4 ヒーローへの条件

 翌日。

 ついに、『トッケン』の復活までの、最終日。



 暫定メンバーも含めて、『トッケン』の全部員が、空き教室にて一堂に介していた。

 といっても出夢いずむ治葉ちよ真由羽まゆはの三人は、教卓のそばで、まるで教師のように立たされていた。

 また、風凛かりんは4人により、今日は剣道部に送り出された。

 


 粛々とした空気に包まれる中。

 ここに部員達を呼び寄せた張本人、音飛炉ねひろは、教卓に両手をついていた。



 普段、音飛炉ねひろの顔は、憂いを帯びているのも可愛らしいとか、評されていた。

 しかし、今日はというと対象的に、実に凛々しく、晴れ晴れとしていた。



「皆さん。

 そろってもらったのは、他でもありません。

 今後の部活に関する、大事な話をするためです」



 精悍な表情の音飛炉ねひろから放たれる、普段の柔和なヒロインっりからは想像すら不可能な、長官みたいな話し方。



 が、ギャラリーはさして驚きを見せなかった。

 予想はしていたが、どうやら音飛炉ねひろの化けの皮は、すでに剥がれかけだったらしい。



 昨日、揉めた連中が広めたのか。

 はたはた、昨日の部室での一件を聞かれたか。

 あるいは、最初からバレバレ、無理がったのか。

 いずれにしても、話が早いのに越したことい。



「突然ですが……私は、意見を採用……いえ。サイ用しました。

 もっとも、こっち側に明るくないあなた方には、何の話やら、ちんぷんかんぷんでしょうが」

 と思えば、今度は特撮を観ている者にしか分からないネタを使い始めた。

 分かり切っていたが案のじょう、正規部員達を除けば、一人として汲み取れなかった。



「では、リントに分かる言葉にフォームチェンジしましょう。

 簡単に言えば……私は、ヒロインとヒーロー、二つの側面を、両立する決意をした、というわけです」

 オーディエンスの視線を釘付けにしつつ、音飛炉ねひろは机と机の間を歩き始め、さながら舞台役者のごとく、饒舌に語り出す。



「ヒロイン。

 例えるならば、それは甘いスイーツ。

 女子ならば誰もが夢見る、魅惑のフレーズ。

 この私とて、例外ではありません。

 しかし」




 勢い良く振り返り、相変わらず演技めいた調子と振り付けで、音飛炉ねひろは続ける。



「それだけでは、私は到底、満足出来できない。

 私の心は、もっと熱く、優しく、強く、明るく、眩しく、楽しく、格好かっこいい何かを切望している。

 そう……特撮を」



 愛の告白でもしているかのごとく大袈裟なパフォーマンスをめ。

 音飛炉ねひろは、軽やかに教卓の後ろへと戻り、宣言する。



「というわけで以後、可愛さと格好かっこ良さ、両方を私は貫きます。

 乙女でありながらヒーローでもあろうとする、エモえでタギタケな唯一無二のスタイル、そしてスタンス。

 名付けて……『乙子おとこ』ぉぉぉぉぉっ!!」



 教卓に置いていたマイクを豪快に掴み、ハウるのを承知でボリューム全開に猛る音飛炉ねひろ

 たまらず幽霊部員たちは、出夢いずむたちすらも巻き込んで耳を塞ぎ。

 それでもなお、鼓膜を破らんばかりのノイズ、残響との戦いをしばらく余儀なくされた。



「あらあら。

 鍛え方が足りませんねぇ。

 これくらい、日々の鍛錬……あ、カラオケや玩具遊びです。

 を怠らなければ、余裕で耐えられるでしょうに。

 お可愛いこと」



「あんたねぇ!!」

「何が言いてんだよっ!!」

 好き放題に振る舞われ、痺れを切らす暫定メンバー面々。

 一方、音飛炉ねひろはというと、涼しい顔を保っている。



「簡単なことですよ。

 ゲームをしましょう。

 正確には、特撮好きならゲーム感覚で難無くパス可能な、テストを行いましょう」



 言いざま音飛炉ねひろは、ホワイドボードを眺めつつ、ブレイブの化身か快盗気分でフィンガー・スナップを決める。

 すると、ボードが勝手に反転……するはずく、やや落胆したあと、自分で回した。

 ようは、ただ格好かっこ付けたかっただけである。



「失礼しました。

 あなた方みたいに、聞き分けのない、悪いホワイトボードでして」

「そういうこっちゃないわよ。

 ま、そいつが聞き分け無いってのには全面的に同意するけど」



 治葉ちよの言葉に、真由羽まゆはのキブンガーにも『左』『同』の文字が灯った。

 やはり、真由羽まゆはとも仲良くやって行けそうだ。

 そう思った音飛炉ねひろは、更に気を良くして、ボードに書かれた内容を語る。



「さて。気を改めて、概要をお話します。

 ずヒーロー、あるいはフォームを正式名称、フルネームで書いて頂き、それが1つの誤字脱字もければ1点、差し上げます。

 ただし、同じ戦士から書けるフォームは1つだけ。

 同様に、1作から書けるキャラも1人だけです。

 その要領で、あなた方にはおよそ50人全員で、連携し、話し合い、スマホで調べ合い、チーム一丸となり。

 合格点、すなわち100点満点を叩き出してもらいたいのです。

 開始時刻の3時半から、下校する30分前までの、2時間で」



「はぁ!?

 作品が被らないまま、ヒーローを100人も書けってのぉ!?」

「んなもん、無理に決まってんだろ!!」

「やってられっかよ、馬鹿らしい!!」

「そんなの、受ける義理、いし!!」



 当然のことながら、非難轟々である。

 が、偽部員達たちの声を掻き消さんばかりの大きさで、音飛炉ねひろがドンッ! と、机を強く叩く。

 その顔は下に向けられており、前髪に隠され、表情は見えないが、明らかにピリピリ、ヒリヒリ、ビリビリしていた。



「……まだやってもいないのに『無理』とか抜かす、実にヒーローらしくないのは、どなたですか?

 いや……それに関しては百万歩、譲って許して差し上げます。

 ただ……あなた」

「ひぃっ!?」

 まるでグリー◯のごとく不気味に顔を揺らし、前髪に隠された朱色の瞳をおどろおどろしく光らせ、男子を指差す音飛炉ねひろ



「『馬鹿らしい』……ですって?

 撤回してください。

 今直ぐ、ここで。

 みんなの前で。

 さぁ、早く。

 さもなくば、これから皆さんに差し上げる罰の他に唯一、キッツいペナルティも無償でプレゼントして差し上げますよ?」



 罰、ペナルティ、そして音飛炉ねひろの物々しいオーラ。

 この3コンボにより、男子生徒は問答無用で教卓の前に移動、撤回及び謝罪し、ビクビクしながら着席した。



「さてと」



 いつの間にかキビシーデ◯よろしく(真由羽まゆは父に作ってもらった)プラスチック教鞭を構え、微量の電気を放ちながら、にこやかに、まるで何もかったふうに説明へと戻る音飛炉ねひろ

 元ネタを知っていただけに、初期部員である出夢いずむたちは、同時に思った。鬼に金棒だと。



「受ける義理はくとも、義務ならりますよぉ。

 何故なぜなら……もしこのテストを、あなた方がパス出来できなければ、私は風紀委員、生徒会、先生達に報告しますから。

 これまで数日にも渡って、あなた方が行っていたボランティア活動は、実は自作自演だったと。

 ゴミを散らし、黒板に落書きし、掲示物をビリビリにし、ボールや用具を片付けないでいたのは、他でもない。

 あなた方自身だったのだと」



 ガタッと、一斉に机が震え、教室を揺らした。

 その反応を見て、得意気になって来た音飛炉ねひろは、眼鏡をかけ、更に教員気分で続ける。



「気付いていましたとも。

 だって、不自然じゃないですか。

 何故なぜああも連日、この学校限定で、汚れていたのか。

 別に文化祭や体育祭といった、祭りの後でもないというのに。

 そして何より、それだけの規模の掃除を何故なぜ、ああも的確に、ピン・ポイントに、スムーズに行えたのか。 

 真実は、ただ一つ。

 あなた方が、タカヤマサンダーだからです」

「それ、ちょっと違わない?」

いじゃないですか。

 同一人物なんですから」

 治葉ちよから放たれたツッコミを物ともせずに、音飛炉ねひろは雄弁に話す。



「以上の理由により、あなた方には受験資格はともかく、選択権も拒否権もありません。

 特に3年生の先輩方は、卒業間近である以上、困りますよねぇ。

 まぁ、そんな大事な時期に、受験や就活が必要いからといって、毒にも薬にもならない、一方通行の恋愛にうつつを抜かした皆さんの、身から出た錆ですので。

 もし不合格だった場合も、甘んじて受け入れてください。

 といっても当然、私はなーんの責任も持ちませんけど。

 なんたって、私はあくまでも被害者。

 あなた方の悪事とはなんら関係のい、単なる一般市民なんですから」

「初っ端からそそのかしてその気にさせて勧誘して、こんなイカれた、特オタ全開の無理難題を、ぶっつけかつ清々すがすがしく笑顔で、弱み握られた素人しろうとに強いる一般市民が、どこにるってのよ……」

 治葉ちよからのツッコミを華麗に受け流し。

 ヒロインを装うことで自ずと会得した、品を作ったポーズ、笑顔とセットで、音飛炉ねひろは問う。



「椅子から離れたら敗者、座り続けたら挑戦と見做します。

 さ、さ。どーぞ、お選びください。

 みずからの数え切れない罪を数え、黒歴史からも現実からも社会からも自分からも逃げるか。

 はたまた開き直り、足搔き、かぐや姫の無理難題より幾ばくか増しマシな試練に果敢、無謀に立ち向かい、敢え無く無残に、ナパームの彼方へと消えるのか。

 10秒間だけ待って差し上げますので、どうぞ、お好きな末路を選んでください」



「いや、無理難題吹っかけてる自覚はったんかい。

 余計に恐ろしい上にタチ悪いわね。

 言葉の節々に棘有るし」

治葉ちよさん……私のこと、実は大好きだったりします!?

 だから逐一、ツッコんでくれてます!?

 どんな壁に当たろうと、互いに励まし合い、健闘を讃え合い、切磋琢磨し合う、真の仲間とか、そういうふうに思ってくれてます!?

 激アツ友情誕生イベ、キタコレですか!?」

「あんたが一々、ツッコミ不可欠な言動しか取ってないからでしょうが。

 自惚うぬぼれんな。まだ大して好感度も信頼度も高くないわよ。

 そんで、その、嫌な思い出しかいフレーズ、めろ。

 あんたのこと、同士としては認めるけど、それ以外でも以上でもないわよ」

だなぁ、もぉ♪

 治葉ちよさんの、ツンコミさん♪」 

「それは、何?

 『ツンデレなツッコミ』ってこと

 そう。あたし、ツッコミなの。

 だから今直ぐ、あんたの懐に蹴り飛ばしてやる」



 足で素振りを開始した治葉ちよを、真由羽まゆはが迅速に止める。

 ちなみにキブンガーには『水ドン』『矢口』などと書いてあった。



「それで? 院城いんじょう

 あたしまで、ここに呼んだのは?」



 二人がコントを繰り広げている間に約束の時間が経過。

 全員が座ったままなのを確認したあと、落ち着きを取り戻した治葉ちよが、左手をポケットに突っ込み、壁に背を預けながら質問する。



 ちなみに、余っている右手は絶賛、彼女の後ろから様子ようすを窺いつつデレデレしている真由羽まゆはをナデナデ中。

 なんというか、駄コラ感が半端はんぱい光景である。



「まさか、ただボーッと見物とさせようってんじゃないわよね?

 それとも、あたしまでテスト対象ってわけ?」



「まさか。そんなことはしませんよ。

 ただ、お三方に加勢してしいだけです。

 これから私が彼等に吹っかける、私達の強さ、正しさ、本気、魂、方針を証明するための決闘に」

「あんた……よくもまぁ、さっきから、そんな恥ずかしいワードのオンパレードを、平然と口に出来できるわね。

 で? 具体的には、何をさせようっての?」

「簡単です」

 ビシッと三人を指差し、音飛炉ねひろは堂々と告げる。



「私と共に、個人で100点を取ってください。

 各自30分の持ち時間で、4人での交代制

 無論むろん、スマホの使用、相談は禁止。

 思い出と記憶と熱量だけを武器に、ひたすらに書き連ねてもらいます。

 当然、自分の番が回る前に、予習復習するのも反則です。

 なので、待機時間から皆さんは、余程よほどの急用を除いて、スマホは使わないでください。

 ホーム画面を見ることのみ、許可します。

 待ち時間中は、他の受刑……受験者たちの監視をお願いします。 

 それと、カンニングは避けたいので、試験中はヘッド・フォンの着用を義務付けさせてもらいます。

 また、特別措置として。

 バトン・タッチし受験者が代わってからは、キャラが被るのは有りとします。

 しかし、フォームまで一致するのは無しです。

 それまでは、各作品につき、1人、1つまでです。

 ですが、それだけだと多少、厳しいかもしれないので、変身しないキャラや敵役、ゲスト枠、人間以外の機械、ロボなどもりとします。

 最期に、私達が1人でも100点を達成出来できなかった場合。

 超法規的措置として彼等かれらは保釈扱い、お咎め無しとします。

 ただ、それだけです。

 ね? 簡単でしょ?」



 確かに、ルール自体は簡単である。

 ただ、ヒーローやマシンの名前を、ひたすらしるせばいのだから。



 問題なのは、テストの難易度、縛りの多さとキツさ。

 そして何より、この無理ムリゲーへの参加を了承するだけの信頼が、三人ならともかく、音飛炉ねひろとの間では生まれてない。

 それどころか、そもそも生まれる道理が皆目、ことである。



 馬鹿バカげてる。

 こんな悪条件、呑むはずい。

 勝ち目なんて、1ミリたりともい。

 暫定メンバーの、誰もが思った。



「……はぁ。かったるい」

 予想通り、この状況下でさきに異を唱えそうな、沸点の低そうな人物である治葉ちよが、先陣切って音飛炉ねひろの前に立ち塞がった。

 


「あんたねぇ……我儘も大概にしなさいよ。

 なんでもかんでも、勝手に決めてるんじゃないっての。

 この、エゴイスト。

 そんなに気長に待ってられるほど、こちとら暇してないのよ、悪しからず。

 だったら、こっちも我を通させてもらおうじゃない」



 言いざまに胸倉をつかみ、顔を近付ける治葉ちよ



 一触即発。

 不戦勝も止む無しか。

 幽霊部員たちが、そう確信し、これまで通りとは行かずとも、平穏無事に日々を送れることに舞い上がった。



一番いちばんは、あたしに務めさせなさい」

 そして、その期待は、ものの見事に裏切られた。



 一喜一憂する面々を他所よそに、音飛炉ねひろは目をパチクリさせ。

 数秒置いてから我に返り、反論する。



「い、いえ! ずは、私が出ます!

 皆さんが1週間も真面まとも部活出来できなかった、そもそもの原因である私が、仁義を通すべきです!

 それが、筋ってものです!

 それに私は、一刻も早くみずからの特撮力、特撮愛を証明し、今度こそ皆さんに、仲間として認めてしいのです!」

「知らないわよ、そんなの。

 あんたの言葉を借りるなら、『身から出た錆』よ。

 こっちは今、急に入った料理熱が迸って、どうにもウズウズしてるのよ。

 早く包丁を持たないと、気が触れそうなの。

 でも、さっきの話から解釈するに、テストを終えるまでは缶詰めなんでしょ?

 教室の外にられちゃ、ルール違反をチェック出来できないものね」

「し、しかしっ」



 近寄らせていた音飛炉ねひろを離し、唇を人差し指で封じ彼女を黙らせつつ、治葉ちよはクールに告げる。



「言ったはずよ。

あたしはもう、同士としては、あんたを認めてる』ってね。

 無論むろんうちの娘と息子もね」



「……え?」



 振り返りも目配せもせず、自身の背後を親指で指差す治葉はは

 その先には、「まかせて」と言わんばかりに腕を顔の横に広げポーズを取り、やる気を示している真由羽むすめ

 そして、普段より少しだけ生気しょうきを感じられる、出夢むすこの姿。



 語らずとも、伝わっていた。

 音飛炉ねひろはもう、あの輪の中に、入っていたのだと。

 家族として、仲間として、部員として、受け入れられていたのだと。



「そういうこと

 ってわけで」



 音飛炉ねひろの唇から人差し指を離し、彼女の耳元で、治葉ちよは囁く。



「よくやってくれたわ。ヒーロー。

 あとは、仲間あたしたちに任せなさい。

 絶対ぜったいにあんたを、ゴールまで導いてみせるから」



「〜っ!!

 ひゃ……ひゃい〜……」



 ボイスドラマみたいなイケボ声を至近距離でお見舞いされ、すっかり魅了された音飛炉ねひろ

 目をハートマークにしつつ、頭をフラフラさせながら、大人しく出夢いずむの横に移動した。



 ちなみに、隣に立つ真由羽まゆははというと、右に『△』、左に『✕』といった具合にキブンガーを点滅させ、自身は頭上に、両手で『□』を形成していた。

 どうやら、「治葉ちよさんカッケー、死角無し」と主張したいらしい。

 それでも足りず、ジャンプすることで喜びを表現していた。

 そんな愛娘の応援に微笑ほほえみを送り、治葉ちよは改めて、これから戦う敵達と向き合う。



あたしから、完膚きまでに叩きのめし、叩き込んであげるわ。

 正義は、かならず勝つんだと。

 この世に、悪の栄えるためしいんだと。

 幽霊部員せんとういん共がいく雁首がんくび揃えようと、ヒーローあたしたちには到底、及ばないってことをね。

 さぁ……かかってらっしゃい。坊やたち

 調理の前に、ずはあんたたちを、お姉さんが始末りょうりしてあげる」

 音飛炉ねひろに当てられたのか、知らず知らず自身も、中々に恥ずかしい、特撮っぽい台詞セリフを噛ます治葉ちよ



「おー、おー。

 やってるねぇ、若者諸君」



 緊迫した状況の中、緩い口調とテンションで現れたのは、出夢いずむの叔父で、スクール・カウンセラーでもある、灯路ひろ出月いつく

 明らかに寝起きの様子ようすで登場した出月いつくの元へ、音飛炉ねひろが即座に駆け付ける。

 


「先生。

 遅いです」

「いやぁ、すまん、すまん。

 部室で休んでたら、つい、寝ちまって……。

 まっ、いじゃないの。

 こーして間に合ったんだし」

「……良し悪しは、先生が決めることではないのでは?」



 相変わらずの適当っりに、人選ミスだったのでは……と、不安になる音飛炉ねひろ

 そんな彼女の心境を他所よそに、めずらしく真顔になった出月いつく

 それまでの締りのいオーラを無くし、年相応に告げる。

 


「心配しなさんなや。

 可愛い後輩に頼まれたんだ。

 任された以上、きっちりお役を果たしてみせらぁ」



 話し方は変わらないものの、明らかに変わったトーンから、確かなやる気を覚える音飛炉ねひろ

 一方、出月いつくは隣のクラスから拝借して来た椅子いすにドカッと腰掛け。

 腕と足を組み、全員を見ながらげる。



「そこの嬢ちゃんに頼まれたんでな。

 4人の採点は、俺がさせてもらう。

 公平を期すためにも関係者、当事者以外が行うべきだしな。

 それに俺ぁ、『トッケン』のOBで、現役の特オタだ。

 特撮方面への明るさなら、後輩たちにも引けを取らねぇ。

 ってぇわけだが、諸君。

 全員、異論ぁぇか?

 まぁ、っても捩じ伏せるだけだがなぁ」



 確認こそしているが、曲げるもりは微塵もい。

 そんな態度で、出月いつく出夢いずむたちに尋ねる。



りません。

 特撮に詳しいのであれば、誰が務めようと、あたしたちの勝利は決して揺るがないので」

「熱いねぇ。

 じゃあ、その熱が冷め止まないうちに」

 トップ・バッターなのも手伝い、代表して受け入れた治葉ちよ

 彼女と話しつつ、出月いつくは腕時計を見、カウントダウンを始める。



「よーい……始めっ」

 普段より多少、気持ちの入っている出月いつくの合図を受け。

 3人を除く皆が一斉に、ペンを進め始めた。



 強気な宣言通り、試験開始するやいなや、堂々たる佇まいで、教卓の下に潜めていた解答用紙(というていの、白紙のルーズリーフ)を、息を呑むスピードと気迫で埋めて行く治葉ちよ

 どうせ虚勢、ブラフだろ。

 そう舐めてかかっていた偽部員達たちは、その真剣さに、問答無用で圧倒されてしまう。



 そして、15分で100のキャラ、フォームを書き終え、10分で最終確認を済ませ、5分で出月いつくの採点すらパスし、涼しい顔で偉業を成し遂げる治葉ちよ

 最高のスタートを切ったことで、偽部員たちを、恐怖と絶望で飲み込み、戦慄させた。



 その、文句の付けようのい完全勝利っりに、2体のキブンガーが『△』『✕』と湧き、真由羽まゆは音飛炉ねひろが『□』を作って飛び跳ねる。

 ちなみに、音飛炉ねひろが付けているのは、真由羽まゆはから借りた旧式、スペア。



 仲間から特撮アイテムを渡されたことで2倍に喜んだ音飛炉ねひろは、急いでシニヨンを作りセット。

 真由羽まゆはのコーチングの下、待機している間中、監視そっちのけで、無心でキブンガーで遊んでいた。

 そんな状況で、出夢いずむだけは、きちんと監視していたのだった。



「見事なりっ!!

 では、次こそ私が」



 腕をまくり、名乗り出んとする音飛炉ねひろを、真由羽まゆはが無言で止めた。

 真由羽まゆはに顔を横に振られ、ガックリと肩を落としつつ、音飛炉ねひろは引き下がった。

 そんな彼女の頭を撫で励ましたあと、「い、今の、仲間っぽい!!」と、すっかり回復した音飛炉ねひろをバックに、真由羽まゆはは教卓の前に移動する。

 そして、戦いしけんを終えたばかりの治葉ちよと、クロス・タッチする。



真由羽まゆは

 名前を、呼ぶ。

 それだけのアクションですべてを悟った真由羽まゆはは、キブンガーをやる気モードに切り替え、白紙の答案用紙と向き合う。

 そして、あとを仲間達に任せ、治葉ちよが退室したタイミングで、2回戦の幕が上がる。



 普段、口数こそ全くいものの、真由羽まゆはも立派な特撮マニア。

 いや……少し前に高校生になった時分で、こんなガチ勢の格好が出来できる辺り。

 ともすれば彼女こそが、最強の戦士なのかもしれない。

 もっとも、特撮方面に明るくない幽霊部員たちの目には、彼女は単なる奇人にしか映らないだろうが。


    

「おい! 俺、クウ◯な!」

「っざっけんな!

 一番いちばん、有名所じゃねぇか!」

「じゃああたし、志尊◯!

 トッキュウレッド!」

あたし、グリーン!

 横浜流◯!」

「ハイエナ共!

 タイプだけで、決めんな!

 あと、やるならやるで、名前も一応、確認しろ!

 万が一にも間違ってたら、お陀仏だぞ!?」

「てか、それ以前に作品、被ってんじゃねぇか!」

「ちょっと!

 何よ!? その言い方!」

「お前が肉食過ぎんのが悪ぃんだろが!!」



 そんなダークホ・ースの底力を思い知ることも無く。

 協力なんてほとんどせず、互いの主張を押し付け合い、喧嘩してばかりの面々。

 こんな調子ではかどわけも無く、開始から40分弱が経過してなお、敵サイドの答案は未だに白一色だった。



「ひーっひっひっひーっ……順調ですねぇ。

 いですよぉ、いですよぉ。

 るとも露知らずに、ねぇ……」

「……」



 連中のカオスな状況を高みの見物しつつ、底意地の悪い、魔女みたいな笑みを浮かべる音飛炉ねひろ

 彼女の言わんとする部分を察してはいるものの、音飛炉ねひろが怖いため出夢いずむは口を噤む。



 そうこうしてるうち真由羽まゆはも、出月いつくのチェックをクリアし無事、試練を突破。

 二人に向け、キブンガーの両目、自身の両手でサムズアップした。



「グッジョブ!!

 では、今度こそ私が」

 再び腕捲まくりをした音飛炉ねひろを、出夢いずむが制した。



院城いんじょうさん。

 考えてみて。

 殿しんがりの方が、ヒーローっぽくない?」



 最初から本題に入り、音飛炉ねひろを黙らせる出夢いずむ

 真面目まじめかつ素直な音飛炉ねひろは、言われた通り考える。

 その結果。



「……確かに」

「あと、『殿しんがり』は、『殿』のも呼ぶ。

 すなわち、シンケン◯ッド、よって主役。

 今の院城いんじょうさんに、最適な称号だよ」

「確かに!!

 流石さすがは、灯路ひろくん!!

 やはり真打ちは、遅れてやって来るというわけですね!

 ヒーローが何たるかを、よくご存知です!!

 お見逸れしました!!」

「お褒めに預かり、光栄です。

 しからば私めに、前哨戦をお任せ頂けますか?

 隊長殿」



 がらにもなくアドリブを入れたからか、何やら時代劇とSFが混ざり、世界観がごっちゃになったまま、そんな演技を始める出夢いずむ



「た、たいちょ……!?」



 しかし音飛炉ねひろは、その違和感いわかんにツッコまず、気付く素振りも見せず。

 少し驚いたあと、ガッチリと出夢いずむの手を固く、暑苦しく握った。



 余談だが、裏方ばかりの司令官ではなく、変身する機会に恵まれる側の隊長をチョイスする辺り。

 特撮、そして音飛炉ねひろに対する造詣が、出夢いずむは中々、深かったりする(最も後者に至っては、単に分かりやすぎるだけかもしれないが)。



 何はどうあれ、こうして隊長殿が退いたので。

 出夢いずむは後腐れ無く真由羽まゆはからたすきを受け取り。

 「ぐに手伝いに来なさい」という母からのメッセージを理解していた彼女は、そのまま調理室へと向かった。



 教卓の前に立った出夢いずむは、一言も発さぬまま、黙々と、スピーディにペンを走らせる。

 相変わらず、何を考えているのか読み取りにくいが。

 普段と違って虚ろな印象は無く、その表情からはめずらしく本気度が表れていた。

 そう……偽部員達《たち》が、いよいよもって焦燥感に駆られ始めるほどには、物々しかった。

 


 ここに来て暫定部員達は、ようやく気付き始めた。

 人数で圧倒的に勝っている以上、こちらに分がるとばかり踏んでいた。

 しかし、その実、こちらは知識も協調性もゼロで、おまけに負ければバッド・エンド一直線。

 さらに我の強さ、数の夥しさも相俟って、真面まともな連携が取れない。



 これは、もしかしたら。

 いや……ひょっとしなくても。

 自分達は今、これまで一番いちばん院城いんじょう 音飛炉ねいろという可憐な少女に、踊らされているのやもしれない。



 などと不安に襲われているうちに、いつの間にか出夢いずむが書き終え、あまつさえ出月いつくのチェックも軽々と突破し。

 ことげに、あっという間にテストをクリアしてしまった。



「お待たせ、院城いんじょうさん」

「お疲れ様です、灯路ひろくん。

 さぁ……ついに、いよいよ、ようやく、やっと、満を持して、私の出番ですね!

 うぉぉぉぉぉ!! 思う存分、荒れますよー、止めて遊ばせー!!」

 捲った腕をブンブンと振り回し、教壇を登り、闘志を漲らせる音飛炉ねひろ

 そこに溢れんばかりの特撮熱も混ぜ、一気に答案用紙へと、余さず注いで行く。



 ここに来て偽部員達は、暗黙の了解により、うだつと生産性が上がらない喧嘩けんかに別れをげ。 

 スマホと運のみを武器に、ひたすら無心に名前を書いて行く方法へとシフトした。



 かく、検索してヒットしただけのワードで、空欄を満たす。

 重複している名前は、向こうに除外させれば、なんの問題もいという算段である。


 

 そうして、音飛炉ねひろ幽霊部員達たちは、ラスト30分をフルに活用し。

 約束の5時半まで、持てる力と、若さを爆発させるのだった。



「終了ー。

 はい、全員、ペン置いてー」

 出月いつくの間延びした声に、従う面々。


 

 相当みっともないことをしたのは、自覚してる。

 しかし、何はともあれ、これで最悪の未来は回避した。

 そう、一同は安堵し、油断した。



 だからこそ、気付きづかなかった。

 書き終えてなお音飛炉ねひろが教卓の前に立つ、その現状と意味に。



「皆さん、お疲れ様でした。

 敵ながら、天晴でした。

 まだ皆さんにも、欠片ばかりの人間性はったようなので、ホッとしましたよ」



 誰の所為せいだよ……と、みずからを棚に上げ、心の中で毒づく偽部員たち



 そんなふうに、未だに反省の色が無いから、ばちが当たったのかもしれない。

 彼女が今日イチ、満面の笑顔で、こんなことを言い放ったのは。



「ーーそれでは、第2試験と行きましょう。

 皆さんの選んだキャラ、フォームの推しポイントを、それぞれ1行ずつ、書いてください。

 ただし原則として俳優さん、声優さん、アーティストさんなどに関する物は、禁止とします」



 何食わぬ顔で、なんでもないことかのごとく、サラッと死体蹴りを噛ます音飛炉ねひろ

 これを受け、すでに疲労困憊だった偽部員達たちが数人、ボロボロの思考とメンタルに鞭打ち、立ち上がった。

 


「何よ、それ!?」

「聞いてねぇぞ!!」

「いえ。私は確かに、言いましたよ?

、皆さんに書いて欲しい』と。

 その先にも控えているのを見抜けなかった、皆さんの読解力、想像力、モチベの低さ。

 そこに原因、落ち度がるんじゃないですか」



 音飛炉ねひろは、何一つ、嘘をいていない。

 確かに、何か裏、続きを予感させる言い回しではあった。

 ただ、前日の出夢いずむとのやり取りを真似マネし、優等生らしく、巧妙に活かしたにぎないのである。

 


 それでもなお、抗おうとする面々。

 が、音飛炉ねひろの方から「ていうか」と先手を打ち、牽制する。



「そもそもの話。

 あなたたちかえりみようとしなさぎなんですよ。

 あなたたちは全員で、私や正規部員の方々をたばかったんです。

 こちらとしても1つくらいは、仕返しを用意してもしかるべきですよね?

 それに対して、あなたたちに反論、拒否されるいわれは、何1つりません。

 だって私達は、あなたたちと違って、清廉潔白なんですから。

 あなたたちには、改心する猶予が2時間も与えられていた。

 にもかかわらず、それを有効活用出来できず、しようともせず、真意も見抜けず、誠実に向き合わなかった、あなたたちの責任です。

 こちらとしては、こうして社会復帰するための場を設けただけでも、最大の譲歩だというのに」



 舐めていた。

 完全に、見縊みくびり、見誤っていた。

 無理ゲーに付き合わされ、かと思えばさらなる試練を要求され、適当さを弾劾だんがいすべく最後の逃げ道まで塞ぐ。

 彼女を打ち負かそうなんて、単なる思い上がり以外の何物でもなかった。

 


 そう痛感させられ、申し立てようとした異議を失いかける暫定部員たち

 が、それでも底意地の悪い連中は、屈服しようとしない。



「じゃあ、なんだよ!

 そこまで言い張るなら、お前等には、それが出来できるってのかよ!!

 100個分も、アピールポイントの用意、出来できんのかよ!!」



 どうやら向こうにも、そこそこには頭が切れる側がたらしく、そんな起死回生の一手を投じる者が現れた。

 この機を逃してなるものかと、「そうだ、そうだ」「やってみろ」と、乗じる面々。



 こんな時にばかりきちんと連携する敵に音飛炉ねひろが辟易していると。

 答案用紙を眺めていた出月いつくが立ち上がり、音飛炉ねひろの横に立つ。



「里中ちゃんに、ツクヨ◯に、滝川◯羽か。

 刃舞はもうは、動ける女性キャラが好きっぽいな。

 特に、山本千◯と佃井皆◯の大ファンと見た。

 かろうじて作品が被ってないからって、それぞれ3役も入れてらぁ。

 スーアクも、めちゃ入れてるし。

 電王(高◯)さんって、なんだよ……」

「予想済みでしたが、月出里すだちさんは、大のマシン好きのようですね。

 レオの頃のセブン◯ー、ファイヤーウインダ◯、キングジ◯ーSC、ウルトリ◯、マック◯ライナー……。

 全作品から、全ての戦隊ロボやバイクを網羅してます……。

 美しい……」

「で、院城いんじょうも、その……分かりやすいな、おい」

「はいっ♪

 私、光落ちした悪役が大好物なんですよぉ♪

 特に、闇落ちしてから光落ちしたキャラが♪

 ですから、ナダやチェイス、ウルザード○ァイヤー、黒騎士なんかは、もうっ、もうっ、もうぅっ……♪

 ワクワク、満開だぁっ♪

「はいはい、たまらないのね、分かった。

 で、出夢いずむ。お前は、性格的に好きなキャラを羅列したと。

 その割には、他の3人が書きそうなのは、意図的かつ上手く避けてるなぁ」

「当然です♪

 灯路ひろくんは、気遣い屋さんですから♪」

「本人が無関心なのをことに、ここぞとばかりに勝手に属性足すの、止めない?」



 突如として展開される、オタク感剥き出しの会話。



 それにより、幽霊部員たちは、察した。

 彼には、それが出来できるばかりか、端から行っていたのだと。

 自分たちは未だに、逆境に立たされているのだと。

 自分たちの足元には絶望、恐怖、黒歴史、底辺という名の、黒くおぞましく果てしない大海が、すでに広がっているのだと。

 ガバッと口を開け飛沫を上げ、自分達を飲み込まんとする激しい荒波が、もう、ぐ近くまで迫っているのだと。



「ふ、不正だ……」

 言い逃れも出来できない状況下で、くだんの男子が、またしても逆転を計る。

「お前等、最初からグルだったんだろ!?

 俺達に内緒で、自分達だけで計画練って、互いに100個、用意してたんだろ!

 じゃなきゃ、こうも都合良く進むはずぇ!」



「確かに、そうですね。

 ここまで上手くことが運ぶなど本来、起こり得ません。

『もし私達が、真性の特オタでなければ』。

 という大前提を度外視したら、の話ですけど」

 全く動揺する素振りを見せず、音飛炉ねひろは教鞭でてのひらを軽く叩きつつ、言い返す。



「常日頃からいたずら刹那せつなぎる弊害でしょうか。

 あなたたちは特撮以前に、趣味、オタクについて、何一つ理解していません。

『好きなジャンルから、100人、100個選出しろ』。

 そう言われたら自ずと、より思い入れ、こだわりの強い物から、ランキング形式で選んで行く。

 これは、どこも不思議ではない、至って普通の流れ、大自然の摂理なんですよ」

「誇張してるけどな」

 出月いつくから飛んで来たツッコミを無視し。

 音飛炉ねひろ幽霊部員達たちを指差し、論破する。


 

「とどのまり最初から、私達には、微塵も必要かったんですよ。

 あらかじめ建てる作戦も、ひそかに示し合わせるもことも、興醒めし兼ねない余計な言葉も。

 何故なぜなら……私達は特撮で、ヒーローで、燃えたぎる熱き魂で、いつだって、絶えず、強く、1つにつながってるんですから。

 互いを理解するまで0.05秒の、最高、最強の仲間なんですから。

 あなたたちには、そうなれるだけ胸のエンジン、燃料がかった。

 勝敗を決したのは、ただそれだけの、原点にして頂点の理由です」



 なにも言えず、押し黙る一同。

 早い話、自分達たちは、テストなんて受けるまでもなく、彼等に完敗していたのだ。

 それでもなお、試験を受けることを許可されたのは、音飛炉ねひろの言う通り、単なる救済措置でしかなかったのだ。



 自分達は、もう……罪を認めざるを得ないのである。



「まぁ。といっても」



 何もかも潰えた、あきらめつつあったタイミングで、音飛炉ねひろが柔らかく、伸びやかに告げる。



「私とて、鬼ではありません。

 私が目指しているのは、くまでもヒーローですから。

 何だかんだと反抗しつつも、最後までこの場に残った皆さんに敬意を表し、ご褒美を与えます。

 そもそも皆さんは、人間として生を受けた時点で、この部活はともかく、社会や誰かにとっては不可欠なんですから。

 ただし。

 今度こそ、本当ほんとうにラストチャンスです。

 これから私が言うことを、復唱してください。

 さすれば皆さんを、今回に限り、無罪放免とします。

 皆さんの罪は、この場にる者しか知らない、秘匿事項にします」



 ファント◯を生み出そうとしていた全員が、音飛炉ねひろの寛大な処置に、一斉に顔を上げ、喜びの雄叫びを上げる。

 音飛炉ねひろは、口元に手を当て、それを鎮火させ、選手宣誓のごとく手を上げ姿勢をピシッと正す。



 皆が、瞬時に取ったのだ。

 これから音飛炉ねひろが授けるのは、自分達を助ける奇跡、復活の呪文だと。



「『我、此度こたびより。

  病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も。

  皆を愛し、敬い、慈しみ。

  強く、優しく、正しく。

  罪を憎んで、人を憎まず。

  共に助け、励まし、分かち合い。

  世のため、人のため、正直に。

  希望、絆、情熱、勇気、夢を常に絶やさず。

  生き直すことを、固く誓います』」



「……」



 音飛炉ねひろが恥も外聞も無く放った、痛さ全開の、いやに長ったらしい、まるで結婚式みたいな誓いの言葉。

 それに、出夢いずむ出月いつくまでもが絶句した。



 が、この根っからのヒーロー脳、悪意の無い悪魔、天然の熱血天使、院城いんじょう音飛炉ねひろ

 彼女は、その理由が見当も付かず、ただ首を傾げるのみだった。



「どうしました?

 罪を償いたくないんですか?

 さぁ、早く読み上げてください。

 台詞セリフの書かれたプリントが、机の引き出しに入れてありますから」

「!?」



 そんな、まさか、といぶかしみつつ、全員が机の中を漁る。



 なんともご丁寧、そして恐ろしいことに、本当ほんとうに入っていた。

 しかも、一枚一枚、手書きで。精魂込めて。

 書道を嗜んでいるだけあって、その文面の美しさに負けない、たがわない、実に達筆な、生き生きとした字で。

 よく見ると、そればかりか、オリジナルのサイン、全員の名前まで記してあった。



 あぁ、違う。

 出月いつく出夢いずむも含め、音飛炉ねひろ以外の皆が思った。



 この場に来てから、ではない。

 彼女と出会ってしまった時点で、自分達たちが大敗を喫するのは確定事項……ジーッとしてなくても変えられない、運命だったのだと。

 ならば、如何いかなる手段、頭数を用いようとも、打ち勝つことなど、夢のまた夢だったのだと。

 彼女は本気で先程ほどの、綺麗なだけの綺麗事を、みずから率先して体現しているのだから。

 


「さぁ!!

 その鼓動、湧き上がる勇気を信じ、今こそ強く、熱く、高く羽撃はばたいて、世界に轟かすのです!!

 輝くコスモの、光るオーラパワーの、青春爆発ファイヤーな若さの、天に輝く五つ星たる気力の、燃えるレスキュー魂の、荒ぶるダイノガッツの、熱き疾き高き強き深き眩しき果てなき冒険スピリッツの、ニキニキでワキワキな激気の、聞ぃぃぃぃぃておっどっろっけぇっな史上最強のブレイブの、時をかける希望ことダイノホープの、お祈りじゃない勝利のイマジネーションの、熱いなこれ燃えて来たぁな忍タリティの、充満するジューマンパワーの、正義に仕える気高きソウルの、テンションマックスで全開のキラメンタルの命ずる、叫ぶままに!!

 永遠なる愛を!! 燃え盛る情熱を!!

 キラめく未来は、銀河を貫く伝説は、生ける神話である自分達の瞳の中だと!!

 それこそ、皆さんが新たに更生し生まれ変わる指針、ヒーローへの条件なんです!!

 あなた達は、世界中に一人しかないんです!!

 自分に嘘をいて、生きられないのです!!

 力強い勇気を、分かち合うのです!!

 生まれた時に皆、等しく与えられているのです!!

 いざ、ご唱和ください!!

 さぁ、さぁさぁっ!!」


 

 キラッキラな笑顔を浮かべ、瞳を爛々と輝かせ、息を荒げ。

 あたかも狂気染みた教祖かのごとく、微弱の電流を放つ教鞭をタクトのように振り。

 整合性を維持しながら懐かしいフレーズを織り交ぜた怪文書を雄弁に語る。

 どこまでも純真無垢な少女、院城いんじょう 音飛炉ねひろ

 彼女の奇行、暴走を止めることなど叶うはずも無く。



 音飛炉ねひろの厳しいレッスンの下で行われた居残り練習、度重なるリテイク、激励の嵐。

 その果てに、恥ずかしさがカンストした例の文面を全て読まされ、退部も確約させられ。

 元幽霊部員たちは、晴れて自由の身となった。



 この日をもって、彼は一人残らず、心を改め、人生をやり直した。

 音飛炉ねひろに心を浄められた一同は、まるで別人みたいに優しくなり。

 音飛炉ねひろを「隊長」と呼び始めたのも災いし、周囲の人物に数日、若干、引かれたらしい。

 余談だが、教徒達によって彼女の正体が瞬く間に広められた所為せいで、音飛炉ねひろの心を射止めんと欲する勇者は、一人として現れなくなった。



 ーーなどといった展開には、なるはずく。



「さ……さーせんしたぁっ!!」

「もう勘弁してくださぁい!!」

「あんたにも、悪事にも、二度と関わんねぇよぉぉぉ!!」



 断末魔に近い叫びを上げつつ、一斉に逃げる幽霊部員達。



 至極当然の反応、末路である。



「……あれ?」



 現状が飲み込めず、可愛らしく小首を傾げ、振り向きざまに、一言。



「私、なにか、やっちゃいましたぁ?」



 答えられるだけの気力と蛮勇を有する人は、誰もなかった。



 なにはさておき。

 これにて、一件落着。



 それまで、休み時間の度にアプローチを受けていた、当の本人である音飛炉ねひろ

 翌日からは静かな毎日を過ごすも、その変貌りに違和感いわかんこそれど、後悔の念を一切、持っておらず。



「これで、今日から空き時間はずーっと、皆さんとの特撮トークに充てられますね♪

 クラスも一緒ですし♪」

 と、最終的、トータル的には、ただただポジティブに捉えるのみだった。

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