第10話
悪魔の子。
この場合、悪い子――と言う意味ではなく、文字通り悪魔の子供と言う意味である。
縁くんのお母さんについては、説明がありましたが、お父さんについては、私は何の情報も与えられていませんでした。
てっきり、離婚か死別してしまったのだと思っていましたが、その思い込みの斜め上をいくのが現実。
ある日のことです。
人間の女性に恋をした悪魔がいました。絶世の美女ではありませんが、悪魔の心を捉えて離さない。それが恋と言う感情であり、人間も悪魔も変わらないようです。
悪魔は人間の男になりすまし、女性に近寄りました。
最初は拒んでいた女性でしたが、悪魔の猛烈なアプローチに根気負けし、ついには付き合うことになったそうです。
そして数年後、女性と悪魔の間に一粒種の子供を授かりました。
それが――。
「それが、そこにいる少年。阿久津川縁。悪魔の子だ」
「だかな、逝上。その少年は、悪魔の力なんてこれっぽっちも受け継いでいないぞ。精々、回復力が高いぐらいだ」
「回復力?」
縁くんの傷を見ると、すでに治っていました。元々が、それほどまでの重症ではありませんでしたが、この短時間で傷が完全に完治することはなく、それが縁くんが悪魔の子である証拠となります。
「弁天堂。悪魔の世界は階級制度で、自由奔放なように思えて、実は規律や規則に縛られている。ソロモン七十二柱とか聞いたことないか? その少年の父親は、階級の最下層にも入ることのできない、さしずめ
「
名前を持たないのではなく、名前を持つことを許されない悪魔。
悪魔の階級制度とは、その強さによって階級分けされると迷斎さんは言います。つまり、階級の外にいる
ゼロに何をかけてもゼロなように、悪魔の力もゼロに等しい。
「そんなわけで逝上。その少年には、お前歪んだ正義を執行する価値はない。お引き取りを――」
つまり迷斎さんはこう言いたいのです。
縁くんには、ちょっと回復力が高いぐらいの悪魔の力しか持っていない。だから、逝上さんが縁くんを狙う必要はない。
シンプルで解りやすい真っ当な理由でしたが、歪んだ正義の持ち主、逝上さんには通用しませんでした。
「だから何だ! 悪魔と人間が交わるなど、これ以上の罪はないだろう。悪魔の力を受け継いでいなくても、その血には穢れた悪魔の血が流れていることに、違いはないだろう!」
「でも逝上さん。それはご両親の罪であって、縁くんの罪ではありません! 縁くんには、何の罪もありません」
「弁天堂さん。それは間違っています。その少年に、悪魔の血がわずかにでも流れている以上、それは生まれたことが罪なのです」
どうあっても、引いてくれる様子もなく、それだけに逝上さんの悪魔に対する執念と言うか、憎しみを感じます。
この人の正義とは、悪魔の存在を絶対に許さない。過去に何かがあったのでしょうか?それは私には解りませんが、唯一解ることと言えば――。
この人の正義は、酷く歪んでいる――。
「で?」
「で――とは?」
「だから、罪があったとして、それがどうした。元々、人間なんて者は、生まれながらに罪人なんだろう? 何が問題なんだ。人間は、罪深いからこそ善行を行う生き物だ。だったら、その罪を否定することは、正義に反するのではないかな?」
「性悪説か――。それはお前の思想だろ。ならば、僕は性善説を唱える。純白で、真っ白で、輝かしい混じりっけのない善。それこそが正義である!」
例えるなら水と油。
正反対の性質を持つ二人の会話は、もはや水掛け論も良いところで、お互いが納得できるような結論に、たどり着くことはないでしょう。
そのことは、当の本人たちも理解しているようで、一つの解決案を迷斎さんが提示します。
「逝上。話し合いで解決できないようなら、もう『あれ』しかないぞ。それでもいいのか?」
「何を言っている。もとよりそのつもりだ! お前に正義とは何かを教えてやる!」
「仕方ない。お前の正義が、いかに不完全で頼りないものか教えてやる」
二人の間の空気が――いや、空間が張りつめた糸のように緊張を帯び、今にも張り裂けそうな雰囲気に変わりました。
そして迷斎さんは、薄気味悪い笑みを浮かべて、いつもの台詞を口にします。
さあ、この噺の終演を迎えよう――。
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