第2話 追放
簡易裁判の結果、俺はバラトの街から追放されることになった。
門番には唾を吐きかけられ、勇者を裏切ったくず野郎と罵倒され、あげくに背中を思い切り蹴られた。
着の身着のままで街門から叩き出されると、俺は途方に暮れ、地面にへたり込んだ。
武器はない、防具もない、食料も持たされていない。もちろん、故郷までの路銀もない。
ステータスの低下したままの今の俺では、このままでは野垂れ死にか、魔物に食い殺されるか、二つに一つだ。
「俺の人生も、ここまでか……。いったいどこで、選択を間違えたんだろう」
「さぁな。……まぁ、お前が不幸だったのは、オレたちに出会っちまったってところか?」
突然、背後から男の声がした。
振り返ると、そこには……。
「マルツェルさん……いや、マルツェル! 俺を笑いに来たのか!」
「まぁ、そういきり立つなって。きちんと街から出ていったか、見届けに来てやったのさ」
「ふ、ふざけるな! お前のせいで、俺は、俺は……」
立ち上がり、マルツェルに殴りかかろうとした。
だが……。
「ぐえっ!」
腕を掴まれ、あっという間に投げ飛ばされた。
「馬鹿かお前。勇者のオレに敵うわけがないだろ」
「ち、ちくしょう……」
地面に突っ伏しながら、俺は泣いた。
あまりに惨めだった。
「ほら、マルツェル。デニスはまだお子ちゃまなんだから、そのへんにしておいてあげるじゃん」
「おいおいイレナ、そもそも今回の計画を持ちかけたのはお前だろう?」
「ちょっ、それは秘密にしといてって言ったじゃん!」
「ひぇぇー、随分とまぁ大それた謀だなと思っていたがよぉ、発案者はイレナだったのか。女は怖えぇなぁ……」
マルツェルたちはお互いにゲラゲラと笑っている。
「なんでだよ……」
「はぁ? なに言っちゃってるの、お前」
マルツェルはさも呆れたと言わんばかりに、大げさに肩をすくめた。
「むしろさぁ、ムダ飯食らいの穀潰しになり果てていたお前を、今の今までほっぽり出さなかっただけでも、オレたちに感謝してもらいたいくらいなんだけどなぁ」
「でも、どうしてこのタイミングで……」
「世の中ってのはな、残念ながらお前の事情とは無関係に進んでいってるんだよ。ほーら、コイツのおかげで、お前の運命も変わったってわけだ」
マルツェルは何やら手紙らしきものを懐から取り出した。薄ら笑いを浮かべながら、俺の眼前でひらひらと振っている。
目を凝らして見てみると、封筒の周囲が金色に縁取られていた。どこぞの貴族からの手紙だろうか。
「オレの婚約者になる予定の王国第三王女様が、パーティーに正式に加入することになったって連絡が入ってきた。もう間もなくバラトに到着する予定だ」
婚約者……。
そこで俺は、勇者が対魔族戦で大きな功績を残した際に、王位継承順位の低い王族との婚姻の権利が与えられる、という特権を思い出した。
「王女様の権威を手中にできるわけだから、もうデニスを使って周囲のご機嫌取りをする必要が無くなったって話じゃん」
イレナの言葉に、ドキリとした。
なぜ、これまでマルツェルたちが役立たずと化した俺をパーティーにとどめ続けていたのか。
どうやらその理由らしきものを、今のイレナの言葉から察した。察してしまった……。
王国公認の勇者とはいえ、認定から二年少々しか経っていない。この辺境の街には、まだまだ勇者の威光を理解している者が少なかった。
前代の勇者の引退から数十年の時が経過していたので、無理もない話だ。勇者が国王の後ろ盾を得て活動している事実さえ、知らない者が多い。
そんな中で、俺はマルツェルたちにとっての体のいい宣伝材料だったのだろう。
街のあちこちでこんな噂が流れていた。
『厳しい戦いの中にあって、次代を担う見込みのある未成年の若者を見出し、育成までしている。さらに、その少年が戦えなくなっても、見捨てずに変わらず仲間として接している。勇者とは、なんとも慈悲深く、懐の深い素晴らしい人間だ』と。
このような賞賛を得ることで勇者としての活動がしやすくなるよう企図して、マルツェルは無能な俺をあえて懐に抱え込み続けていたに違いない。
そもそもの話、マルツェルたちのほうから熱烈に、まだ子供だった俺を誘っている。思っていたような活躍をしなかったからといって無責任に捨ててしまえば、外聞も悪いだろう。
評判を下げかねないリスクを冒してまで捨てるよりは、雑用でもなんでも押し付けて飼っておくほうが益があると踏んだのだ。
だが、王女様がパーティーに加わるとなると、話は別だ。
役立たずの俺を飼い続けてまで無理に勇者の素晴らしさの宣伝をせずとも、王女様の持つ王族の権威さえあれば、街の人から十分な便宜を図ってもらえるはずだ。
「未成年のお前をただ追放しては、せっかく高めた俺たちの評判も下がりかねないからな。だから、お前を犯罪者に仕立て上げて、物理的にパーティーにいられないようにしちまえって思ったんだよ。これまでのお前を利用した宣伝工作で、街の人間はオレの言い分を信じてくれるしな」
マルツェルはニヤニヤと笑っている。
「そこに、『どうせなら最後の最後に役に立ってもらおうじゃん』と言ってイレナが面白い案を持ち込んできたときは、さすがのオレも驚いたぜ」
「だって、今までさんざんムダ飯食べさせていたんだよ? 元を取らないと損じゃん!」
イレナはこらえきれないとばかりにゲラゲラと笑い転げている。
「こいつは王女様への献上品として、ありがたく使わせてもらう。一般人が使えば毒だけれど、高魔力を持つのが当たり前の王族にとっては、質の良いステータス成長薬になるはずだからな。ご機嫌取りにはもってこいだぜ」
マルツェルは俺から没収して処分したはずの件の魔法薬を、ひょいっと懐から出した。
あぁ、そうか……。
イレナの言う面白い案っていうのは、つまりこういうことか。
どこからかご禁制の魔法薬が売りに出されると情報を得たマルツェルたちは、俺にその魔法薬を買いに行かせた。
いつもの雑用だと思い込んだ俺は、言われるがままに指示された魔法薬を購入した。
買った魔法薬を宿に持ち帰ったところで、マルツェルが衛兵たちに通報、俺を捕らえさせた。
衛兵たちには処分が難しい件の魔法薬の特性を逆手に取り、マルツェル自身が適切に処理をするなどとでたらめを言って持ち去り、そのまま懐に仕舞いこんだ。
なんてこった。
ご禁制に手を出したっていう罪をオレに擦り付けつつ、王女様への献上品にできる魔法薬も手に入れられる。ついでに街の衛兵たちに恩まで売れる。マルツェルたちにとっての一石三鳥の案。
どうやら俺は、そんないやらしい計画の犠牲になったってわけだ。
「お疲れさーん、デニス。お前さん、最後の最後に、実にいい仕事をしたぜぇ」
「これでもうあんたは用済みじゃん。バイバーイ、ご禁制に手を出した犯罪者のデニスちゃん」
ロベルトとイレナの情け容赦のない言葉に、全身からすうっと力が抜けていくような感覚を抱いた。
呆然と地べたに座り込んでいると、ドンっと何やら地面を叩く大きな音がした。
うつむけていた顔を上げると、眼前には鞘に入った剣先が突き立てられている。マルツェル愛用の魔剣《シュピルベルク》だ。
「これから、大切な大切な王女様をお迎えするんだ。お前みたいな役立たずの犯罪者の姿があったら、きっと王女様も気分が悪くなっちまう。……だからな、今すぐにここから失せろっ!」
「ちょ! そんな、無茶苦茶な……」
俺の口ごたえが気に障ったのか、マルツェルはもう一度剣先を地面に叩きつける。
魔剣の放つ冷気がべったりと腕にまとわりつき、全身に悪寒が走った。
「ったく、うぜーな! 無能の分際であーだこーだと! これ以上オレたちの虫の居所が悪くなる前に、とっとと視界から消えろって言ってるんだよ!!」
「オレたちを本気で怒らせたらどうなるかぁ、頭パッパラパーのお前にも、さすがにわかるだろぅ?」
もうこれ以上我慢がならないといった様子でマルツェルが怒鳴り声をあげると、続いてロベルトが下卑た笑いを浮かべながら、腰に下げた剣の柄に手を添える。
くそっ! こいつら、本気だ……。
俺の直感が、脳内で激しく警報を発していた。
ここで下手に逆らったところで、今の俺には勝ち目がまったく無い。
「ちくしょう……」
つぶやきながら、ガクガクと震える脚を押さえつけて、何とか立ち上がった。
悔しい……。許せない……。
いいように使い捨てるマルツェルたちも……、そして、そんなマルツェルになんら抵抗できない己の無力さにも……。
イレナの冷たく乾いた笑い声が、痛いまでに耳に突き刺さる。
俺はいたたまれなくなり、マルツェルたちを視界に収めないようにうつむいたまま、追い立てられるように街から離れた。
――こうしてオレは、無様に勇者パーティーを追放された。
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