第11話 古竜と悲鳴と

 村で準備を整えた俺は、さっそくティーエムちゃんを伴い故郷の村を目指した。

 故郷はここからはるか北、王国の北辺に近い。


 そろそろ、村を出てから二十日が経とうとしていた。

 今は王国の中央部にある名もなき高山あたりにいる。故郷までの道程のほぼ半分を消化した形だ。


 むちゃくちゃな高ステータスになっているせいか、何日も歩き続けているのに疲労をたいして感じない。

 使えなくなっていたスキルも再び使えるようになり、魔獣に遭遇してもほぼ瞬殺だ。


 今の俺なら、ステータス的にはマルツェルたちが使っていた《伝説級》スキルも使いこなせるはずだが、いい思い出がないので封印していた。

 ただ、ステータス自体が極端に高いために、並のスキルだけでもすさまじい威力が出せる。

 それこそ、ドラゴンやら魔族の将軍クラスやらと相対しない限りは、使い慣れた初・中級スキルだけで十分におつりがきそうだった。


「順調だねぇ」


 ティーエムちゃんは俺の肩に乗りながら、大あくびをしている。


「おいおい、ティーエムちゃん。そんなことを口走ると、大抵は良くないことが……」

「まったく、デニスも心配性――」


 言いかけたところで、ティーエムちゃんは突然口をつぐんだ。何か異変を感じたのだろうか。


「これは……、もしや」

「どうした?」


 ティーエムちゃんは口元に手を当てながら、何やら考え込んでいる。


「場所的には……、なるほどね」

「だから、どうしたんだ、ティーエムちゃん?」


 訳がわからず、俺はしびれを切らして説明を求めた。


「おそらく、ドラゴンだ。ほら、地響きとともに山の木々が次々と倒される音が聞こえないかい?」


 耳をそばだてた。確かに、それらしき音が耳に入ってくる。


「この山は古くからドラゴンの縄張りだったんだ。でも、こんな街道沿いにまで降りてくるなんて、めったにないはずなんだけれどなぁ。何かあったかな?」

「調べてみようか? 今の俺たちなら、ドラゴン相手でも勝てるだろう? それに、街道を荒らされるのはマズい」


 道中の歯ごたえのない魔獣には飽きてきていた。

 せっかくの高ステータス状態なんだし、少しくらいは暴れてみたい。

 無能とさげすまれていた頃の鬱憤を晴らすには、ドラゴンは格好の相手になりそうだ。


 それに、街道の治安が乱れれば、今後の旅も面倒になりかねない。警戒されて、道中の村々に立ち寄るのが面倒になる。


 今の俺には、原因を取り除けるだけの力があるんだ。黙って見過ごすわけにはいかないだろう。


「ドラゴンはドラゴンでも、ここの子は古竜だからね。勝つのはちょっと厳しいかもよ? ステータス平均も600 近いし」

「うげっ、マジか……。ってか、ティーエムちゃん、ここのドラゴンを知っているのか?」

「遙か昔から住み着いているドラゴンだからねぇ。創造神として下界を覗いていたから、知っていて当然さ。でも、心配には及ばないよ。ただ追い返すだけなら、今のデニスでもできる」

「よおーし、そいつを聞いて安心した」


 俺はいつでも魔法が放てるようにと魔力をため込みつつ、街道を外れて森に足を踏み入れた。

 細い獣道に沿って、ゆっくりと奥に進む。


 気づかれないよう、慎重に行かないとな。

 相手のほうがステータスが上回っていると聞いた以上は、あまり無茶はしないに限る。

 風魔法で一気に道を切り開きたかったけれども、派手な行動は自重だ。


 しばらく進んだところで雰囲気が一変した。

 突然、鳥たちがバサバサと一斉に空へ飛び立つ。


「い、いやぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」


 同時に、何者かの悲鳴があがる。

 そのさらに後方からは激しい土煙が舞い上がり、地響きとともにミシミシと木々が倒される音が響き渡った。


 慌てて悲鳴のした方向へ駆け寄ると、一気に視界が開けた。


「コイツは、ひどいな……」


 周囲の木々は根こそぎ何者か――おそらくはドラゴンに踏み倒され、山の中腹に向かってだだっ広い空間ができている。

 舞い上がっていた土煙が収まると、そこには巨大ななにかが鎮座していた。


 やっぱりドラゴンかよ……。


 目の前の巨獣は、子供の頃に読んだ物語に出てくるドラゴンの挿絵にそっくりだった。


 ドラゴンは何かを探しているのか、キョロキョロと首を動かしている。


「うっへぇ、こいつは確かにやべーやつじゃん……」


 すかさず《鑑定》で能力を確認したが、ティーエムちゃんの言うように、すべてのステータスが600 近辺でまとまっている。まともにやり合うのは危険だった。

 古竜は興奮した様子で尻尾を地面に何度もたたきつけている。そのたびに、もうもうと土煙が舞い上がった。


 どうやらまだ、古竜は俺の存在には気づいていないようだ。


「た、助けて……」


 弱々しい女性の声が聞こえた。

 先ほどの悲鳴の主かと思い、俺はあたりを見回した。


 すると、少し離れた場所で、紺色のローブを着た少女が膝をついて苦しげにあえいでいた。


「だ、大丈夫か!?」

「あぁ、こんなところに人が……。神はわたくしを見放さなかったのですね……。ですが……」


 少女はゴホゴホと激しく咳き込んだ。俺は慌てて少女の背をさする。


「ですが、いけませんわ。どうか……。どうか逃げて、ください、ませ……」


 かすれる声で告げると、そのまま少女は意識を失って地面に倒れ込んだ。

 もう体力の限界だったんだろう。


 このまま、この子を見殺しにはできないな……。


 俺は古竜に見つかる前に、少女を抱えて森の中へと逃げ込んだ――。

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