第3話 次の犠牲者?
ギシッ……ギシッ……。
床のきしむ音をわずかに響かせながら、俺は村の集会所の中の礼拝堂へ通じる廊下を歩いていた。
ギシッ……ギシッ……。
バラトの街近傍にあるこの小さな集落に、命からがらたどり着いたのが今日の昼過ぎ。追放宣告を受けてから丸二日が経過していた。
飲まず食わずで歩き続けたせいで、村に着くなり俺は意識を失った。
そこで、運よく親切な村人に介抱してもらい、夕方にはどうにか動ける程度まで回復した。
それほど警戒心も持たれずに村に入れてもらえたのは、運がよかったとしか言いようがない。どうやら、まだ子供だったことが幸いしたようだ。
……濡れ衣とはいえ、俺が犯罪者としてバラトの街を追われてきたってのは、さすがに隠しておいたが。
とにかく、一度故郷の村に帰らないといけない。
一人で生きていくためには、今の俺には何もかもが足りないからだ。
故郷までの路銀がないのも問題だ。こうなったら、農作業でもなんでも手伝ってお金を稼ごうかと考えている。
さっき介抱してくれた村人を通じて、村長さんあたりに頼み込んでみよう。
不本意ながら、マルツェルたちから散々雑用を押し付けられた経験が活きている。戦闘以外なら、ある程度何でもこなせる自信があった。
ただ、その前に成人の儀式を済ませてしまおうと思った。
元々勇者パーティーから追放されなかったとしても、ひと月後には儀式を受けるつもりだった。
今がちょうどいいタイミングだ。
もしかしたら、創造神から何か役に立つユニークスキルをもらえるかもという、淡い期待もある。
ユニークスキルは通常のステータススキルと違い、出生時、十二歳の準成人の儀式、十五歳の成人の儀式のいずれかのタイミングで、神から授けられる。
俺はすでに生まれた時にユニークスキル《信頼》を受け取っていたが、こんなゴミスキル、きっと何かの手違いだったはずだと信じている。
だから、俺はまだユニークスキルをもらっていない。そう思うようにしていた。
「さて、と。この扉の向こうが礼拝堂か」
手を伸ばして扉の取っ手を握ろうとした。その瞬間――。
「きゃっ!」
突然扉が開き、何やら身体に強い衝撃を感じたかと思うと、誰かの悲鳴が周囲に響き渡った。
あわてて視線を下げると、尻もちをついた少女の姿があった。
「わわっ、ごめん」
どうやら、少女が礼拝堂を出ようとしたところに俺が立ちふさがっていたため、勢い余ってぶつかってしまったようだ。
悪いことをしたな……。
すぐさま少女へ手を差し伸べた。
少女は一瞬、戸惑いの様子を見せたものの、素直に手を取り起き上がる。
「い、いえ……。わたくしこそ、不注意でしたわ」
少女はローブについた埃を手で払いながら、俺に謝罪した。
口調から、どうやら村の娘ではなさそうだと判断した。どこぞの貴族だろうか。
年齢は、俺と同い年くらいかな?
だとすると、なぜこんな小さな村の寂れた礼拝堂に、一人でやってきているのだろう。
「あら、あなた……」
「え?」
不意に少女は俺の頬へと手を伸ばし、じいっと瞳を見つめてきた。
「な、なん……」
至近距離で見る少女の顔のあまりの造形美に、思わず息をのんだ。
現実感がない。まるでお人形さんのようだった。
うぅ、なぜだか顔が熱い……。
「何かお辛い出来事でもあったのですか? ほらここ、涙の跡らしきものが……」
「あっ……」
柔らかくて暖かな手のひらが、頬の上を滑る。
そういえば、追放されてからこの村までの道中、悔しさのあまりに思わず涙をこぼした。
顔を洗わずに礼拝堂へ来たので、跡がそっくり残っていたようだ。
「凶事の後には、必ず吉事が来るものですわ。どうか、落ち込まずに前を見据えてくださいませ」
少女は励ましと取れる言葉を口にすると、にっこりと微笑んだ。
俺はすっかり面食らい、言葉が出せない。
「先ほどは大変失礼いたしました。きちんと謝罪できず、申し訳なく思っておりますわ。ですが、これから急ぎバラトに向かわねばなりませんの。では、わたくしはこれで……」
少女は一礼し、呆然と立つ俺の脇を通り抜けていった。
ふわりと柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。
「同い年くらいの少女、見るからに高そうな身分、そして、向かうはバラトの街。まさか、な……」
嫌な考えが脳裏をかすめた。
もし、今の少女が例の……。
いや、ダメだダメだ。
もうあいつらのことなんか忘れないと。
ちくりと胸が痛む。
あの優しそうな少女が、今度は俺の代わりにあいつらの犠牲になるのかと。
慌てて頭を振り、想念を吹き飛ばした。
そんな偶然、あるはずがない。
何度か深呼吸をした。
やがて心が落ち着いたところで、改めて礼拝堂に足を踏み入れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
礼拝堂は人けもなく、しんと静まり返っていた。
俺は神像の前に進み、ゆっくりとひざまずく。
「創造神ティーエムよ……。なんじが
儀式のための決められた文言を間違わないように、細心の注意を払いながら口にした。
もしここでユニークスキルが授けられる場合、直接脳内に不可思議な声が響き渡るらしい。
だが……。
「あーあ、ダメだったか……」
声なんて何も聞こえてこなかった。
残念ながら、期待外れに終わったようだ。
しかし、礼拝堂を後にしようとため息をつきながら立ち上がった、その時だった。
「えっ!?」
突然、世界が真っ白に塗りつぶされ、宙に放り出されたような感覚を抱いた。
慌てて手足をバタバタと振ってみたものの、体勢が安定しない。浮いているのだろうか。
「――待っていたよ、デニス」
どこからか幼げな声が響いてきた。
「だ、誰だ!?」
大声を張り上げ、声の主を探した。
「創造神ティーエム……って言ったら、どうする?」
「なっ……」
突然の大物の登場に、俺は絶句した。
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