4 Face ー素顔、素面、素性ー
「ここは……どこだ?」
東京都内。
ホテルで1人、部屋で休んでいた
相変わらず、瞼を伏せているだけの、眠れぬ夜を過ごしていた彼の周囲は、どういう
まさか、ボヤ騒ぎか?
一瞬、そう疑ったが、そうでもないらしい。
まるで、魔法にかけられたかの
「心が麻痺し
そう自嘲しつつ、
「我が
そんな彼を不意に、何者かが呼び止めた。
慌てて振り向いた先に
シックな衣装に身を包み、顔の半分、右側の仮面で、バンパイアならぬハンパイアの象徴たる緋色の瞳を覆った男性。
彼が、理想通りの声とデザインで、確かに実在した。
ユウマは、
「答えよ。我が
貴君は
それが
愚かな
作者が
ユウマの趣旨を掴んだ
「簡単だよ。
あれは、駄作だった。
今の世界には不要だった。
だから、終わらせた。
編集さんに言われたんだ。
『
いつ完全に無くなるともしれないから、なるべく早く、それでいて可能な範囲で、有終の美を飾らせたかった。
それだけさ。
ともすれば、スクショだけでも残しとく
「……俺を産んだのは、他でもない。
貴君だ、我が主。
貴君は、あの世界で、俺に
心の、人間の、仲間の、愛の素晴らしさ、尊さを。
それが全部、嘘だったと……無駄だったというのかぁっ!?」
「ああ、そうさ!
そんなのは所詮、まやかしに
量産、拡散され
そんな物に、
「価値なら、
俺が今こうして、ここに存在し、立ち、思い、話している!
それが、俺にとっての何よりの価値であり、貴君が生み出したるは紛い物などではない証拠!!
命と!!
魂、だぁっ!!」
ユウマが雄叫びを上げ、主に斬りかかる。
思わず両手で頭をガードし目を瞑り数秒、固まる
痛くない。
誰も、
何も……起きてない。
「……?」
不審がりつつ目を開け、周囲を見渡す。
広げ、開いた視界の先に、もうユウマは
「ねぇ」
かと思えば、今度は少し下の方から女性の、とても透き通った声が聴こえた。
自分より少し小柄で、背中にギターを抱え、とことん明るいボーカリスト……『
実写ともドラマともアニメともコミックとも挿絵とも違う、自分の思い描いた通りの姿と声で、彼女が立っていた。
「教えてよ、先生。
じゃあ、私はどうなの?
私は、先生にとって、邪魔なだけの、不要な存在だった?
先生が言ってた通り、需要に合わせて、好きでもないのに書いただけの、一過性の存在。
単なる、使い捨ての道具だった?」
「……どうだろ。分からないや」
「どうして?」
宙に腰掛け、ブラブラと足を揺らしつつ、答えを求める
「最初は、確かに、その
ただ、ニーズにだけ合わせ、書いていた。
けど……話が進むに連れて、次第に君達は、単なる物語の住人ではなくなって行った。
どこへ出しても恥ずかしくない、大切な、自慢の子供になっていた。
あんな切っ掛けで書き始めたのが情けない
生みの親として、誇らしい。
だからこそ、君達を悪用し、自分の地位を上げる
「それで、裏アカ使って『バンデット』って呼び始めたんだね」
「ああ。
唯一かつ最大の反撃、防御策さ。
中々に不名誉かつ的確だったからか、やっぱり大してクオリティが高くなかったのか。
次第に使う機会、対象は消えたけどね」
不器用に
「先生ってさ。
結局の所、単なる寂しがり屋でしょ?
誰かに理解されたい、認められたい、褒められたい、求められたい。
だから、自分自体を小説に仕立て、
露悪的な振りして偽悪的に振る舞って、それでも自分に辿り着いて
違う?」
「……かもね。
にしても君、
誰に似たんだろ……」
「それは、
それに釣られると、
「あ……。
あ、あぁ……」
嘘だと思った。
有り得ない、有り得る
目の前に立つ彼女は、現実世界で産まれたにも
今となっては、実際にお目にかかるのなんて、ユウマや
「……久し振り。
元気だった? ヒロ」
そんな、夢にまで見た幼馴染であり、許嫁。
間違い無く自分に、
「元気かどうかはさておき……生きてはいるよ。
ヒロのお
「そう。
なら、
元気じゃないのは不満だし、何だか女の子が多い気もするけど。
少なくとも一人ではないみたいだものね。
許してあげる。
特別よ?
「
「神様仏様
世界に名だたる小説家、無添加の天下の天才、
「……まだ、そんな
君は、もう、隣に
そんな彼を、
「……
ちゃんと、消えずに。
あなたの過去に、今に、未来に、心に、記憶に、本に、思い出に、言葉の節々にさえ。
忘れただなんて断固として言わせないわ。
今のあなたが
あなたには、私をその気にさせるだけの力が、魅力が、
ただ、
そもそも、あそこまでレディーを働かせておいて、何も無かった、どこにも生きていないと言い張るなんて、失礼千万しちゃう。
彼の頬に優しく、たおやかに手を当て、
「素敵なあなたに、ご褒美をあげる。
私を、完全無欠、永遠不滅の心の嫁として、あなたの世界に住まわせる権利よ。
あなたの中で私は、ずっと生きてる。
ずっと、見守ってるわ。
あなたが、あなたの
そんな未来が、怖いもの知らずなあなたが訪れるまで、待ってる。
ずっと、ずっと……待ってるから」
「……っ!!」
意図せずに行われた、あの日の答え合わせ。
対して
「それと、ヒロ。
あなたの心の伴侶、あなたの心の支配者として、命じます。
あなた、
いつまでもフラフラ、フワフワしてるから、恋愛以外、プライベートもパッとしないのよ。
素敵な恋さえすれば自ずと、あなたの人生だって、もっと潤うし一層、華やぐわ」
「出たよ、恋愛脳……」
黙らっしゃいとチョップを放つ
ぐえっと、お茶目に舌を出す
そんな、いつものやり取りをしてから、
「
素敵な恋人を作る
私の
「……意識なんかしなくたって、勝手に思い出すよ。
こんな強烈な子の
「そう。
褒め言葉として受け取っておくわ。
そろそろ行くわ。
どうやら、もう、私の出番は
そう告げ、
「待って……待ってよ、ヒロ!
勝手に決めて、勝手に消えないでよ!
一人で生きて行けるだけの力なんて、持ってない!
君が、君の支えが、必要なんだよっ!
君以外に、この心の穴は塞げない!
君の抜けた穴を埋めるなんて、君にしか不可能なんだ!」
「ーーでしたら」
それまでの雰囲気から一変し、敬語を使い出す
続け
舞台転換を終えたタイミングでウィッグを外し、先程まで
「私が、あなたのヒーローになります。
ヒーラーにはなれずとも、あなたの心の穴を隠す頑強、不屈の盾となりましょう。
そして、あなたの傷ごと、あなたを抱き締め、受け止め、時に癒し、愛し抜きましょう。
この命が燃え尽き、この心が枯れ果てるまで、
しかし、ややあって我に返った彼は、即座に
「……
「
ただ、あなたを救いたい。
その
「……
「この日の
この2日間、私達は死に物狂いで猛特訓に励み。
「本の数分で化けの皮が剥がれたのに、よく、ぬけぬけと……」
「その本の数分で、あなたは見抜けなかった。
まぁ、
でもあなたは、
そうして、私達に操られるまま、本音を引き出された」
「
あなたが脚本を断ったのは、自信が無いからです。
あなたが
特撮を、私達を、自分の作品を、明るみに出た子供が
これで、Q.E.D。
今度こそ、私達の完全勝利です」
「図に乗るな……パチモンがぁっ!!」
豹変し、声を荒げ、絨毯の下に
そんな、ともすれば関係が終わるだろう状態にある中、その事実に
「君に……君に、俺の!
作品の、クリエイターのっ!
……ヒロの、何が分かるっていうんだっ!!
ちょっとコスプレが上手く出来たからって、しゃしゃるなよ!!
あんなの、ビギナーズ・ラックだ!
こっちのコンディション、シチュエーションに恵まれただけの、ただの偶然の産物じゃないか!!」
「お言葉ですが」
「私は、この数日で繰り返し、あなた、そして彼女の心境をシミュレーションしました。
恥と無理を承知で
彼女の私物についてや、家族だからこそ知り得た情報、逸話を、
それだけに飽き足らず、あなたに指摘された想像力を磨きました。
イメージの中で、幾度と無く己を消し、隣人を失い。
きちんと許可を取った上で、実の両親を、ひたすら無くしました。
あなたの気持ちを正確に、余さずに知りたい。
ただただ、その
それこそが、私の新たなる力。
スマイル・スタイルの優しさと、フォース・フォームの強さを兼ね備えた最強、最新形態。
名付けて、『デュアルティ』。
この勝利は、そうやって裏付けられ、確立された物です」
「……っ!!
どうかしてるよ!!」
「どうかしてでもなきゃっ!!」
「そうじゃなきゃ、あなたと
どうかしてでもなきゃ、
あなたの
だから、実行した!!
狂ってるって分かってても、外道だと罵られようとも、あなたに見限られようとも!
ただ、それだけですっ!!」
「……
……
ただ、たった一人の
思いの丈を
力の抜けた体で、
「愚問ですよ、
あなたが、私の、私達の、大切な。
ただ、たった一人の仲間だから。
この世に特撮好きは
こんなに身近に
だから、助けたいと願った。
助けない自分は、そんな未来は、断じて不許可、絶許だった。
それだけの、考えるのも億劫な
そもそも、人を助けるのに理由など要らないし、
他人だろうと、悪人だろうと、救うまでです」
「もし、それでもあなたが、私達の仲間でいる
共に、成長しましょう。
映えある未来まで、一緒に。
私のビジョンの中では、私が主役としてデビューする特撮作品の構成は、もう
……いいえ。決まっているんです。
つまり、これは忖度。
輝かしい将来に向けての、先行投資なんです。
今、こうして恩を売っておくだけの価値が、あなたには間違い
なので、
夢と希望と笑顔と平和と情熱に溢れた、未来に」
歌う
次いで、腕を後ろに回しながら、ゆっくりと
「それに、何も
アクションやスーアク、演技やナレーション、衣装や劇伴、その他諸々。
あなたの苦手分野は
そうやって、
厳密には、『これ、
あわよくば、そのまま特撮沼にズブズブに浸からせたいですが」
「……言ってる
「おんやぁ?
『言ってる
の、間違いでしょう?」
「つ、追加されてる……」
タジタジになり、久しぶりに心から笑いながら、
「でも、まぁ……うん。
そうかもね。
「その意気です。
「……どうだろ。
でも……もっと、分かりたくなった」
言いながら、
二度と放すまいと、固く誓いながら。
「……やるよ。
もっと
それに、編集さんに打診してみるよ。
『自分が
なので、せめて別名義で書かせて
いつか、きっと、
ってね」
「わーお。欲張りですねぇ、
「当たり前だよ。
じゃなきゃ、生きてなんて行けない。
生きたいって気持ちだって、
立ち上がった
「これから君と向かうのは、その実、天国なんかじゃない。
どれだけリテイク、リライトを重ねても満足させてくれない。
それでいていつかは忘れられるから、何度も似た
そんな、生き地獄だ。
そして、そこへ君を導く俺は、さしずめ君と同じ。
天使の顔した、悪意の
それでも君は……何度だって、悪魔と相棒してくれるかい?」
「
反論の余地も
でも……面白いです」
得意気に胸を張り、隠し持って来た台本を出し。
二人は
「付き合いますよ、相棒。
最後の最後まで。
地獄を貪り味わい尽くし、世界が真に平和になる、その日まで」
「……お手柔らかに」
「それは、土台無理な相談ですねぇ」
「うん。
やっぱ君、悪意の無い悪魔だよ。
自信持って」
互いに顔を見合わせ、声を上げて笑う二人。
窓の外から差し込む月光が、二人の手にした脚本を、そっと優しく、けれど眩しく照らしていた。
『脚本、私のヒーロー/
そう手書きで記してある、こっそり
「あらあら。
真夜中だってのに青春してるわねぇ、若人」
そんなシーンを台無しにする、誰かを想起させる、何だか間延びした声が、ドアの向こうから入って来た。
視線を運んだ先に
「……!?
な、
明日の
もう来たの!?」
「サプラーイズ。
可愛いでしょ?」
「……お願いだから、
仮にも既婚者なんだから」
「え?
え、え?」
「あ、あの、
この方は……?」
「へ?
何言ってるの?
エミュったんだから、もう知ってるでしょ?
俺の幼馴染で、元許嫁。
今はツキ
「へ、へー。
あの人、結婚してたんだ……あの体たらくで……。
あーでも、
そんな、失礼な
「……はい?」
「
「どうかした?」
かと思えば続け
故人だと信じ込んでいた3人の、まさかの登場。
こうなれば、
「おぉぉぉぉぉばぁぁぁぁぁけぇぇぇぇぇっ!?」
けたたましい叫び声を部屋に木霊させ、
荒んだ状況下で、顎に手を当て暫し考えた
「なるほど。
この世の物とは思えない
「……この場に限っては、違うと思う。
その事実は、否定しないけど」
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