第9話

 どうやら、縁くんのお母さんの居場所については、すでに判明しているらしく、迷斎さんがこれから案内してくれるようです。


 屋敷の外は、陽は沈み空は暗い闇が広がっていました。


 「でも迷斎さん。これから行くにしても遅くないですか? もう夜ですし、縁くんの児童施設の人たちも、縁くんが帰らないと心配するのではないですか?」

 「それなら心配ない。児童施設の方には、私から連絡してある。もちろん、少年を母親の所に連れて行くとは、言っていないから安心したまえ」


 用意周到と言うか、すべてを見透かしているかのような行動は、神がかっている――いや、迷斎さんに限っては悪魔がかっていると言った方がしっくりきます。


 「用意がいいですね。でも、児童施設の方は変に思いませんか? 遅くなると連絡があったとはいえ、見知らぬ人からだったら――」

 「それならことなら、心配はいらない」


 何を根拠にと思いましたが、実はその児童施設に、多額の寄付金を迷斎さんは定期的送金しているそうで、児童施設からすれば大口のスポンサー。


 迷斎さんにも、子供を大切に思う気持ちがあったことに、涙腺が緩みかけましたが、次の一言で台無しとなりました。


 「児童施設に寄付している理由? そんなの蒐集のために決まっているだろう。怪奇噺は、不幸な境遇や負の感情に集まりやすい。いや――、引き寄せられやすいと言った方が解りやすいかな。つまり、少年のいるような児童施設には怪奇噺が起こりやす。先行投資だな」

 「先行投資って――」


 迷斎さんに、道徳心を期待した私がバカでした。

 そもそも、捨てても捨てきれないほどのお金を持っている迷斎さんには、児童施設への寄付金ぐらい大したことではないのでしょう。


 結局、迷斎さんのちょっといい話ではなく、蒐集に対する貪欲なまで執念を知る結果になってしまいました。


 「ところで迷斎さん。縁くんのお母さんは歩いて行ける場所なのでしょうか?」

 「いや、隣街の外れの方だから、歩いて行ける距離ではないな」

 「だったら、バスやタクシーを使いましょうよ。それに――、何だか人気のない方へと向かっているような……」


 先ほどから、迷斎さんは大通りを避け、わざわざ人気のない所を選ぶように、裏道や細い路地ばかりを選んでいるよでした。


 そして、しばらくすると壁に囲まれてた行き止まりへと、たどり着きました。


 「迷斎さん? 行き止まりですが、道を間違えたのですか?」

 「いや、弁天堂。それより、少年と一緒に端の方には行っていろ」

 「え!?」

 「いいから、言うとおりにしろ」


 何が何だか解らないまま、迷斎さんに言われた縁くんと一緒に道の端の方へと向かいました。


 「さて、――そろそろ出てきたらどうだい? 私の屋敷からつけていたのだろう?」


 突然、誰かに話しかけるように迷斎さんは言いました。屋敷から――と言っていましたが、誰かが私たちの後をつけていたのでしょうか?

 私はまったく気がつかなかったのですが、迷斎さんの言っていた厄介な問題の意味を知ることになります。


 「……ふっ、気配を消したつもりでしたが、気づかれていたか」


 そこに現れたのは、池上ならぬ逝上さんでした。


 「あれで気配を消していたのかい? 殺気立っていて、背中に突き刺さるかと思ったよ」

 「突き刺さって、いっそ死んでくれればいいのに――。どうも、お前を前にすると感情のコントロールができなくしまう」

 「それはそれは、ずいぶんと二流なことを言う。プロフェッショナルなら常に気持ちをフラットにしないと、だから二流なのだよ」


 出会うなり、皮肉の応酬。

 過去に何らかの因縁があるようで、あの誠実で折り目正しい逝上さんが、口調も感情もあらわにする様は、実に以外でした。


 「ところで逝上。今日も貧弱で、欠陥だらけの正義を振りかざしに来たのかい?」

 「何とでも言え!  それより、弁天堂さん。その少年を僕に引渡してくれませんか?」

 「はい?  縁くんをです?」


 「ええ、その少年はとっても危険です。僕は、あなたを救うために来たのですから」


 縁くんが危険?

 どう見ても、どこにでもいる小学生の男の子。

 そんな縁くんのどこが危険なのか、私には理解できません。


 「どういうことですか? 説明してください!」


 私の問いかけに、逝上さんは真剣な表情で答えました。


 「その少年は、悪魔の子です」

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