4 Face ー素顔、素面、素性ー

「ここは……どこだ?」



 東京都内。

 ホテルで1人、部屋で休んでいた出夢いずむ

 相変わらず、瞼を伏せているだけの、眠れぬ夜を過ごしていた彼の周囲は、どういうわけか、気付けば灰色で覆われていた。

 


 まさか、ボヤ騒ぎか?

 一瞬、そう疑ったが、そうでもないらしい。

 何故なぜなら、部屋に有ったノベルティや家具、自分の荷物、あまつさえベッドまで、音も跡形もく、綺麗に静かに消えているのだ。

 まるで、魔法にかけられたかのように。



「心が麻痺しぎてついに、現実と夢の区別すら、付かなくなったのか……」

 そう自嘲しつつ、えず歩を進めんとする出夢いずむ

 


「我があるじ

 そんな彼を不意に、何者かが呼び止めた。

 


 慌てて振り向いた先にたのは、黒と白と灰色の混じった髪が特徴的な青年。

 シックな衣装に身を包み、顔の半分、右側の仮面で、バンパイアならぬハンパイアの象徴たる緋色の瞳を覆った男性。



 出夢いずむのイメージの中にしかなかった、『Faiveファイブ』の主人公、ユウマ。

 彼が、理想通りの声とデザインで、確かに実在した。



 ユウマは、出夢いずむが口を開くより早くレイピアを構え、彼の顔に突き立てた。



「答えよ。我があるじ

 貴君は何故なぜ、あのようおろかな真似マネをした?

 それが本当ほんとうに、貴君の本心だったのか?」



 愚かな真似マネ

 作者がみずから、残りのストーリーを粗筋形式で無料で公開するという、作家にあるまじき罪。

 ユウマの趣旨を掴んだ出夢いずむは、目と鼻の先にまで迫ったレイピアに一切、恐怖しないまま返す。



「簡単だよ。

 あれは、駄作だった。

 今の世界には不要だった。

 だから、終わらせた。

 編集さんに言われたんだ。

まかり間違って、あれを君が書いたと知られれば、イメージ・ダウンにつながるから、折角せっかくだが、消させてしい』って。

 いつ完全に無くなるともしれないから、なるべく早く、それでいて可能な範囲で、有終の美を飾らせたかった。

 それだけさ。

 ともすれば、スクショだけでも残しとくために」



「……俺を産んだのは、他でもない。

 貴君だ、我が主。

 貴君は、あの世界で、俺にすべてを教えてくれた。

 心の、人間の、仲間の、愛の素晴らしさ、尊さを。

 それが全部、嘘だったと……無駄だったというのかぁっ!?」

「ああ、そうさ!

 そんなのは所詮、まやかしにぎない!

 量産、拡散されぎて、なんの効果も実行力も真新しさも思い入れもい、ただ存在しているだけの、空っぽな器でしかない!!

 そんな物に、なんの価値がる!?」

「価値なら、る!

 俺が今こうして、ここに存在し、立ち、思い、話している!

 それが、俺にとっての何よりの価値であり、貴君が生み出したるは紛い物などではない証拠!!

 命と!!

 魂、だぁっ!!」



 ユウマが雄叫びを上げ、主に斬りかかる。

 思わず両手で頭をガードし目を瞑り数秒、固まる出夢いずむ



 痛くない。

 誰も、ない。

 何も……起きてない。



「……?」



 不審がりつつ目を開け、周囲を見渡す。

 広げ、開いた視界の先に、もうユウマはなかった。



「ねぇ」



 かと思えば、今度は少し下の方から女性の、とても透き通った声が聴こえた。

 自分より少し小柄で、背中にギターを抱え、とことん明るいボーカリスト……『Vamfireバンファイア』のヒロイン、火向ひなた 直晴すばる

 実写ともドラマともアニメともコミックとも挿絵とも違う、自分の思い描いた通りの姿と声で、彼女が立っていた。



「教えてよ、先生。

 じゃあ、私はどうなの?

 私は、先生にとって、邪魔なだけの、不要な存在だった?

 先生が言ってた通り、需要に合わせて、好きでもないのに書いただけの、一過性の存在。

 単なる、使い捨ての道具だった?」



「……どうだろ。分からないや」

「どうして?」



 宙に腰掛け、ブラブラと足を揺らしつつ、答えを求める直晴すばる

 出夢いずむは、先程までとは対象的に、少し戸惑いながら、ぎこちなく答えた。



「最初は、確かに、そのもりだった。

 ただ、ニーズにだけ合わせ、書いていた。

 けど……話が進むに連れて、次第に君達は、単なる物語の住人ではなくなって行った。

 どこへ出しても恥ずかしくない、大切な、自慢の子供になっていた。

 あんな切っ掛けで書き始めたのが情けないくらい、君達は立派になってくれた。

 生みの親として、誇らしい。

 だからこそ、君達を悪用し、自分の地位を上げるためだけの目立ちたがりが、鼻持ちならなかった」

「それで、裏アカ使って『バンデット』って呼び始めたんだね」

「ああ。

 唯一かつ最大の反撃、防御策さ。

 中々に不名誉かつ的確だったからか、やっぱり大してクオリティが高くなかったのか。

 次第に使う機会、対象は消えたけどね」



 不器用に出夢いずむが笑ってみせると、視認不可能な腰掛けから直晴すばるは降り。

 出夢いずむの前に着地し、ほがらかに笑ってみせた。



「先生ってさ。

 結局の所、単なる寂しがり屋でしょ?

 誰かに理解されたい、認められたい、褒められたい、求められたい。

 だから、自分自体を小説に仕立て、みんなを動かし。

 露悪的な振りして偽悪的に振る舞って、それでも自分に辿り着いてしかった。

 違う?」

「……かもね。

 にしても君、本当ほんとうに明け透けだね。

 誰に似たんだろ……」



「それは、勿論もちろん……」

 直晴すばるが意味深に微笑ほほえみ、明後日の方へ顔を向ける。

 それに釣られると、直晴すばるは消え、代わりに出夢いずむの前に現れたのは。



「あ……。

 あ、あぁ……」



 嘘だと思った。

 有り得ない、有り得るわけい、単なる錯覚、幻覚だと。



 目の前に立つ彼女は、現実世界で産まれたにもかかわらず。

 今となっては、実際にお目にかかるのなんて、ユウマや直晴すばるよりも困難のはずだと。



「……久し振り。

 元気だった? ヒロ」



 そんな、夢にまで見た幼馴染であり、許嫁。

 勇城ゆうき 火彩ひいろが、実体を持って、確かに、そこに存在し。

 間違い無く自分に、微笑ほほえみかけた。



「元気かどうかはさておき……生きてはいるよ。

 ヒロのおかげだ」

「そう。

 なら、いわ。

 元気じゃないのは不満だし、何だか女の子が多い気もするけど。

 少なくとも一人ではないみたいだものね。

 許してあげる。

 特別よ? おおいに感謝なさい」

本当ホント……なに様?」

「神様仏様火彩ひいろ様。

 世界に名だたる小説家、無添加の天下の天才、灯路ひろ 出夢いずむの、将来の伴侶よ」

「……まだ、そんなこと言ってるの?

 君は、もう、隣にない……ないんだ」



 ひざをつき、ダランと上半身を垂らす出夢いずむ

 そんな彼を、火彩ひいろは優しく包み込んだ。



「……るわよ。

 ちゃんと、消えずに。

 あなたの過去に、今に、未来に、心に、記憶に、本に、思い出に、言葉の節々にさえ。

 忘れただなんて断固として言わせないわ。

 今のあなたがるのはすべて、私の献身的なサポートがってこそに他ならない。

 あなたには、私をその気にさせるだけの力が、魅力が、すべてが、きちんと備わってる。

 ただ、気付きづけていないだけよ。

 そもそも、あそこまでレディーを働かせておいて、何も無かった、どこにも生きていないと言い張るなんて、失礼千万しちゃう。

 いくらあなたといえども、許さないわ」



 出夢いずむをハグから解き放ち。

 彼の頬に優しく、たおやかに手を当て、火彩ひいろは続ける。



「素敵なあなたに、ご褒美をあげる。

 私を、完全無欠、永遠不滅の心の嫁として、あなたの世界に住まわせる権利よ。

 あなたの中で私は、ずっと生きてる。

 ずっと、見守ってるわ。

 あなたが、あなたの一番いちばん好きな、自身を持てる作品で、あなたも読者も全員、平等に満足し、幸せになる。

 そんな未来が、怖いもの知らずなあなたが訪れるまで、待ってる。

 ずっと、ずっと……待ってるから」



「……っ!!」

 意図せずに行われた、あの日の答え合わせ。

 出夢いずむは、言葉にするのが難しくて、ただ首肯した。

 対して火彩ひいろは、出夢いずむを指差しつつ、詰め寄る。



「それと、ヒロ。

 あなたの心の伴侶、あなたの心の支配者として、命じます。

 あなた、い加減、私の代わりに面倒見てくれる、私の次に愛せるレディーを見付けなさい。

 いつまでもフラフラ、フワフワしてるから、恋愛以外、プライベートもパッとしないのよ。

 素敵な恋さえすれば自ずと、あなたの人生だって、もっと潤うし一層、華やぐわ」

「出たよ、恋愛脳……」



 黙らっしゃいとチョップを放つ火彩ひいろ

 ぐえっと、お茶目に舌を出す出夢いずむ。 

 そんな、いつものやり取りをしてから、火彩ひいろは真摯に話す。



かく

 素敵な恋人を作ること

 ただし、私には勝らない子を、1人まで。

 あとは、その子のことを、私以上に、大切にしなさい。

 私のことは、たまに思い出してくれたら、それで構わないから」

「……意識なんかしなくたって、勝手に思い出すよ。

 こんな強烈な子のことなんて」

「そう。

 褒め言葉として受け取っておくわ。

 そろそろ行くわ。

 どうやら、もう、私の出番はさそうだもの」



 そう告げ、出夢いずむの前を立ち去ろうとする火彩ひいろ

 出夢いずむは慌てて彼女の背中を追い、手を掴む。



「待って……待ってよ、ヒロ!

 勝手に決めて、勝手に消えないでよ!

 一人で生きて行けるだけの力なんて、持ってない!

 君が、君の支えが、必要なんだよっ!

 君以外に、この心の穴は塞げない!

 君の抜けた穴を埋めるなんて、君にしか不可能なんだ!」



「ーーでしたら」



 それまでの雰囲気から一変し、敬語を使い出す火彩ひいろ

 


 続けざまに、出夢いずむの周りに広がっていたホラーチックな世界が忽然と立ち消え、見覚えのる風景……ホテルの一室へと様変わりした。



 舞台転換を終えたタイミングでウィッグを外し、先程まで火彩ひいろだと疑わなかった少女。

 音飛炉ねひろが、真っ正面から、自分に告げる。



「私が、あなたのヒーローになります。

 ヒーラーにはなれずとも、あなたの心の穴を隠す頑強、不屈の盾となりましょう。

 そして、あなたの傷ごと、あなたを抱き締め、受け止め、時に癒し、愛し抜きましょう。

 この命が燃え尽き、この心が枯れ果てるまで、永久とこしえに」



 流石さすがに想定外だった流れに、気を取られる出夢いずむ

 しかし、ややあって我に返った彼は、即座に音飛炉ねひろに背を向けた。



「……なんで、ここが?」

みんなのおかげです。

 出月いつくさんが、事情説明とハイヤーを務めてくれ。

 風凛かりんか、持ち前の豪運で、あなたの居場所を特定してくれ。

 火斬かざんさんが、あなたに気取らぬまま、部屋の外で不眠で監視してくれ。

 治葉ちよがご家族、ホテルにコンタクト、言質を取ってくれ。

 真由羽まゆはが、最短かつ混雑してないルートを導いてくれ。

 みんなの力で、ここまで来たんです。

 ただ、あなたを救いたい。

 そのためだけに、ここまでのことを、我々は即興で成し遂げたんです」



「……さっきまでのは?」

「この日のためだけに、真由羽まゆはの用意してくれた衣装、お父様謹製のバーチャル投影器です。

 この2日間、私達は死に物狂いで猛特訓に励み。

 治葉ちよはユウマ、真由羽まゆは直晴すばる、私は勇城ゆうきさんになりきれるまでにワープ、進化を遂げたんです」

「本の数分で化けの皮が剥がれたのに、よく、ぬけぬけと……」

「その本の数分で、あなたは見抜けなかった。

 まぁ、治葉ちよは元からイケメンだし、真由羽まゆはは無口なので、無理はりませんが。

 でもあなたは、一番いちばん知っている、一番いちばん自信がったであろう勇城ゆうきさんを、偽者だと見抜けなかった。

 そうして、私達に操られるまま、本音を引き出された」 

 


 出夢いずむの本心を射抜くような眼光で、音飛炉ねひろは叩き付ける。



灯路ひろ 出夢いずむ

 あなたが脚本を断ったのは、自信が無いからです。

 あなたがもっとも愛し、もっとも不得手とするジャンルで、もっとも侮辱されるのを、あなたはもっとも恐れた。

 ゆえに、あなたは拒んだのです。

 特撮を、私達を、自分の作品を、明るみに出た子供がけなされるのを。

 これで、Q.E.D。

 今度こそ、私達の完全勝利です」



「図に乗るな……パチモンがぁっ!!」

 豹変し、声を荒げ、絨毯の下に音飛炉ねひろを組み敷く出夢いずむ



 そんな、ともすれば関係が終わるだろう状態にある中、その事実に気付きづく素振りなど一切無く。

 出夢いずむ音飛炉ねひろのネクタイを掴んだ。



「君に……君に、俺の!

 作品の、クリエイターのっ!

 ……ヒロの、何が分かるっていうんだっ!!

 ちょっとコスプレが上手く出来たからって、しゃしゃるなよ!!

 あんなの、ビギナーズ・ラックだ!

 こっちのコンディション、シチュエーションに恵まれただけの、ただの偶然の産物じゃないか!!」



「お言葉ですが」

 出夢いずむを押しのけようともせず、音飛炉ねひろは反論する。



「私は、この数日で繰り返し、あなた、そして彼女の心境をシミュレーションしました。

 勇城ゆうきさんを知っている出月いつくさんに演技指導をお願いし、何度も何度も、こってり絞られました

 恥と無理を承知で勇城ゆうきさん宅を訪問し、出月いつくさんが事情を説明済みだったので快諾してくださり。

 彼女の私物についてや、家族だからこそ知り得た情報、逸話を、すべて聞かせてもらいました。

 それだけに飽き足らず、あなたに指摘された想像力を磨きました。

 イメージの中で、幾度と無く己を消し、隣人を失い。

 きちんと許可を取った上で、実の両親を、ひたすら無くしました。

 あなたの気持ちを正確に、余さずに知りたい。

 ただただ、そのためだけに。

 それこそが、私の新たなる力。

 スマイル・スタイルの優しさと、フォース・フォームの強さを兼ね備えた最強、最新形態。

 名付けて、『デュアルティ』。

 この勝利は、そうやって裏付けられ、確立された物です」

「……っ!!

 馬鹿バカげてる……!!

 どうかしてるよ!!」



「どうかしてでもなきゃっ!!」



 出夢いずむの手を強く握り、目で、手で、体で、心で、言葉で、自分のすべてで、音飛炉ねひろは伝える。



「そうじゃなきゃ、あなたと勇城ゆうきさんの気持ちを分かれない!!

 どうかしてでもなきゃ、みんなの心と同化出来できなかった!!

 あなたの爆弾こころの導火線と、その向こうにまで入り込めなかった!!

 だから、実行した!!

 狂ってるって分かってても、外道だと罵られようとも、あなたに見限られようとも!

 本当ほんとうのあなたが、しかった!!

 ただ、それだけですっ!!」



「……なんでだよ……!!

 なんで……なんで、なんでっ!

 なんなんなんでっ!!

 ……なんで、そこまで……。

 ただ、たった一人のためだけに……」



 思いの丈をすべて出したのか。

 出夢いずむ音飛炉ねひろのネクタイを放し。

 力の抜けた体で、音飛炉ねひろを見下ろした。



「愚問ですよ、出夢いずむ

 あなたが、私の、私達の、大切な。

 ただ、たった一人の仲間だから。

 この世に特撮好きは数居れど。

 こんなに身近にて、こんなに心を寄せられたのは、あなただけだった

 だから、助けたいと願った。

 助けない自分は、そんな未来は、断じて不許可、絶許だった。

 それだけの、考えるのも億劫なくらいに、シンプルな結論です。

 そもそも、人を助けるのに理由など要らないし、りません。

 他人だろうと、悪人だろうと、救うまでです」



 出夢いずむの体を優しく押し退け、軽くスカートを払い。

 音飛炉ねひろは満点の笑顔を見せる。



「もし、それでもあなたが、私達の仲間でいるための確固たる自信がいのであれば。

 共に、成長しましょう。

 映えある未来まで、一緒に。

 私のビジョンの中では、私が主役としてデビューする特撮作品の構成は、もう灯路ひろ 出夢いずむだと決めている。

 ……いいえ。いるんです。

 つまり、これは忖度。

 輝かしい将来に向けての、先行投資なんです。

 今、こうして恩を売っておくだけの価値が、あなたには間違いく、揺るぎく存在するんです。

 なので、仇討あだうちは避けるべく、共に参りましょう。

 夢と希望と笑顔と平和と情熱に溢れた、未来に」



 歌うようにリズミカルに、指を振りながら、一部は誤用だと気付かぬまま語る音飛炉ねひろ

 次いで、腕を後ろに回しながら、ゆっくりと出夢いずむに近付く。



「それに、何もすべて一人で気負う必要はりません。

 出夢いずむは、設定とストーリーにだけ、目が眩んでいれば充分なんです。

 アクションやスーアク、演技やナレーション、衣装や劇伴、その他諸々。

 あなたの苦手分野はなんなりと、ぜーんぶ、私達にお任せください。

 一日いちじつちょうくらいると思うので。

 そうやって、みんなで力を合わせ、誰にも文句を言わせない、初心者からも文句を奪うくらいに魅力的な、最高の神作を作れば、それでいのです。

 厳密には、『これ、本当ほんとうに高校の文化祭かよっ!?』ってリアクションが帰って来るだけの作品に仕上がれば、私は満足です。

 あわよくば、そのまま特撮沼にズブズブに浸からせたいですが」

「……言ってること、滅茶苦茶だよ。

 院城いんじょうさん」


 

「おんやぁ?

 随分ずいぶん、悪いお口ですねぇ。

『言ってること、滅茶苦茶、簡単!! 朝飯前だぜ!!』

 の、間違いでしょう?」

「つ、追加されてる……」

 タジタジになり、久しぶりに心から笑いながら、出夢いずむは顔を上げた。



「でも、まぁ……うん。

 そうかもね。

 みんなが、てくれるなら。

 みんなと、られるなら」

「その意気です。

 出夢いずむも、ヒーローという物が分かって来ましたね」

「……どうだろ。

 でも……もっと、分かりたくなった」



 言いながら、音飛炉ねひろが差し出した手を、出夢いずむはガッチリと掴んだ。

 二度と放すまいと、固く誓いながら。



「……やるよ。

 もっとすごい脚本、仕上げてみせる。

 それに、編集さんに打診してみるよ。

『自分が本当ほんとうにやりたいのは、これなんです。

 なので、せめて別名義で書かせてもらえませんか?

 いつか、きっと、かならず、ちゃんと書き上げてみせますから』

 ってね」

「わーお。欲張りですねぇ、出夢いずむは」

「当たり前だよ。

 じゃなきゃ、生きてなんて行けない。

 生きたいって気持ちだって、れっきとした欲なんだから」



 立ち上がった出夢いずむは、音飛炉ねひろつないだ手を、ギュッと、さらに強く握り締めた。



「これから君と向かうのは、その実、天国なんかじゃない。

 どれだけリテイク、リライトを重ねても満足させてくれない。

 それでいていつかは忘れられるから、何度も似たことを繰り返し届けさせられる。

 そんな、生き地獄だ。

 そして、そこへ君を導くは、さしずめ君と同じ。

 天使の顔した、悪意のい悪魔だ。

 それでも君は……何度だって、悪魔と相棒してくれるかい?」

 


いやに不愉快な称号ですね。

 反論の余地もい所が、特に不愉快です。

 でも……面白いです」



 得意気に胸を張り、隠し持って来た台本を出し。

 二人はうなずき合い、掲げ、思いとてのひらを重ねる。



「付き合いますよ、相棒。

 最後の最後まで。

 地獄を貪り味わい尽くし、世界が真に平和になる、その日まで」

「……お手柔らかに」

「それは、土台無理な相談ですねぇ」

「うん。

 やっぱ君、悪意の無い悪魔だよ。

 自信持って」



 互いに顔を見合わせ、声を上げて笑う二人。

 窓の外から差し込む月光が、二人の手にした脚本を、そっと優しく、けれど眩しく照らしていた。



『脚本、私のヒーロー/灯路ひろ 出夢いずむ

 そう手書きで記してある、こっそり音飛炉ねひろが追加したクレジットを。













 









「あらあら。

 真夜中だってのに青春してるわねぇ、若人」



 そんなシーンを台無しにする、誰かを想起させる、何だか間延びした声が、ドアの向こうから入って来た。

 視線を運んだ先にたのは、音飛炉ねひろに瓜二つの、妙に見覚えのる、大人びた女性だった。



「……!?

 な、なんで!?

 明日のはずでしょ!?

 もう来たの!?」

「サプラーイズ。

 可愛いでしょ?」

「……お願いだから、めて。

 仮にも既婚者なんだから」



「え?

 え、え?」

 わけが分からず、二人へ視線を行ったり来たりさせる音飛炉ねひろ

 仕方しかたく、音飛炉ねひろ出夢いずむに状況報告を求めた。



「あ、あの、出夢いずむ

 この方は……?」

「へ?

 何言ってるの?

 エミュったんだから、もう知ってるでしょ?

 勇城ゆうき 火彩ひいろ

 俺の幼馴染で、許嫁。

 今はツキにぃの婚約者で、世界を転々とする音楽家で、『トッケン』のOGだよ」

「へ、へー。

 出月いつくさんの奥さんの、勇城ゆうき 火彩ひいろさん……」



 あの人、結婚してたんだ……あの体たらくで……。

 あーでも、さっきの姿は、ちょっと格好かっこ良かったしなぁ。

 そんな、失礼なことを考えたあと



「……はい?」

 音飛炉ねひろは、気付きづいた。

 なにかを大きく、致命的に、明らかに履き違えていることに。



出夢いずむ?」

「どうかした?」

 かと思えば続けざまに、今度は出夢いずむに似た、明らかに両親っぽい夫婦が現れた。



 故人だと信じ込んでいた3人の、まさかの登場。

 こうなれば、音飛炉ねひろの取るアクションは、1つに絞られる。



「おぉぉぉぉぉばぁぁぁぁぁけぇぇぇぇぇっ!?」



 けたたましい叫び声を部屋に木霊させ、音飛炉ねひろは気絶。

 荒んだ状況下で、顎に手を当て暫し考えたあと火彩ひいろは答えを導いた。



「なるほど。

 この世の物とは思えないほどに、私が絶世の美女ってことね。

 いセンスしてるわね、この子」

「……この場に限っては、違うと思う。

 その事実は、否定しないけど」

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