしまうのが現状だ。

 


 それを除外しても、オタク趣味というのはすべからく、とかく公言しづらい物。

 人は誰しもなにかのオタクではあるが、それとこれとは別問題。



 更に、高校は数あれど、特撮部などといった部活は、さほど存在していない。

 だからこそ、ここはあくまでも同好会止まりのまま、うだつの上がらないまま、功績も挙げられなかったのだろう。



 であれば、廃部も止むなし。

 いくら、ここに所属したいがために入学した出夢いずむでも、それを覆すのは至難の業である。



 出夢いずむは、すべて分かっている。

 が、だからといって割り切れるほど出夢いずむは大人でも軽薄でもない。



灯路ひろさま?」

灯路ひろ少年?」



 数多のグッズが置かれた棚の前に立つ出夢いずむに、士雨しぐれ兄妹きょうだいが声をかける。

 出夢いずむは、握り拳を作り、二人に背中を向けながら語り出す。



「……どうして『トッケン』の先輩達が、グッズを置いていったのか。

 火斬かざん先輩は、分かりますか?」



「む?」



 予想外の質問を受け、火斬かざんは真剣に受け止め、答える。



「『ここに来た人達に、少しでも楽しんでもらえる、興味を持ってもらえるように』。

 じゃあないか?」



 出夢いずむは、複雑な笑みを浮かべた。

 彼の推測通り、火斬かざんは根っからの善人だった。

 


 まだ挽回のチャンスは有る。

 そう、出夢いずむみずからを奮い立たせる。



「正解です。

 けど、それだけじゃない」



 体を回転させ、気持ちを新たに、出夢いずむ火斬かざんと対面する。



火斬かざん先輩……ううん。

 特撮に明るくない人には知るよしい、理解出来できない、微塵も価値が伝わらないでしょうけど。

 ここに置いてあるのはすべて、『トッケン』の先輩方の私物。

 先輩達が、せっせと汗水垂らして稼いだバイト代で買った。

 この部屋で各自で、みんなで興奮して、笑って、泣いて、騒いで、真似マネして、議論し、怪文書を熱弁して、時には文句言ったり喧嘩けんかも繰り広げた。

 それでも、後輩のために泣く泣く手放した。

 大切な、思い出の宝物なんです。

 負けんなよ、諦めんな、後は頼んだぞ。そんなメッセージを記した、手紙なんです」



 名前の通り、『特撮・ヒーロー研究会』は、あくまでも同好会。

 そこに、予算が降りる道理など、都合良く存在しない。

 故に先輩たちは全員、一度しかい、たった3年しか訪れない青春で、バイト生活に明け暮れ。

 合間を縫ってソロで、時に予定を合わせ、ここで特撮を満喫していたのだ。



 それだけの魅力が、そこまでする価値が、特撮には、ここにはあるのだ。

 そんな場所をみすみす手放すなんて愚行が、どうして自分に出来できようか。

 パワーアニマ〇のプレミア相場も知らない無作法な連中の魔手が、先輩達から譲り受けた秘蔵グッズに伸びるのを、何故なぜ許容出来できようか。



 そう。これは先代が託してくれた変身アイテム。

 ヒーローになることまでは敵わずとも、今この場で少しでも戦士たらしめるための武具。

 更に自分は、この学校の生徒の中で、誰よりも通い詰めた、事情を把握している自信と責任、プライドが有る。



 ゆえ出夢いずむは、ここから一歩も下がらないし、ここから一歩も通さない。

 ギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、ピンチのピンチのピンチの連続に敢然と立ち向かうのだ。

 無論むろん、その間にも冷静に頭を回転させつつ。



火斬かざん先輩。

 こういう場合、部員が一定数に達すれば復活出来できるっていうのが、常ですよね?

 いつまで、何人募ればいのか、教えてください。

 俺がかならず、期限までに、残りの部員を、仲間を見付けてみせます。

 勿論もちろん、廃部を逃れたいがためだけの、急拵え、急場凌ぎ、付け焼き刃ではない。

 なるべく、無類の特撮愛好家を、揃えてみせます。

 そしたら、存続させてもらえますよね?」



 あくまでも下から、けれど「ちっともハッタリじゃねぇぞ」と威圧しながら、強い眼差しで正面から打って出る出夢いずむ

 決意に満ちた頑固な眼光を受け、火斬かざんは不意に笑った。



「……思っていた以上に、面白い子だな……。

 君、は……」



 ややしゃべづらそうにしたあと、調子を整えた火斬かざんは、キリッとした態度で出夢いずむと向き合う。



「1週間だ。

 1週間以内に、あと4人、部員を確保すること

 それが出来できたら、私から生徒会長に掛け合ってみよう」



「4人!?

 それも、1週間で!?

 無茶でござりまするわ、兄様あにさま!!

 あまりに横暴ですわ!!

 第一、『掛け合う』だけでは解決に、復活に至らない可能性もっ!!」



 風凛かりんが異を唱えるも、睨みを利かせて火斬かざんが黙らせる。



「決定事項を覆そうというんだ。

 それくらいの気概を君達に見せてもらわなくては、あちらを突き動かせない。

 違うか?」



 挑発、挑戦的な眼差しで、出夢いずむを捉える火斬かざん

 出夢いずむは、本音を悟られないよう、細心の注意を払いながら、迎え撃つ。



「分かりました。

 ご協力、感謝します」



 礼を述べつつ、出夢いずむは頭を下げる。

 この、至って自然に顔を伏せられる、気取られないで済む振る舞いに、実に助けられた。

 そんな胸中を知ってか知らずか、火斬かざんは目を閉じ背中を向け、廊下へと歩き出す。



「私は、どの生徒とも公平に向き合わねばならない立場にある。

 すまないが、これ以上の助力は、買って出られない。

 だから、ここからは、くれぐれも口外しないでしい。

 灯路ひろ少年……いや。

 灯路ひろ 出夢いずむ



 ふと立ち止まり、依然として面を下げている出夢いずむを一瞥し。

 火斬かざんは、飾らない本音を届ける。



「……絶対に、勝て。

 男ならば、己が信念を、魂を、好きを貫け。

 先人せんじんたちの願いを。

 私の、幾許いくばくかの後悔と、君への期待を。

 決して、どうか。

 無駄にだけは、しないでくれ」



「……っ!!」



 あぁ……お辞儀をしていて、本当に良かった。

 今の先輩の言葉と照らし合わせるなら、ここで泣き顔を見せるのは、違うから。

 ほんの少しだろうと涙を流すのは、男らしくないから。

 


「ひ、灯路ひろさま

 大丈夫、でございますか?」



 一体どれくらい、そうしていたのか。

 気付けば火斬かざんは不在で、そこには出夢いずむと、彼をおもんぱかりハンカチを渡してくれている風凛かりんしか残っていなかった。



 出夢いずむがハンカチを受け取ると、風凛かりんは彼に背中を向けた。

 器用なんだが不器用なんだか分からない優しさに、出夢いずむたまらず笑ってしまった。



「……士雨しぐれさん。

 ありがとう」

「礼には及びませんことよ。

 生憎あいにく風凛かりんは特撮? に不案内でして。

 こんな形でしか、あなたさまのお力になれませんですわ。

 無力な自分が情けない、嘆かわしいですますが……」

「そんなこといよ」



 落ち込む風凛かりんに、出夢いずむは直ぐ様、フォローする。



「驚きこそすれど、この、ともすればドン引く部屋に残ってくれた。

 ピンチの時に真っ先に決まって頼る大好きなお兄さんに、真正面から抵抗してくれた。

 こっちがメンタルを回復するための時間を、設けてくれた。

 こっちが特オタだって知ってからも、変わらず接してくれた。

 そんな、君にとっては些細な施しが、こっちにとって、どれだけ力になったか。

 筆舌に尽くしがたいよ」



「そ、そうですか。

 ならば、構いませんでございますわ」



 背中越しでも分かるほどに、風凛かりんの体がプルプルと震える。

 どうやら、今度は彼女が回復する番らしい。



くはないわよ」



 突然、第三者の声。

 主である刃舞はもう 治葉ちよは、さも最初から居合わせたかのように、シレッと溶け込んでいた。

 その背後に見え隠れしているキブンガーから察するに、月出里すだち 真由羽まゆはもセットらしい。



「……いつからたの?」

「ほぼ最初からよ。

 あたし好みの部活が有るって聞いて来てみれば、なんだか一悶着起こってるんだもの。

 稚児ややここしくするのもマークされるのも御免だし、まだ一クラスメートに過ぎない灯路ひろを助ける義理もいから、隠れてたけれど。

 でも、まぁ……お陰で状況は分かったわ。

 あんたの覚悟、熱量もね」



 髪を掻き分け、クールに語る治葉ちよ

 バックでは、キブンガーの両目に『御』『免』と出ている。

 なんというか……表現方法が、実に対象的な二人だった。



さっきは、助けに入らなくて、ごめんなさい。

 お詫びってんじゃないけれど、灯路ひろ

 あんたの目から見て、あたしは、即戦力になり得ないかしら?

 あんたと同類、同士だからこそ、真由羽まゆはに興味津々だった面も有るし」

「え?

 ……本当に?」

「だから、そう言ってるじゃない。

 で、真由羽まゆはは?」

「あ……は、はい……。

 マユも……お供したい、です……」



 相変わらず恥ずかしがっていた真由羽まゆはは、治葉ちよに背中を押され、前に出て。

 やはり目線こそ合わせられなかったが、モジモジしつつも、『O』『K』とキブンガーで意思表示をした。

 


 これは出夢いずむにとって、とんでもない僥倖だった。

 声を掛けたらワンチャン入部してくれるかもしれないと希望していた二人が、こうもあっさりと、みずから仲間になったくれた。

 この調子なら、残りの二人も夢ではないかもしれない。



「ありがとう、刃舞はもうさん、月出里すだちさん。

 これから、よろしく」

「『治葉ちよ』でいわよ。

 そういう堅苦しいの、苦手だし」

「そこは追々」

「強情ねぇ。

 ところで、灯路ひろ

 あそこにもう1人、隠れてるわよ」



 治葉ちよの指差す方を窺うと。



「あ、あのぉ……」



 やにわにドアからヒョコッと、さながらモグラ叩きのごとく、見覚えの有る顔。

 出夢いずむのクラスメート、院城いんじょう 音飛炉ねひろだった。

 


院城いんじょうさん?

 どうして、ここに?」



「あはは。

 ごめんね? いきなり。

 校内探検してたら、なんか騒がしかったから、野次馬心が出ちゃって、つい……」



 ウインクしつつ、手を合わせる音飛炉ねひろ

 その様子からして、どうやら彼女も盗み聞きしていたらしい。

 まぁ、部室のドアは全開だったし、彼女にばかり非が有るわけではないだろう。

 そう、出夢いずむみずからを説得し、納得した。



「それでね、灯路ひろくん。

 ごめんついでに、もう一つ、いかな?」



 それまでの茶目っ気を捨て去り、胸の前に手を置き呼吸を整え、顔を引き締め。

 音飛炉ねひろは、ぐに告げる。



「私、困ってる人はっとけないの。

 それに、部外者なのに首突っ込んだ償いもしたい。

 あと、灯路ひろくんほどではないかもだけど、妹や弟と観てたから、多少は知識と興味が有る。

 ……だから」



 踏み出し、出夢いずむの両手を握り、音飛炉ねひろは必死に訴える。



「私を、部員にしてしい。

 私も、あなたたちの力になりたいの」



「『部員』、って……!

 あなたが!?」

駄目ダメ、かな?

 一応、入部届も用意したんだけど」



 手を合わせ、首を傾け、上目遣いを繰り出し。

 続けてポケットから、言葉通り、入部届を出し、見せる音飛炉ねひろ



 すでに彼女、そして『特撮・ヒーロー研究会』の名前が記されていた。

 恐るべし、驚くべき即断即決力である。



「んぉ?

 いんじゃね?」



 一同の視線が注がれる入部届。

 それを不意に、熊のようたくましい腕が、ヒョイッと掴み。

 顔と同じ高さまで持ち上げ、一読してから、何故かはためかせた。



「ど、どちらさまでございまするか!?」



 竹刀を握り、構える風凛かりん

 続けて治葉ちよも、それらしい態勢を取る。



 一方の大男は、素っ頓狂な顔をしたあと、豪快に笑った。



「元気だねぇ、最近の若人わこうどは。

 だがなぁ、お嬢ちゃんたちぃ。

 俺ぉ敵に回さない方がいぜぇ?

 あんたが入部希望だってぇんならなぁ。

 だろぉ? 出夢いずむ

「ツキにぃ……。

 もう少し説明責任果たしてくれないかな?

 仮にも年長者ならさぁ」

「固ぇこと言うなって、出夢いずむぅ。

 俺とお前の仲じゃねぇかよぉ」

「この人、灯路ひろ 出月いつく

 俺の従兄弟いとこで、これでも一応、スクール・カウンセラー。

 OBなのをことに、ここを根城にしてロッカーに住み着いてる、てんで家に帰らない駄目ダメ人間」

「おいおい、出夢いずむちゃんよぉ。

 それじゃあ俺が、まるで風呂にすら入っていねぇみてぇじゃねぇかよぉ。

 ちゃんと毎日、浴びてるんだぜぇ?」

「更衣室に備え付けのシャワーな上に、無断かつ無駄にアメニティまで充実させて、ね」

「相変わらず細けぇ、冷てぇなぁ、おいぃ。

 彼女出来できねぇぞぉ? そんなんじゃぁよぉ」

「余計なお世話。

 かろうじて拾ってもらったからって、調子乗んな」

「あぁ、そうとも。

 とびきりの女になぁ。

 あん時ゃ残念だったなぁ、出夢いずむちゃんよぉ」

「どの口が」

「まぁ、細かいことは置いといてだ」



 それまで無表情だった出夢いずむが、音飛炉ねひろたちの前では初めて怒気を放つ。

 そうなった原因である出月いつくは、出夢いずむの方を抱き、うざったく絡み。

 かと思えば離れ、手を叩き、真顔となり、全員の注意を惹き付けた。



出夢いずむ刃舞はもう月出里すだちは固定。

 院城いんじょう士雨しぐれは暫定。

 当面は、それでいんじゃあねぇか?」

「な、何故なぜ真由羽まゆはの名前を!?」

刃舞はもうさんのもだけどね」

さっき出夢いずむも言ったろ?

 ここの卒業生である以上、俺だって、『トッケン』を存続させてぇわけよ。

 だもんで、それらしい相手を、すでに調査済みだった、ってぇわけだ」

「お、お待ちくださいでござんす!

 風凛かりんはまだ、『入部する』とは、一言も!」

院城いんじょうと同じだ。

 これから、3人に教わりゃぁい。

 無論、強制はしねぇが。

 まだここに残ってるのは、ただの義理、お節介だけってんじゃぁねぇ。

 多少なりとも興味を持っている証だ。

 ちげぇかい?」

「それは、まぁ……」

「だったら、問題ぇ。

 てぇことで、諸君。

 とっとと、入部届を提出されたしだ。

 俺ぁ寝るからよぉ」



 人数分の用紙を用意し、テーブルに置き。

 そのまま欠伸をしながら、ロッカーに入る出月いつく

 ほどなくして、体格に見合った高鼾たかいびきが、金属の棺桶に反響し始めた。



 優秀なのか、昼行灯か。

 その答えが分からず全員、絶句する。



「……なんなの?

 ラビット◯ッチにでもつながってるの?」

「……一応、ただのロッカーです」

「あはは……」



 治葉ちよ出夢いずむのやり取りに苦笑いしつつ。

 音飛炉ねひろは、出夢いずむに手を差し出した。



えず、灯路ひろくん。

 こっちでも、よろしくね?」

「……こちらこそ。

 院城いんじょうさん」



 迷いつつも、音飛炉ねひろと握手する出夢いずむ

 その後ろで、不審がる治葉ちよと、あたふたする真由羽まゆはと、気不味きまずそうな風凛かりん



 かくして、新生『トッケン』は、始まったのだった。



「思い立ったが吉日。

 早速、親睦会しよっか。

 灯路ひろくん、どこ行きたい?」

「女性陣に任せるよ。

 そっちのが人数、多いし、合わせる」

「えと……灯路ひろくんの意見は?」

「気にしないで。

 どうせ、真面まともなアイデアじゃないから」

「はぁ……分かりました。

 えず、カラオケにしましょうか。

 食事も出来できますし」

「ちょっと。

 内の真由羽まゆはは、声を出すのが苦手なのよ。

 そんな場所に初日から連行するのは、感心しないわ」

「あ、あのっ……。

 マユなら平気、ですっ……。

 聴いてるだけで、楽しいっ、のでっ……。

 だっから、そのっ……お気遣いく、ですっ……」

「申し訳ありませんです。

 その前に、家に確認してもよろしいでしょうかしら?」



 様々な不安を、予感させながらも。

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