Ⅲ 灯路 出夢
1 Fate ー運命、罪咎、試練ー
これは、運命なのかもしれない。
そう、
才能、実績、人生経験。
何一つとして
そんな自分に対する
「
こんなの、
行かないでよ、ヒロ……。
俺を……
似合ってる。
そう言ってくれた彼女の前でだけ、彼女と二人きりの時だけは、使い続けよう。
そう決めていた、『俺』という一人称。
それすらも捨て、本来の弱々しい、『
彼女……
「……ヒロ。お願い。
負けないで。
抗って。
立ち向かって。
待ってる。ずっと、待ってるから」
そう、最後に言い残し。自分の初恋、最愛の相手であり、幼馴染の恋人……
大切な人も、夢も、生き甲斐も、自分も、全て。
※
「
それとも、『俺派』?」
自宅に遊びに来た
その理由は、彼女が唐突に、こんな
「いやー。
だって
『こっち』とか『自分』とか、それで済ますじゃないですかー。
それだと、困らないかなって。
そう、
「存外、どうにかなるよ。
元々、口数も少ないし。
それに、困らされてないから、こうして今も、
「なるほど。それは、確かに」
手をハンマーに見立て、ポンと叩く
得心した
かと思えば、次に
「
どっちが、合ってると思う?」
「む?」
流されてばかり、任せてばかりの
これは気合を入れて臨むべし。
そう思った
「
でも……私は、『俺』だと思います」
「その心……根拠は?」
少し興味を持った
「ずばり……ギャップ萌えです!!」
ガッツ・ポーズを取りながらのキリッとしたドヤ顔に対し、
対する
「ほらぁ。
何ていうか、こう、普段はリードされる、守られてる側が
特に
まぁ要するに、お恥ずかしながら、単なる私の趣味、願望でしかない
「ふーん……」
満足か、不満か。
それすらも押し測れないまま、
そして程なくして、フニャッと
「やっぱり、
「あ、あはは……。
えと……ありがとうございます」
今日も今日とて本音が見えない
会話も持て余した
「そ、そういえば、今日はご両親は不在でしたか?
私、手土産を持って来たんですが」
「あー……うん。
ありがと。ちゃんと頂くよ」
「は、はいっ」
きっと、傍目からは、そんな
けど、
※
「劇をやりましょう!!
文化祭で!!」
翌朝。
トッケンの部室で
「あんたねぇ……文化祭は、まだ半年後じゃない。
それに、肝心の内容はどうするのよ。
過去の劇のリメイク? それとも、オリジナル?
あんた、脚本は書けるの?」
「う、うぐっ……いきなり、痛い所を……」
「見切り発車かーい」
新たに任命されたリーダーのノープラン
「大体、そういうのは全員、揃った場で言いなさいよ。
「ご心配
数時間後の私が!」
「やっぱ見切り発車かーい」
再び、
余談だが、踵落としと
それはさておき。
上述の通り現在、
剣道部として、東京に遠征中なのである。
「それに、必要な物はまだまだ
役者、衣装、監督、スーツ、音楽……そこら辺、どう考えてるのかしら?」
「あ、役者ならお任せを!
これでも演技とアクションには、心得と自信が
「それって、スーアク兼任?」
「あー……重さによりますかね!」
「……正直に言いなさいよ。
『未経験だから、分からない』って」
そんな中、『スーツ』『衣装』とキブンガーを煌めかせ、
どうやら、志願してくれたらしい。
キブンガーの微調整なども可能な
それに、彼女の父の助力を買えるだろうし。
「
「ちょっと!
「
「あー、もう!
新『トッケン』が発足してから、急速に仲良くなる女性陣。
そんな中、少し離れた位置に
「監督なら、俺が務めようかい?
これでも部員時代ぁ 、カメラ担当だったんでなぁ」
「
「ああ。
だから、
俺にも、熱いハぐぇっ!!」
どさくさに紛れて
「ツキ
安心して
この人、こんなでも一応、監督としては優秀だから」
「『こんなでも』たぁ、
「決まりですね!
じゃあ私、シナリオ担当に会って来ます!」
言うが早いか、部室を去ろうとした
「あんた……もう少し、長考なり説明なりしてから行動してくれるかしら?」
ぐえっと言った
彼女は、目をキラキラさせつつ、自信満々に言った。
「考えてますよ。
だからこそ、会いに行くんです。
ーー『
『
その名前が出るや
そして、その瞳が、明らかに色褪せ、濁り始めた。
しかし、彼は女性陣と離れた位置に
「『
「人間とバンパイアのハーフが、人間世界に来たばかりで、不慣れな感情に戸惑いながらも、恋に落ちたヒロインを守るべく、悪のバンパイア軍団に敢然と、クールに立ち向かう、ロマンス小説ですよ!
っても、ネットにしか上がってないし、1話が公開されてから1年近く更新されてないし、まだそんなに伸びてもないし、造語らしいタイトルの意味も不明なんですけどね。
私は、それの大ファンだったんですが、スマホで日課の『
『我が校に、作者であるユウキ先生が通ってる』って!!
だからこそ、この企画を進めたいんです!
『
「ほぉ」
胸の前で手を組み、明らかに恋する乙女モードに突入する
一方、
対する
「普段の俺のだらしなさっ
だがなぁ、
断っておくが、こればっかりは真実だぞ?
なぁ? 『ユウキ先生』」
真顔、真剣な声色で話しつつ、とある方向へと目を向ける
「……え」
驚きつつ、溢れ出す好奇心に逆らえず、続く
そして、
「……」
その先に
「
……小説家だったの?」
思わぬ正体に、目を白黒させる
同じく
憧れていたからか、
「……
ごめん。急用、思い出した」
ここに来て初めて、長い悪夢から覚めたかの
しかし、彼は荷物を片付け、さっさと部室を後にしようとする。
そうして、まるで何かから逃げるかの
「
ドアノブを
その姿は、顧問でもスクールカウンセラーでも叔父でもなく、反抗期の息子を叱る、窘める保護者の
「お前……いつまで、そうしてる
そんな
誰も……誰も、帰って来やしねぇ
「そうさせたのはっ!!」
部室どころか、学校中に届くのではないか。
そう錯覚する
ーーあの
一体、誰が想像し得ようか。
「今、そう仕向けたのは、
「少なくとも……お前には必要だった。
今のお前には、特にな。
だから、教えた。ただ、それだけだ。
お前にとやかく言われる筋合いは
凄みを利かせて睨む
涙を流しながら喚いた彼は、言い返したい、
「もう、その話はしないで……!!
それだけ
まさか、こんな流れで、ペースで、
泣き叫んでいた彼に、彼の心に、救いの手を差し伸べられなかったのだった。
既に梅雨入りしており連日、雨が止まなかった頃。
トッケンも、風雲急を告げていた。
※
優等生ではない
宿題や課題は熟すものの、授業中は常に寝てばかり。
体育や理科など、移動教室かつ何らかの動きを求められる
それでいて不思議なのは、そんな素行不良でありながら、教師陣は誰一人、一度として彼を注意しようとしなかった点だ。
おまけに、その真意を問いても、『プライバシーだから』の一点張りで一様に、
その
それが、学園の七不思議の1つであり、好奇心や嫉妬より恐怖が勝った
「……」
放課後、そんな渦中の
果ては部活までサボった
ゼンマイを巻かれたみたいに動き出し、持っていた折りたたみ傘も差さずに、彼女の前を素通りし単身、雨の中に飛び出した。
一方の
「
脚本の件なら、断ったよね?」
あんな態度ではあるものの、
スマホを弄っている時でさえ、ちょくちょく相手を確認していたのだ。
そんな
そのトーンは、明らかに拒絶の色を示していた。
「理由。
まだ、聞いてませんから」
単刀直入に切り返す
信号待ちの間ですら距離を置いたまま、雨に打たれながら、二人は話す。
「そんなの、聞くまでも
自分で言ってたでしょ?
『伸び悩んでるし、途中で更新しなくなった』。
それが
いつもとは違う、背中越しでも分かる、自嘲めいた笑い方。
それが、無性に
「お言葉ですが。
『
これは、一般的な小説2冊分に該当します。
それだけ有すれば、劇1回分
「そうだね。
それだけの長さで、伏線ばっか思わせ
無駄に長くて過剰な音声で嵩増ししてるから、中身はペラッペラ。
おまけに、ダーク・ファンタジーの世界観に、あの騒がしい音声はミスマッチだって分かり切ってるのに。
自分の趣味や気持ち、客引きを意識した結果、無理を押し通して、ああなった。
戦闘シーンおざなりだし、そもそも生身、武器だけで戦ってばっかで、実際に変身したのはラストだけ。
おまけに、無駄に設定凝り過ぎた結果、やたら解説が難しい上に長いし説明的過ぎて不自然だし、造語が多過ぎて持て余してる。
キャラも微妙かつ不安定で、見覚え、聞き覚え
それでいて不必要なまでに登場してるから、バランスも悪い。
終いには、次回を期待させる引きを作っといて、1年近く、一向に続きを書こうとしていない。
問題点だけ挙げれば、『ハンパイア』とも
青信号に変わっても、
そんな二人を、露骨に不審がったり鬱陶しがりつつ、避けて進む歩行者達。
そして
「……っ!!」
目の前に居る
そして、彼が
きっと彼も、本心は自分と同じだと信じ、願って。
「……お願い、します……。
どうか……書いて、ください……。
私は、あなたの紡いだ物語に、あなたの描いたキャラ達に心底、魅了されたんです……。
私と同じく『ハンパイア』を愛しているあなたにこそ、私の夢を、一緒に叶えて
本来なら真紅の瞳を持つバンパイアの中で唯一、緋色の目と黒い目を宿す、『
人間と契った罰として、愛し合った直後に父は王によって処刑され。
ハーフである
成長が著しく早く生後数日で大人の肉体を得たのを
そんな中、バンパイアに操られたトラックに轢かれそうになった所を咄嗟に助けた
やがて、実は
その中で両親が結ばれたのは、バンパイアとしての力と、人間としての優しく正しい心の両面を兼ね備えた『優しい悪魔=ユウマ』を産み、彼に平和な未来を託す
そして
言葉も感情も覚束ないながらも、湧き上がる、燃え上がる衝動に従い、両親の願いと、愛する
そんな、儚く切なくも美しく逞しい姿に、言葉に、世界に、自分は胸を打たれたのだと。
それだけの力を、
「……どうして……」
間も
その瞳は、虚無感と悲しみに満ちていた。
それを一瞬でバラバラ、ボロボロに打ち砕く
「いず……む……?」
思いがけない流れと、押し寄せる恐怖。
言語化が不可能な2種類の恐怖により、
やがて完全に
これまで通り、塩対応なだけなら、まだ
今の彼からは、しょっぱさすら覚えられない。
底知れない不気味さ、厭世観、絶望、悲しみ、不信感。
そんなネガティブな要素しか、彼から見出せなかった。
「……言ったよね?
『そういうのは、遠慮したい』って。
『オリジナルの作品を見せ合ったりなんて、したくない』って」
あの時、冗談めいた感じではあったが、
ただ、自分が見落としていたに
「ヒントなら、
なのに……どうして君は、てんで分かってくれないのかな。
『自分の作品どころか、自分が書いているという事実からして知られたがっていない』という真実に、どうして辿り着けないのかな?
君なら分かってくれるんじゃないかって、淡い期待してたのに、残念だけど。
……どうやら、当てが外れたみたい。
やっぱり……今の世界は、合わないみたい」
降り注ぐ雨の中、信号も渡らず、傘も差さずに立ち尽くす2人。
道行く者が
それは、言語などでは到底、表せない
そう……まるで、中途半端に人外である
唇を噛み締め、
彼の心を救いたいのであれば、どうして彼の意思に背くのだと。
彼の言う通り、如何に些細、自然な発言といえど、きちんと拾い、汲み取るべきだったのではないかと。
しかし、後悔したって、もう遅い。時間を巻き戻す
ならば、そんな自分の失態を帳消しにして
ここで
このまま、初志貫徹する以外に無い。
「それでも……それでも私は、あなたに、あなたらしくいて
あなたの見込み違いであったとしても、私は、私の思いを、信念を捻じ曲げない」
胸に手を押し当て目を閉じ、『
「だって……あの物語には、あなたの思いが、色濃く出ていました。
どんな困難に打ちのめされ、打つ手が
そんな
キャラにも、
まるで心を見透かしたいかの
まるで品定め、テストでもするかの
「あなたは、確かに自分の正体を知られたくなかった。
でも、知っては
この世界は、人間は、そんなに悪くもないと。
そして、間接的に、自分を褒めて
認めて
応援して
共感して
そういう願望、本心が少しでも無くては、あの物語は日の目を見ません。
そもそも、形にすらなってなかった
あなたは……
誰かと、
届け。
届け、届け。
そう、
声が、手が、思いが、どうか彼に伝わります
「……負けたよ。
君は、思ってたより、ずっと面倒だ」
「
ゲームをしようか」
「……ゲーム?」
「ああ。
君が幽霊部員達にしたのと同じく、君を試す
試練さ」
今度はコンクリートを見下ろしながら、
「1週間。
その間に、解き明かしてみてよ。
どうして、こうも書きたがらないのか。
事情を知っている先生を頼らないで、君達だけで、謎を紐解き、真実を導き出してごらん。
そうやって、この仮面を剥ぎ取り、壊してみせてよ。
そしたら、信頼するに足ると判断した君達に、今までの数々の非礼を侘び。
誠心誠意、全身全霊に応え、尽くすと誓うよ」
それにより、
が、
目の前に
こういう場合は決まって、
そして、流れからして、トラップが仕掛けられているのは、恐らく。
「……
そこに、望ましくない
そんな暗い想像をして、楽しくない気持ちの
露悪的でシニカルな、
「自信無いなんて、意外だなぁ。
賢明な判断だとは思うけどね」
この数ヶ月で、彼の作り笑いには、慣れていた
それなのに……今日は
「答えてください」
もっと怒りを爆発させたいのに、彼を刺激するのを恐れる
そんな彼女の葛藤すら馬鹿にする
「もう一度だけ……最後に、言うよ。
勝ってみせてよ、
救って、掬って、巣食ってみせて。
さもなくば……」
風と雨によって音が聴き取り
まるで、その一瞬だけ、世界が時を、動きを、音を失ったかの
自分達が、自分達だけが、切り抜かれたか、取り残されたかの
「『トッケン』、辞める。
君とも、
思った通り……彼の要求は、現状で思い当たる中でも、最悪な物だった。
自分の退部。
それだけで、部員の心も離れ、『トッケン』自体もバラバラに解体されるのを、熟知した上で。
失礼ながら、
だからこそ、信じていた。
それだけではない、自分にだって
彼にも
予想自体は、さほど外れていなかった。
まさか、こんな形で、こんな色で出されるとは、思ってもみなかったが。
「……」
別れの挨拶も、嫌味ったらしい、感情の籠もっていない激励の言葉も
けれど、
まやかしでもなく悪夢でもなく、リアルだったと。
たった今、自分は彼から、決闘を申し込まれたのだと。
「……負けませんよ、
ギリッと強く握り拳を作り、
ただ、ただ、
「
あなたの正体……あなたの、本心を」
降り注ぐ雨の中、固く誓う
そうして
人間、雨に数時間も打たれていれば、誰だって風邪を引くという
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