第12話 いざ《伝説級》

 俺は気を失ったままの少女を背負い、いったん街道のそばまで戻った。


 わずかに漂う柑橘系の香り、特徴的な話し方、そして、まるでお人形のような整いすぎた顔……。


「村の礼拝堂で出会った、あの少女だよな……。こんな場所で古竜に追われているなんて、何があった?」


 少女を大きな木の根元に横たえ、様子を窺った。


 身につけているローブのあちこちが焦げて破けている。肩や脇腹が露出してしまっているのが、痛々しかった。

 軽い火傷を負っているようで、本来なら白く透き通っているであろう肌が真っ赤になっている。


「簡単な回復魔法をかけて、しばらく眠っていてもらおう」


 手早く少女に魔法をかける。赤く腫れ上がっていた肌も、すうっときれいな白色に戻った。


 ステータススキルは、基本的には一定のステータス条件を満たせば、人族なら誰でも使えるものだ。

 ただ、就く職業クラスによってどのステータスが伸びやすいかという差が出てくるので、単純にレベルを上げさえすれば誰もが好きなスキルを使えるってわけじゃない。


 ところが、今の俺はすべてのステータスが人の枠を超えているため、一人であらゆるスキルを使いこなせる状況になっていた。


 回復魔法だってお手の物。

 今使ったのは最も初歩的な《回復・初級》だが、馬鹿高いステータスのおかげで並みの回復術士の《回復・中級》程度に効果が高かった。


「これは、ちょっと目のやり場に困るな……」


 女性の素肌にあまり免疫のない俺とって、今の少女の見た目はちょっと刺激的すぎた。

 身につけていた外套を脱いで、少女の上半身にかける。


「それにしても、状況がつかめない。周囲には、他に人の気配もなさそうだったし」


 俺の見込み違いでなければ、この少女は王国第三王女のはずだ。

 なら、マルツェルたちと行動を共にしていなければおかしい。


「まさか、マルツェルたちに何か謀られたのか……?」


 さすがに、王族にまで不埒な行いをするとは思えないが……。

 でも、相手はあのマルツェルだ。俺の想像の斜め上の行動をとっていたとしても、何ら不思議ではないか。


「いずれにしても、まずはあの古竜をどうにかしないとだな」

「そうだねー。あの子の住処は山頂のはずだから、とりあえずはその方向へ追い立てるのがいいと思うよ」

「ステータスでは負けているけれど、何か妙案はあるのか?」


 俺の力で追い払えるとティーエムちゃんは言っていたけれど、具体的にはどうすればいいのか。


「デニスは嫌がるかもしれないけれど、《伝説級》を使うことを勧めるよ」

「《伝説級》、か……」


 マルツェルたち一行の切り札であり、いつも自慢げに周囲に吹聴していた、あの《伝説級》スキル……。

 どちらかと言えば人族の冒険者たちにとっては、恐怖の象徴ともなっている。

 なぜなら、《伝説級》は事実上魔族の将軍クラスの専売特許のようなものになっており、これまで人族でその領域に到達した人物はいなかったからだ。おとぎ話に出てくるかつての英雄たちでさえ、だ。


「おすすめは《身体能力向上・超級》かな」

「ってことは、物理攻撃主体になるな……」


 これまで魔法主体の戦闘スタイルたっだ俺には、ちょっと不安もある。ましてや、相手は過去の英雄でも敵わなかった古竜だ。

《身体能力向上・超級》はフィジカルステータスを一時的に倍増させるスキルだとティーエムちゃんは言う。今の俺なら優に古竜をも上回れるが、若干躊躇した。


「不安かな? 勧めた理由は二つあるよ」


 二本指を立てながら、ティーエムちゃんはこう付け加えた。


「慣れないテクニカルなスキルじゃ、効果的に使えない可能性が高いっていうのが一つ。魔法系は詠唱に時間がかかりすぎて、ソロで使うにはリスクが高すぎるって言うのが、もう一つ」


 うん、まぁもっともな理由だ。


「そして、これも頭の片隅にとどめておいてほしいんだけれど……。間違っても古竜を殺しちゃだめだよ。魔法を避けてほしいっていうのは、長詠唱だけじゃなく、一撃必殺になりかねないからって理由もある」

「どうしてだ? 長年、王国の頭痛の種だったらしいし、チャンスがあるなら排除しちゃうべきだと思うんだけど……」

「実はね、あの古竜がこの高山の危険な魔獣を間引く役目を負っているんだ。古竜が消えると、かえって街道は危険にさらされると思うよ」

「うげっ……。わかった、注意するよ」


 まぁ、余計なことは考えずに、頭空っぽにして古竜と拳で語れって話だな。


 ただ、ティーエムちゃんが言うには、スキル発動中の十五分で古竜を一時的に圧倒できたとしても、時間内に倒しきるのは難しいらしい。

 スキルが切れた途端に返り討ちに遭うのが落ちだと念押しされた。


 高ランク冒険者に憧れている俺としては、《ドラゴンスレイヤー》の響きにはちょっと心惹かれるものがある。

 だが、ここは余計な色気は出さずに、今やるべきことだけをきちんとこなそう。


「しっかし、ステータスがあまりに人外過ぎて、なんだか実感がわかないというか、何というか」

「そうだねぇ……。例えば、若いドラゴンがだいたいステータス200 くらい。この程度だとベテラン高ランク冒険者のパーティーが入念な準備をした上で、ギリギリ勝てるかどうかってところかな。全滅の危険もかなり高い」


 過去、王国には何人か《ドラゴンスレイヤー》が現れたらしいけれども、その際に倒されたドラゴンは、このステータスが200 程度の若竜だとティーエムちゃんは補足する。


「で、古竜はステータス500 から600 程度。ここまでいくと、前衛が耐えてどうのこうのって話じゃなくなる。数千、数万の軍隊を動員して玉砕覚悟で囮を引き受けた上で、数十人の勇者級の人間が持てる最大威力のスキルを全力でぶっ放して、なんとか戦いになるかもしれない、くらいになる」

「うっへ……、そいつはひどいな。てか、そんな古竜を相手にしようとしたのか、マルツェルたちは」

「《鑑定》で見ない限りは、ステータス100 越えになれば実際の値がどれだけ高かろうとも、一律に星五ランクになっちゃうからねぇ。若竜をちょっと強くした程度だろうと誤解したんだろう。それに、過去の勇者にも到達し得なかった《伝説級》のスキルを手にしたことで、彼らはすっかり慢心していたようだし」


 つまり、俺が勇者パーティーにとどまったままだったとしても、結局マルツェルたちでは古竜に勝てなかった可能性が高いって訳か。


「過去に古竜クラスが倒された例ってあるのか?」

「ないはずだよ。まともにやり合おうとすれば、国の軍隊が壊滅する危険性や、対魔族戦で重要な役割を担う勇者クラスの人材を軒並み失いかねないリスクを考えなくちゃいけなくなる。古竜による被害はそれほど頻繁に起きるわけじゃないし、本気で討伐しようって考える指導者はいないでしょ」

「まぁ、確かに割に合わなそうだな」


 せっかく古竜を倒せても、その隙に魔族に攻められて国を落とされるような事態になれば、ただの間抜けだ。


「デニスが《身体能力向上・超級》を使って達するステータス800 っていうのは、そんな古竜を数匹同時に相手してもやり合えるレベルって、考えてくれていいかな」

「マジかよ……」

「マジです」


 ここまで説明されれば、これからの対古竜戦、ものすごく自信がわいてくるな。

 フッと大きく息を吐き出し、気合いを入れなおす。


「古竜は俺がなんとかするから、君はここでゆっくりと身体を休めていてくれ」


 気を失ったままの少女に声をかけると、古竜の待つ場所へと向かった。

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