第11話

 思想の違いから生じた決闘は、私の予想とは裏腹に一方的なワンサイドゲームを要していました。

 どちらにせよ、一切手を出さない迷斎さんに、まったく歯が立たない逝上さん。繰り出す攻撃はすべてかわされ、まるで子供をあしらう大人のように、その戦力差は明確で、もはや決闘ではなくじゃれ合っているようでした。


 「どうした逝上? この程度の力で正義を語っていたのか?」

 「うるさい! 本気でぶつかって来い!」

 「ふっ。私が本気を出したら、この世界の半分は蒸発してしまう。まだまだ、噺を蒐集したいので、それは出来ない話しだな」


 世界の半分て――。

 大袈裟にして、大法螺をよくぞまあ、恥じらいもせずつけるものだと感心しますが、この迷斎さんに至っては、どこまでが本当なのか見当もつかないため、実際、世界の半分を蒸発しかねないから恐ろしい。


 「それより、逝上。今回のことは、お前の『組織』は知っているのか?」

 「組織? 何を言っている」

 「いや、この少年のことについて、『組織』から処分するように指示を受けているのか?」

 「……」


 組織?

    

 悪魔や、怪奇な事件に関わる組織のことでしょうか? 

 確かに、フリーでの活動には限界があり、集団の方が圧倒的に利にかなっている。小説や映画の中に、時折登場する『組織』が、現実にも存在していたとは……。

 こんな状況で不謹慎かもしれませんが、何とも心踊る展開です。


 「そ、それがどうした。 お前に関係ないだろう! 弁天堂さん。弁天堂さんなら、僕の言っていること、正義を理解してくれるでしょう!」

 「え!? 迷斎さん?」

 「そうだな……。では、こうしよう。弁天堂、お前が決めろ」

 「ちょっと、待ってくださいよ」

 「どうせ、そいつは簡単には諦めない男だ。だったら、逝上をねじ伏せだけの、お前の正義を見せて見ろ!」


 予想外の展開になりました。

 まさか、私に縁くんの命運がかかっていると思うと、足は震え立っていることさえ、おぼつかなくなって来ました。

 そんな私を察したのか、あるいは緊張しているのか、縁くんが私の腕を強く握ります。


 そうです。私よりも、縁くんの方がよっぽど怖いに違いありません。

 気持ちを落ち着かせるため、深呼吸を二三回繰り返し、私は迷斎さんの提案通りに、逝上さんに挑みました。


 「逝上さん。私はやはり縁くんを、あなたに渡すことはできません。確かに、悪魔の子かも知れませんが、あなたは縁くんを処分するつもりでしょう? だったら、渡すことはできません」


 「弁天堂さん。わかっているのですか? その子は悪魔の子ですよ。悪魔と人間が交わるなんてことは、自然の摂理に反します。それに、今は力がないかも知れませんが、いずれ強力な力が目覚め多くの人々が不幸になるかも知れない。あなたは、その責任を負うことができますか?」

 「そ、それは……」

 「そうだろう? だったら僕の言うとおり、その少年を渡してくれ!」


 勇んでみたものの、私は感情論ばかりを口にするだけで、逝上さんの言葉に対して、反論すらできない有り様でした。

 私のような、一般市民であるところの一女子高生には、責任問題を突き付けられても、簡単に負えるとは言えないのです。


 助けを求めるように、迷斎さんの方を見ると、すでに飽きているようで、明後日の方を向いてあくびをしている次第です。


 私は、どうすればいいのでしょう。


 「お姉ちゃん、もういいよ」

 「もういいって――」

 「僕が、あの男の人の所に行けば済む話でしょう。これ以上、僕のことでお姉ちゃんが悲しい顔をするところを、見たくないから」


 私は、一体どんな顔をしていたのでしょう。

 小学生の男の子に、そんなことを言わせてしまっている自分が、とても惨めであり、情けなく思いました。


 「大丈夫。お姉ちゃんに委せて!」


 縁くんを安心させるのと同時に、自分を奮い立たせ、私はもう一度逝上さんに挑みます。

 

 「逝上さん。やっぱり、あなたに縁くんは渡せません」

 「なぜだ?  理由を説明してくれ!」


 理由。

    

 私は頭をフル回転させ、何か突破口となるものはないのでしょうか?


 悪魔の子。

 低級悪魔ネームレスデビル

 悪魔に対抗する組織。

 そして――正義。


 !


 ある一つのことが閃きました。

 それが、突破口となるかは解りませんが、今はこの閃きにかけるしかありません。


 「逝上さん。あなたは、悪魔を退治する組織の人間ですよね?」

 「ああ、そうだよ。だから、その少年を――」

 「では、悪魔に憑依された人間がいた時は、どう対処するのですか?」

 「それは、憑依している悪魔なり悪霊なりを退治する。憑依された人間に罪はないから」

 「それなら、縁くんは悪魔ではなく、悪魔の子。半分は悪魔の血が流れているかもしれませんが、半分はあなたの言う、性善説の人間です! だったら、半分の悪魔の部分だけを退治してください」

 「それは……できない」

 「なぜですか?」

 「悪魔と人間の子供の、悪魔の部分だけを退治することなんてできないからだ」

 「だったら、あなたの正義は矛盾しています! 悪魔を退治することを、私はとやかく言いません。しかし、人間を殺すこととなれば話は別です。それとも、あなたは人殺しを正当化するつもりですか?」

 「そ、それは……」


 口からでまかせ――とはよく言ったもので、状況はこちらに傾いて来ました。逝上さんは、数分前の私のように、言葉もでないようです。

 ここで一押しすれば一気に勝利なのですが、私もすでに弾切れで、ここから先の言葉が思いつきません。

 どうすればいいのでしょう――。


 「はーい、そこまで。時間切れ、タイムオーバー」


 突然、迷斎さんが横やりを入れました。


 「迷斎さん? 何が、時間切れなのですか?」

 「すぐに解る」

 「すぐにって――」


  ピリリリ。


 逝上さんの、携帯電話の鳴る音でした。

 すぐに電話を手に取り、少し離れたところで数分話をした後、逝上さんは迷斎さんの所へと近づいて行きました。


 「図ったな、迷斎さん!」

 「おや? 誰からの電話だったのかな? 当ててみよう。おそらく……『組織』からの電話だったのだろう? そしておそらくは……撤退命令ではないかな?」


 用意周到な迷斎さんは、事前に逝上さんの『組織』と連絡を取り、何らかの交渉をしていたようです。

 おそらくは、縁くんに危害が及ばないよう、退治免除の約束をしていたのだと思われます。

 その時間稼ぎとして、私はまんまと迷斎さんの策略に乗せられてしまったようです。


 本当に、悪魔よりも悪魔な人です。


 「いいか迷斎さん。これで終わったと思うなよ! 僕は、必ずお前の化けの皮を剥がしてやる」

    

 「またね、逝上くん。次も楽しく、遊ぼうね?」


 顔を赤くしたまま、逝上さんは踵を返しどこかへと去って行きました。

 それと同時に、辺りを張りつめていた緊張の糸が切れ、私はその場に腰を下ろしてしまいました。


 「ありがとう、お姉ちゃん」


 私にそう言って、安心したのでしょう。縁くんは、私の胸の中で眠りにつきました。

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