第16話 ★不穏な空気
コーシェ王国の王宮内謁見の間で、マルツェルたちはエディタのしでかした件について報告をしていた。
もちろん、マルツェルのでっち上げではあるが。
「そうか……。我が娘はそのような真似を……」
コーシェ国王シルヴェストルは、あごひげを撫でながらつぶやいた。
マルツェルはチラリとシルヴェストルの表情を窺う。
ことは王家にとっての一大事。
だが、シルヴェストルはまったく感情をあらわにしていない。無表情のまま、マルツェルたちを見つめていた。
一方で、周囲の側近たちは顔を見合わせ、あれこれとがなり立てている。
マルツェルたちを悪く言うものはなかった。むしろ、「やはり……」やら「姫様には困ったものだ」などと、エディタを非難する内容が大半だ。
「ちょっち不安だったけれど、なんとかなりそうじゃん……」
マルツェルの右隣でひざまずいているイレナが、ぼそりとつぶやいた。
「何か問題が起こっても王国が敵にならないよう、街の人間にあれだけ広報宣伝してきたんだからな」
マルツェルが答えると、イレナもロベルトも首肯した。
「まったく、グズのデニス様々だなぁ。『俺、勇者様ご一行のお役に立てたんです!』って、あの世でせいぜい自慢するといいやぁ」
ニヤニヤと笑いながら、ロベルトがデニスをあざけった。
釣られてイレナもぷっと吹き出す。
デニスは今頃、道ばたで野垂れ死んでいるに違いない。これがマルツェルたちの共通認識になっていた。
時折思い出しては、今のロベルトのように話のネタにして、三人でゲラゲラと笑い転げていた。罪悪感など、みじんも抱いていなかった。
周囲に気づかれぬようにうつむいたまま、小声でひとしきりデニスを馬鹿にしたところで、マルツェルたちは口をつぐんだ。
あらためてシルヴェストルを見上げる。
「確かに、あれは我が国の伝統である勇者の特権について、古くさいと不満を漏らしていたこともあった。王族の勤めだとして、婚約者になること自体は承知したものの、何か言いたげな様子だったのは間違いない」
「まさか、姫様がこうも早くお役目を放棄なされるとは……」
側近たちのため息の音が漏れ響く。
「あれの育て方を間違ったのやもしれん……」
シルヴェストルはこぼすと、そのまま黙りこくった。
謁見の間がしんと静まりかえる。
しばらくして、シルヴェストルはひげを撫でつけていた手を放すと、ゴホンと咳払いを一つした。
「さて、勇者マルツェルよ」
シルヴェストルはじろりとマルツェルに視線を移す。
マルツェルは顔を上げ、背筋を伸ばした。
「追放に至る原因となった事件について、もうすこし詳しく話を聞かせてはもらえぬか?」
「はっ……」
マルツェルはうやうやしく答えた。
つうっと額から汗が流れ落ちていき、床に小さな染みを作る。
「ちっ! 面倒じゃん。ボロが出るとマズいよ……」
イレナのささやき声が漏れた。
ことは、マルツェルがエディタを一方的に追い出したというのが真相だ。国王に対して嘘をでっち上げていることになる。
とはいえ、だまし通せる自信があるからこそ、マルツェルたちは今回の進言を行っていた。
だが、物事に完璧はないのが世の常。
マルツェルもイレナもロベルトも、そわそわしたように視線を泳がせ、落ち着きなくまばたきをしていた。
「ここからが、お芝居の本番だなぁ……」
ロベルトがゴクリと生唾を飲み込んだ。
マルツェルはロベルトの言葉にうなずき、視線を上げる。
フッと息を継ぐと、ゆっくりと口を開いた。
すると、そのとき――。
「た、大変ですっっっ!!」
謁見の間に兵士が駆け込んできて、大声で叫んだ。
一気に広間は騒然となる。
「なんだ! 今は勇者殿の謁見の時間だぞ!」
広間を警備する近衛騎士の隊長らしき男が、兵士を叱責した。
だが、兵士はすっかり動揺した様子で、隊長の下へ駆け寄る。
「そ、それが……」
「なんだって!?」
兵士の耳打ちを聞くや、隊長は一気に表情を青ざめさせた。
「どうした、何があった?」
国王のそばに控えていた宰相が問いかける。
「魔族の……、魔族の侵攻です! 西の国境近くに、前触れもなく魔獣の大規模な群れが現れたと、報告が入りました!」
「本当か!?」
「しかも、率いているのは四魔将が一人、《風のヴァレンティン》らしいと……」
「さ、最悪だ……」
近衛騎士隊長の発言に、広間のざわめきは一層大きくなった。
悲鳴のようなものまで混じっている。
「《風のヴァレンティン》っつーと、あれかぁ。確か魔族の将軍クラス。オレたちと同じ《伝説級》の使い手か……」
ロベルトの指摘に、マルツェルはうなずく。
四魔将は魔王配下の四軍団を率いる将軍たちの総称だ。いずれも人族では本来扱えない《伝説級》スキルを行使可能で、一対一なら勇者でも敵わない難敵。
マルツェルたち勇者一行の最終的な目標が、この四魔将を討伐することだった。
「ちょっとちょっと、魔族の侵攻ってもっと先の話だよね? 話が違うじゃん、話が」
いらだたしげにイレナは吐き捨てた。
マルツェルたちが王家から聞かされていた魔族の大規模侵攻は、年単位でずっと先のはずだった。
だからこそ、今はまだ余裕があるからと、マルツェルは好き放題に振る舞っていた。戦力になり得るエディタをパーティーから追い出した時も、躊躇はしなかった。
だが、魔族の侵攻が近いとわかっていたならば、さすがに話は別だ。
まったくの想定外――。
「イヤな流れだな……」
マルツェルは顔をしかめ、周囲を見渡した。
広間にいる人間のほぼすべての視線が、マルツェルに集まる。
「こうなっては致し方あるまい……」
シルヴェストルは立ち上がり、マルツェルを見下ろした。
「勇者マルツェルとその仲間たちよ。急な話ですまぬが――」
マルツェルたちはため息をつきながら、シルヴェストルの言葉を聞いた。
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