第17話 ★勇者の慢心

 王都を出たマルツェルたち一行は、魔族の出没報告があった西の国境沿いまでやってきた。


「おー、いるいる」

「雑魚ばっかとはいえ、ちょいと面倒そうだなぁ……」

「問題ないじゃん! いざとなれば、私たちには《伝説級》もあるし」


 小高い丘の上から、マルツェルたちは敵の様子を探った。

 目視の範囲では、低級魔族数匹を指揮官にした中・上級の魔獣の部隊が、いくつか確認できる。


「まっ、イレナの言うとおりだな。あの程度、オレたちの敵じゃない」


 マルツェルは腰に下げた魔剣《シュピルベルグ》の柄を軽くたたいた。


「マルツェルもイレナもそう言うがなぁ、いくら雑魚とはいえ、敵の親玉が現れる前にあらかた始末しきらなきゃぁならねぇんだぜ。短時間であの数は、骨が折れるなぁ……」

「ロベルト、何びびってるじゃん! いつもの強気はどこに行ったんじゃん」

「オレぁ、元来慎重派なんだよぉ。それに、最前線に立つのはオレなんだから、そりゃ慎重にもなるさぁ」

「ぷぷっ、冗談はよすじゃん! そんな図体して慎重派って」

「うっせぇ、ほっとけ」


 イレナのからかいに、ロベルトは不機嫌そうに顔をしかめた。

 ロベルトは巨漢と言える体軀だ。イレナはその見た目に似合わないロベルトの言動がよほど面白いのだろうか、クックッと忍び笑いを漏らしている。


「まぁ、そんなに心配するな、ロベルト。あんな雑魚どもがどれだけ雁首そろえようとも、オレたちにかかれば、さながら雑草を刈るがごとしってな」


 マルツェルはニヤリと笑い、シュピルベルグを鞘から引き抜いた。

 陽光を受けて、刃先がギラリと光った。


「ったく、お気楽な奴らだなぁ。とは言え、オレも別にそこまで心配はしちゃいねぇよ。《伝説級》のすごさは身をもって理解しているし、そもそも《伝説級》が無くったってぇ、あのレベルの相手に後れをとるほど、勇者の名は低くねぇしなぁ」

「そういうことだ。ま、親玉とのご対面まで、あいつら相手に準備運動といくかね。四魔将戦に備えて魔力をしっかりと残したいし、雑魚相手に《伝説級》は、とりあえず温存だな」

「よっし。じゃあさっそく支援をかけるじゃん。マルツェルもロベルトも、存分に暴れてくるじゃん!」


 イレナの詠唱の声を合図に、マルツェルとロベルトは剣を構えた。


「っしゃ、いくぞ、おまえらぁぁぁっっっ!!!!」


 マルツェルはかけ声とともに地面を蹴り、魔獣の集団に突っ込んでいった。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




「なんだよ、なんだよ! 聞いてないぞ、ちくしょうっ! どうしてオレたちがこんな目に遭うんだよ!」


 マルツェルは叫び、襲い来る犬型の魔獣を切って捨てる。

 交戦開始からほどなくして、最初の余裕は完全に消え失せていた。


「マジ、信じらんないじゃん! 準備もなしにこの数をどうにかしろって、あの王様って鬼畜? 私たちに死ねって言ってるようなもんじゃん!」


 先程までの余裕はどこへやらといった様子で、イレナはブンブンと杖を振り回しながら、言っても仕方がない悪態をついていた。

 だが、イレナの文句もある意味、当然な状況ではあった。


「さすがに参ったぜぇ……。まさか、倒したそばから、こう次々と増援がわらわらって湧いてくるたぁなぁ!」


 マルツェルの撃ち漏らした魔獣を捌きながら、ロベルトも吐き捨てるように愚痴る。

 手にする剣には、すでにべっとりと血糊がついていた。


 マルツェルたちにとっての大きな誤算――。

 魔族の侵攻がこれほどまでに大規模なものだとは、まったく想定していなかった。


 最初の目視の範囲では楽勝かと思われた敵部隊の数だったが、気が付けば周囲をぐるりととり囲まれるほどに、その規模を膨れ上がらせていた。

 すでに、一時撤退も難しい状況だ。


 当初発見した敵部隊は、すでに全滅させている。だが、今はその全滅させた部隊の軽く五倍はいるのではないかという数を相手にしていた。倒しても倒してもキリがない。


「確かに、こいつは国軍の支援がなけりゃ、勇者が四魔将と戦う余裕なんてないな……」


 マルツェルはため息をつきつつ、襲い来る魔獣を次々と切り捨てた。


「こんなことになるんなら、過去の勇者たちがどう戦ってきたか、きちんと聞いておけば良かったじゃん!」


 イレナは涙目になりながら、必死になってマルツェルたちに支援魔法をかける。


 完全なる準備不足――。

 過去のどの勇者にも扱えなかった《伝説級》を使えるという事実が、マルツェルたちをすっかり慢心させていた。

 四魔将以外の敵に後れをとるような事態はないだろうと考えて、過去の対魔族戦における戦術を、王宮の官僚たちに詳しく聞いたりはしなかった。


 今、その驕りのツケが、マルツェルたちに重くのしかかっている。


 加えて、勇者の地位向上のために吹聴してきた《伝説級》スキル自体が、マルツェルたちを苦境に立たせている遠因にもなっていた。


『バラトの街から報告を受けている。勇者殿は、かつて人族の誰もが到達し得なかった、あの《伝説級》を手にしたと』


 謁見の間での国王シルヴェストルの言葉が、マルツェルたちの脳裏にはっきりと焼き付いていた。


『その力があれば、あの《風のヴァレンティン》とも互角にやり合えるであろう? 緊急事態で国軍の準備が整わないのだ。しばらくはお主たちのみで、あ奴らを止めてはもらえぬか』


 国王直々の頼みだ。マルツェルたちが否と答られるはずもない。

 王国の権威あっての勇者なのだから……。


 勇者の使命は、魔族の四魔将を討ち取ることだ。

 だが、本来であれば、その役目も国軍の大規模な支援の元に行われるはずのもの。


 国軍が周辺の低級魔族や魔獣を受け持ち、その隙を突いて高ランク冒険者たちの支援を受けた勇者パーティーが四魔将とやりあう。

 過去の勇者たちも、こうして手柄を立ててきた。


 だが、今のマルツェルたちはその大前提が崩れている。

 孤立無援の中、多勢に無勢の状況で、実力的に大きく上回る《風のヴァレンティン》を足止めしなければいけない。


 もしマルツェルたちが《伝説級》を使えるなどと言いふらしていなければ、さすがにシルヴェストルもこのような要求はしなかっただろう。

 切り札に《伝説級》を持ったが故の、今回の悲劇だ。


 これまで地道に仕込んできた広報宣伝が、まさかこんな事態を引き起こすとは、マルツェルもイレナもロベルトも、つゆほども考えていなかった。

 それだけに、あまりの巡り合わせの悪さに、三人とも頭を抱える思いだった。


「これじゃらちがあかねぇ! なんとかオレが時間を稼ぐから、マルツェル、イレナ、《伝説級》を使ってくれぇ!」


 ロベルトは一歩前に出ると、うなり声を上げながら魔獣の群れに突進していった。


「ちょっ! いまここで《伝説級》を使っちゃって、疲弊したところに四魔将が来たらどうするじゃん! 隙を突かれて、一気に全滅――」

「んなこと言ってる場合じゃねぇだろぉ? このままじゃぁ、雑魚どもに押しつぶされちまうぞ!」


 イレナが反対するも、ロベルトはチラリと後ろを向き、走りながら叱責する。


「イレナ、やるしかないぞ!」


 マルツェルもイレナを諭すと、抜き身の魔剣《シュピルベルグ》を天に掲げた。


「国軍の支援がない以上は、オレたち自身でこの場を切り抜ける必要があるんだよっ!」


 マルツェルはシュピルベルグの柄をぎゅっと握りしめると、《伝説級》の詠唱を始めた。

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