2 ヒロインの苦悩

 今年度の『ハナコー』1年組の中で、断トツの人気を誇るマドンナ、院城いんじょう 音飛炉ねひろ

 品行方正、才色兼備。気立ても良く、固くも柔くもない塩梅の口調が好印象。

 そんな、ほとんどの男子からは好意の、過半数以上の女子からは親しみの、そして一部の女子からは嫉妬の対象となっている少女。



 そんな彼女が退部宣言をした朝から時間が経ち、放課後。

 現在、およそ50名にも及ぶトッケンの構成員達は現在、校内の清掃に当たっている。



 フィクション時空ではない、変身や戦闘などとは無縁である現実世界では、これもある意味、ヒーロー活動なのかもしれない。

 それに、部室でひたすらオタク心を剥き出しにしてヒーロー談義をしているよりかは余程よほど、建設的というか、周囲からの反応はかんばしいだろう。



 あくまでも、彼等がきちんと、やる気を持って臨んでいれば。

 の話だが。



「ねー。このあと、カラオケ行かない?」

「インチョが来るなら、ワンチャン」

「えー、またそれー」

「なぁ、なぁ!

 じゃあ、俺は!?

 なんなら、二人きりで!」

「うわ、やらしー!」



 ぎゃあぎゃあとみっともなく、『トッケン』にも今の活動にも全く関係のい色恋話に華を咲かせる面々。

 そんな中、名前が似てるからという安直な理由だけで、実際に務めた経験など一度もいのに『インチョ』と呼ばれるようになった渦中の音飛炉ねひろ

 彼女は、気を引き締め、教室を回り黒板の落書き消し中のグループに接触を試みる。



「あ、あのっ!」

「は?」

「何? 何か用?」



 ただ話しかけただけで、明らかに拒否反応、ヘイトを示される音飛炉ねひろ



 治葉ちよ真由羽まゆは風凛かりん、そして音飛炉ねひろ以外の、現在『トッケン』に所属する女子メンツ。

 彼女達は皆、音飛炉ねひろを一方的かつ執拗に目の敵にしている。



 それもしかるべきである。

 何故なぜなら、同じく出夢いずむ以外の男子構成員達たちは全員、一様に、音飛炉ねひろ目当て。

 彼女とお近付きになりたいがため『トッケン』に入って来たに過ぎない。

 所謂ニワカ、潜り以下の存在だからである。



 本人の意図はさておき。

 複数の男子の恋心を我が物にしているという時点で、音飛炉ねひろに対する風当たりは強くなる。

 その中に意中の男子がおり、あわよくば音飛炉ねひろから奪おうと画策している女子ならば、尚更のこと



 そんなわけで現在、音飛炉ねひろは高校生にもかかわらず。

 彼女の意思や行動とは無関係に、サークラ染みた立場に追いやられてしまっているのである。



 分かっている。

 水面下でそんなことになっているなどと露知らずとはいえ、すべての原因、諸悪の根源は、自分なのだと。

 大好きな『トッケン』を復活、存続させんとしたがために、軽々しく男子に声をかけ、アピールしぎたのだと。



 その結果、1年生のみならず、帰宅部だった中学生や、卒業後は家業を継ぐためゆとりのる3年生まで引っ掛けてしまい。

 コントロールやコーチングはおろか、最後の1人、5人目の部員の確保すら困難な現状となっているのだと。



 それどころか、前述の通り、彼女に敵愾心なりヘイトなり向けていたり、彼女から目的の異性、あるいはすべての男子を根こそぎ攫おうとしている。

 属に言う過激派の女子まで受け入れてしまったのだと。



 極めつけに今朝、実は自分が生粋の隠れ特撮マニアであるという秘密が、あろうことか、トッケンの初期、正規部員の灯路ひろ 出夢いずむに露呈してしまった。

 みずからに課した誓いの一つ、『ヒーローはすべからくミステリアスであるべき』を、守れなくなってしまった。



 正体を知られてしまった以上、本来ならば自分は(懐古的なのは百も承知で)、一刻も早く、それこそ本日中にでも、この町を離れるべきである。

 しかし、自分はまだ義務教育を受けている身。

 さいわい一人暮らしを実現するだけの家事スキルは持っているが。

 このような理由で親にまで引っ越しを強いるのは心苦しいし、心配もかけたくない。



 となれば、残る選択肢は1つ。

 せめてもの、最後の罪滅ぼしとして、あと2人、きちんとした部員を確保。

 その上で『トッケン』、及び部員達とは今後一切、必要最低限の関わりしか持たない。

 それが自分に許された、唯一の道である。



 怯える心に鞭を打ち、強く手を握り締め、覚悟を持って、音飛炉ねひろは向き合い、頭を下げる。

 今もなお、色濃く残っている、自らの大いなる過ちに。



「お願い。

 どうか……どうか、ちゃんと部員になって。

 あと2人……どうしても、必要なの」

「はぁ?

 何、サラッと増やしてんの?」

「あんたは、あっち寄りじゃない」

「私は……わけって、彼等と共にはいられなくなった。

 すべては、私の失態。それは重々、理解してる。

 その上で、お願い。どうか、力を貸して。

 こんな見せかけの活動じゃなくて、ちゃんと、部活してしいの」



 これまで自分は、来る日も来る日も、しきりにアピールして来た。

『こんな可愛いキャラもるんだよ』と。

『こんなアーティスト、役者が出てるんだよ』と。

 初心者でも入り易いよう、表面的かつ有名な部分から、引き入れようとした。



 しかし、無駄だった。

『へー』、『ふーん』、『そっ』。そんな素っ気ない、味気ないリアクションで強引に会話を終わらせ。

 カラオケだの喫茶店だのにばかりうつつを抜かす。

 それが、この数日、休日にまで続いていた、変わらぬ姿だった。

 


「何それ。全部、あんたの都合じゃん」

うちまで巻き込まないでしんですけどー」

「つーか、こーして参加してやってるだけで、ありがたいでしょ」



 お人好しの音飛炉ねひろでも流石さすがに理解していたのだが。

 入部理由が理由なだけあって、初期メンツ以外の女子とは、どうにも反りが合わない。



 しかも、単に相性が悪いというわけではない。

 彼女達が、良く言えば現代的、悪く言えば肉食系過ぎるのである(彼女が気付いていないだけで、このやり取りだけで、他にも悪い部分、理由がわんさか出て来そうだが)。



 別に自分とて、恋愛を忌み嫌っているのではない。

 むしろ、まだ未経験ながら、年頃の女子らしく、非常に興味の有る事柄である。



 かといって、それを、それだけを理由に入部し、片想いの相手に直接的に告白したりもせず、あまつさえ本命の部活動をないがしろにする。

 中途半端にすら到底、満たない、自分に恋や嫉妬もしていない初期部員達からすればたまった物ではない、最低な状況である。



 だからこそ。

 去ると決めたからこそ、今度こそ、最短ルートで、責任を取らねばなるまい。

 たとえ、どんなに険しく、劣勢でも。


 

「いいけど? 別に。

 正式に入部しても」



 最早、望みは断たれたか。

 しばらく続いた静寂に心を蝕まれ、流石さすがあきらめかけた、正にその時。

 男子の一人から、明るい返事が届いた。



 嘘だと思った。幻聴だと錯覚した。

 しかし、「ちょ、ちょっと……」と他の女子達が戸惑っているのを見る限り、現実らしい。

 


「ほっ……本当ホント!?」



 勢いよく顔を上げ、喜びぎた所為せいで、がっつく音飛炉ねひろ

 あまりに浮かれ過ぎたばっかりに、彼女は気付かなかった。

 その男子の顔には、いつ、どこで、誰が、誰と、どの角度から、どのように見ても、悪質な意味が含まれていたことに。



「ああ。

 今度の休み、俺のプランで、俺と二人で遊んでくれるんならな」



 1秒、2秒、3秒。

 そうして1分が経過しても、音飛炉ねひろの思考は依然としてフリーズしたままだった。



 しかし、いつまでもそうしてはいられない。

 折角せっかく巡って来た千載一遇のチャンスを、ふいにする訳にはいかないのだ。



「一日、一回だけなら……」と自分に言い聞かせ、付き合いたくはない本音を騙し、さぞかし辱められるだろうことを理解した上で、OKの旨を伝えようとする音飛炉ねひろ

 自分の望み通りになるのを確信し、下賤な笑みを浮かべる男子。

 忌々しい音飛炉ねひろが屈服させられたこと、やっとターゲットを手中に収められることに、底意地の悪い笑みを浮かべ愉悦を覚える女子。



 そんなドロドロした状況の中、音飛炉ねひろを自身とのデートに強制参加させようと企む男子の肩を。

 ちょんちょんと、何者かが指で触れた。



「あ?」



 邪魔されたことに腹を立てつつ、振り返る男子。

 その視界を埋め尽くしたのは、相手の顔……よりも先に飛び込んで来た、何者かの靴だった。



「っ!?」



 面食らい、金縛りにあったかのごとく動けなくなる男子。

 突如として放たれた、居合抜きと見紛うばかりの素早く凄まじいキックは、男子の顔面を捉える寸前で急停止した。



「ひ……ひぃぃぃぃぃっ!!」



 いきなり襲われたことで、男子は腰を抜かし、それでいて距離を取る。

 そんな醜態を晒す男子と、彼に釣られて後退りした暫定部員達。

 一同を、騒動の中心と化した治葉ちよが見下した。



「はっ。

 この程度で、それ? ダッサ。

 ズルして不相応な望み叶える前に、自分磨きなりハードル下げるなりしなさいよ」

「て、手前てめえっ!!

 いきなり、何しやがる!?」

「うーわっ。

 台詞セリフまで雑っ魚。

 かったるいったらないわね」



 男子の台詞セリフを一笑に付し、腕を組みつつ。

 治葉ちよは、距離的にも態度的にも上から物を言う。

 


「別に。ほんの実演よ。

 大方おおかたあんたたちは、あたしたちこと、恥ずかし気も惜し気も無くオタトークばっかしてるだけの変人、凡人、カースト最下位だとか、さぞ見下してたんでしょうけど。

 普段は意図的に隠してたりするだけで、仮にも特撮好きなら、これくらいこと容易たやす出来できちゃったりするのよ、お生憎あいにく様。

 多分、あたしだけじゃなく、真由羽まゆは灯路ひろにも、何かしら突出した面がるんでしょうけどね」



 大人っぽく髪を掻き分けつつ、治葉ちよは強気に続ける。



「あんたみたいなうつけ共、らない。

 あんたみたいな浮ついた連中、最初から求めてない。

 とっとと失せろ。

 次、馬鹿な真似マネしやがったら、ただじゃおかない。

 本気で、ぶちのめす」



 最終通告を皮切りに、再び足を構える治葉ちよ

 そんな彼女の気迫に恐れをなし、暫定部員達たちは、蜘蛛の子を散らすように、机や椅子を滅茶苦茶にしながら、一目散に走り去ったのだった。



「あいつ……どこまで行儀が悪いってのよ。

 親の顔が見てみたいわね。っても、二度とつらぁ拝みたくないけど。

 さて、と。前座はこれくらいにして、院城いんじょう

「は、はっ!!

 大変申し訳ありませんでした!!

 お手を煩わせてしまい、恐悦至極にございまする!!」

「あー、うん。そういう余計なの、いから。

 てか、そんなキャラだったのね、あんた。

 それより、怪我けがは? 平気?」

「はっ!!」

「いや、キャラは継続かい。別にいけど。

 てか、そもそも、しばらく外で聞き耳立ててたから、大体の状況は把握済みだけど。

 それより、ちょっと手ぇ貸してくれる?

 あの不届き者達たちからの要らない置き土産、片付けないと。

 このままにして真由羽まゆは灯路ひろ風凛かりんあたしまで何か言われるのは、流石さすがしゃくだから。

 あと一応、あんたも」

「はっ!!

 誠心誠意、尽力させて頂く所存でございます!!」

「うん。もう、そっちでいわ。

 なんか、敬語の方がかえって話しやすいって謎現象まで起きてるし」



 そんな調子でコントを繰り広げつつ。

 例のグループが荒らして行った教室を、2人は元通りに直した。



「こんな所かしらね。

 助かったわ、院城いんじょう

「い、いえ! 元々、私の責任ですし!」

「知ってるわよ。

 でも、ありがと。

 あんた、思ってたより遥かにやつだったのね。

 ちょっと認識、改めたわ。

 失敬、失敬」



 肩や首を回しつつ、笑顔を向ける治葉ちよ

 そんな彼女に対し、音飛炉ねひろが萎縮しながら質問する。



「あ、あの……。

 刃舞はもうさんは何故なぜ、こちらに……?」

「あんたたち、帰りが遅過ぎたから、僭越ながら確認しに来た次第よ。

 それに」



 教卓に腰掛けつつ、治葉ちよは続ける。



「あんた今朝、血相変えて部室の方から走って来たじゃない。

 っても、あんたは気付きづいてなかったみたいだけど。

 その時から、疑ってたのよ。なんったなぁ、って。

 だから今も、こうして目ぇ光らせてたってわけ

「み、見てたんですか!?」

「そりゃそうでしょ。

 あんたはもう少し、自分が人目を引く立場にあるのを自覚すべきよ。

 今回みたいに、危ないことに巻き込まれるのをあらかじめ察知し、避けるためにもね」



 話を進めつつクイッと、治葉ちよは顎で、教卓の前の椅子を差した。

 座れという合図だと受け取った音飛炉ねひろは、大人おとなしく素直に従った。



「安心なさい。

 あんたはオッケーしてないから、さっきのは事実上、反故ほごよ。

 ま。そうじゃなきゃ、次もあたしの武器が唸るだけだし」



 座りながらシュッ、シュッと、シャドーボクシングのように蹴りを放つ治葉ちよ



 恐縮しつつ、音飛炉ねひろは思った。

 あ、この人、F監督好みの逸材だなぁと。

 絶対、アクションとかしたら映えるタイプだ。

 足、綺麗だし長いし、ポーズも一々、さまになってるし。



「……ちょっと。

 いくあたしでも、恥ずかしんだけど。

 流石さすがに、そうジロジロ見られると」

「し、失礼しましたっ!!」



 言葉通り、やや頬を赤くしつつ、何となしに髪を弄る治葉ちよ

 そんな彼女に頭を下げる音飛炉ねひろの姿を受け、明後日の方を向きつつ治葉ちよは本題に入る。



「で?

 どうするのよ? これから。

 また性懲りも無く、今日みたいなことを繰り返すもり?

 言っとくけどあたし、四六時中、不眠不休で、あんたのボディーガードを務めるなんて真っ平よ。今回のは単なる気紛れ。

 そもそもあたし、あんたのこと、気に入らないし。

 っても、あんたも気付きづいてるんでしょうけど」

「そ、それは、まぁ……」



 気付きづかないはずは無かった。

 自分が現れるやいなや毎回、不満さを全面に出しながら、帰られてたら。



 もっとも、彼女のオーラが怖くて、これまでついぞ聞けずにいたし。

 図らずも彼女のアクションのキレ具合の目撃者となった今となっては、余計に真意を問えなくなってしまったのだが。



「簡単よ。

 あんたが、本音を一つ残らず隠してるから。

 だから、あたしはあんたが嫌いだった。

 あんたとつるむだけの価値も、メリットも、理由も、時間も、無いと思ってたから。

 今回だって、真由羽まゆは灯路ひろへの義理を果たしただけよ」



 どうすべきか思いあぐねていたら、ありがたいことに、頬杖をつきつつ治葉ちよの方から助け舟を出してくれた。

 またとい機会だと瞬時に理解し、音飛炉ねひろしばらく口を挟まないでいようと決めた。



あたし達……ていうか、すべての人間がそうなんでしょうけど。

 人間、誰しも、何かしら隠してる。

 趣味とか、黒歴史とか、本音とか、そういうのね。

 無論むろんあたしたちとて例外じゃない。

 真由羽まゆはも、灯路ひろも、風凛かりんも、あたしも、何かをひた隠しにしてる。

 何重もの宝箱に入れて、鍵もチェーンもかけ、隠し扉の向こうに置いて、でもって巨大な城に封印して、赤外線とか炎とか落とし穴とかデザートとかドラゴンとかのトラップも仕掛け、理性とか建前ってガード・マンも付けて……。

 それから、あー……」



 何やら唸りながら、目を閉じ眉間に指を当て、考えること数秒。

 やがて、導き出した答えは。



「まぁ、あれよ。そんな感じよ」

 という、強引な力技だった。



 どうやら、ツッコミ役でありながら例えが不得手らしい。

 あるいは致命的な弱点なのではなかろうか。



「でも」

 つなげ切り替え、頬杖をめ、調子の戻った治葉ちよは、ぐに音飛炉ねひろを捉えた。



「それ以外には、オープンでいるもりよ。

 特撮好きなことも、最オシの作品も話もキャラも曲も、真由羽まゆはが可愛くて可愛くて仕方がことも、主体性の灯路ひろがストレスなのもね。

 あたしなんて、特に曝け出してるわよ。

 でも……あんたは違う。

 あたしたちは、あの部室という同じ世界にきちんとる。

 他の盲目連中と違って、部室にも来てる。

 つまり、あの特撮一色の空間に、難色を示してないってことよね。

 にもかかわらず。あんたはず、その時点で、そのことすら明かそうと、認めようとしなかった。

 あいつらよろしく、『格好かっこいい』だの『可愛い』だの、そんな浅い次元の話しかしてくれなかった。

 それがあたしには、どぉぉぉぉぉっしても許せなかった。

 気付きづけば、あんたが部室に来たら即、こっちから退室するくらいには、あんたが嫌いだった。

 ま、はっきりしない灯路ひろ絡みでの八つ当たりって線も、否定はしないけど。

 そんなこんなで、あんたのこと、男靡かせて女を嫉妬させてる自分に酔いしれてる、お高く止まった、特撮好きの風上にも置けないいややつだと思った。

なんで素人な上に興味も示さないあいつにはあんなに特撮トークしてるのに、あたしとはしてくれないのよっ!?』。

 そう、イライラしてた。

 浅◯ほどではないにせよ」 



 一頻り思いの丈をぶつけたのか、心なしかスッキリした顔で治葉ちよは、両手を軸にして教卓から華麗に着地した。

 そして、やや勝ち誇った顔をしつつ、両手が勝手に拍手しかけていた音飛炉ねひろに尋ねる。



「いきなり長い自分語りに付き合わせて、悪かったわね。  

 こうなった以上、後はもう、あんたの好きにすれば?

 あんたが同じ穴のむじなだなんて、はなっから割れてるんだから、とっくに手遅れよ。

 それに、好印象な同胞なんて貴重な存在、みすみす逃す手はいわ。

 こちとら、あんたがこのまま宙ぶらりんな態度を取り続けるってんなら、あんたの首根っこ引っ掴んででも、受験勉強が始まるまでは、あの部室に強制連行してやる所存よ。

 ようは今更、逃げようが辞めようが、無駄な足搔きってこと

 あんたがいくら残るまいとしても、正規部員あたしたちは全員、断じて認めないから。

 だったら開き直って、はっちゃけた方が、気が楽だし潔いわよ?

 あんたは完全に、あたしの心をたぎらせた。

 恨むなら散々さんざん、思わせりな態度取ってた、今朝までのあんた自身にタゲを向けることね。

 て、わけで。そろそろ上がるわ。

 可愛い可愛い真由羽むすめが、ママの帰りを待ってくれてるんだもの」



 それだけげると、治葉ちよ音飛炉ねひろに背を向け。

 シュッという効果音が付きそうな感じで手を動かし(別れの挨拶のもりらしい)、教室を後にした。



 ドアが締まり、足音が消えた頃。

 音飛炉ねひろの心の中で残っていた感想は、ただ一つ。



「……イケジョ過ぎます……。

 私か彼女が男性だったら絶対ぜったい、永遠、速攻、問答無用で惚れてました……」



 そんな本音に支配されつつ、ふと我に返り首をブンブンと振ってから、音飛炉ねひろは教室を出た。



「キャ〜♪

 由羽ゆはちゅぁ〜ん♪

 ママを迎えに来てくれたの〜♪

 偉いでちゅね〜♪

 いい子、いい子してあげましゅよ〜♪

 さぁ、さぁ♪ おててニギニギして、帰りまちょうね〜♪」



 ……去り際、後ろの方から何やら、騒がしい幼稚な奇声が届いた気がしたが、音飛炉ねひろはスルーした。

 どことなく治葉ちよの声に近かった件も含めて。



「ん?

 これはこれは。

 音飛炉ねひろさまではござりませんか。

 お疲れ様でやんす」



 空き教室を出、ぼんやりと立っていた音飛炉ねひろ

 不意に、部活上がりとおぼしき風凛かりんと遭遇した。



「あ……う、うん。

 お疲れ様。

 風凛かりんちゃんは今、帰り?」

いな

 校則違反者がやしないかと、個人的に巡回している所でごわしますわ。

 こういう活動を自主的に続ければ、いずれは正式に風紀委員になれるやもしれないでございますし」

「そっか」



 どれだけ追い払われても、風紀委員を志し。

 漢字は変えないまま、読み方だけを変え。

 それでいて、父親や兄と疎遠になっているわけでもなく。

 みずからに課せられた呪い(?)にも負けず。

 剣道も、『トッケン』も、目標も、自分も、周囲も、すべてをあきらめない。



 そんな彼女の強さを。

 音飛炉ねひろは心底、羨ましく思った。



 自分は、そこまでではない。

 家族も、名前も、部活も、コミュニケーションも、何もかも中途半端。

 すべてを叶えん、円滑に進めんとした結果、滞ってしまった。

 誰にも、気にも止められないふうに。



 ……いや。

 それは、違う。

 少なくとも治葉ちよには、背中を押してもらえた。

 自分がして来たことは、間違いだけではない。



 そろそろ、新たな一歩を踏み出さなくては。

 そのために今、必要なことは、原点回帰。

 初志貫徹すべく、あの場所におもむかなくては。

 風凛かりんを、見習って。



「ごめん、風凛かりんちゃん!

 またね!」

「え!?

 は、はいっ!

 お達者でー!」



 なにやら大袈裟な物言いと共に、風凛かりんに見送られる音飛炉ねひろ



 一目散に向かうは、思い出の場所……『トッケン』の部室。

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