2 ヒロインの苦悩
今年度の『ハナコー』1年組の中で、断トツの人気を誇るマドンナ、
品行方正、才色兼備。気立ても良く、固くも柔くもない塩梅の口調が好印象。
そんな、
そんな彼女が退部宣言をした朝から時間が経ち、放課後。
現在、
フィクション時空ではない、変身や戦闘などとは無縁である現実世界では、これもある意味、ヒーロー活動なのかもしれない。
それに、部室でひたすらオタク心を剥き出しにしてヒーロー談義をしているよりかは
あくまでも、彼等がきちんと、やる気を持って臨んでいれば。
の話だが。
「ねー。この
「インチョが来るなら、ワンチャン」
「えー、またそれー」
「なぁ、なぁ!
じゃあ、俺は!?
「うわ、やらしー!」
ぎゃあぎゃあとみっともなく、『トッケン』にも今の活動にも全く関係の
そんな中、名前が似てるからという安直な理由だけで、実際に務めた経験など一度も
彼女は、気を引き締め、教室を回り黒板の落書き消し中のグループに接触を試みる。
「あ、あのっ!」
「は?」
「何? 何か用?」
ただ話しかけただけで、明らかに拒否反応、ヘイトを示される
彼女達は皆、
それも
彼女とお近付きになりたいが
所謂ニワカ、潜り以下の存在だからである。
本人の意図はさておき。
複数の男子の恋心を我が物にしているという時点で、
その中に意中の男子がおり、あわよくば
そんな
彼女の意思や行動とは無関係に、サークラ染みた立場に追いやられてしまっているのである。
分かっている。
水面下でそんな
大好きな『トッケン』を復活、存続させんとしたが
その結果、1年生のみならず、帰宅部だった中学生や、卒業後は家業を継ぐ
コントロールやコーチングは
それどころか、前述の通り、彼女に敵愾心なりヘイトなり向けていたり、彼女から目的の異性、
属に言う過激派の女子まで受け入れてしまったのだと。
極めつけに今朝、実は自分が生粋の隠れ特撮マニアであるという秘密が、あろう
正体を知られてしまった以上、本来ならば自分は(懐古的なのは百も承知で)、一刻も早く、それこそ本日中にでも、この町を離れるべきである。
しかし、自分はまだ義務教育を受けている身。
この
となれば、残る選択肢は1つ。
せめてもの、最後の罪滅ぼしとして、あと2人、きちんとした部員を確保。
その上で『トッケン』、及び部員達とは今後一切、必要最低限の関わりしか持たない。
それが自分に許された、唯一の道である。
怯える心に鞭を打ち、強く手を握り締め、覚悟を持って、
今も
「お願い。
どうか……どうか、ちゃんと部員になって。
あと2人……どうしても、必要なの」
「はぁ?
何、サラッと増やしてんの?」
「あんたは、あっち寄りじゃない」
「私は……
その上で、お願い。どうか、力を貸して。
こんな見せかけの活動じゃなくて、ちゃんと、部活して
これまで自分は、来る日も来る日も、
『こんな可愛いキャラも
『こんなアーティスト、役者が出てるんだよ』と。
初心者でも入り易い
しかし、無駄だった。
『へー』、『ふーん』、『そっ』。そんな素っ気ない、味気ないリアクションで強引に会話を終わらせ。
カラオケだの喫茶店だのにばかり
それが、この数日、休日にまで続いていた、変わらぬ姿だった。
「何それ。全部、あんたの都合じゃん」
「
「つーか、こーして参加してやってるだけで、ありがたいでしょ」
お人好しの
入部理由が理由なだけあって、初期メンツ以外の女子とは、どうにも反りが合わない。
しかも、単に相性が悪いという
彼女達が、良く言えば現代的、悪く言えば肉食系過ぎるのである(彼女が気付いていないだけで、このやり取りだけで、他にも悪い部分、理由がわんさか出て来そうだが)。
別に自分とて、恋愛を忌み嫌っているのではない。
かといって、それを、それだけを理由に入部し、片想いの相手に直接的に告白したりもせず、あまつさえ本命の部活動を
中途半端にすら到底、満たない、自分に恋や嫉妬もしていない初期部員達からすれば
だからこそ。
去ると決めたからこそ、今度こそ、最短ルートで、責任を取らねばなるまい。
「いいけど? 別に。
正式に入部しても」
最早、望みは断たれたか。
男子の一人から、明るい返事が届いた。
嘘だと思った。幻聴だと錯覚した。
しかし、「ちょ、ちょっと……」と他の女子達が戸惑っているのを見る限り、現実らしい。
「ほっ……
勢いよく顔を上げ、喜び
その男子の顔には、いつ、どこで、誰が、誰と、どの角度から、どの
「ああ。
今度の休み、俺のプランで、俺と二人で遊んでくれるんならな」
1秒、2秒、3秒。
そうして1分が経過しても、
しかし、いつまでもそうしてはいられない。
「一日、一回だけなら……」と自分に言い聞かせ、付き合いたくはない本音を騙し、さぞかし辱められるだろう
自分の望み通りになるのを確信し、下賤な笑みを浮かべる男子。
忌々しい
そんなドロドロした状況の中、
ちょんちょんと、何者かが指で触れた。
「あ?」
邪魔された
その視界を埋め尽くしたのは、相手の顔……よりも先に飛び込んで来た、何者かの靴だった。
「っ!?」
面食らい、金縛りにあったかの
突如として放たれた、居合抜きと見紛うばかりの素早く凄まじいキックは、男子の顔面を捉える寸前で急停止した。
「ひ……ひぃぃぃぃぃっ!!」
いきなり襲われた
そんな醜態を晒す男子と、彼に釣られて後退りした暫定部員達。
一同を、騒動の中心と化した
「はっ。
この程度で、それ? ダッサ。
「て、
いきなり、何しやがる!?」
「うーわっ。
かったるいったらないわね」
男子の
「別に。
普段は意図的に隠してたりするだけで、仮にも特撮好きなら、これ
多分、
大人っぽく髪を掻き分けつつ、
「あんた
あんた
とっとと失せろ。
次、馬鹿な
本気で、ぶちのめす」
最終通告を皮切りに、再び足を構える
そんな彼女の気迫に恐れをなし、
「あいつ
親の顔が見てみたいわね。っても、二度と
さて、と。前座はこれ
「は、はっ!!
大変申し訳ありませんでした!!
お手を煩わせてしまい、恐悦至極にございまする!!」
「あー、うん。そういう余計なの、
てか、そんなキャラだったのね、あんた。
それより、
「はっ!!」
「いや、キャラは継続かい。別に
てか、そもそも、
それより、ちょっと手ぇ貸してくれる?
あの不届き
このままにして
あと一応、あんたも」
「はっ!!
誠心誠意、尽力させて頂く所存でございます!!」
「うん。もう、そっちで
そんな調子でコントを繰り広げつつ。
例のグループが荒らして行った教室を、2人は元通りに直した。
「こんな所かしらね。
助かったわ、
「い、いえ! 元々、私の責任ですし!」
「知ってるわよ。
でも、ありがと。
あんた、思ってたより遥かに
ちょっと認識、改めたわ。
失敬、失敬」
肩や首を回しつつ、笑顔を向ける
そんな彼女に対し、
「あ、あの……。
「あんた
それに」
教卓に腰掛けつつ、
「あんた今朝、血相変えて部室の方から走って来たじゃない。
っても、あんたは
その時から、疑ってたのよ。
だから今も、こうして目ぇ光らせてたって
「み、見てたんですか!?」
「そりゃそうでしょ。
あんたはもう少し、自分が人目を引く立場にあるのを自覚すべきよ。
今回みたいに、危ない
話を進めつつクイッと、
座れという合図だと受け取った
「安心なさい。
あんたはオッケーしてないから、
ま。そうじゃなきゃ、次も
座りながらシュッ、シュッと、シャドーボクシングの
恐縮しつつ、
あ、この人、F監督好みの逸材だなぁと。
絶対、アクションとかしたら映えるタイプだ。
足、綺麗だし長いし、ポーズも一々、
「……ちょっと。
「し、失礼しましたっ!!」
言葉通り、やや頬を赤くしつつ、何となしに髪を弄る
そんな彼女に頭を下げる
「で?
どうするのよ? これから。
また性懲りも無く、今日みたいな
言っとくけど
そもそも
っても、あんたも
「そ、それは、まぁ……」
自分が現れるや
図らずも彼女のアクションのキレ具合の目撃者となった今となっては、余計に真意を問えなくなってしまったのだが。
「簡単よ。
あんたが、本音を一つ残らず隠してるから。
だから、
あんたと
今回だって、
どうすべきか思い
またと
「
人間、誰しも、何かしら隠してる。
趣味とか、黒歴史とか、本音とか、そういうのね。
何重もの宝箱に入れて、鍵もチェーンもかけ、隠し扉の向こうに置いて、でもって巨大な城に封印して、赤外線とか炎とか落とし穴とかデザートとかドラゴンとかのトラップも仕掛け、理性とか建前ってガード・マンも付けて……。
それから、あー……」
何やら唸りながら、目を閉じ眉間に指を当て、考えること数秒。
やがて、導き出した答えは。
「まぁ、あれよ。そんな感じよ」
という、強引な力技だった。
どうやら、ツッコミ役でありながら例えが不得手らしい。
「でも」
「それ以外には、オープンでいる
特撮好きな
でも……あんたは違う。
あたし
他の盲目連中と違って、部室にも来てる。
つまり、あの特撮一色の空間に、難色を示してないって
にも
あいつら
それが
ま、はっきりしない
そんなこんなで、あんたの
『
そう、イライラしてた。
浅◯
一頻り思いの丈をぶつけたのか、心なしかスッキリした顔で
そして、やや勝ち誇った顔をしつつ、両手が勝手に拍手しかけていた
「いきなり長い自分語りに付き合わせて、悪かったわね。
こうなった以上、後はもう、あんたの好きにすれば?
あんたが同じ穴の
それに、好印象な同胞なんて貴重な存在、みすみす逃す手は
こちとら、あんたがこのまま宙ぶらりんな態度を取り続けるってんなら、あんたの首根っこ引っ掴んででも、受験勉強が始まるまでは、あの部室に強制連行してやる所存よ。
あんたが
だったら開き直って、はっちゃけた方が、気が楽だし潔いわよ?
あんたは完全に、
恨むなら
て、
可愛い可愛い
それだけ
シュッという効果音が付きそうな感じで手を動かし(別れの挨拶の
ドアが締まり、足音が消えた頃。
「……イケジョ過ぎます……。
私か彼女が男性だったら
そんな本音に支配されつつ、ふと我に返り首をブンブンと振ってから、
「キャ〜♪
ママを迎えに来てくれたの〜♪
偉いでちゅね〜♪
いい子、いい子してあげましゅよ〜♪
さぁ、さぁ♪ おててニギニギして、帰りまちょうね〜♪」
……去り際、後ろの方から何やら、騒がしい幼稚な奇声が届いた気がしたが、
どことなく
「ん?
これはこれは。
お疲れ様でやんす」
空き教室を出、ぼんやりと立っていた
不意に、部活上がりと
「あ……う、うん。
お疲れ様。
「
校則違反者が
こういう活動を自主的に続ければ、
「そっか」
どれだけ追い払われても、風紀委員を志し。
漢字は変えないまま、読み方だけを変え。
それでいて、父親や兄と疎遠になっている
剣道も、『トッケン』も、目標も、自分も、周囲も、
そんな彼女の強さを。
自分は、そこまでではない。
家族も、名前も、部活も、コミュニケーションも、何もかも中途半端。
誰にも、気にも止められない
……いや。
それは、違う。
少なくとも
自分がして来た
そろそろ、新たな一歩を踏み出さなくては。
その
初志貫徹すべく、あの場所に
「ごめん、
またね!」
「え!?
は、はいっ!
お達者でー!」
一目散に向かうは、思い出の場所……『トッケン』の部室。
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