5 Faith ー信念、信頼、確信ー

 誤解その1

 出夢いずむの両親、及び勇城ゆうき 火彩ひいろは、普通に存命で、むしろピンピンしている。



 誤解その2

 出夢いずむが『旅立った』と意味深に言っていたのは、単に「海外に行った」「嫁に行った」というだけの理由である。



 誤解その3

 出夢いずむは、ただ極度の寂しがり、甘えたがりで、海外にる両親や火彩ひいろまれにしか帰って来ない(本人曰く「URユー・レア級」)ので、拗ねていたのもあって、「会えない」「手遅れ」「無駄」と言っていただけである。   



 誤解その4

 出夢いずむは、どちらかというと、重苦しいのではなく、度を越して重過ぎるヤンデレである。

  


 誤解その5

 出夢いずむが先生達に無干渉にされていたのは、エスカレーター制であったがゆえに、彼が重いのを知られていたため、彼に勘違いさせた所為せいで厄介事に巻き込まれたくないがゆえの対策であった。



 誤解その6

 出夢いずむが東京に来ていたのは、編集に会うためではなく、やっと都合のついた両親、火彩ひいろと共に、遅ればせながら入学祝いに観光しようとしていたためである。



 誤解その7

 出夢いずむが思わせりに脚本を置いていたのは、期日に帰って来れなかったケースを想定し、「もしもの時は、院城いんじょうさんたちに渡してしい」と頼んでいた出月いつくが分かりやすい場所に、用意していたに過ぎない。



 誤解その8

 出夢いずむは、最初から音飛炉ねひろたちに勝ちを譲るもりで勝負を申し込んでいた。



 誤解その9

 そもそも、今回の試練の主目的は、早合点しがちな音飛炉ねひろにブレーキを付けることである。



 誤解その10

 出夢いずむが煮え切らない態度を取り続けていたのは、本性を晒すことで部員達に拒絶されるのを恐れてのことである。


 

 以上が、今回の件で発覚した、いくつかの真実の、簡単な概要である。



 前述の通り、紛らわしい言動が多かったというだけで、本人に悪気は微塵も無かった。

 よって、今回の諸悪の根源は、脚色し、でっちあげ、3人をその気にさせ先導、扇動した張本人であり愉快犯、出月いつくである。



 が、ここまでされないと出夢いずむがデレなかったのも事実。

 ゆえに、今回は特別に、ご馳走抜きというだけでお咎め無しとなった。


 

「いや、思いっ切りるんですけどぉ!?」

「先生、煩い」

出月いつくさん当分、黙っててください」

「見苦しいですますわよ、先生」

「恥を知ってください、先生」

「ツキにぃ、もう帰ったら?

 歩きで。一人で」



 部屋に運んでもらった豪勢な食事を堪能しつつ、ロープで縛られ身動き取れずにいる出月いつくに対しジト、冷ややかな言葉を向ける面々。

 彼等の横では、『絶許』『おま罪』『カチドキワミ』『カズラバ星人』『スイプリ』と、同じく怒り顔の真由羽まゆはがキブンガーで主張していた。



 余談だが。

 音飛炉ねひろ治葉ちよ真由羽まゆは火斬かざんそろって失神したことり。

 全員が、万全に休息を取り、お昼になってから、真の種明かしを開始。

 風凛かりんようやく合流し、パーティを楽しんでいた。



本当ホント、ごめんね、みんな

 なんか、エンディング明けに挟まれたCパートみたいな空気にしちゃって」

「別に、あんたにはさほど、非は無いわ。

 これからは、きちんとほうれんそうしてくれるってんなら」

「うん。

 ありがと、『治葉ちよ』」



 それまで上品にケーキを食べ進めていた治葉ちよのフォークとナイフが、カタンッと音を立て、皿の上に着地。

 治葉ちよは、手と口を震わせながら、出夢いずむを指差す。



「あ、あああああ、あんた……!!

 今……っ!!」

「うん。『治葉ちよ』って呼んだ。

 それに」



 なにやら様子ようすのおかしい治葉ちよをさておき、出夢いずむは軽くしゃがみ。

 忠誠を誓いかしずく騎士のような姿勢で、真由羽まゆはを見上げた。



「『真由羽まゆは』も。

 今まで、あんまり話せなくって、ごめん。

 これからは、沢山たくさんしゃべり、してくれる?」



「〜っ!!」

 突然のデレ、そしてコンタクトにより、真由羽まゆはは慌てて距離を取り、未だに思考停止中の治葉ちよの後ろに隠れる。

 満面朱を注ぎ目を閉じつつも、キブンガーでウインクさせてる辺り、歓迎はしているらしい。

 出夢いずむはホッとした。



「ひ、灯路ひろさまっ!!

 風凛かりん風凛かりんはっ!?」

「私は、どうしたんだい?

 出夢いずむ少年」

「割と早くから、呼んでるよね?

 二人共」

「そういうんじゃございませぬよぉ、灯路ひろさまぁ!!

 いけずですわぞぉ!!」

「その切り返しは、風紀委員長として、男として、感心せんぞ?」

「まぁ……よろしくね?

 『風凛かりん』、『火斬かざん』」

「あいやっ!!

 畏まり仕りましたでごぜぇやんさぁ!!

 こちらこそ、お世話になるですえ、『出夢いずむさま』ぁ!!」

勿論もちろんさ。

 よくぞ呼び捨てにしてくれたね。

 普段は、礼節を重んじるが。

 我々の仲では、無礼講が最適解だ、『出夢いずむ』」


 

 敬礼し、満足し、食べまく兄妹きょうだい

 遠征中というだけあって、節制していたのだろう。 

 


「最後に……『ヒロ』」

 姿勢を直し、音飛炉ねひろの方を見つめつつ、出夢いずむは真っ直ぐ、声と言葉、思いを届ける。

「今まで、ごめん。

 助けてくれて、ありがと」



「こ、こちらこそっ!」

 キャラブレに近い変わりように気後れしつつ、音飛炉ねひろは仰々しく会釈した。

 


「ふーん。

 『ヒロ』ねぇ」

 モクテルを飲みつつ、出夢いずむに近付き横に立つ火彩ひいろ

 彼女は、出夢いずむ音飛炉ねひろを順に見てから、意味深に開口する。



「驚いた。

 随分ずいぶん、あの子に心を開いてるのね」

「別に。

 俺は元々、信頼度や性格、距離感によって、相手との接し方を変えるタイプだから。

 それに沿っただけ」

「ふーん。

 まぁ、それはさておき、嬢ちゃんたち

 ヒロ……だと、紛らわしいか。

 出夢いずむを、よろしく頼むわね。

 この子、本当に甘えん坊だから」



 と、言われても……。

 そう、火斬かざん以外の4人は思った。



 確かに出夢いずむのイメチェン具合は中々である。

 だが、これまで彼と過ごして来た2ヶ月もの時間で持たされた印象と、どうにも結び付かない。

 生徒会長であるが故に、先に事情を小耳に挟んでいた、火斬かざんはさておき。



「ちょっと。

 勝手な事言わないでよ、火彩ひいろ

 そんな簡単にいかないよ。

 皆がみんな火彩ひいろやヒロみたいにコミュ力お化けじゃないんだから。

 俺だって、別に器用じゃないし。

 今まで通りで、別に平気だよ」

 などと思っていたら、本人からフォローが入った。

 


 これを受け音飛炉ねひろ治葉ちよ真由羽まゆははムッとし。

 即座に、彼の横に並び立つ。



「ご安心を!

 かならずや出夢いずむを、どこに出しても恥ずかしくない、立派な特撮愛好家にしてご覧に入れましょう!!」

「以下同文」

「お任せあれでごぜぇやす!!

 この身に代えてもかならずや、お守り尽くす所存で候ですわやんす!!」

「ですので、なんらご心配には及びません、ご婦人」



 ふんすふんすする音飛炉ねひろ

 クールに微笑み、髪をかき分ける治葉ちよ

 キブンガーを点灯させ、『合点』『承知』と主張する真由羽まゆは

 竹刀を抜き、ポーズを取る風凛かりん。 

 同じく竹刀を構え、何故なぜ風凛かりんとクロスさせる火斬かざん

 そんな5人の姿を見て、思わず涙が出る程に、火彩ひいろは笑った。



「みたいね。

 よろしくね、嬢ちゃんたち

 私も、これから力になるわ。

 そのために遠路遥々、久々に帰国したんですもの」

「それ、って……!」

「もしかして……!?」



 呑んでいたグラスをテーブルに置き、一同の期待の眼差しを受けながら、火彩ひいろは答える。



出夢いずむに頼まれた以上、断れないわ。

 お嬢ちゃんたちの、舞台の劇伴。

 この、勇城ゆうき 火彩ひいろが請け負った。

 異論がある者は、今の内に名乗り出な。

 徹底的に、論破してくれるわ」

「ハハ〜!!」



 感極まり、即座に跪く音飛炉ねひろ風凛かりん

 2人に続きはしないものの、即座に頭を下げる治葉ちよ真由羽まゆは火斬かざん

 顔を上げたタイミングで、不意に治葉ちよが尋ねる。



「ところで。

 出夢いずむ火彩ひいろさんが決裂した理由って、なんなんですか?

 外国に行った、先生と結婚したからですか?」

「いいや。

 早い話が、『見解の相違』『解釈違い』よ。

 互いに、どうしても許せない、譲れない、度しがたい、御しがたい思いがった。

 だから、喧嘩別れみたいになったのよ」

「……その、原因とは?」


  

 治葉ちよのストレートな質問に吹き出しつつ、火彩ひいろも正直に答えた。



「『ハルリン派』か、『ハルコヨ派』か。

 それで、闘争になった。

 なんの変哲もい、ただそれだけの、シンプルな話よ」

「あ〜……」



 まさかの、それでいて共感しか出来できない真相に、治葉ちよは納得した。

 同じく音飛炉ねひろ真由羽まゆはも、渋面で得心した。



 きのこか、たけのこか。

 あんこか、カスタードか。

 海か、山か。

 そばか、うどんか。

 夏か、冬か。

 業界に至っては、それ程までに熾烈を極める。

 なんなら公式からして、派手にバチバチしている論争。

 


 出夢いずむ火彩ひいろもまた、その被害者であり、加害者だったのである。

 


「……?

 はて?

 兄様あにさま

 一体、なんことでごわしますか?」

「詳しくは、分からんが。

 どうやら、軽々しく触れない方が無難らしい。

 恐らく、火傷では済むまい。

 この場は、受け流しておこう」


 

 火斬かざんの読み通り。

 5人は、それ以上は口を噤んだ。

 折角せっかくのご馳走が不味まずくなるし、その所為せいで不和が生まれ、火彩ひいろが再び日本を去ってしまっても、困る。



 そこら辺は、もっと親しくなり、折を見てから、存分に語り尽くすと、暗黙の了解で決まった。

 2人には今度、部活でレクチャーするとしよう。



 こうして、新たに頼もしい協力者を得て。

 一行を載せた車は走る。

 出夢いずむ(というか出月いつく)の巻き起こした騒動は、幕を閉じたのだった。

 

 

 余談だが。

 帰りの車の本来の持ち主である出月いつくは、そのまま置き去りにされた。

 無論、忘れられたのではなく、意図的に。





 紆余曲折を経て、出夢いずむの家。

 個別練習の名の元に訪れていた音飛炉ねひろは、客間のテーブルに突っ伏していた。



「ねぇ。

 演技見る必要、る?」

勿論もちろんです。

 出夢いずむは、この物語の作者、創造神なんですから。

 ちゃんと、出夢いずむのイメージと照らし合わせなくては」

「そんなの、凡百だよ」

「私にとっては、大切なオンリーワンです!

 だから、いんです!」



 真正面から言い切り、再び台本と向き合い、煮詰まる音飛炉ねひろ

 それは、どこか楽しそうで、それ以上に、誇らしそうで。

 きっと、どれだけ否定しても無駄なのだと、出夢いずむは察した。



「……ねぇ、ヒロ。

 俺と話してて、楽しい?」

「ん〜?」



 思わぬ質問を受け、起き上がる音飛炉ねひろ

 そのまま、少しの逡巡、熟考もく。



「控え目に言って!

 灯路ひろさんは、最高です!!」



 ネタをアレンジし、断言する音飛炉ねひろ

 それを受け、噛み締め、出夢いずむは考える。



 自分の言葉、話、感情

 それらには、なんの価値も、意味もい。

 今まで、そう思っていた。



 だから意図的に、自分の感想を発信せずにいた。

 そうした所で、誰も興味を持ってくれないと決め付けていたから。

 相手が楽しんでくれないなら、自分だって同じだから。



 でも、違った。

 認めてくれる人が、ちゃんとてくれた。

 こんなにもそばに、眩しく、強く、ストレートに。



 なら……もう、いのかもしれない。

 音飛炉ねひろを、信頼しても。

 この思いを、確信しても。



 彼女みたいに、自分も。

 正直になっても、許されるかもしれない。



「……ヒロ」

なんですか?

 出夢いずむ

「好きだ。

 君のことが。

 10年前に出会った、君のことが」



 あれだけ引っ掻き回しといて。

 こんなことを言うのは、気が引ける。

 でも、これが、自分の中の、純然たる真実。



 確かに、火彩ひいろことは好きだ。

 だって彼女は、「自分を好き」だと、言ってくれたから。

 結局の所、出夢いずむのタイプは、彼を好み受け入れてくれる相手だったのかもしれない。



 なんて単純で、曖昧で、女々しくて、チョロい理由か。

 自分でも、呆れ果てそうだ。

 


 けど、考えてもみれば、当たり前なのではなかろうか。

 音飛炉ねひろは、幼き自分が初めて出会った、羨望の対象。

 そんな、憧れの的である彼女が、自分と再会してくれて、近くにてくれて。

 あまつさえ、「本当の自分自身」の象徴たる、自分の物語を、「最高」だと、言い切ってくれた。



 これで惚れないなんて、想いを告げないだなんて。

 そんなの、ただの怠慢、愚鈍、天邪鬼に他ならない。



「え……?

 ……え〜!?

 もしかして出夢いずむ、あの場に!?」

たよ。

 後輩の様子を見に行ってた、ツキにぃに連れられて。

 てか、やっぱり気付いてなかったんだ。

 まぁ、無理もいけど。

 でも、冷静に考えれば、ぐ分からない?

 そうでもなきゃ、『ハンパイア』なんて知らないし、インスパイアだって書けないよ。

 あのDVD、『トッケン』の部室か、OBやOGの自室くらいにしかいんだから。

 そもそも、知るけなんて、ゼロに等しいでしょ」

「た、確かにっ!!」



 責めるもりはい。

 だが、ショックを隠し切れない。



 調子い、チョロいのは百も承知で。

 がらにも、年甲斐にもく、今となっては、半ば信じていたのだ。

 自分たちはきっと、『運命』なのだと。



 だから、思い知らせてやる。

 自分は、本気なのだと。



 近付き、回り込み、顎クイし。

 出夢いずむは、音飛炉ねひろをとらえる。



「ヒロ。

 キスして、い?」

「えぇ!?

 そんな、いきなり!?

 てか、『甘えん坊』って、これぇ!?」

「好きなんでしょ?

 こういうの」

「言いましたけどっ!?

 確かに、『ギャップ萌え』とか、言いましたけどぉ!?

 こっ、心の準備がぁっ!?」

いやなら、断って」

「ま、待ってくださいっ!

 断じて、嫌ではっ!!

 私も、出夢いずむこと、そういう意味で、好きですけどぉ!?

 せめて、芋ジャーなどではなく、もっとマシな格好の時に!」

「それ、俺は悪くないよね?

 ヒロの責任だよね?」

「特訓ったら、こうじゃないですかっ!?

 あと、こんな展開になるなんて、予想だにしないじゃないですかっ!?」

「ごめん。

 もう、するね」

「最早、確定、やる前提っ!?

 謝罪と現状が伴ってない!?

 じゃ、じゃせめて、歯磨きかリブレッスだけでもっ!?」

「無理、待てない」

「わ、私の、ファースト・キスがぁっ!!

 乙女の、純真がぁっ!!

 でも、嫌いじゃないぃぃぃぃぃっ!!

 やっぱ出夢いずむ最高さいこぉ、ヒャッホォォォォォッ!!」



 両手を、音飛炉ねひろの顔に当て。

 蒸気した瞳で、彼女を見詰め。

 りったけの想いを、唇に注ぎ込み。


 

 揺らめくカーテンと、月明かりに見守れられながら。

 出夢いずむは、音飛炉ねひろに、キスをした。

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