第8話

 「阿久津川縁あくつがわえにし。それが、少年の名前だね」

 「……はい」


 相変わらず、どんな方法で調べているのか解りませんが、迷斎さんの情報収集能力に脱帽です。以前、お酒が入っている上機嫌の時に聞いたのですが、迷斎さんには独自の情報網があり、個人情報はモチロンのこと、国家機密まで情報を得ることができるそうです。


 何とも恐ろしいばかりですが、味方である以上はこんなに頼もしいことはありません。(味方なのかも、定かではありませんが……)


 今回も、例の如くその情報網からなのでしょうが、一つ疑問があります。

 まあ、答は明らかなので、後ほど……。


 「おじさんが、黒柳迷斎なの?」

 「少年。おじさんは構わないが、私の名を呼ぶ時は『さん』か『様』を付けるように!」

 「……迷斎さん。お願いがあります!」


 先ほどまで、ふてぶてしい態度をとっていた縁くんが、一変して言葉使いを改めたことや、真剣な表情からして、そのお願いに対する思いが伝わってきました。


 「ふーん。お願いね――まあ、いいだろう。しかし少年、私はタダでは動かない。それ相応の対価を頂くがよろしいか?」

 「対価? お金を取るってことですか?」

 「別に金を取るわけではない。少年の願いと釣り合う『何か』を頂くだけだ。それに、金は捨てても捨てきれないほど持っているから、もらっても仕方がない」


 お金なら腐るほど持っている――と、表現することはあっても、捨てても捨てきれないなどと、皮肉な表現をするのはおそらくは迷斎さんだけなのでしょう。

 裏を返せば、それほどまでにお金に興味はなく、対価を要求するあたりから察するに、『怪奇噺の蒐集』に関わることなのでしょう。


 「迷斎さん――」

 「何だい? 弁天堂?」

 「……何でもありません」


 正直、こんな子供を巻き込むことに私は反対ですが、この屋敷に怪我をして来たことを考えれば、すでに何らかの形で巻き込まれているのかも知れません。


 どちらにせよ、力を持たない私には何もできず、迷斎さんに委ねるしかないのです。


 何とも非力で惨めな私――。

 正義とは遠く、身の安全が保証されている所から喚いているだけの私――。

 私の正義とは、こんなにも脆く弱々しいのかと、思い知らされました。


 「それで少年、願いとは何かな?」

 「それは――」


 縁くんは、対価のことには触れず、お願いの内容について話始めました。


 「僕の……僕のお母さんを探してください!」


 縁くんは、この近所にある児童施設で暮らしているそうです。物心付く前、つまりは赤ん坊の時お母さんに連れられ、その児童施設へと預けられたそうで、お母さんの顔も知らないそうです。

 そんな縁くんですが、児童施設の職員の方や、施設の子供たちに囲まれて、寂しい思いはしなかったそうですが――。


 ある日のことです。

 縁くん宛に、児童施設へと封筒が届いたそうです。封筒の中には、小切手と施設長宛の手紙。そして、縁くん宛に『ごめんない』とだけ書かれた紙が入っていたそうです。

 それまで、お母さんに対して何の感情も抱いていなかったそうですが、せめて一目だけでも見てみたいと思い、迷斎さんの所に来たそうです。


 「なるほど、話はわかった。だが、母親探しでなぜ私の所へ来たのかな? 私の専門は人探しではないのだけれど――、それとも私の専門に関わることなのかな?」

 「それは――、それは迷斎さんが知っているでしょ?」

 「まあ、この黒柳迷斎に知らないことはないが、それにしても――なるほど、自分のことだから自覚しているのようで……」


 何とも意味深なやり取りが、縁くんと迷斎さんの間で繰り広げられました。当然のように、私は蚊帳の外なので何のことだかさっぱり解りません。


 黒柳迷斎に知らないことがない――ように、弁天堂美咲には知らないことばかりです。


 そんな自虐ネタはこのくらいにして、縁くんのためにも、私にできることなら何でもしようと思います。例え、非力な私でも、何かの役には立つはずですから――。


 「まあ、いいだろう。少年の願い、この黒柳迷斎が叶えてやろう。しかし、一つだけいいか?」

 「何ですか?」

 「例え、それがどんな結末になろうとも、受けとめる覚悟があるかい?」

 「覚悟……」

 「そう――覚悟だ。少年が、母親にどんな期待をしているか興味はないが、小切手を送ってくるくらいだから、経済的な理由で児童施設に預けているのではないだろう。つまりは――」

 「わかっています。僕はただ……一目見たいだけです!」


 子供だと思っていた縁くんでしたが、小さくても男の子であり、その表情は大人顔負けの凛々しい顔でした。

 そんな顔を見せられたからでしょうか、迷斎さんもそれ以上は追及せず「理解した」とだけ告げました。


 「さてと……では、母親探しての前に、厄介な問題から片付けてしまうとするか」

 「厄介な問題? どんな問題ですか?」

 「弁天堂――、この少年を見つけた部屋で言ったことを覚えているか?」


 あの部屋で言っていたこと?

 確か――。


 「確か、問題が二つ発生した――とかでしたよね?」

 「ああ、そうだ。その二つ目の問題のことだよ。では、行くとするか」


 そう言って、迷斎さんは私たちを連れて屋敷を出ました。

    

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