第15話 真の勇者

「そこで、あなたですわっ!」


 俺はエディタの勢いに押され、後ずさりする。


「先ほどの戦い、一部始終を見ておりましたの。あの勇者一行ですら敵わなかった古竜を相手に、単独で圧倒しているではありませんか!」

「いえ、あれは……」


 ティーエムちゃんの力が大きいんだよと言いたいが、さすがに創造神が一緒についてきているなんて話せない。

 困ったな……。


「どうかそのお力、わたくしにお貸しいただけませんか! 父様へ勇者の非道を訴える際の、助けになっていただきたいのです!」


 エディタは俺の手を握りしめ、上目遣いで懇願した。


 涙で濡れたまつげの奥から、熱意のこもった視線を感じる。


 できれば協力してあげたい。

 しかし、今の俺には、再びマルツェルと関わりを持つ可能性のあるエディタの提案を、素直には受け入れられなかった。


 確かに古竜を打ち破り、自信は取り戻せた。

 だからといって今更、せっかく決別できた過去に再び向き合うだなんて、ちょっと勘弁してもらいたかった。

 そこまで俺は被虐趣味じゃないぞ。


 それに、今持っている力も、あくまでティーエムちゃんから一時的に援助してもらっている仮初めのものに過ぎない。故郷に帰れば失う力だ。

 そこから新たに信頼できる仲間を見つけるまでには、少し時間も必要だろう。


「お気持ちはわかりますが……」


 答えに窮した。


「そんなことをおっしゃらずに! どうか……、どうか、わたくしの勇者様になってくださいませ! あなたこそが、王国の求める真の勇者様! あのような悪辣な男を、そのまま野放しにはしてはおけません!」

「勇者だなんて柄じゃないです、勘弁してください……」

「マルツェルを見返してやりたいとは思わないのですか!?」


 エディタの言葉がグサリと胸に突き刺さった。


 まったく、痛いところを突いてくれる……。


 復讐心が全くないのかと聞かれれば、それはもちろん否だ。


 でも、マルツェルに復讐をしたところで、何になる。

 どうせ《信頼》の支援を失ったあいつらは、俺が直接手を下すまでもなく勝手に自滅するのがオチじゃないのか?


 正直、もう『勇者』という言葉には良い印象を抱けない。

 俺は、あくまで高ランクの冒険者として名をはせればそれでいい。

 王国がどうとか、対魔族がどうとかは、今まであまり関わりもなかったし、やんごとない身分の方々が頑張ってくれればそれでいいじゃないか。


「もう、あいつらとは関わらないことに決めたんです」

「ですがっ!」

「それに、勇者になって、私に何かメリットはあるんですか?」

「そ、それは……。わたくしと、結婚、でしょうか?」


 エディタはうつむきながらも、時折チラチラと俺の顔をのぞき込む。

 相当に恥ずかしいことを口にしていると自覚しているのか、顔から首筋まで真っ赤になっていた。


「って、あれあれ!? わたくしったら、いま何を口走ってしまいましたか!? それでなくても、命の恩人のデニスに失礼なことばかりなのに……」


 一転してエディタは早口になり、視線を泳がせはじめた。


「えっと……その……。そ、そうですわ! 王家から地位と名誉、そして一生困らないほどの莫大な財産を、お約束いたしますわ!」

「いえいえいえっ、ちょっと待ってください。さすがに出会ったばかりの姫様と、そういった話は……」

「で、でしたら! わたくしもあなたの旅に同行いたします。その際に、わたくしの人となりをみて、それで――」


 エディタにがっちりと握りしめられている手が痛い。俺を放すまいと力を込めているようだ。


「それで、勇者を目指すかどうか、決めていただけませんか!」

「でも、それですと時間がかかりますよね。その間、マルツェルはどうするんですか? このまま放置すれば、王家があいつの言いように操られる恐れもありそうですけれど……」

「どうせ代わりになり得る勇者候補を連れていけなければ、父様もわたくしの話を聞こうとはしないでしょう。一緒ですわ!」


 エディタはぐいっと俺の手を引いた。

 少しかがんだ俺の目線とエディタの目線がぴたりと揃う。


「デニス、お願いいたします。どうかわたくしのために、真の勇者になっていただけませんか?」


 吸い込まれるようなエディタの視線に、俺は釘付けになった。


 熱意は強烈に伝わった。

 かといって、勇者になるかと問われれば、首を縦には振れない。

 だが、このままではエディタは国を追われ、やがて遠くない未来に命を失うのではないか。そんな予感もする。


 エディタが言うように、旅の同行者として一緒にいれば、俺の力で護ってやれるかもしれない。

 真の勇者だの結婚だのの件は抜きにして、良い冒険者仲間として、お互いに信頼し合う関係になるってのも、悪くはない。

 そもそも、エディタ自身、勇者パーティーの一員として冒険者になろうとしていた実力者でもある。


 であるなら――。


「勇者になるとは言えません。ですが、旅に同行するという姫様の提案は飲みましょう。このまま姫様を見捨てていくなんて、さすがに男としてどうかと思いますし」

「今はそれでかまいませんわ! ありがとうございます、デニス!」

「ちょ、ちょっと。近いですって、姫様」


 ぐいっと顔を寄せてくるエディタに、俺はドギマギする。


「エディタ」

「えっ?」

「エディタと呼んでくださいませ、デニス」

「しかし……」


 さすがに、王族相手に名前の呼び捨ては躊躇する。


「デニスとわたくしは、何ですか?」


 エディタは不満げに口をとがらせた。


「旅の……仲間?」

「そうですわ! 旅の仲間になったのです。まだ二人だけとはいえ、立派な冒険者パーティーの結成です。姫様だなんて呼ばれ方をされては、わたくし、さみしいですわ! それに、そのような他人行儀な敬語もやめてくださいませ。きっと、周囲から不審がられます!」


 冒険者パーティー。

 前の勇者パーティーのような、信頼関係もクソもない偽物とは違う。


 命を預け合う大切な仲間になるんだ。確かに、敬語も、姫様呼びもないよな。


「わかりました――わかったよ……。ええっと、エディタ」

「はいっ!」


 名を呼ぶと、エディタは満面の笑みで答えた。




 こうして、俺は新たな旅の仲間を得た――。

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