命のオーディション

第8話

　「えーとですね……」

　ダメだ。何も話すことが出来ない。こんな大役を僕なんかに出来るわけない。

　頭の中は、混乱の文字で埋め尽くされ、足は緊張で震えていた。

　「あんなは、誰なんだ？」

　「僕ですか？　僕は自殺しようとしていたところを、このくじ――死神に止められた者です」

　「有坂様は、今回の命のオーディションのオブザーバーでございます。ちなみに、有坂様には自殺願望ごありますが、命のオーディションの対象者ではございませんので、お二人の代わりになる事は出来ません」

　「……すみません」

　すみません――。

　なぜ、謝ったのか、僕にも理解は出来ませんが、きっと心から謝罪ではなく、とっさの自己防衛。

　謝る事で、これ以上攻撃をされない為。白旗を振っている人間を攻撃する人間はいないからである。

　「ところで、有坂くんは何で自殺しようとしたの？」

　岸渡さんから、僕に対する質問でした。

　「そ、それは……。な、何となくです」

　「何となく？　何となくで、自殺しようとしたのか？」

　「……」

　岸渡さんの言葉が、僕の胸に突き刺さりました。

　それと同時に、恥ずかしい気持ちで僕の心はいっぱいになりました。

　強く生きたいと思う人の前で、僕の考えは、なんてちっぽけで浅はかなものだったのだろう――と。

　消えてなくなりたい――。

　この場に、最も相応しくないのは、僕だと痛感しました。

　はあー。とため息をついて、岸渡さんは鎌谷さんに話かけました。

　「婆さん、あんた生きたいか？」

　「……そ、それは勿論、生きたいにきまっているだろう」

　「そうか……。死神さん、一つお願いがあるのだが、聞いてくれるか？」

　「何でございましょう？」

　「俺は、別に生きたい訳じゃない。どうせ、ロクデナシだからな。だが、息子は違う。息子には、生きてもらいたい！　だから、頼む！　俺が死んだら、この心臓を息子には移植してくれないか。ドナー登録はしてあるから、必ず息子に移植してくれ！」

　親とは、こんなにも子供の事を思っているのだろうか？

　僕にも両親はいるが、僕の事も同じぐらい思ってくれているのだろうか？

　それなら、僕が行おうとしていた行為は、こんな気持ちに対する裏切りでしかない。

　胸の奥に、チクリと針が刺さる。

　「それは、勿論でございます。岸渡様のご子息は、心臓移植も成功する手筈になっております」

　「そ、そうか。良かった！」

　「はい。では、最終審査も終わりにさせていただきますが、よろしいですか？」

　「ああ、息子が無事なら、かまわない！」

　「では、今回の命のオーディション。生き残ったいただくのは、鎌谷様といたします」

　「……。や、やたー！　ありがとうございます」

　鎌谷さんは、命のオーディションを生き残った喜びで、年甲斐もなく喜んでいます。

　しかし、死ぬ事が決まった岸渡さんも、どこか腫れ物が取れた様に、清々しい顔をしていました。

　「それでは、命のオーディション終了となります、それでは、みなさまさようなら」

　久慈さんが、再び指をパチンと鳴らすと、そこは最初に出会ったビルの屋上でした。

　「どうでした有坂様、命のオーディションは？」

　「久慈さん。僕は命の大切さを、初めて知った気がします」

　「そうですか、それは良かったです」

　「岸渡さんは残念だけれど、息子さんが無事なら本望でしょうし、鎌谷さんま自殺せずに手術を受けて、元気になるだろうし、本当に良かった」

　「……」

　久慈さんは、なぜがバツが悪そうな顔をしていました。その理由については、教えてくれなかった。

　「では、私は別の仕事がありますので、これで失礼させていただきます。もう、お会いする事もないと思いますので、最後に一言。命は大切にしてください」

　「解りました、久慈さん。本当にありがとうございました」

　僕は、生まれて初めて心の底から、心を込めてありがとうと言った。

　これまで、何対しても本気になる事もなく、情熱を注ぐほど何かに打ち込んだ事もなかったが、今は生きる事に本気になってみようと思う。

　それを教えてくれた、不思議な死神に感謝をして。