2 Fake ー虚空、虚構、虚言ー

「いやさぁ。

 変人、変人だとは常々、思っていたわよ、うん。

 でもさぁ……流石さすがに、ここまで規格外だとは思わなんだわ」

ひどい……」



 翌日。

 授業を終え、風邪で休んでいた音飛炉ねひろを見舞いに来たはず治葉ちよは、出会い頭に、そんなキツめの無遠慮な台詞セリフをお見舞いしてくれた。

 おかげで、本人曰く「鋼のメンタルの持ち主」である、さしもの音飛炉ねひろと言えど、ボッコボコである。

 ただでさえ昨日、出夢いずむによって凹まされたので、尚更だ。



「一番酷いのは、こんなことになってるのになんの連絡もくれなかった、あんたの対応の悪さ。

 ついでに、なんか知ってそうなのに、くだを巻きつつけむに巻いてた、出夢いずむのね。

 で?」



 真由羽まゆはの手で、林檎やお粥を音飛炉ねひろに食べさせつつ、治葉ちよは続ける。



「病床に臥せている上に、汗だくで寝起きな所、悪いけど。

 掻い摘んで、現状報告を願おうかしら」





「なるほど。大体分かったわ。

 真由羽まゆは

 ママちょっと、緊クエ攻略して来るから、この子の面倒、お願いね」



 物凄く黒い笑みを浮かべ音飛炉ねひろの自室を後にしようとした治葉ちよを、空かさず真由羽まゆはが止める。



「平気よ。

 なんも心配要らないわ。

 ぐ終わらせるから。

 ただ、男心を擽られがちな残念系ヒーロー脳とはいえ。

 雨の中、傘も差させないまま女子を放置し、それだけに飽き足らず、本心を明かさない代わりに意味不明な難題叩き付けた末に置き去りプレイなんぞ噛まし、極めつけに何食わぬ顔でシレッと自分だけ登校している上に大事な事を何一つ語ろうとしないまま保健室で眠り続けてた、男の風上にも置けない不届き者に、人誅お見舞いするだけだから」



 いつもの長ったらしい、それでいてなにやら肝心の部分が思い切り違っているような。

 そんな、2つの意味で平気ではなさそうな発言をする治葉ちよを、どうにかこうにか宥める真由羽まゆは

 ややあって、どうにか本調子に戻った治葉ちよは、単刀直入に話を進める。



ようは、あたし達だけで、あいつの化けの皮剥がせってことでしょ。

 上等じゃない。やってやるっての。

 い加減、あんたにばっか尻尾振ってエンジョイしまくってるあいつが、面白くなかったし」



 最初っから露骨に不機嫌だったような……という本音は伏せておいた、音飛炉ねひろ真由羽まゆは

 ついでに言うと、そこで恋愛っぽい空気を出さない上に、無自覚っぽくナチュラルに負ける気がしないポーズを取っている辺り、治葉ちよも充分、男子力が高いのでは……とも言わないでおいた。

 ただでさえすさんだ状況下で、余計な揉め事は慎むべきだと判断したためだ。



「でも、まぁ……今日の所は、あんたは療養に専念なさい。

 あたし真由羽まゆはが看てるし、きちんと出夢いずむ攻略の糸口も探しとくから。

 その代わり、明日からはバリバリき使い倒してあげるから、今はゆっくり休みなさい」

 ママ味を押し出しつつ、音飛炉ねひろの頭を撫でる治葉ちよ

 隣で真由羽まゆはも、キブンガーのやる気スイッチをオンにしている。



 音飛炉ねひろは、涙が出そうなほどに、うれしくなった。



 と同時に、悔しく、歯痒く思った。

 この輪の中に自分もことに。

 こんな簡単なことに、どうして出夢いずむ気付きづいてくれないのだろうかと。



 でも、と音飛炉ねひろは自分に言い聞かせる。

 一刻も早く出夢いずむを助けたいならなおこと、今は回復にだけ努めるべきだと。



 急がば回れ。

 万全の調子になってから、今日の分の遅れを取り戻そう。



 そう決心した音飛炉ねひろは、仲間に見守られながら、静かに夢の世界へと旅立ったのだった。





「で、おめおめと、俺に聞きに来たわけね。

 はーあ……俺としてぁ、もっと違う意味、形で、女の子達に来てしかった所なんだがなぁ」



 翌日。

 部室にて、例によって適当っぽい言動をしつつ、落胆した演技をする出月いつく

 全快した音飛炉ねひろの横で、痺れを切らした治葉ちよが足を出そうとするよりも早く、出月いつくは真顔になった。



「まぁ、なんだ。

 こんなでも、この件に関しちゃ、負い目を感じててな。

 確かに俺ぁ、あいつのためとはいえ、院城いんじょうを操ってた。

 すまん。それについては、猛省してる」



「え!?

 あ……は、はい……。

 こちらこそ……」



 まさか、こうも殊勝に来られるとは思ってもおらず、頭を下げられパニクった音飛炉ねひろは、ややズレた返答をする。

 そして、顔を上げた出月いつくは、3人の部員の顔を見つつ、確認する。



「『、事情を聞くな』。

 出夢いずむは、そう言ったんだな?」

「は、はい。間違いく」

「なるほど。

 で、その中に、『スクール・カウンセラー』であって厳密には教師ではない俺は、含まれていない。

 なおかつ、事情通でもある。

 そう判断したから、あんたは俺の元に来たってわけだ」

「はい。

 何だかんだで甘い出夢いずむなら、咄嗟に機転を利かせ、最後の頼みの綱も用意してくれるはずだと」

「ビンゴ。その通り。

 まるでどっかのゲン◯みたいだが、その認識で正しい。

 であれば、だ。

 この段階で、俺があんたに話すべきなのは、一つだ」



 椅子いすに座り、おごそかな雰囲気で語る出月いつく

 そうして彼は、覚悟を決め直した3人に、真実を明かす。



「教えるとしよう。

 あいつの、過去についてだ」





「ご両親、そして彼女である勇城ゆうき 火彩ひいろさんとの誓いをたがえてしまった。

 それが、これまでで私達が導き出した、あなたの断筆理由です」



 今日も今日とて保健室の主であり続け、それでいて授業終わりにこっそり帰宅していた出夢いずむの自室で、そう音飛炉ねひろは突き付けた。

 いつもの調子に戻っていた出夢いずむは、相変わらず内側を気取けどられない顔をしつつ、開口する。



「よく1日で、そこまで調べたね。

 称賛に値するよ」



 1日。

 そう、出夢いずむは言った。



 分かっているのだ。

 ともすれば自分の所為せいで、音飛炉ねひろが風邪を引いていたのだと。

 その上で、微塵も気持ちの入っていない拍手を送り、茶化しているのだと。



 ここ数日で見せて来た、出夢いずむの露悪的な面に引き攣った笑みを見せる音飛炉ねひろ

 それでも、彼女は気丈に振る舞う。



「私達の見解は、こうです。

 あなたは、ご両親、そして幼馴染で恋人だった勇城ゆうきさんと、確約していたのです。

『自分はかならず、『Faiveファイブ』でファンタジー大賞を取る』と。

 けれど、『Faiveファイブ』は残念ながら落選、選考外となってしまった。

 期待に応えられず誓いを守れなかったあなたは、すっかり意気消沈し、モチベを失い、創作意欲を出せずにいた。

 以上が、2で見出した結論 。

 私達の、活路です」

 


 わざと強調し、挑発的かつ強気にげる音飛炉ねひろ

 対する出夢いずむは、声を押し殺し、かと思えば大声で、不気味なほどに生き生きと笑い出し、机をバンバンと叩き、いきなり静かになった。



なにそれ。

 ただツキにぃに聞いたのを、そのままコピペして読み上げてるだけじゃん。

 それを、『私達が見出した結論、活路』だなんて。

 盗人猛々しいというか、厚顔無恥というか」



 それまで椅子いすに座っていた出夢いずむは、立ち上がって音飛炉ねひろに近寄る。



院城いんじょうさんさぁ。

 ストーリーを考えたこと、一度たりとも無いでしょ?

 生憎あいにく、作家ってのは、その程度でメンブレするほど、柔な人種じゃないよ。

 みんなすべからあきらめが悪いんだ。

 おまけに、なんでたったそれだけで、先生達たちが、ああも無干渉になるわけ?」

「そ、それは……。

 今度こそ出夢いずむに、大賞を取ってしいから……」

「別にベストセラー作家でもない、なんの功績も残してない、七光りですらないアマチュア以下のワナビに、そこまでしないでしょ?

 そもそも先生達は、その事実からして知らない。

 浅いんだよ、君は、君達は。

 もっと想像力を働かせ、探究心と疑問を持ち、キャラに感情移入し寄り添わないと。

 そんなんじゃ、残り5日でゴールだなんて到底、不可能だよ」



 音飛炉ねひろに背中を向けつつ、本心を悟らせないまま、流暢にげる出夢いずむ

 少しして彼は、自分が有利過ぎると判断したのか、ややバツが悪そうな顔色を見せた。



「まぁでも。

 その微量かつ脆弱な材料で決戦を挑んで来た蛮勇に敬意を表し、ちょっと種明かしするよ。

Vamfireバンファイア』って、知ってる?」



 さながらガン決まりの時の自分みたいな、上から目線な物言いにムカッとする音飛炉ねひろ

 彼女は、やや臍を曲げ、顔を逸らしつつ、答える。



「知ってます。

 あなたが投稿したのと同時期に、大賞を取ったファンタジー小説です。

 今を生きる女子のバイブルです。

 同世代なら、私でなくとも知ってるくらいには神作です」



 血の代わりに魂の炎『ゼレイズ』を食らう種族、『バンファイア』の生き残りであり。

 ゼレイズを実の両親に根こそぎ奪われたがゆえに恋人が抜け殻になってしまったのをけに、バンファイアの世界を去った主人公。

 恋人を蘇らせるべくゼレイズを蓄えつつ、無味乾燥な毎日を何年も過ごしていた彼は、やがて高校卒業と同時にロック・バンドの道を歩み始めたヒロインと出会う。

 いつしか、惹かれ合う二人

 。だが、そんな二人の前には、強大かつ巨大な悲しい壁が、いくつも立ちはだかるのだった。

 という粗筋の、すでに実写もドラマもアニメも奇跡的な大ヒットを記録した、なにから何まで恵まれた作品である。



「で?

 それがなんだって言うんですか?」

「それ、君の目の前にる男子が、滑り止めで書いた物。

 この辺りでは、ツキにぃにしか明かしてないけどね」

「……」



 とんでもないことを 、それとは不釣り合いな平坦さで、暴露される音飛炉ねひろ

 あまりの急展開に、脳が情報を処理し切れない中、出夢いずむは続ける。



「君達は本当に、考え無しだよ。

 感情のままに踏み込む前に、相手の事を読み込むべきだよ。

 そもそも、ファンタジーってジャンル、縛りだけで、ここまで似通った作品が同時期にブッキングするなんて本来、起こり得ないでしょ。

 バンパイア大賞やってるんじゃないんだよ?

 盗作か、ペンネームを変えた上で投稿したに決まってるよ。

 で、今回は後者。

 神作、神作と耳タコなほどに謳われ、紅白以降も未だに毎日のごとく主題歌が流れ、挨拶みたいに毎日、話題に出て、持て囃され、評論家気取りのエアプ勢にネガキャンされ。

 ちょっと似てるだけで既存の、まったく無関係な別作品にイチャモン付けるパクリ厨や、実際に起こってもいないネタを事実に装って誇張してつぶやいて人気にあやかろうとする大ホラ吹き達。

 そんな手合いが、タイトルとかけて『バンデット』と呼称されるようになった作品。

 その実態は、流行りに全振りし、媚びに媚びた、あと数年も経てばみんなの記憶からすっぽりと抜け落ちる、駄作中の駄作なのでした。

 めでたし、めでたしーっと」

 コミカルに重い話を語る出夢いずむ

 一通り話し終えた出夢いずむは、空虚な目で、音飛炉ねひろを見た。



「クリエイターってのは、その実、単なる虚言者だ。

 いくら時代が進んでも、文明が進歩しても、根本的には一向に改善されない、悪化の一途を辿るだけの現実世界で。

 まったもってリアルじゃないフェイクで、ほんの片時だけ、思考を放棄させ、泡沫の夢で心をいたずらに満たす。

 余程よほどのポテンシャルが無いと、新たなルール、スタンダード、カテゴリーになんてなれっこない。

 忘れちゃいけない、忘れたくない大切なことを何度も忘れる人間に対し。

 月並みな設定と、手垢塗れのストーリー、食傷のキャラ付けをもって延々と再確認させる。

 ただそれだけの役割を担った、哀れなピエロだ。

 分かる? 院城いんじょうさん。

 この世界で今、『本心』という概念から最も遠ざけられているのは、役者でもアイドルでもない。

 大して好きでもない、思い入れも無い、ウケのみを無心で最優先しただけの空っぽな内容で、干からびた世界に飢えたミーハー共を酔いしれさせ、断トツの自信作が評価されないことで深く傷付く心に蓋をする。

 それが、今を生かされているクリエイターの実態だよ」



 話せば分かる。

 一度、話せば、自分の言葉に、心に、耳を傾けてくれる。

 そう、音飛炉ねひろは信じていた。



 しかし、はっきりさせられてしまった。

 自分が疑わずにいた出夢いずむは、単なる見せかけにぎなかったのだと。



 それでも、音飛炉ねひろは引き下がらない。

 彼を救いたい気持ちに、偽りは無いから。



「だったら……また、挑戦すればいじゃないですか!

 あなたの一番いちばん好きな作品が、大多数に正しく評価されるまで、何度でも書き直せば!

 あなたのご両親も、勇城ゆうきさんも、それまで待ってくれ



 音飛炉ねひろの言葉が、心が、止まった。

 虚無に覆われた出夢いずむの両目に、怒りの炎が燃え盛るのが見えたから。



院城いんじょうさん……本当ホント、無神経だよね。

 ありがた迷惑に、偉そうに、突貫工事で、綺麗なだけの、なんの力も持たないハリボテみたいな綺麗事を吹き込んで、その気になるようそそのかす。

 相手のことを、きちんと押し図ろうとも、主体的、直接的に見ようともしないで、個人に向けてではなく、大衆にしか話さない。

 自分が発した、たった一度の何気ない一言が、どれだけ他者の心を狂わせるのかなんて、これっぽっち想定していない。

 君は……まるで分かってなさぎるよ」



 狂気に満ちた気迫に襲われ、何も出来できずにいる音飛炉ねひろ

 立ってる力すら失せたのか、出夢いずむ椅子いすに座り、頭を抱えつつ。

 体中の体液を吐き出すかのように、内蔵すべてを打ち撒けるかのように、今にも崩れそうになりながら、大粒の涙に任せて明かす。



「ーーないんだよ。

 もう、隣に。

 父さんも、母さんも……。

 ヒロでさえ……」



 真っ白になる音飛炉ねひろ

 脳内なのか視界なのかさえ判別出来できない場所で過ぎったのは、この家で数日前に彼と交わした言葉。



『今日はご両親は不在でしたか?』

うちしばらないんだ』



 ……出夢いずむの言う通りだ。

 自分は何故なぜ、前向きにしか物事を捉えられないのだろう。

 何故なぜ、『しばらく』というワードの及ぶ範囲が、「未来」だけであると決め付けていたのか。

 ひょっとしたら「過去」を指し示している可能性だって、きちんと留意すべきだったのに。



「ーー旅立ったんだ。みんな

 目の前で。

 愛すべき人も、愛してくれる相手も。

 もう、そばになんて、ない。

 もう……何もかも、手遅れ。

 全部……無駄でしかないんだよ」

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