5 ヒーローの使命

かったん?

 あれで」



 テスト会場となっていた教室を去り一路、部室を目指す中。

 前を歩く音飛炉ねひろに、出月いつくが質問する。

 それに対し、音飛炉ねひろは体を翻し、答える。



「人の命は、地球の未来!!

 どんな危険もいとわない!!

 世界の平和を心に誓う!!」



 美しい髪を靡かせつつ、暑苦しい台詞セリフをモーション付きでサラリと完全再現してみせる。

 かと思えば、やにわに普段のヒロイン状態に戻り、おしとやかに告げる。



「それが、私のヒーロー道、私の乙子おとこ道、使命の一つですから。

 拳だけではなく、時には花も捧げなくては。

 当たり前にみんな微笑ほほえむ未来を、かならず叶えたいので」



「あー……なんだ。

 あんた、もしかしてダイレ◯もイケる口?」

勿論もちろんっ!

 一通り、マスターしてますよぉ!

 ただ、クロニクルガシャットでの変身は、まだ出来できないんですよねぇ。

 変身道とは、実に険しく、奥が深いです……」

「いや、あの……。

 誰も出来できなくね? あれ。

 そういうんじゃなくね?」



 想像を遥かに絶するガチっりに内心、距離を取る出月いつく

 そんな彼の心境を知らずに、二人はトッケンの部室前に辿り着き。

 目の前に広がるご馳走の数々に、息を呑んだ。

 


 フライド・チキンに、フライド・ポテト。

 ハンバーグに、唐揚げ。

 チキン・ナゲットに、焼き鳥。

 そして、ハチミツの乗ったビスケットやケーキ。

 そんな豪勢なメニューが所狭しと並べられたテーブルに、音飛炉ねひろが一目散に食らい付く。



「うぉぉぉぉぉ!!

 ニキニキなニクニクだぁぁぁぁぁ!!」


 

 台詞セリフる通り、さきにフライ・ドチキン(それも骨付き)にかぶり付く音飛炉ねひろ

 先の件で全員が、満場一致で確信していたが。

 このマドンナは、どうやら、どうにも男子力の方が高いらしい。



「あんたねぇ……。

 せめて、あたしたち気付きづきなさい。

 見向きもしないなんて、流石さすがに心外だわ」

「はぐっ!?」

 驚きのあまり、変な声を出す音飛炉ねひろ



 そんな彼女の背中を擦り、口元をウエット・ティッシュで拭う真由羽まゆは

 胸の前で腕を組み、やや呆れている治葉ちよ

 音飛炉ねひろに声を掛けず、代わりにジュースを注ぐ出夢いずむ

 現『トッケン』のメンバーが、すでに部室に勢揃いしたつあった。

 


「分かりやす院城いんじょうことだもの。

 大方おおかた、そろそろ動くと思ったのよ。

 で、こうして用意してたってわけ

 あたしたちの新たな門出を祝うパーティの、ね」

「は……刃舞はもう、さぁぁぁん……」



 喜びのあまり抱き着こうとする音飛炉ねひろ

 治葉ちよは、それをヒラリとかわした。



何故なぜですかぁ!?」

あたし、自分から攻めるのは好きだけど、他人に攻められるのは好きじゃないのよ、悪しからず」

「ぶー。刃舞はもうさんのいけずぅ。

 次は外しませんからねぇ」

「いや、あきらめれよ、大人おとなしく。

 で?」 



 ツッコミつつ、治葉ちよが真顔で尋ねる。



「結局、5人目はどうするのかしら?

 もう1人居ないと、部の存続が……」

「あー。それなら、大丈夫です。

 そっちの方も、すでにお願いしてるので」 

「は? 誰に?」



 クールな顔を崩し、素っ頓狂な表情をする治葉ちよ

 ペカペカした様子ようす音飛炉ねひろの視線の先にたのは、出月いつく

 つまり……。



「どーもー。

 期待の新メンバーこと、灯路ひろ 出月いつくでーす。

 以後、よろしくー」



 チャラさ全開で、今更過ぎる自己紹介をする出月いつく

 そんな彼の前に移動し、音飛炉ねひろはハイ・タッチした。



「いや……先生は、顧問では?

 てか、そもそもスクールカウンセラーって……」

「平気、平気。

 校長と教頭と学園主任と教師が所属してる将棋部もるんだし、行ける行ける」

「それ、フィクション……」

「だったら余計、平気です!

 何たって、この世界もフィクションですから!」

「ねぇ。

 あんた、ちょっと黙っててくれない?

 ただでさえうちで断トツで濃いくせして、メタ発言まで担当しないでくれるかしら?

 益々、手に負えない……。

 かったるい……」

「平気です。

 きちんと風凛かりんも、加入してくれたので、ご安心を。

 昨夜の時点で、RAINレインで確約してくれたので」

「だったら、それを先に言いなさい。

 ヒヤッとしたわ」

「なになになによー。

 おじさんじゃ、不満なわけぇ?」

「ええ、心底」



 やれやれと言うふうに、出月いつくが手を上げた。

 気にしないことにした模様もようだ。



「さて。では、改めまして」

 グラスを取り、掲げる音飛炉ねひろ

 他の部員達も、それに倣う。

「私と、風凛かりん、それに出月いつくさん。

 新入部員3人が加入し、新たに生まれ変わった『トッケン』。

 いや……『トッケンZ』に、乾杯!!」



「ちょっと。勝手に改名しないで頂戴ちょうだい

「えー?

 バトル物のお約束じゃないですかー。

 既に、こうして看板も作ったのにー」



 言いながら音飛炉ねひろは、部室に置いていたらしき看板を取って戻って来た。

 あまりの用意周到、溶け込み具合に、治葉ちよは再び頭が重い痛くなって来た。

 が、負けじと、春映画感の凄まじい『Z』の部分を剥がす。



「そういうわけなので」

 一部を奪われ涙しながらも早速、部室はドアの看板を交換して来た音飛炉ねひろは、全員がグラスの中身を飲み干した頃合いで、再び切り出す。

「改めて……院城いんじょう 音飛炉ねひろと、『トッケン』を!!

 これからもよろしくお願いします!!」



 会釈し、頭を下げる音飛炉ねひろ

 そんな彼女を、真由羽まゆはが拍手、出夢いずむが笑顔で歓迎する。

 が、ただ一人、治葉ちよだけが、複雑そうな面持ちをしていた。



刃舞はもうさん?」

「……それよ、それ」

 真意が読めないまま、治葉ちよは続ける。



「いつまで、他人行儀なのよ。

 そろそろ、ほら……名前で、呼んで頂戴ちょうだいよ。

 ……『ヒロ』」



「!?

 刃舞はもうさん……それ!?」

 思わぬ展開、そして呼び方に、露骨に反応する音飛炉ねひろ

 そんな彼女に向け、やや紅潮こうちょうした頬を掻きつつ、治葉ちよが正面から告げる。



灯路ひろから聞いたわ。

 あんた、この呼ばれ方が望ましいんでしょ?

 だから、これからは、そう呼ぶわ。

 あんたも、ほら……『治葉ちよ』って、呼びなさいよ。

 その方が、ほら。

 あたしとしても、うれしい気持ちが、無きにしもあらずってーか……。

 正直、風凛かりんに先越されたのが、悔しいってーか……」



 ツン照れりながら言いつつ、やはり羞恥心が勝ったのか、最終的に顔を突き合わせられなくなる治葉ちよ

 そんないじらしい母の下で、真由羽まゆはもキブンガーに『同上』『名前』とアピールした。



 つまり、これは、激アツ友情爆誕シチュ。

 彼女が強く憧れていた夢が一つ、実現したのである。

 


 向こうが許可、提案してくれた以上、断る理由はい。

 ゆえに、音飛炉ねひろは享受することにした。



 が……あまりの喜び、満足感により、言葉より先に涙が出て来てしまった。

 自分の頬を滴る感触を覚えた音飛炉ねひろは、2人に失礼なのを承知でぐ様、体を反転させた。



 だって、泣くなんて、失格だから。

 ヒーローは、誰にも気付かれず、ひそかに静かに、マスクの裏で、背中で泣く存在だから。



 自分に言い聞かせ、袖で涙を拭い、心を落ち着かせ。

 そして、眩い笑顔をもっ音飛炉ねひろは、なにも言わずに黙って待ってくれていた2人に、2人の気持ちに応えた。



「……はいっ!!

 宜しくお願いしますっ!!

治葉ちよ』!!

真由羽まゆは』!!」



 元気に、爽やかにお辞儀する音飛炉ねひろ

 そんな彼女に頭ポンポンをしたあと治葉ちよは意味深な視線を出夢いずむに向ける。



「さて、と。

 そういうことだからさぁ。

 これから、あんたを名字では呼べなくなったわけだけど?」

「……別に、最初から不許可だったんでもなし。

 任せるよ」

「そ。

 じゃあ、『出夢いずむ』。

 あたしがあんたを呼び捨てしてるのに、あんたが今まで通りってのは、不公平じゃないかしら?」

「……前言ってたことと違わない?

 刃舞はもうさん、ニセ彼氏の時、嫌がってたじゃん」

「それはそれ、これはこれよ」



 あー、と音飛炉ねひろは思った。

 治葉ちよは、この機に乗じて、出夢いずむにまで自分を名前で呼ばせようとしているんだと。

 それによって、彼との距離を詰め、主体的にさせようとしているのだと。

 一匹狼っぽいのに、意外と仲間思い、寂しがり屋なんだなぁと。

 ところで、『ニセ彼氏』云々について、後で根掘り葉掘り聞こう。



 なんてことを考えていたら察知されたのか、治葉ちよ音飛炉ねひろをキッと睨んだ。

 そして、音飛炉ねひろを竦み上がらせたあと、腕組みをしつつ、無言で圧力をかけ、答えを催促する。

 出夢いずむは、この期に及んで心情が読み取れない笑顔で、平坦に返す。



えず。

 改めてよろしくね、院城いんじょうさん」



 ……音飛炉ねひろとは明らかに違う、なんとも不自然な、その場を切り抜けるためだけの。

 養殖され捲った天然発言を。



「あ……。

 は……はい……」



 想像以上の難易度、難攻不落振りに軽く引きつつ、急に振られたことに戸惑いつつ、めずらしくしおらしく答える音飛炉ねひろ



 どこからともなく聞こえて来た溜息ためいきが、より残念さを引き立てた。

 おまけに原因、詳細は不明だが、彼に名字で呼ばれるのは、今まで経験したことい毛色の、言い知れぬガッカリ感がった。



「ところで、院城いんじょうさん。

 お願いがるんだけど」

「は、はい。なんでしょう」

 思ってもみなかった積極的な発言に面食らいつつ、鍛え抜いたスマイル・スタイルで即時対応する。



 失礼ながら、色恋沙汰には興味がさそうな彼のことだし、なんら問題はいだろう。

 そう油断し切っていた音飛炉ねひろ



「今度、院城いんじょうさんにお邪魔してい?

 あるいは、院城いんじょうさんがうちに来てくれる形でも一向に構わないけど。

 もしくは、喫茶店とかでお茶しながらとかでも」

いですよ」



 ……だからといって、内容が頭に入り切る前に二つ返事で即答するのは、女子として失格かもしれない。



「……ヘァ?」

 続けざまに、間抜け面を晒しつつ、大胸筋バリアーの持ち主みたいな素っ頓狂な声を上げるのも、乙女らしくはないのだろう。



 言葉を失い、目が点になり、二人を指差す治葉ちよ

 ひたすら『!?』『何事!?』『ハルトマン』などとキブンガーを変え、震える真由羽まゆは

 なにやら意味深、神妙な顔で、見詰める出月いつく

 そんな三者三様の状況下で、音飛炉ねひろはやがて口を開く。



「そ、それは、あれですか……?

 もしかして、私と……」



 やや勿体振った、焦れったい、やきもきさせる調子で引っ張る音飛炉ねひろ

 瞬く間に、その両目に、輝く銀河が広がり、煌々こうこうと燃える炎が灯った。



「もしかして私と一日中、特撮トークに明け暮れたいってことですかぁ!?」


 

 体が棒になり、そのまま倒れる治葉ちよ

 あまりに入力しぎた所為せいでパンクし、キブンガーをショートさせる真由羽まゆは

 やはりなにも言わず、冷やかしたりもしない出月いつく

 そんな3人を置いて、特撮好き達は、話に花を咲かせる。



「そうです」

「私と一日中、『二人のマイテ◯と超キョウリョクプレー、どちらがよりエモいか』とか、『なぜタジャド◯が問答無用、満場一致で至高なのか』とか、『ザナディ◯ム大喜利の良さ』とか、そんな、フルーツトマトばりに永遠に論争が続く問題について、熱く猛々しく議論したいと!?」

「左様」

なんなら、確認も兼ねて実際に大画面で視聴したり、そのまま平ジェ◯マラソンしちゃったり、ギャラファ◯オーコメする感じですか!?」

「エギザクトリー」

「最終的には、今まで考え、溜めに溜めた秘蔵の、完全オリジナルのヒーローやフォーム、作品やアイテム、主題歌や挿入歌を教え合ったりしたいと、そう申すのでござりまするか!?」

「それは是が非でも御免被るでござりまする」



 テンションによってなにやら変な口調、空気になりつつも。

 桃色なオーラはまったく無いにせよ。

 なにやら、急接近する年頃の男女。



「ちょっと待ったぁ!!」



 ようやく意識が回復し、2人を止め、肩を怒らせズシズシと、特撮なら間違い無く地面に亀裂が入っているだろう物騒な雰囲気で、迫り来る治葉ちよ

 彼女は白目を剥いたまま、出夢いずむの顎に足を運び、器用かつパワフルに彼の体を持ち上げ、声を荒げ、尋問する。



出夢いずむ……。

 あんた、あたしとは一切、作品についてとかの込み入った話は、してくれなかったわよね」

「うん」

「なのに、でゅぉぉぉして、音飛炉ねひろとは、こうもあっさりと繰り広げようとするわけぇ……?

 あたしじゃ不服、及ばない、お呼びじゃないってことぉ……?」

「うーん……」

 いけしゃあしゃあとしていた出夢いずむは、ぼんやりと天井を見上げ、少し思考したあと治葉ちよを見下ろす。



「少し、解釈違い?

 ニアミス?

 方向性の違い、的な?」

 そして相変わらずの、納得させ切れない、言葉足らずなフワッとした発言をもって、治葉ちよをメンブレさせ、みずからを着地させる。

 かと思えば、彼女の両目に、不気味な赤い閃光を宿させる。



「この、このっ……!!

 かまととサークラ女狐狸がぁっ!!」

「豊富っ!?」

「じゃぁかしぃ!!

 よくもあたしの……あたしの、唯一にして初めての異性の趣味友を、こうも手っ取り早く、あっけらかんと目の前で籠絡、陥落して、見せ付けてくれたわねぇっ!!

 絶対ぜったいに許すまじっ……院城いんじょう 音飛炉ねひろぉぉぉぉぉっ!!」

「カマチョがぎますよぉ!?

 ていうか、やっぱり寂しがり屋だったんじゃないですかぁ!

 孤独決め込んで進むより、繋がる強さを必要としてる方針ですかぁ!?」

「黙るぇぇぇぇぇ!!」

 手を怪しく小刻みに動かし、治葉ちよは俊足で音飛炉ねひろの背後に回り、その体を弄る。



「どんなふうにガンマにフューチャーすれば、そんな魔法がかけられたってのよ!?

 声!? 品作り!? 気品!? 熱意!? 女子力!? ヒロイン力!? 布教!? 重課金!?

 秘訣をあたしにも教えなさい、よぉっ!!」

「ちょっ……やぁっ……。

 そこっ、はんっ……。

 駄目ダメェッ……」

「さては、これね!?

 この、真由羽まゆはわずかに劣った、脂肪の塊ね!?

 少しは、スレンダーなあたしにも分けろ、こんにゃろぉぉぉぉぉ!!」

「ひゃっ……!!

 だ、駄目ダメです、本当ホント無理っ!!

 私、私……イケメンもイケボも大好物ですけど、そっちには目覚めたくないですぅぅぅぅぅ!!

 いくらイケジョな治葉ちよでも、そういうのは、流石にバッド・マッチ!

 ご遠慮願いたいですぅぅぅぅぅ!!」



 なにやらズレたことを叫びつつ、逃げる音飛炉ねひろ

 即座に、追撃を計る治葉ちよ

 わけも分からずアワアワ、アタフタしつつ、『御用でい』『御用でい』と表示し、えず付いて行く真由羽まゆは



「やぁやぁ、皆様、お揃いで!

 此度のいくさ、実に大義でありましたぁ!

 そして、この風凛かりん、本日より『トッケン』に配属されましたぁ!

 今後とも、より一層のご指導、ご鞭撻のほどよろしくで候でさぁ!

 というわけで、音飛炉ねひろさま風凛かりんの正式入部を祝しまして!

 風凛かりんりったけのお菓子を、購買から買って参りましたでごわす!!

 皆で、食すでございますですよぉ!!」

「失礼する。

 風紀委員長の、士雨しぐれ 火斬かざんだ。

 喜びたまえ、みんな

 君達『トッケン』の活動が、認可された。

 といっても、『風紀委員の同伴』という条件付きでな。

 かくして、本日から私が、代表として『トッケン』に派遣された。

 これからも、健全に、学生生活を謳歌してくれたまえ」

「あ、風凛かりん火斬かざん先輩。

 ありがと」



 いきなりドアを開け、高らかに袋を掲げ、出オチ感マックスで提案する風凛かりん

 同じく、物凄く大事な、今回のメインを、どさくさに紛れてサラッとげる火斬かざん

 そんな中、出夢いずむの爆弾発言を、治葉ちよが聞き逃すはずく。



「……『風凛かりん』。

 ですって……?」

「え?

 うん。

 ちょっとのっぴきならない事情がって、そう呼ぶことになって」

「お前までもか、ブルータスゥ!!」

「ひゃっ!?

 ちょっ……治葉ちよさまぁ!?

 そこまで、がっつかんでも!!

 でも、うれしいでござるです!

 さては、そういう催しでありますか!?

 この風凛かりん、喜んでお付き合い致します所存でありますっ!!」

風凛かりんさんっ!!

 殿中……いや、校内でござるぅ!

 でも楽しそうだから、混ぜてくださ〜い♪

 ほら、真由羽まゆはもっ!」

「き、君達っ!!

 早速、校則を破るんじゃない!!

 部室とて、れっきとした校内だ!

 走る回るなど、言語道断、違反行為だぞぉ!?」

兄様あにさまも、走ってるでございますじゃないですかぁ!!」



 く分からぬまま、騒ぐ面々。



 そんな5人を、真意の取れない眼差しで、ただ眺める出夢いずむ

 彼の横に移動した出月いつくが、大人らしい様子ようすで、シリアスに問う。



「お前……なにが目的だ?

 こんなこたぁ言いたくねぇがな、出夢いずむ

 あいつは、断じて火彩ひいろじゃ……。

 って、おいっ!!」

 無言で立ち去り、まだ話してる途中の出月いつくを残して、部室を離れる出夢いずむ



 そのまま、体重をかけてドアを開けられないようにしつつ、出夢いずむひざをつき、スマホを点ける。

 生気しょうきを取り戻した顔で、悲痛な面立ちで、涙ながらに、ゆっくり静かに、重苦しくげた。



「……父さん。

 ……母さん。

 ……ヒロ……。

 ……一体、いつまで頑張れば、どう生きたら……。

 みんなに会えるのかなぁ……?」





 院城いんじょう 音飛炉ねひろは、分からなかった。



 彼が、何を言っているのか。

 どういうもりで、そんな有り得ないことを言っているのか。



「……言ったよね?

『そういうのは、遠慮したい』って。

 なのに……どうして君は、てんで分かってくれないのかな。

 君なら分かってくれるんじゃないかって、淡い期待してたのに、残念だけど……。

 どうやら、当てが外れたみたい」



 降り注ぐ雨の中、傘も差さずに立ち尽くす二人。

 夜の暗闇の中、車のライトで一瞬、照らされた彼の表情は、言語などでは到底、表せないほどの。

 深く重く果てしない悲しみ、絶望、儚さに満ちていた。



「もう一度だけ……最後に、言うよ。

 勝ってみせてよ、院城いんじょうさん。

 さもなくば……」



 ピシャピシャと水溜りを踏み、音飛炉ねひろに歩み寄る出夢いずむ

 風と雨によって音が聴き取りづらい状況でも捉えられるほどに、はっきりと、彼は言った。

 まるで、その一瞬だけ、世界が時を、動きを、音を失ったかのように。

 自分達が、自分達だけが、切り抜かれたか、取り残されたかのように。



「『トッケン』、辞める。

 君とも、みんなとも……もう、口利かない」



 音飛炉ねひろのメイン回は、終わりを告げ。

 灯路ひろ 出夢いずむの物語が今、始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る