Ⅲ 灯路 出夢

1 Fate ー運命、罪咎、試練ー

 これは、運命なのかもしれない。

 そう、灯路ひろ 出夢いずむは思った。



 才能、実績、人生経験。

 何一つとしてくせに、若気の至りだけで大言壮語くろれきしを積み重ねる。

 そんな自分に対する罰咎ざいきゅうなのかもしれない、と。



だ……。

 こんなの、だ……

 行かないでよ、ヒロ……。

 俺を……ぼくを、一人にしないで……」



 似合ってる。

 そう言ってくれた彼女の前でだけ、彼女と二人きりの時だけは、使い続けよう。

 そう決めていた、『俺』という一人称。



 それすらも捨て、本来の弱々しい、『ぼく』しか合わない自分で、みっともなく縋り付く出夢いずむ

 彼女……勇城ゆうき 火彩ひいろは、こんな状態、状況でなお、勇ましく朗らかに、出夢いずむ微笑ほほえんだ。



「……ヒロ。お願い。

 負けないで。

 抗って。

 立ち向かって。

 足掻あがいて、悪掻あがいて、悪書あがまくって。

 待ってる。ずっと、待ってるから」



 そう、最後に言い残し。自分の初恋、最愛の相手であり、幼馴染の恋人……火彩ひいろは、空の彼方へと旅立った。

 


 出夢いずむは、この日から、何もかもを失った。

 大切な人も、夢も、生き甲斐も、自分も、全て。





出夢いずむは『ぼく派』ですか?

 それとも、『俺派』?」


 自宅に遊びに来た音飛炉ねひろと昼食中に、ふと記憶がぎった。

 その理由は、彼女が唐突に、こんなことを聞いてきたからかもしれない。



「いやー。

 だって出夢いずむ、一人称、全然、使わないじゃないですかー。

『こっち』とか『自分』とか、それで済ますじゃないですかー。

 それだと、困らないかなって。

 そう、治葉ちよ真由羽まゆは風凛かりん火斬かざんさんと話してたんですよ」

「存外、どうにかなるよ。

 元々、口数も少ないし。

 それに、困らされてないから、こうして今も、院城いんじょうさんは一緒にてくれてるんじゃない?」

「なるほど。それは、確かに」



 手をハンマーに見立て、ポンと叩く音飛炉ねひろ

 得心した様子ようすの彼女は、そのまま出夢いずむお手製のハンバーグを食べる。

 出夢いずむは、どこを見るでもなく、ぼんやりと窓の向こうを眺めた。

 かと思えば、次に音飛炉ねひろへと視線を注ぎ、尋ねる。



院城いんじょうさんは?

 院城いんじょうさんは、どっちだと思う?

 どっちが、合ってると思う?」



「む?」

 流されてばかり、任せてばかりの出夢いずむからの、レアな質問。



 これは気合を入れて臨むべし。

 そう思った音飛炉ねひろは、口元に付いたデミグラス・ソースを拭き取り、面と向かって返す。



絶対ぜったいぼく』だって、治葉ちよ真由羽まゆは風凛かりん火斬かざんさんは、頑として譲らなかったんです。

 でも……私は、『俺』だと思います」



 音飛炉ねひろの導き出した答えに、出夢いずむの目の色がわずかに変わった。

 本当ほんとうかすかにだが、ハイライトが増えたのだ。



「その心……根拠は?」

 少し興味を持った様子ようすで、出夢いずむさらに食い付く。

 音飛炉ねひろは、スカートの上に手を置き、正面から伝える。



「ずばり……ギャップ萌えです!!」



 ガッツ・ポーズを取りながらのキリッとしたドヤ顔に対し、出夢いずむはスン……と静かになった。

 対する音飛炉ねひろは、両頬に手を置き、クネクネと体を揺らしながら、恥ずかしそうに続ける。



「ほらぁ。

 何ていうか、こう、普段はリードされる、守られてる側がまれに垣間見せる男らしさって、異性としては中々に美味しいシチュでしてね。

 特に出夢いずむみたいな、柔らかで穏やかなタイプなら尚更、唆る物がありまして。

 乙子おとこである自分でも、満更ではない、むしろ大好物というか。

 まぁ要するに、お恥ずかしながら、単なる私の趣味、願望でしかないわけですが」



「ふーん……」



 満足か、不満か。

 それすらも押し測れないまま、出夢いずむは頬杖をつき、じっと音飛炉ねひろを見詰めた。

 そして程なくして、フニャッと微笑ほほえんだ。



「やっぱり、院城いんじょうさんは面白いね」

「あ、あはは……。

 えと……ありがとうございます」



 今日も今日とて本音が見えない出夢いずむに、少し苦笑いする音飛炉ねひろ

 会話も持て余した音飛炉ねひろは、そのままリビングをグルグルと見回した後、持って来た袋を渡した。



「そ、そういえば、今日はご両親は不在でしたか?

 私、手土産を持って来たんですが」

「あー……うん。

 うちしばらないんだ。

 ありがと。ちゃんと頂くよ」

「は、はいっ」



 なんでもない、普通のやり取り。

 きっと、傍目からは、そんなふうに映るに違いない。



 けど、何故なぜだろうか。

 音飛炉ねひろには、そう答える出夢いずむが、とても辛そうに見えてならなかった。

 




「劇をやりましょう!!

 文化祭で!!」



 翌朝。

 トッケンの部室で音飛炉ねひろは、朝に不釣り合いなほどに元気、高らかに、部員達に宣言した。



「あんたねぇ……文化祭は、まだ半年後じゃない。

 それに、肝心の内容はどうするのよ。

 過去の劇のリメイク? それとも、オリジナル?

 あんた、脚本は書けるの?」

「う、うぐっ……いきなり、痛い所を……」

「見切り発車かーい」

 新たに任命されたリーダーのノープランりに、暫定リーダーだった治葉ちよが、足でチョップを噛ます。



「大体、そういうのは全員、揃った場で言いなさいよ。

 風凛かりん火斬かざん先輩のない場で勝手に決めるのは、あの兄妹きょうだいが不憫だわ」

「ご心配く!

 風凛かりん火斬かざんさんにも、すでに承諾を得ているので!

 数時間後の私が!」

「やっぱ見切り発車かーい」



 再び、治葉ちよのチョップが炸裂。

 余談だが、踵落としとなにが違うのだろうか。



 それはさておき。

 上述の通り現在、風凛かりん火斬かざんは不在。

 剣道部として、東京に遠征中なのである。



「それに、必要な物はまだまだ沢山たくさんるわ。

 役者、衣装、監督、スーツ、音楽……そこら辺、どう考えてるのかしら?」

「あ、役者ならお任せを!

 これでも演技とアクションには、心得と自信がるので!」

「それって、スーアク兼任?」

「あー……重さによりますかね!」

「……正直に言いなさいよ。

『未経験だから、分からない』って」



 音飛炉ねひろの、頼もしいんだかそうでもないんだかく分からない態度に、治葉ちよが頭を抱える。

 そんな中、『スーツ』『衣装』とキブンガーを煌めかせ、真由羽まゆはが手を上げる。

 どうやら、志願してくれたらしい。



 キブンガーの微調整なども可能な真由羽まゆはなら、手先の器用さにおいて右に出る者はないだろう。

 それに、彼女の父の助力を買えるだろうし。



真由羽まゆはぁ!!」

「ちょっと!

 うちの愛娘に、気軽に触らないで頂戴ちょうだい!」

治葉ちよぉ!!」

「あー、もう!

 あたしに触れるのも、禁止だってばぁ!」

 新『トッケン』が発足してから、急速に仲良くなる女性陣。

 そんな中、少し離れた位置に出月いつくが、ふと提案する。



「監督なら、俺が務めようかい?

 これでも部員時代ぁ 、カメラ担当だったんでなぁ」

本当ほんとうですかっ!?」

「ああ。

 だから、院城いんじょう

 俺にも、熱いハぐぇっ!!」

 どさくさに紛れて音飛炉ねひろに触れようとした叔父の頬に、グーをお見舞いする出夢いずむ



「ツキにぃが、無償で引き受けてくれるって。

 安心していよ。

 この人、こんなでも一応、監督としては優秀だから」

「『こんなでも』たぁ、なんだぁ!?」

「決まりですね!

 じゃあ私、シナリオ担当に会って来ます!」

 言うが早いか、部室を去ろうとした音飛炉ねひろの首を、治葉ちよが掴んで止める。



「あんた……もう少し、長考なり説明なりしてから行動してくれるかしら?」

 ぐえっと言ったあと、振り返りつつ、呼吸を整える音飛炉ねひろ

 彼女は、目をキラキラさせつつ、自信満々に言った。

「考えてますよ。

 だからこそ、会いに行くんです。

 ーー『Faiveファイブ』の作者に!」



Faiveファイブ』。

 その名前が出るやいなや、ビクッと、出夢いずむが肩を揺らした。

 そして、その瞳が、明らかに色褪せ、濁り始めた。

 しかし、彼は女性陣と離れた位置にて。

 出夢いずむはの変化に気付いたのは、出月いつくだけだった。



「『Faiveファイブ』?

 なによ? それ」

「人間とバンパイアのハーフが、人間世界に来たばかりで、不慣れな感情に戸惑いながらも、恋に落ちたヒロインを守るべく、悪のバンパイア軍団に敢然と、クールに立ち向かう、ロマンス小説ですよ!

 っても、ネットにしか上がってないし、1話が公開されてから1年近く更新されてないし、まだそんなに伸びてもないし、造語らしいタイトルの意味も不明なんですけどね。

 私は、それの大ファンだったんですが、スマホで日課の『Faiveファイブ』読書をたしなんでいる所を発見した出月いつくさんが、教えてくれたんです!

『我が校に、作者であるユウキ先生が通ってる』って!!

 だからこそ、この企画を進めたいんです!

Faiveファイブ』のユウキ先生の力をお借りして、今度こそ、『ハンパイア』の完成形、理想型を、文化祭で上映したいんです!!」

「ほぉ」



 胸の前で手を組み、明らかに恋する乙女モードに突入する音飛炉ねひろ

 一方、治葉ちよはというと、物凄く怪しむ視線を出月いつくに向ける。

 対する出月いつくは、頭を掻きつつ、答える。



「普段の俺のだらしなさっりから、いぶかしみたいのはよーっく分かる。

 だがなぁ、刃舞はもう

 断っておくが、こればっかりは真実だぞ?

 なぁ? 『ユウキ先生』」



 真顔、真剣な声色で話しつつ、とある方向へと目を向ける出月いつく



「……え」

 驚きつつ、溢れ出す好奇心に逆らえず、続く音飛炉ねひろ

 そして、治葉ちよ真由羽まゆは



「……」

 その先にたのは、分かり易く仏頂面をした、ユウキ先生。

 いな……灯路ひろ 出夢いずむだった。



出夢いずむ、あんた……。

 ……小説家だったの?」



 思わぬ正体に、目を白黒させる治葉ちよ

 同じく真由羽まゆはも、キブンガーの目を見開かせ、動揺をアピールする。

 憧れていたからか、音飛炉ねひろは特に衝撃を受けているらしく、しばらく動けずにいた。



「……なんことやら。

 ごめん。急用、思い出した」



 ここに来て初めて、長い悪夢から覚めたかのごとく、人間味のる、確かな声色になる出夢いずむ

 しかし、彼は荷物を片付け、さっさと部室を後にしようとする。

 そうして、まるで何かから逃げるかのように、ドアの前に移動する。



出夢いずむぅっ!!」

 ドアノブをにぎったタイミングで、怒声を浴びせる出月いつく

 その姿は、顧問でもスクールカウンセラーでも叔父でもなく、反抗期の息子を叱る、窘める保護者のようだった。

「お前……いつまで、そうしてるもりだ?

 そんなこと続けても、なにも変わんねぇ、返って来ねぇ。

 誰も……誰も、帰って来やしねぇ

「そうさせたのはっ!!」



 部室どころか、学校中に届くのではないか。

 そう錯覚するほどの、大きな声。



 ーーあの灯路ひろ 出夢いずむから、そんな叫び声が出るなどと。

 一体、誰が想像し得ようか。



「今、そう仕向けたのは、出月いつくだろ!!

 院城いんじょうさんに、要らないこと勝手に吹き込んで、自分にばっか都合良く操って……!

 なに様のもりだよっ!!」

「少なくとも……お前には必要だった。

 今のお前には、特にな。

 だから、教えた。ただ、それだけだ。

 お前にとやかく言われる筋合いはぇ」



 凄みを利かせて睨む出月いつく

 出夢いずむにも、お門違いだと思う節はるのか。

 涙を流しながら喚いた彼は、言い返したい、すべてを晒し出したいのを我慢した様子ようすで、再び背を向ける。



「もう、その話はしないで……!!

 っといてよっ!!」

 


 それだけげ、バタンッ!!と、壊れそうな力と勢いでドアを締める出夢いずむ



 まさか、こんな流れで、ペースで、出夢いずむ本当ほんとうの姿が割れるとは思ってもみなかった。

 ゆえ音飛炉ねひろたちは、その場に立ち尽くすことしか出来できなかった。

 泣き叫んでいた彼に、彼の心に、救いの手を差し伸べられなかったのだった。



 出夢いずむたちがハナコーに通い始めて、早2ヶ月。

 既に梅雨入りしており連日、雨が止まなかった頃。

 トッケンも、風雲急を告げていた。





 優等生ではない灯路ひろ 出夢いずむの授業態度は、お世辞にも褒められた物ではない。



 宿題や課題は熟すものの、授業中は常に寝てばかり。

 体育や理科など、移動教室かつ何らかの動きを求められるさいには、いつも決まって保健室で休んでいる。



 それでいて不思議なのは、そんな素行不良でありながら、教師陣は誰一人、一度として彼を注意しようとしなかった点だ。

 むしろ黙認、なんなら同情している節さえり、問題を解かせたり、教科書を音読させたり、英文を翻訳させたりもしなかった。



 おまけに、その真意を問いても、『プライバシーだから』の一点張りで一様に、かたくなに渋られる。

 そのような背景から、彼の知らない所で、「灯路ひろ 出夢いずむは理事長かヤクザの息子説」が、まことしやかに仄めかされ、広められていた。

 それが、学園の七不思議の1つであり、好奇心や嫉妬より恐怖が勝ったため、暗黙の了解でタブー扱いとなっており、真相は謎のままだった。



「……」



 放課後、そんな渦中の灯路ひろ 出夢いずむに、音飛炉ねひろは果敢に接触を図った。

 果ては部活までサボった出夢いずむは、昇降口に立つ彼女を見て一瞬、固まり。

 ゼンマイを巻かれたみたいに動き出し、持っていた折りたたみ傘も差さずに、彼女の前を素通りし単身、雨の中に飛び出した。

 一方の音飛炉ねひろも、同じく傘を差さないまま、無言で彼のあとを付け始めた。



なんの用?

 脚本の件なら、断ったよね?」



 あんな態度ではあるものの、出夢いずむついぞ、相手の顔を見ずに話すことは無かった。

 スマホを弄っている時でさえ、ちょくちょく相手を確認していたのだ。

 そんな出夢いずむが今、振り返ろうともせず、意図的に目を逸らしたまま、音飛炉ねひろに喋る。

 そのトーンは、明らかに拒絶の色を示していた。



「理由。

 まだ、聞いてませんから」



 単刀直入に切り返す音飛炉ねひろ

 信号待ちの間ですら距離を置いたまま、雨に打たれながら、二人は話す。



「そんなの、聞くまでもい。

 自分で言ってたでしょ?

『伸び悩んでるし、途中で更新しなくなった』。

 それがすべて、理由。

 い加減なやつに、える責務じゃない」

 


 いつもとは違う、背中越しでも分かる、自嘲めいた笑い方。

 それが、無性に音飛炉ねひろの心をたぎらせた。



「お言葉ですが。

Faiveファイブ』は、1話の時点で20万字以上ありました。

 これは、一般的な小説2冊分に該当します。

 それだけ有すれば、劇1回分くらいまかなえます」

「そうだね。

 それだけの長さで、伏線ばっか思わせりに残して、本編はてんで進まない。

 無駄に長くて過剰な音声で嵩増ししてるから、中身はペラッペラ。

 おまけに、ダーク・ファンタジーの世界観に、あの騒がしい音声はミスマッチだって分かり切ってるのに。

 自分の趣味や気持ち、客引きを意識した結果、無理を押し通して、ああなった。

 戦闘シーンおざなりだし、そもそも生身、武器だけで戦ってばっかで、実際に変身したのはラストだけ。

 おまけに、無駄に設定凝り過ぎた結果、やたら解説が難しい上に長いし説明的過ぎて不自然だし、造語が多過ぎて持て余してる。

 キャラも微妙かつ不安定で、見覚え、聞き覚えまくりだしり

 それでいて不必要なまでに登場してるから、バランスも悪い。

 終いには、次回を期待させる引きを作っといて、1年近く、一向に続きを書こうとしていない。

 問題点だけ挙げれば、『ハンパイア』ともい勝負」



 青信号に変わっても、まったく渡ろうとしない出夢いずむと、彼に合わせ自ずと立ち尽くす音飛炉ねひろ

 そんな二人を、露骨に不審がったり鬱陶しがりつつ、避けて進む歩行者達。



 音飛炉ねひろは、そんなエキストラみたいな人物達のみならず、世界に拒まれているような気がしてならなかった。

 そしてなにより、出夢いずむにも敵意を剥き出しにされていると感じて仕方が無かった。



「……っ!!」

 目の前に居るはずの彼との距離感、今にも消えてしまいそうな彼から放たれる虚無感。

 たまらず音飛炉ねひろは、彼の背中に飛び付いた。

 そして、彼がいやがる、余計に苦しむと分かった上で、それでも頼んだ。

 きっと彼も、本心は自分と同じだと信じ、願って。



「……お願い、します……。

 どうか……書いて、ください……。

 私は、あなたの紡いだ物語に、あなたの描いたキャラ達に心底、魅了されたんです……。

 私と同じく『ハンパイア』を愛しているあなたにこそ、私の夢を、一緒に叶えてしいんです……」



 本来なら真紅の瞳を持つバンパイアの中で唯一、緋色の目と黒い目を宿す、『Faiveファイブ』の主人公、ユウマ。

 人間と契った罰として、愛し合った直後に父は王によって処刑され。

 すべてを理解し合意の上だったとはいえ、バンパイアと交わったばかりに体を蝕まれ、妊娠して一週間も経たずに、出産と同時に母も喪い、産まれながらにしてユウマは天涯孤独となる。

 ハーフである所為せいで同族にも虐げられバンパイアの世界に居場所を無くし。

 成長が著しく早く生後数日で大人の肉体を得たのをけに人間世界で暮らし始めるも、種族や常識、力や年齢の違いにより、溶け込めないでいる。

 そんな中、バンパイアに操られたトラックに轢かれそうになった所を咄嗟に助けたことでユウマはヒロイン、美夜みよと運命的な出会いを果たす。

 やがて、実は美夜みよが母の妹であり、ほんの一滴でも含めばバンパイアに、日光にも負けず血に飢えない頑丈な肉体、強大な力と異能を与え、一人の人間からすべて飲み干せば永遠の命すら得られると言われた伝説の血、『潤血じゅんけつ』の持ち主であり、現世に残された最後の一人だと知る。

 潤血じゅんけつを守るべく始まった、バンパイア達を退けるための、過去の戦い。

 その中で両親が結ばれたのは、バンパイアとしての力と、人間としての優しく正しい心の両面を兼ね備えた『優しい悪魔=ユウマ』を産み、彼に平和な未来を託すため

 そしてなによりも、二人が真に互いを求め合い、心から愛し合ったからこそ今、自分が存在しているのだと、ユウマは知る。

 言葉も感情も覚束ないながらも、湧き上がる、燃え上がる衝動に従い、両親の願いと、愛する美夜みよ、そしてすべての人間を守ろうとするユウマ。



 そんな、儚く切なくも美しく逞しい姿に、言葉に、世界に、自分は胸を打たれたのだと。

 それだけの力を、出夢いずむは間違い無く持っているのだと。

 音飛炉ねひろは必死に、しきりに、切に、出夢いずむに伝えようとする。



「……どうして……」

 間も出夢いずむは、しばらく貫いていた暗黙を破り、口を開き、横目で音飛炉ねひろを見る。

 その瞳は、虚無感と悲しみに満ちていた。



 音飛炉ねひろが抱いた、「ひょっとして引き受けてくれるのでは……」という期待。

 それを一瞬でバラバラ、ボロボロに打ち砕くほどに。



「いず……む……?」



 思いがけない流れと、押し寄せる恐怖。

 言語化が不可能な2種類の恐怖により、出夢いずむから離れることを余儀なくされる音飛炉ねひろ



 やがて完全に音飛炉ねひろの方へと振り向いた出夢いずむは、疲れ切った、枯れ果てた視線で、ぼんやりと彼女を見詰めた。



 これまで通り、塩対応なだけなら、まだ増しマシだった。

 今の彼からは、しょっぱさすら覚えられない。

 底知れない不気味さ、厭世観、絶望、悲しみ、不信感。

 そんなネガティブな要素しか、彼から見出せなかった。



「……言ったよね?

『そういうのは、遠慮したい』って。

『オリジナルの作品を見せ合ったりなんて、したくない』って」



 出夢いずむが語っているのは、自分が『トッケン』に正式加入した日のこと

 あの時、冗談めいた感じではあったが、出夢いずむは確かに意思表示していたのだ。

 ただ、自分が見落としていたにぎなかったのだ。



「ヒントなら、すでに出していた。

 なのに……どうして君は、てんで分かってくれないのかな。

『自分の作品どころか、自分が書いているという事実からして知られたがっていない』という真実に、どうして辿り着けないのかな?

 君なら分かってくれるんじゃないかって、淡い期待してたのに、残念だけど。

 ……どうやら、当てが外れたみたい。

 やっぱり……今の世界は、合わないみたい」



 降り注ぐ雨の中、信号も渡らず、傘も差さずに立ち尽くす2人。

 道行く者がまばらになった夜の暗闇の中、車のライトで一瞬、照らされた彼の表情。

 それは、言語などでは到底、表せないほどの、深く重く黒く果てしない悲しみ、絶望、儚さに満ちていた。

 そう……まるで、中途半端に人外であることに苦しむ、ユウマのように。



 唇を噛み締め、音飛炉ねひろは自分を折檻した。

 彼の心を救いたいのであれば、どうして彼の意思に背くのだと。

 彼の言う通り、如何に些細、自然な発言といえど、きちんと拾い、汲み取るべきだったのではないかと。



 しかし、後悔したって、もう遅い。時間を巻き戻すことも、過去を書き換えることも、かなわない以上、手立てはい。

 ならば、そんな自分の失態を帳消しにしてもらうべく、今度こそ彼をきちんと助けることでしか、自分は彼に報いられない。



 ゆえに、自分は方針を変えられない。

 ここで下手ヘタいじっても、かえって彼の恨みを買うだけだ。

 このまま、初志貫徹する以外に無い。



「それでも……それでも私は、あなたに、あなたらしくいてしい。

 あなたの見込み違いであったとしても、私は、私の思いを、信念を捻じ曲げない」



 胸に手を押し当て目を閉じ、『Faiveファイブ』の世界に思いを馳せ、音飛炉ねひろは続ける。



「だって……あの物語には、あなたの思いが、色濃く出ていました。

 どんな困難に打ちのめされ、打つ手がく挫折しかけ、呪われた自分の境遇を恨もうとも、決してあきらめないでしい。

 そんな作者あなたの願いが全面、細部の一つ一つまで、込められていました。

 キャラにも、台詞セリフにも、舞台にも」



 出夢いずむは、何も答えない。

 まるで心を見透かしたいかのごとく、無言で音飛炉ねひろを眺めている。

 まるで品定め、テストでもするかのように。



「あなたは、確かに自分の正体を知られたくなかった。

 でも、知ってはしかったのではないですか?

 この世界は、人間は、そんなに悪くもないと。

 そして、間接的に、自分を褒めてしかった。

 認めてしかった。

 応援してしかった。

 共感してしかった。

 そういう願望、本心が少しでも無くては、あの物語は日の目を見ません。

 そもそも、形にすらなってなかったはずです。

 あなたは……本当ほんとうのあなたは。

 誰かと、つながりたかったんじゃないですか?」



 届け。

 届け、届け。

 そう、音飛炉ねひろは思った。

 声が、手が、思いが、どうか彼に伝わりますようにと、強く願った。



「……負けたよ。

 君は、思ってたより、ずっと面倒だ」



 あきらめたとも呆れたとも受け取れる曖昧な発言をしつつ。

 出夢いずむは曇り空を見上げつつ、音飛炉ねひろげた。



院城いんじょうさん。

 ゲームをしようか」

「……ゲーム?」

「ああ。

 君が幽霊部員達にしたのと同じく、君を試すためのゲーム……君への挑戦状。

 試練さ」



 今度はコンクリートを見下ろしながら、出夢いずむは続ける。



「1週間。

 その間に、解き明かしてみてよ。

 どうして、こうも書きたがらないのか。

 事情を知っている先生を頼らないで、君達だけで、謎を紐解き、真実を導き出してごらん。

 そうやって、この仮面を剥ぎ取り、壊してみせてよ。

 そしたら、信頼するに足ると判断した君達に、今までの数々の非礼を侘び。

 誠心誠意、全身全霊に応え、尽くすと誓うよ」



 出夢いずむから出された、願ってもない提案。

 それにより、音飛炉ねひろは一瞬、天にも登るような錯覚に捕らわれた。



 が、ぐに思い出した。

 目の前にるのは、そう素直、単純ではない、捻くれた難敵であると。

 こういう場合は決まって、なんらかの布石を施しているはずだと。

 そして、流れからして、トラップが仕掛けられているのは、恐らく。



「……駄目ダメだったら……どうなるんですか?」



 駄目ダメだった時。

 すなわち、一週間以内に、真相を究明出来できなかった時。

 そこに、望ましくないなにかがはずだと、音飛炉ねひろは読んでいた。



 そんな暗い想像をして、楽しくない気持ちの音飛炉ねひろの前を、出夢いずむは横切った。

 露悪的でシニカルな、いやな笑い方をしつつ。



「自信無いなんて、意外だなぁ。

 賢明な判断だとは思うけどね」

 


 何故なぜだろう。

 この数ヶ月で、彼の作り笑いには、慣れていたはずだ。

 それなのに……今日は何故なぜ、こんなにも掻き乱されるのだろう。



「答えてください」



 もっと怒りを爆発させたいのに、彼を刺激するのを恐れるあまり、音飛炉ねひろは静かに憤る。

 そんな彼女の葛藤すら馬鹿にするふうに、出夢いずむはミステリアスに語る。



「もう一度だけ……最後に、言うよ。

 勝ってみせてよ、院城いんじょうさん。

 救って、掬って、巣食ってみせて。

 さもなくば……」



 誤魔化ごまかしながら、ピシャピシャと水溜りを踏み、音飛炉ねひろに歩み寄る出夢いずむ

 風と雨によって音が聴き取りづらい状況でも捉えられるほどに、はっきりと、彼は言った。

 まるで、その一瞬だけ、世界が時を、動きを、音を失ったかのように。

 自分達が、自分達だけが、切り抜かれたか、取り残されたかのように。



「『トッケン』、辞める。

 君とも、みんなとも……もう、口利かない」



 思った通り……彼の要求は、現状で思い当たる中でも、最悪な物だった。

 折角せっかく、気持ちを新たに再スタートを切り、今度こそ仲良く楽しく打ち込んで行こうとした部活を、自分の手で壊そうとしていた。



 自分の退部。

 それだけで、部員の心も離れ、『トッケン』自体もバラバラに解体されるのを、熟知した上で。



 い人だけど、ちょっと薄味。

 失礼ながら、音飛炉ねひろは絶えず、出夢いずむに対し、そんな印象を持っていた。



 だからこそ、信じていた。

 それだけではない、自分にだってったように。

 彼にもなにか、強烈かつ好感の持てそうな、個性がはずだと。

 


 予想自体は、さほど外れていなかった。

 まさか、こんな形で、こんな色で出されるとは、思ってもみなかったが。



「……」



 別れの挨拶も、嫌味ったらしい、感情の籠もっていない激励の言葉もしに。

 気付きづけば出夢いずむは、音飛炉ねひろの視界から姿を消していた。

 さながら、今までのは単なるまやかし、悪夢だったのではと疑いたくなるくらいに静か、ごく自然に行方を眩ませていたのだ。



 けれど、音飛炉ねひろはきちんと理解していた。

 まやかしでもなく悪夢でもなく、リアルだったと。

 たった今、自分は彼から、決闘を申し込まれたのだと。 

 


「……負けませんよ、出夢いずむ

 絶対ぜったいに」



 ギリッと強く握り拳を作り、音飛炉ねひろつぶやく。

 ただ、ただ、ぐに。



かならず、あばいて、解き明かしてみせます。

 あなたの正体……あなたの、本心を」



 降り注ぐ雨の中、固く誓う音飛炉ねひろ



 そうしてしばらく立ち尽くした結果、音飛炉ねひろは身をもって思い出させられた。

 人間、雨に数時間も打たれていれば、誰だって風邪を引くということを。

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