2 失われた部室(いばしょ)
入学式が終わり、中学でも任命されていたらしい委員長を
帰り支度やお喋り、ID交換など
辛うじて走ってはいないレベルの早足で廊下を駆け、階段を登り、
教室に次ぐ第2の活動拠点……『特撮・ヒーロー研究会』の部室を。
結論から言うと、その場所は間違い
だが、鍵がかかっており、看板も
「そのお部屋に、
訳が分からず混乱している
レースのリボンで纏めた、煌めく艷やかな、緑のポニー・テール。
模範よりも長い、上履きに触れそうなスカート丈。
メイクやアクセサリーの類を
竹を割った
腰に嵌めた竹刀。
風紀委員と思わしき腕章。
どうやら
知らなかったとはいえ、封鎖中の部屋を上げようとしたのだ。
さもありなん、といった所だろうか。
「えっと……」
とりあえずノブを離し、体裁の悪さにより頭を掻く。
少女は、はてと怪しんだ顔をした後、ポンッと手を叩き、やや得意げに得心した顔色を見せ、と思えば自嘲した。
「失礼致しました。
人に名前を聞く際は、
しかし、見ず知らずの相手に初対面で個人情報を与えるのは、
ここは一度、
全部、知らんがな。
口から出掛けた言葉を、
どうやら相手は天然らしいが、ツッコミで状況を悪化させるのは好ましくない。
ここは、彼女の作った流れに乗るのが妥当だろう。
にしても、一言の情報量では
「
「これは、ご丁寧に。
その親切心、痛み入るで候ですわ。
こうなった以上、こちらが黙っているのは不躾、不親切でござりますね。
以後、お見知り置きを」
柔和に
続いて
「ところで、
よもや、あなた様は、我が道場を奪わんと欲す回し者
今までされた
別に握力が強まった
こんななら、竹刀でも突き付けて
「……て。
自分から言っておりましたね。
重ね重ね、失礼|致しましたで候」
あれこれ策を模索している内に、自分で爆弾解体を済ませる
彼女が手を離したタイミングで、やっと
「い、いえ。
誤解が解けて、良かったです。
それより」
部室に体を向け、
「ここに来たのは、これからお世話になる部室と、先輩達を見ておきたかったからです」
「はて。
それは妙でござるますわね」
顎に手を当て、
その様子に、
「どういう
「うむ……」
「不明でござりますわ」
媒体が媒体、性格が性格、時代が時代なら、
が、悲しいかな、どちらかというと彼は控えめ側に属していた。
そんな複雑な胸中を知りもしないまま、腕組みをしつつ、
「そもそも、
この腕章は、あくまでも気分に着けているに過ぎないのですわ。
入隊を試みたのですが、
あな、不甲斐なし。
して
「……さぁ……」
装いに頼もしさが伴っていないから。
天然を爆発させ、的外れな濡れ衣により
脱線してばかりで、てんで話が進まないから。
キャラが
思い当たる点は
冷静になって見れば、彼女の上履きには、自分と同じく赤の刺繍が施されている。
つまり、
……彼女には申し訳ないが、同じクラスじゃなくて良かった。
そう、
「
ここに
現れたるは、腰まで届く真紅の髪が特徴的な、
高校生離れした貫禄のある物腰に、
一方の先輩は、
「風紀委員長、
妹が迷惑を掛けてしまい、申し
君は、新入生かな?」
「は、はい。
「そうか。
君が、噂の……」
「あ、あはは……」
悪名高くなっても
「君は、
それならば、ここに来ているのも合点が行く。
丁度
すまないが、一緒に入ってくれるか?
君には事情を知る権利が有ると、私は考えている」
そう言いつつ、
所狭しと置かれたフィギュア、グッズ、玩具、DVDやブルーレイ。
部屋の中心に置かれたテーブルと、何脚かの
プロジェクターに、自作感が
そして最後に、
従兄弟に誘われ、(羞恥心を覚え始めた)中学生までは足繁く通った、見慣れた景色は、何一つ変わらずに残っていた。
その事実に、
が、涙ぐんばかりいられない。
事情確認の
「
残念ながら、この部は、
これも、
故に今年から、この部屋は、持ち込み自由、予約制の視聴覚室になる予定だ」
そんな所だろうと、
「所詮、子供番組」
「その年になって、まだそんなダサいの見てんのかよ」
「あんなん、次から次へと玩具を売りたくるだけの、ただの悪質な通販番組だろ」
放送日には決まってSNSを
時代が移り変わるにつれ、特撮への偏見は減り、風当たりは弱まりつつある。
しかし、それでもまだ、色濃く残っている。
特撮と
一部のアニメ
どんなにキャスト、制作陣が本気で打ち込んでいても、どれ程のファンが待望していても、どれだけ激アツ、積年でも。
否応
それを除外しても、オタク趣味というのは
人は誰しも
更に、高校は数あれど、特撮部などといった部活は、さほど存在していない。
だからこそ、ここはあくまでも同好会止まりのまま、
であれば、廃部も止むなし。
が、だからといって割り切れる
「
「
数多のグッズが置かれた棚の前に立つ
「……どうして『トッケン』の先輩達が、グッズを置いていったのか。
「む?」
予想外の質問を受け、
「『ここに来た人達に、少しでも楽しんで
じゃあないか?」
彼の推測通り、
まだ挽回のチャンスは有る。
そう、
「正解です。
けど、それだけじゃない」
体を回転させ、気持ちを新たに、
「
特撮に明るくない人には知る
ここに置いてあるのは
先輩達が、せっせと汗水垂らして稼いだバイト代で買った。
この部屋で各自で、
それでも、後輩の
大切な、思い出の宝物なんです。
負けんなよ、諦めんな、後は頼んだぞ。そんなメッセージを記した、手紙なんです」
名前の通り、『特撮・ヒーロー研究会』は、あくまでも同好会。
そこに、予算が降りる道理など、都合良く存在しない。
故に先輩
合間を縫ってソロで、時に予定を合わせ、ここで特撮を満喫していたのだ。
それだけの魅力が、そこまでする価値が、特撮には、ここにはあるのだ。
そんな場所をみすみす手放すなんて愚行が、どうして自分に
パワーアニマ〇のプレミア相場も知らない無作法な連中の魔手が、先輩達から譲り受けた秘蔵グッズに伸びるのを、
そう。これは先代が託してくれた変身アイテム。
ヒーローになる
更に自分は、この学校の生徒の中で、誰よりも通い詰めた、事情を把握している自信と責任、プライドが有る。
ギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、ピンチのピンチのピンチの連続に敢然と立ち向かうのだ。
「
こういう場合、部員が一定数に達すれば復活
いつまで、何人募れば
俺が
なるべく、無類の特撮愛好家を、揃えてみせます。
そしたら、存続させて
あくまでも下から、けれど「ちっともハッタリじゃねぇぞ」と威圧しながら、強い眼差しで正面から打って出る
決意に満ちた頑固な眼光を受け、
「……思っていた以上に、面白い子だな……。
君、は……」
やや
「1週間だ。
1週間以内に、あと4人、部員を確保する
それが
「4人!?
それも、1週間で!?
無茶でござりまするわ、
第一、『掛け合う』だけでは解決に、復活に至らない可能性もっ!!」
「決定事項を覆そうというんだ。
それ
違うか?」
挑発、挑戦的な眼差しで、
「分かりました。
ご協力、感謝します」
礼を述べつつ、
この、至って自然に顔を伏せられる、気取られないで済む振る舞いに、実に助けられた。
そんな胸中を知ってか知らずか、
「私は、どの生徒とも公平に向き合わねばならない立場にある。
すまないが、これ以上の助力は、買って出られない。
だから、ここからは、くれぐれも口外しないで
ふと立ち止まり、依然として面を下げている
「……絶対に、勝て。
男ならば、己が信念を、魂を、好きを貫け。
私の、
決して、どうか。
無駄にだけは、しないでくれ」
「……っ!!」
あぁ……お辞儀をしていて、本当に良かった。
今の先輩の言葉と照らし合わせるなら、ここで泣き顔を見せるのは、違うから。
「ひ、
大丈夫、でございますか?」
一体どれ
気付けば
器用なんだが不器用なんだか分からない優しさに、
「……
ありがとう」
「礼には及びませんことよ。
こんな形でしか、あなた
無力な自分が情けない、嘆かわしいですますが……」
「そんな
落ち込む
「驚きこそすれど、この、ともすればドン引く部屋に残ってくれた。
ピンチの時に真っ先に決まって頼る大好きなお兄さんに、真正面から抵抗してくれた。
こっちがメンタルを回復する
こっちが特オタだって知ってからも、変わらず接してくれた。
そんな、君にとっては些細な施しが、こっちにとって、どれだけ力になったか。
筆舌に尽くし
「そ、そうですか。
ならば、構いませんでございますわ」
背中越しでも分かる
どうやら、今度は彼女が回復する番らしい。
「
突然、第三者の声。
主である
その背後に見え隠れしているキブンガーから察するに、
「……いつから
「ほぼ最初からよ。
でも、まぁ……お陰で状況は分かったわ。
あんたの覚悟、熱量もね」
髪を掻き分け、クールに語る
バックでは、キブンガーの両目に『御』『免』と出ている。
「
お詫びってんじゃないけれど、
あんたの目から見て、
あんたと同類、同士だからこそ、
「え?
……本当に?」
「だから、そう言ってるじゃない。
で、
「あ……は、はい……。
マユも……お供したい、です……」
相変わらず恥ずかしがっていた
やはり目線こそ合わせられなかったが、モジモジしつつも、『O』『K』とキブンガーで意思表示をした。
これは
声を掛けたらワンチャン入部してくれるかもしれないと希望していた二人が、こうもあっさりと、
この調子なら、残りの二人も夢ではないかもしれない。
「ありがとう、
これから、
「『
そういう堅苦しいの、苦手だし」
「そこは追々」
「強情ねぇ。
ところで、
あそこにもう1人、隠れてるわよ」
「あ、あのぉ……」
やにわにドアからヒョコッと、
「
どうして、ここに?」
「あはは。
ごめんね? いきなり。
校内探検してたら、
ウインクしつつ、手を合わせる
その様子からして、どうやら彼女も盗み聞きしていたらしい。
まぁ、部室のドアは全開だったし、彼女にばかり非が有る
そう、
「それでね、
ごめん
それまでの茶目っ気を捨て去り、胸の前に手を置き呼吸を整え、顔を引き締め。
「私、困ってる人は
それに、部外者なのに首突っ込んだ償いもしたい。
あと、
……だから」
踏み出し、
「私を、部員にして
私も、あなた
「『部員』、って……!
あなたが!?」
「
一応、入部届も用意したんだけど」
手を合わせ、首を傾け、上目遣いを繰り出し。
続けてポケットから、言葉通り、入部届を出し、見せる
恐るべし、驚くべき即断即決力である。
「んぉ?
一同の視線が注がれる入部届。
それを不意に、熊の
顔と同じ高さまで持ち上げ、一読してから、何故かはためかせた。
「ど、どちら
竹刀を握り、構える
続けて
一方の大男は、素っ頓狂な顔をした
「元気だねぇ、最近の
だがなぁ、お嬢ちゃん
俺ぉ敵に回さない方が
あんた
だろぉ?
「ツキ
もう少し説明責任果たしてくれないかな?
仮にも年長者ならさぁ」
「固ぇ
俺とお前の仲じゃねぇかよぉ」
「この人、
俺の
OBなのを
「おいおい、
それじゃあ俺が、まるで風呂にすら入っていねぇみてぇじゃねぇかよぉ。
ちゃんと毎日、浴びてるんだぜぇ?」
「更衣室に備え付けのシャワーな上に、無断かつ無駄にアメニティまで充実させて、ね」
「相変わらず細けぇ、冷てぇなぁ、おいぃ。
彼女
「余計なお世話。
「あぁ、そうとも。
とびきりの女になぁ。
あん時ゃ残念だったなぁ、
「どの口が」
「まぁ、細かい
それまで無表情だった
そうなった原因である
かと思えば離れ、手を叩き、真顔となり、全員の注意を惹き付けた。
「
当面は、それで
「な、
「
「
ここの卒業生である以上、俺だって、『トッケン』を存続させてぇ
だもんで、それらしい相手を、
「お、お待ちくださいでござんす!
「
これから、3人に教わりゃぁ
無論、強制はしねぇが。
まだここに残ってるのは、ただの義理、お節介だけってんじゃぁねぇ。
多少なりとも興味を持っている証だ。
「それは、まぁ……」
「だったら、問題
てぇ
とっとと、入部届を提出されたしだ。
俺ぁ寝るからよぉ」
人数分の用紙を用意し、テーブルに置き。
そのまま欠伸をしながら、ロッカーに入る
優秀なのか、昼行灯か。
その答えが分からず全員、絶句する。
「……
ラビット◯ッチにでも
「……一応、ただのロッカーです」
「あはは……」
「
こっちでも、
「……こちらこそ。
迷いつつも、
その後ろで、不審がる
かくして、新生『トッケン』は、始まったのだった。
「思い立ったが吉日。
早速、親睦会しよっか。
「女性陣に任せるよ。
そっちのが人数、多いし、合わせる」
「えと……
「気にしないで。
どうせ、
「はぁ……分かりました。
食事も
「ちょっと。
内の
そんな場所に初日から連行するのは、感心しないわ」
「あ、あのっ……。
マユなら平気、ですっ……。
聴いてるだけで、楽しいっ、のでっ……。
だっから、そのっ……お気遣い
「申し訳ありませんです。
その前に、家に確認しても
様々な不安を、予感させながらも。
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