1 圧倒、徹底的ヒロイン

はなふさ高校』。

 通称『ハナコー』。



 ここが出夢いずむの第一志望だった理由。

 それは、うちから徒歩10分で通えるという好条件だったから。

 なにより、中学からのエスカレーター制で、高校受験の必要がかったから。



 というのは建前で、本当は違う。

 自分が今、もっとも求めていて、なおかつ実現可能な夢が、ここに隠されていたためだ。

 ……と言っても、おいそれと明かすもりは毛頭いのだが。



 今日から新しいクラスとなった教室に入り、黒板を頼りに自分の席を見付ける出夢いずむ

 前と後ろの中間に位置し、尚かつ窓際。

 これは、教師の視線からも逃れ易く、窓から入ってくる風がさぞや心地良いだろう、中々の睡眠スポットだった。



 心の中でガッツポーズをしつつ、着席する出夢いずむ

 ふと横を窺うと、彼の隣には、明らかに異質な女子が座っていた。



 綺麗な、緋色のストレート・ロング。

 暖炉に灯る炎みたいな、暖かく優しく輝くオレンジ色の双眸そうぼう

 まるでフィクションへと誘うかのごとき、端正な顔立ち。

 そこにるだけで場が和む、華やぐ、視線を独り占めするような、圧倒的な存在感と。

 それでいて、決して嫌な感じが一切しない、フレンドリーかつ柔らかいで、周囲をホッとさせる、ポカポカとしたオーラ。

 フニャフニャした笑顔と、眠気を誘う透き通った高い声。

 固過ぎてもなく砕け過ぎてもいない、程良い口調や言葉遣い。

 読書姿が何ともさまになる、淑やかで大人おとなしい性格。

 ほがらかでいて真面目まじめで、気配り上手じょうずで褒め上手じょうず料理上手じょうずそうな一挙手一投足から窺える、女子力の高さ。

 他愛のい話も完璧に記憶し、知識のとぼしい話題にもきちんと関心、理解を示してくれそうな、人とノリの良さそうな雰囲気。

 前線に立って先導するタイプではなく、くまでもサポーター、バック・アップに専念しようとする低姿勢りを予感させるオーラ。 


 

 そんな、存在感の塊と呼称するしかい女子……いな

 すでに立派な女性として完成された人物が、そこにはた。



「……ん?」



 自分を注視する出夢いずむに気付く彼女。

 花柄の可愛らしい栞を挟み、ブックカバーに覆われた文庫本を閉じ、彼女は出夢いずむと向き合った。



「初めまして。

 私は、院城いんじょう 音飛炉ねひろ

 あなたは?」



「え?

 あ……灯路ひろ出夢いずむ……」



 自己紹介をしているのだ。

 そう、やや遅れて気付きづいた出夢いずむは、ドギマギしながら答える。



 音飛炉ねひろは、そんな彼に向けて微笑ほほえんだ。

 徹頭徹尾、嫌な感じのしない笑い方だった。



「そんなに慌てないで。

 灯路ひろ出夢いずむくん……じゃあ、灯路ひろくんかな。

 素的すてきな名前だね。

 これから、よろしく。

 私は、外部生だけど。

 仲良くしてくれると、うれしいな」



 言いざまに、音飛炉ねひろは立ち上がり。

 出夢いずむに手を差し伸べた。



「こっ……こちらこそっ」



 やはり気後きおくれがちではあるものの、出夢いずむも倣い。

 引かれないよう、ハブられないよう、細心の注意を払いながら、彼女と握手した。



 これが、音飛炉ねひろとのファースト・コンタクト。

 その人柄ひとがら、愛想、外見の良さにより、始業式が終わる頃には初日にしてマドンナとしてのポジションを確立した。

 そんな彼女との、最初の会話だった。



 握手を解き着席し、本の世界に戻る音飛炉ねひろ

 それに倣ったタイミングで出夢いずむは、自分の前に座る萌え袖少女が、こちらを見詰めているのに気が付いた。

 


 童顔ながら主張の激しい胸部や、水色とピンクのオッド・アイに、否が応でも意識を奪われる可愛い系。

 桜寄りの白いロング・ヘアを、二つのシニヨン付きで編み込みハーフ・アップにし、フワフワと肩の上に乗せているのが、無性に庇護欲を掻き立てられる。

 神秘的、儚げな雰囲気とは正反対に、スチーム・パンクを彷彿とさせる、歯車と羽をモチーフにしたイヤー・カフと、服の上から付けているゴーグル状の腕時計。   ギャップがり、それでいて似合っているという奇跡的なバランス。

 極めつけに、ウルトラマ◯Zのマスコットとなっているロボットのお手製ポシェット。

 さらに、シニヨンにセットされた、くだんの長男坊の両目に酷似した、髪飾り型の自作ディスプレイ(後に『キブンガー』だと教えられた)が目を引く。

 


 言葉を交わさずとも、出夢いずむは察した。

 あ。こっち側だ。……と。



 そして同時に思った。

 あの一際目立つファッションで、よく先生の目を掻い潜れたものだ、と。

 確かに、『ハナコー』が自由な校風だとは聞いていたが、ここまで自主性を重んじているとは。



 願ってもみなかった、同士獲得の絶好のチャンス。

 接触を図ろうとする出夢いずむだったが、直前で思い留まった。

 ひょっとしたら彼女も、オタバレしたくないのでは……という可能性を視野に入れたためだ。



 席を立ちかけた出夢いずむは、ゆっくりと体を戻し、深呼吸した。

 そして、みずからに自制した。



 話すのは、後。

 始業式を終え、彼女が一人となり、周囲の目が無くなった頃だと。



 そう決めた出夢いずむは、無言で黒板を見、少女、改め月出里すだち 真由羽まゆはの名前を確認した。

 ちなみに、彼の心境を汲み取ったのか、真由羽まゆはも視線を戻し、何故なぜか肩を狭め萎縮し、恥ずかしがっていた。



 あれだけ目を引く装いをしながら、実はシャイらしい。

 可愛いなと、出夢いずむは素直な感想を抱いた。



 そんな具合に真由羽まゆはを眺めていたら、音飛炉ねひろの前の席の主が現れた。

 物憂げな雰囲気を漂わせる黒髪少女である。



 長身かつ細身で、腕もシュッとしていてリーチが長く、眼鏡が似合うほどに顔立ち、青い瞳が整った、所謂モデル体型な綺麗系。

 長い髪を首元まで伸ばしている右側と、短髪で耳が出ており蝶の髪飾りを付けた左側。

 そんなロックでアシメな髪型と、両目の間に位置しまれに片目を隠す前髪、そしてミステリアスな雰囲気を損なわない程度に織り交ぜられた緑と青のナチュラルなメッシュが、実に垢抜けていてオシャレ。

 女子制服がスラックス、スカートの二種類なのをことに、登校初日からスラックスを着用し、その恩恵に預かり余計、格好かっこ良さに磨きをかけている現状。



 そんな、クールでボーイッシュでパンクな、刃舞はもう 治葉ちよ(黒板で名前を確認した)。

 パッと見、近寄りがたいオーラ全開の彼女だったが、近くの席に座る女子達たちと普通に喋り始めた。

 どうやら、顔見知りだったらしい。

 


「はよー、治葉ちよ

 高校でも、よろしくねー。

 外部生同士、仲良くしようねー」

「はよ。

 で、それは、何?

 宿題とかヤマ当てとか、そういうの?

 そろそろ、自分でなんとかして頂戴ちょうだい

 いつまでもあたしにおんぶにだっこじゃ、あんたたちためにならないじゃない」

「そう言わずにさぁ!」

「この通り!

 一生のお願い!」

「はいはい。

 そうやって、お願いしようって魂胆ね。

 仕方無いわね……お世話するわよ」

「やったー♪」

治葉ちよ、大好きー♪」

「あー、もぉっ!

 だから、そっちからはNGなんだってばぁ!」



 このやり取りを見る限り、善人のようだ。

 見た目に反して口調は女性的というのが、意外性がる上に何故なぜかイメージにそぐわなくないので、いとをかしという他い。

 それでいて、一匹狼っぽい印象に反して存外、親近感が湧くタイプ。

 加えてハスキーなボイスで、バンドマンっぽい見た目宜よろしく、96◯が十八番なくらいには、歌も抜群に上手そう。

 おまけに、(これはあとから知ったのだが)ファッショナブルで、髪型やネイル、香水やシャンプーなどの小さな変化にも気付き、あまつさえ褒めてくれるので、異性より同性にウケが良い。

 ゆえに、女子グループからお菓子やプレゼントをもらう光景が日常茶飯事な、毎日がバレンタインかホワイト・デーかクリスマスかハロウィンな、王子様染みた超絶イケジョ。



 そんな治葉ちよの視線が、ふと、自分の隣でなにやらプルプル震えている人物。

 すなわ真由羽まゆはを捉えた。

 刹那、アンニュイ気味だった治葉ちよの両目が燦然と輝き出し。



「かっ……可愛かわいぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃっ!!」



 それまでの中性的な振る舞いはどこへやら。

 強烈なキャラブレっりを惜しげも無く披露し、真由羽まゆはに抱き付き、耳の機械に触れ始める。



「めっちゃ可愛かわい〜!

 いや、もう、ドタイプなんですけど、何この可愛かわいさ死人出るレベル!

 しかも、これ、自作!?

 うは〜、何から何までたまらんっ!」

「あ……あのっ……。

 これは、お父さんが……」

しゃべったぁぁぁぁぁ!!

 声まで、可愛かわいいぃぃぃぃぃ!!

 溺愛したい養いたいお近付きになりたいぃぃぃぃぃっ!!」



 既に充分、近付いてはいる。

 と、誰もがツッコみながらドン引きする。



「あー、もう、また暴走してる……」

「ごめんねぇ。

 この子、可愛かわいい物に見境くってさぁ」

「ほら治葉ちよ、ドードー。

 いきなり豹変して、困ってるでしょ」

「い、いえっ……。

 あ……ありがと、です……」

 


 先程まで治葉ちよと話していた女子達たちが直ぐ様、彼女を抑え、真由羽まゆはに侘びつつフォローを入れる。

 真由羽まゆはは、顔を赤らめつつ、目を反らしつつ、ディスプレイにサムズ・アップのイラストを出す。

 どうやら、かなり多機能らしい。

 それにしても一体、どういうギミックなのか(後から聞いたが、袖の下で手動で操作しており、意外とシンプルらしい)。


 

 高校生活初日から繰り広げられるドタバタ騒ぎの中、不意に音飛炉ねひろが吹き出した。

 彼女は、大声を上げそうになるのを耐えながら、横目で出夢いずむを見つつ、告げる。



「1年間、楽しめそうだね。

 このクラス」



 気立てのい圧倒、徹底的ヒロイン。

 機械で器用に喋る、無口でシャイなハーフ美人。

 妙に女子力の高いダウナー系の残念イケジョ。

 


 確かに、と出夢いずむは同意した。

 これだけの逸材が揃っていれば、退屈とは無縁だろうと。



「……だね」



 音飛炉ねひろとは似ても似つかない笑顔を振る舞い、出夢いずむは答える。


 

 出夢いずむの賑やかな毎日は、こうして始まった。

 この調子ならきっと、部活も満喫出来できるだろうと、信じて疑わなかった。



 だからこそ、知る由もかったのだ。

 自分の希望する部活が、すでに存続の危機に瀕しているなどと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る